シルクロード日誌

日本シルクロード文化センターのブログページです。シルクロードに関する情報、コメント、旅日記などを綴ります。
ア フ リ カ 南 部 の 旅 

私は旅行の時は必ず日本酒「菊水」のカップを宿泊数だけ持参します。それが今回の旅では2本しか消化できませんでした。夕食の際は必ずビールを注文しますが、今回ばかりは“アルコール拒否症”になったようです。「アルコールのご注文は?」と言われると私は本能的に断っていました。私の酒飲み人生で初めてのことです。

 

サファリツアー

アルコール抜きの夕食の翌日は、ボツワナの国に入って、チョベ国立公園内で「サファリ」です。添乗員さんが「皆さん待望のサファリツアーです」というのですが、私はこのことも知りませんでした。

添乗員さんが私に「今日はずっとサファリドライブですので、歩かなくて済みます」とわざわざ言いに来た。“それは助かる”と心底思いました。

では、写真をごらんください。

サファリカー―のドライバーたちです

みんな陽気な男たちです。少し前までは「アパルトヘイト」で暗黒の生活だったと思うと・・・

車はニッサンの改造車です。窓ガラスは取り払われ、太いパイプが横に貼られているだけです。

写真撮影に便利なように造られています。「覆面の怪人」は添乗員さんです

 

逆走

バスでチョベ国立公園に向かう道で意外なものに行き会いました。

道路の右側を逆走してくる動物がいました。1頭のイボイノシシです。すれ違う人々や車は何の反応も見せません。

 

いろいろな動物の生態と象さん

サファリツアーで見えた動物は、インパラ・イボイノシシ・バッフアロー・象・キリン・カバ・サイ・ウオーターバック・トカゲくらいだったと思います。・・・・

最初に見たのは、このインパラ。最後には珍しくもなくなりましたが・・・

道の横に茂みにバッファローがじっと私たちを見ていました

これもバッファローです

象さん

 

キリンさんもいました

これはイボイノシシではないですね。ヒヒです

 

 

ライオンやトラなどは季節が少し早かったので見ることはできませんでした。

象の家族が移動しているところを見ましたが、実に面白く楽しいものでした。

象の群れは河での一連の作業を終えると家族でも男女が分かれます。

お母さん象と子どもたち、お父さん象と息子たちはそれぞれ別の方角に進みます。

象さんの親子です

 

 

いつの間にかキリンさんがすぐ横にいました

 

ボートサファリ

そして午後は船に乗ってボートサファリ。

河の中に見えた動物は、カバ・ワニ・象・・・

途中で国が変わるので船ごとビザを出します。

象は実に水が好きなようで、鼻から水を吹いたり、河にもぐったりと・・・

丘に上がったワニは水際でじっとして動きません。インパラなどが水を飲みに来るのを待っているのでしょう。ワニは長さが4〜5メートルもあります。

はじめはワニだとわかりませんでした。

ゾウさんは本当に水が好きです

水と戯れています

これはウオーターバックという動物だそうです。

何か危険が迫ると水際に戻るのでウオーターバックだそうです

初めて聞きました

 

カバの生態系とは?

ここでの現地ガイドの話では「カバは増えすぎると困るので、生態系を維持するために昨年は200頭を処分した」とのことです。

しかし、話は逆じゃないでしょうか。人間の都合で“生態系の維持”を述べて、人間が勝手に殺しているのです。

カバの生態系維持についてはこれくらいにします。詳しいことが分からないからです。

道端の民家です。ブロードバンド・インターネットカフエとも書いてある看板がありますね

 

お土産

サファリが終わってから夕食前に「バザール」でお土産の買い物です。

私は基本的に、娘と孫のもの以外はお土産を買わないのですが、最近は様相が変わってきました。

私は2つの団体の構成員(ヤクザの組ではありません)になっているのですが、そこのメンバーに、はじめはシルクロードでの干しブドウなどのお土産を人数分買って帰ったことがあるのですが、それ以来「お土産」の注文が出始めました。はじめは冗談から始まったのですが、全員にお土産を買うことになってしまっているのです。

今回は、各種動物の木彫りです。象の鼻や足などが折れないように、洗濯していないパンツの中などにしまい込んで帰ってきました。

 

