シルクロード日誌

日本シルクロード文化センターのブログページです。シルクロードに関する情報、コメント、旅日記などを綴ります。
カナダの10年前−Α々駝臼浜西泙両尚罎鬟肇蹈鵐箸埜る

 メジャーリーグ、松井を見る

 

8月8日、アメリカン大リーグのニューヨークヤンキースとカナダブルー・ジェイズの試合を見に行った。案内役はグリさんである。彼女は「わたしはサッカーなら少しは知っていますが、野球はぜんぜん知りません。打ったら右へ行くのですか、それとも左へ走るのですか?」という「案内役」である。

これは10年前の2007年の写真です!

 

午後7時のプレーボール2時間前に着いたが、すでにニューヨークからバスで来たファンが大勢、ヤンキースの帽子やユニフォームを着て、そしてビールを飲みポップコーンを片手に試合開始待っている。

入場料は1人65ドル(8000円以上)、高い!

 

5時半にオープンしたが、開閉式のドームがいきなりワラワラと開いて、太陽が照りつけ青空が見えた。上を見ると世界一高いCN(これも発音はシンである)タワーを真下から見上げることになる。

打撃練習をしていた。ダッグアウトの上まで行ったが、戻ってくる松井を3〜4メートルで見ると「松井!」などと呼ぼうと思ったが、呼び捨てにできない。思わず「松井さん、がんばって!」と敬語をつかってしまって、われながらおかしくなってしまった。

国民栄誉賞の受賞が決まった松井です

 

 

ヤンキースのピッチャーは韓国のワンとかいう選手だったが、いきなり6点も取られた。最前列から21番目の席だが、マウンドを見ているとなんだかやる気のない投げ方である。よく言えば、淡々と投げているというやつである。

 

改めて思ったのだが、大リーグに常時出場できるということは、打撃だけが良くてもダメということである。松井の守備位置のレフトにゴロでとんだボールの捌き方が、尋常ではない。「眼にもとまらぬ」という古い形容詞があるが、まったくそのとおりのすばやさでセカンドに投げ返す。なんでもない(ような)ボールさばきひとつとっても、普通以上のものがなければこの世界では1日ももたない。

 

現に日本人選手がニューヨークヤンキースやメッツなどのチームで2年以上、レギュラーで試合に出場できているのは松井だけであろう。なんだか急に熱烈な松井ファンになったような言い方をするが、東京から1万キロも離れた異国の地にみる松井を、日本人というだけで好きになるのであろう。

 

ダッグアウト上の私たちのシートのすぐ後ろには5〜6人の腹の出っ張ったヤンキーの男たちが、恐ろしいほどの量のビールを口に注入しながら、大声が野次をとばし、大笑いをし、大騒ぎをしている。前のシートには、日本人の男女3人がいた。はじめは彼らが日本人だと気がつかなかったのだが、彼女たちも「松井さん、打ってぇぇ!」などといっているのでわかった。かれら3人は男性がトロントに仕事に来ていて、恋人が夏休みに彼のところに遊びに来て、もう一人の女性が友人としてついてきたという。なんだか連帯感がわいてきてしまった。恋よ実れ!である。

本当にビールをたくさん飲む! だからおなかが出るんです。

 

7回表、なんだかホームランが出るような予感がして、望遠レンズに切り替えて、一振りごとにシャッターを切っていたが、何球目かに予想通りのホームランが出た。バットの音でわかった。やはり私は予知能力のある「預言者」であった。試合は14対5でブルー・ジェイズの圧勝だったが、試合結果などどうでもいい。ただひとり松井がホームランを打っただけで満足である。

このシーンが、松井がホームランを打った瞬間です。

わたしの撮影技術は、いまやプロ並みだと思いませんか?

 

 

球場は、日本のように応援団が鉦や太鼓で大騒ぎをするでもなく、一塁側が片方の応援で固まるということもなく、ヤンキースファンとブルー・ジェイズファンが入り混じっている。小さな子どもからお年寄りや車椅子の人までもがいる。

この子もニューヨークから来たそうです

 

 

わたしもこの数年、食べたことのない待望のマックとビールで大リーグを存分に楽しむことができた。2杯目のビールは、通風の薬を忘れたために、グリさんがワイフからの申し渡しでビールを固く禁じられていたのでダメであった。

だが、1人で階段を上がって売店でビールを買い込んで飲んで戻ったことは黙っていた。

楽しい一夜であった。

| 旅日記 | 11:49 | comments(0) | - |
カナダの10年前

トロントには80以上ものエスニックタウンがあり、街の道路を横断すれば各国の習慣や文化を感じ取れる。主なものだけでも、チャイナ・タウン、コリアン・タウン、リトル・イタリー、・グリーク(ギリシア)・タウン、それにジャパン・タウンなどである。

二度目のコリアンタウンの写真です。焼肉屋ですね。

 

ジャパン・タウンで買い物をした。焼酎は37ドル約4600円、日本酒も変形の一升ビンだったが同様の金額であった。日本の相場の2〜3倍はする。高価である。しかし、背に腹はかえられない。刺身もなにもあらゆるものがあるが高い。したがって大好きな刺身はワイフの目もあるのでまだ食べていない。

 

街の歩き方は、ほぼ直線の地下鉄があり、市バスもある。市バスに乗ってあらかじめ買っておく2ドル75未寮敝笋鯏呂擦弌地下鉄にも乗り継ぐことができる。至極便利である。さらに都電ともいえるStreet Carがある。これらをうまく乗りこなせば、比較的高価なタクシーに乗らなくとも安上がりに街を歩ける。

消防署の消防自動車であることには違いない

 

ナイアガラの滝

近寄って見ると見た目よりもはるかに大きい

 

ワイフが帰国する前日、カナダ滞在50年のスージーという日本人のご婦人に滝を案内していただいた。

世界最大の滝であるナイアガラはネイティブ・カナディアンが呼んでいた「ニアガル(雷とどろく水)」が起源である。こちらの発音も決してナイアガラといわない。ナイアガラという呼び方は日本だけに通じる言い方である。「ニアガル」である。年間を通じて世界中から1500万人が訪れるという。高さ54メートル、幅670メートルの滝は、その水勢によって氷河期から13キロメートルも上流に後退したといわれている。

隣のアメリカ滝はブライダルベールと呼ばれているそうだが、カナダ滝とくらべて見るからに小さいので、カナダ人は「アメリカ・サイズ」という。多少のあざけりが入っているようである。

スージーはわたしたちを、何時間でも10ドルというパーキングに案内してから「わたしは1年に何回も来ているのでカジノで遊んでいますから、自由に遊んで来てください」といって、賭博場へ行ってしまった。わたしたちは、まずはともあれ、小さな船に乗ってカナダ滝の滝つぼ近くまでいくことにした。船は縦に横に大揺れに揺れた。もらったビニールのカッパを着ていても、胸元から水が滝のように(?)入ってくる。日本から持参したスーパーのビニールをカメラにかぶせて撮影したが、文字通りの瀑布である。滝のカーテンが写っているだけであった。

しかし今年は思いもよらぬカナダの旅が実現して、思いもよらぬナイアガラの滝を身体と心に浴びることができた。これは、今年5月に思いもよらぬアフリカはギザのピラミッドの真下に立ったときの感慨と共通したものであった。

このボートに乗って、滝の真下まで行く。カッパをかぶっていくが

全身ずぶぬれになる。

 

帰路、わたし達を案内してくださったスージーは、ことのほか上機嫌のようで、市内の「日系文化会館」や「ジャパンタウン」に案内してくださった。

はじめ彼女は運転をしながら「にっけい文化会館」といったので、思わず「日経新聞があるのですか?」と聞いて大笑いされた。

 