妻の無くしもの

私は一眼レフのカメラだったのですが、うちの奥さんが最近はユーチューバーなので

I padミニで一生懸命撮影していました。踊りの稽古や体づくりの教材にしていました。

帰国後、2〜3日してから彼女はせっかくの撮影済みのI pad miniを帰国の途中のどこかで忘れたようです。孫娘と電話で話していて「今度おばあちゃんが写した動物の動画を見せてあげるからね」といったとたんに気がついたようです。あちこち手を尽くして探していましたがありません。結局、「おじいちゃんがカメラで写したから、それを楽しみにしていてね」といっても、ユーチューブ娘は「動かないんじゃつまらない」と言ったそうです。

| 旅日記 | 10:02 | comments(0) | - |
アフリカ南部の旅

 

2020年2月26日 野口信彦

 

2月11日から17日まで、短い期間でしたがアフリカ南部の旅に行ってきました。同行は22人でした。

行った国は南アフリカ・ボツワナ・ジンバブエくらいでした。

「・・・でした」というのは、事前にどこへ行くのかをあまり調べていなかったからよくわからないのです。

 

1週間の旅でしたが、かなり過酷なスケジュールでした。

まず、羽田をたってから7時間半でシンガポール国際空港へ。

ここでは飛行機が停止すると、いきなり防護服を着た職員が乗り込んできて、乗客のおでこになにやら器具をあてがっての検査です。熱を測ったのだと思います。

シンガポールの夜景です

 

そこで乗り継いで南アフリカのヨハネスブルグまでが約11時間のフライト。

インド洋を横断してマダガスカル島を縦断です。

ここではエボラ熱の関連の機内作業がありました。

ここはもうヴィクトリア湖のある空港です。

 

長時間のフライトですから、それを我慢して乗り越えなければなりません。

一つは座席前の画面からフライト動画や映画を見る。もう一つは書籍などを持参して読む。ただしこれは読み始めるとすぐに眠くなるので余りお勧めできません。

機内食の際にはビールのほかにワインなども注文して、食後に眠ることもおすすめです。

乗り継ぎも含めると20時間に及ぶフライトですから、身体に加わる負荷もかなり大きいものです。

 

南アフリカ共和国のヨハネスブルグにつくと、5時間ほどの乗り継ぎ時間のあと、今度はザンベジ河中流域にあるヴィクトリア滝へ行きます。世界の三大滝と言われているところです。ここは、ジンバブエ共和国とザンビア共和国の国境にある滝です。

幅2km、落差が108メートルとされています。

出発の翌日にはもう、ヴィクトリアの滝です。

 

出かける前に仲間たちから「滝が干上がって水が流れていない」と言われていましたが、そうだとしても「それが自然の成り行きなのだから構わない」と思っていましたが、滝はどうどうと流れていました。

しかしこの辺りは数十年来の干ばつ被害が大きく、いつも停電が起きるといわれています。

この滝の落ちる水から立ち上る水量が半端ではありません。

 

ヴィクトリア滝は片道2kmほどの小径を歩いて見ます。

カナダのナイアガラ滝は一目で見ることができますが、こちらは2kmほどを歩きながら見ます。

 

20時間以上をかけてほとんど睡眠もとらずにいた私でしたが、雨とともに滝から舞い上がる水しぶきでびっしょりです。

ところが最近の私は、自分でも驚くほど体力が落ちています。

歩く速度も極端に落ちていることが分かっていました。

 

滝見学の最終地点近くですが、もうこの辺では半分意識朦朧となっていました。

 

ここでアクシデントです。

全身の疲労と倦怠感で歩けなくなってしまったのです。

歩道の横にあった木の腰掛に倒れこみました。

ワイフは「倒れた」といいますが、私は「倒れてはいない。倒れこんだのだ」と言い争いをしていますが、要するに倒れたのです。

「いつも二人で出かけるときは風邪をひいたりするんだから、今度はしっかり体の調子を整えておいてよ」と言われていましたが、やはり・・・

ここがヴィクトリアの滝観光の最終地点です。

 

疲れていたためか、水を夢中になって飲みました。

心配して除き込んでいる仲間からにも「水をくれ!」とお願いして2本ほどをガブガブ飲みました。息もつかずに一気に飲みました。

 

添乗員の女性とワイフが両脇を支えて帰り道を歩きましたが、自力では歩けません。

ベンチを見つけると座り込み、水をがぶ飲みしました。

同行のみなさんには大変ご迷惑をおかけしました。

このような倒れ方は人生初めてのことで、私はこの「事件」が大ショックでした。“こんなにも俺の体力は落ちていたのか!”と愕然としました。

2人の女性から抱きかかえられて垣間見た樹木が、とても美しく見えました。

| 旅日記 | 06:12 | comments(0) | - |
晩秋の那須と猪苗代湖に行ってきました

 近くの行きつけのガソリンスタンドで給油した時、店のおじさん「あまり出かけてないですね。オイルも何も大丈夫ですよ」と言われました。どういうことか、その言葉に火がつきました。以前は月に1000卅っていたのですから。しかし出かける理由が思い当たりません。そこで考えたのが、「久しぶりに紅葉を見に行こう」でした。

 

 そのころワイフは元の教員時代の後輩が弘前大学の教員になっていて、踊りに使うお面を大量に譲ることになったようで、私の車で届けることを考えていたようでした。しかし、問い合わせたところ、11月の下旬はもうすでに雪が降るので無理だということになりました。

 

 そこで両者の意見が一致して、彼女が探し出したのが「おおるり山荘」。

 ここはこれまでにも何度か行きました。ワイフが気に入ったところは、1人一泊6000円少々という値段。しかも一泊二食で。

 

この会社は、あちこちのつぶれた温泉を買い取って、建物はそのままでサービスを増やしたということだそうで(あくまでも風聞です)、客を東京まで迎えに行って、送りもする。その値段が1000円だそうです。これを彼女は数年前の大学のクラス会で利用して以来の「お得意様」になっています。

那須には「殺生石」というところがありました。

昔、インドの悪い魔物が日本まで来て、村々で悪いことをしていたので、だれかがこれを退治したという伝説。

大昔にインドから悪い魔物が来たという伝説も、国際的ですね。

要するに硫黄で殺したということだそうです。

 

 

奥日光でも那須でも、温泉街からはナビでないと行かれないような奥まったところにあります。私はそこへ行くドライブが好きなので、行きます。

ホテルには老人夫婦が8組くらいいました。ところがこの日は学生のグループが20人以上来ていました。にぎやかなのはいいことです。

男の子を気にする女子大生たちは、髪の手入れをバッチリしていて、きれいです。そのほかにはお嫁さんが舅夫婦を案内してきたような3人組、男だけで5人がいました。多分、釣りでしょう。

 

 道端には雪が少し降り積もっていました。夜は寒いですが、昼間は暖かい陽気でした。帰宅してからの今週はスポーツ分野でその活動方向をめぐる重要な検討が加えられます。正念場です。そのためのしばしの休息でした。

ほれ!今シーズン初の雪です

 

 東北道と山道の運転もこれまでと変わりなく悠々と運転できました。700辧

 

 

どうやら彼女は、ここへ来たかったようです。踊りの創作の何かを得ることが目的だったようです。

ここは猪苗代湖近くの「野口英世記念館」です。

| 旅日記 | 11:18 | comments(0) | - |
お遍路さんも“シルクロード”を歩くことなのかなぁ〜?

牽強付会(自分の都合のいいように、強引に理屈をこじつけること)のそしりを免れませんが、お遍路コースを歩くことも“シルクロード”の概念と同じなのかなぁ〜と思えてなりません。

 

私たちの「シルクロード」の概念とは“人・モノ・宗教・軍隊や交易などで移動する行為”は“シルクロード”だと考えています。

四国のお遍路も秩父の霊場をめぐる歩きも、同じようなことが全国にたくさんあります。

 

これは「お遍路」を編み出した「一遍上人」をまつったお寺でのイベントです。

 

 

そこから、さまざまな文明が交流し、宗教が普及していったのであれば、もうこれは立派なシルクロードでしょう。

いや、逆に“シルクロード”を定義した人のほうに問題があったのだと思われてなりません。

そういう意味では「奥州街道」、「中山道」や「東海道」も同様でしょう。

お寺は山寺が多いので、階段も多い。しかし、私たちはどういうことか

たいした苦労もしないで上ることができた。

仏教の力とか、そういうことではない。自分の力で登ったのである。

 

 

四国でのどなたかの話が印象的でした。

明治維新で汽車や車が日本に入ってくるまでは、どこへ行くにも歩いていたのですね。

そういう意味では「お遍路」なんてたいしたことではなく、日本中を、そして地球上を、人びとはみな歩いていたのですね。

祥子の友人の実家での「お遍路小屋」完成記念のイベントで。

 