日系文化会館では、日本滞在14年の経験を持ち日本人の奥さんのいるジェームス・ヘロン館長にも面会することができた。今後、グリさんが数年間トロントに滞在するので、ここの日系人とのコンタクトを取ることは大切なことなのである。拙著『シルクロードの光と影』もサインして手渡した。そして、「今後グリさんがこちらの日系人の方々とお友だちになれるように、そして機会があれば皆さんにシルクロードの歴史と文化のお話をする機会を与えてください」とお願いした。彼女も決してパスポートにある「中国人」とは自己紹介しない。「日本から来たトルコ人です」という。それも決して間違ってはいないし、正しい呼称である。

チャイナタウンですね

 

翌日、ワイフを日本への帰国便でピアソン国際空港まで見送ったあと帰宅すると、別離の悲しみ(?)だか開放感だかわからぬうちに、スージーから電話がかかってきて、ひとり住まいの彼女の家にホームステイしている日本人の若者たちに、是非、野口さんからお話をしてあげてほしいとの電話があった。夜遊びをことのほか好むわたしは、「ハイ!」とばかりに即答した。

 

なにやらわからぬ外国経験を持った2人の青年との話は、相当、刺激になった。12時頃に帰宅してからもスージーから電話が入り、次はもっと多くの若者たちに話をしてやってほしいとの要請があった。

どこでも、どんなことからでもチャンスをつかみ、つくり上げていくことが大切だと改めて痛感した次第である。わたしにとってあまり関係のないカナダという国ひとつとっても、かなり面白い

| 旅日記 | 02:38 | comments(0) | - |
カナダの10年前

キングストン

 

ここキングストンは水の都。人口10万の小都市である。イギリス領時代は海軍の要衝だったし、1841年から44年まではカナダ連邦の首都がおかれたこともある。ライムストーン(石灰石)を用いた歴史的な建造物が多い。写真撮影家(写真家とはいわない)であるわたしにはファインダーから目が離せない場所である。セント・ローレンス河には豪華なヨットやモーターボートが水煙を上げている。

 

モントリオールからケベック市へ

 

モントリオールは古い街並みの残る旧市街と近代的なダウンタウンが融合したカナダ第2の320万の人口がある街である。

モントリオールの歴史は浅いが、ノートルダム寺院やかつての首都だったこの街には、旧国会議事堂やオリンピック競技場跡があった。

オリンピック競技場跡地は、現在では高さ190メートルの急勾配のエレベーターと展望台があり、植物園があり、小動物園がある。跡地利用の参考にはなった。だが、栄光のオリンピックの跡形も見えなかった。

 

カナダの3つの準州を除いた10州のなかで最大の面積を持つケベック州は、フランス語を州の公用語としている。看板や標識もほとんどがフランス語である。人口の6割を占めるフランス語系の人々がいるケベック州は、フランス文化を多分に感じ取ることができる地域である。

 

ケベック市は街全体が世界文化遺産に登録されている。旧フランス植民地として発展し、現在でも街並みや人々はフランスそのものの生活様式で過ごしている。城壁や石造りの家々の壁に描かれた絵画や、置かれている彫刻類、カフェの軒先でヴァイオリンやハープを奏でる芸術家たち。そう、ここは芸術の街であり、芸術家たちの街、ヨーロッパの街でもあるのだ。

こうして直線距離800キロメートルのバスの旅は、マンダリンの洪水の下、めでたく終わった。

 

 

 

※10年前には写真の整理もできていなかったようで、

 今日のテーマの写真がどこにあるか行方不明です。

多分、モントリオールでしょうが、ここは開拓時代の造りになっています

開拓農民の家の中の様子。ここのスタッフは専従でこのような扮装をして「出演」

荷馬車ですね

農家の主婦と娘

勿論、電気もない生活でしたでしょうからランプ生活ですね

| 旅日記 | 04:52 | comments(0) | - |
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