閑話休題

こんどの旅で、私の中で明確になったことがあります。

それは、およそ宗教(仏教・キリスト教・イスラム教)などに対する態度です。

たしかに数百万人、数千万人が、それらの宗教の信徒になっています。

それはそれで、真摯に教祖や神の教えを語り、唱え、

守り、信仰を続けています。

 

しかし、四国八十八の寺で見たものは、お年寄りはもちろん、若い夫婦や様々な層・種類の方がたが真剣にお経を唱え、暑さに負けずに歩いていたことでした。

つくづく日本は仏教国だなぁ〜と感じたものでした。

何がそこまでさせるのだろう、とも思いました。

それが宗教だといってしまえばおしまいですが、では、その先はどうするのだろうと思います。

ここは四国最強の500段を超える階段でした。

 

その先はみんなで考えてみましょう・・・

| 旅日記 | 11:17 | comments(0) | - |
ファインダーから覗いた妻“舞姫”の踊り 四国遍路を踊り巡った“舞姫”

 9月11日にフエリ―で徳島へ向かい、12日は所用で友人と待ち合わせてある人と面談。話し合いは成功裏に終えました。

 きのう9月23日に、86番札所からスタートして88番ですべての舞踊遍路が終わりました。実質所要日数は11日間でした。

 

 舞踊家・野口祥子の舞踊遍路は9月13日からスタートしました。

 彼女の長年の夢、いや、よく聞いてみると昨年、徳島県のある老人と会った際、「踊りでお遍路を全部まわってみたらどうですか?」と言われてインスピレーションが湧きあがったようです。

 

 彼女が何をもくろんでいるのか知らないままにいた私に、彼女は言いました。「運転やスピーカーのセットなどで同行してほしい」と。私が“忙しいからダメだ・・・”と断れば彼女の夢は潰えます。一人で自分の軽自動車で運転していく自信はないようです。毎日が忙しい私にとっては難題だったのですが、長距離を車で運転できるということが魅力でした。

 私はその企画を全然知らなかったのですが、同行を依頼され75歳の誕生日を期して新車を購入しました。「後期高齢者」に反感を持っていた私は「好機到来者」であるとして心機一転したのです。

 

 彼女・野口祥子は別に敬虔な仏教徒でもないのですが、作法は知っています。彼女は神社へ行ってもどこへいっても、宗教学を学んだからか、道理と礼儀を踏まえています。こちらは無宗教。「無神論者」だというほどえらくはありません。「無神経論者」だろうと自分に言い聞かせています。いままで、どこのお寺へ行っても合掌してのお祈りはしたことがありません。頭を下げることもしませんでした。しようという気が全く起きないのです。それが失礼だとかも全く思いません。

 

 “唯物論と唯心論とのせめぎあい”だなどというほどのこともありません。夫婦であっても違うところは違うのです。私が彼女の舞踊遍路について行ったとしても、私はあくまでもドライバー兼サポーターなのであり、お遍路や弘法大師や仏教とは無関係です。もっと正直に言うと、長距離のドライブ、ヘアピンカーブがたくさんある曲がりくねった山道を、右に左にハンドルをきって上り下りする運転ができることを楽しみにして参加したのです。

 

 ただ思うことがあります。歩き遍路の皆さん、こんなに苦労して歩いても、車に乗ってお遍路して回っても、それはそれで立派なことだと思うのですが、その心と目的は「世の中の平和と安全と安寧」であろうと思います。ですが、ただ祈ればよいのでしょうか。たぶん、祈ることで心の問題は解決し、それでよいのでしょう。私は祈ることだけでなく、実践で世界と日本の人びとの平和と安全のために働いてきました。私は人生のほとんどの時間を費やして、60年近くもそれを実現しようと思って実践してきました。ですから山門をくぐってお寺の境内に入っても、なんの遠慮もしません。堂々と入っていきます。弘法大師よ、君と俺とは結局は共通の理想に燃えているのではないか、と。

 

 ただ、仏教の教えの問題は、「国家の安寧」あるいは「国家安泰」を唱えたことによって、時の権力に最大限利用されたことであろうと思います。それを最初に利用したのは聖徳太子でしょう。でも、仏教について私はなにも学んだことはありません。犬の遠吠えでしょうね、これは。

 

 閑話休題

 面白い話がありました。

 高知県のお遍路さんたちをお世話しているHさんという有名な人がいます。彼の好意でお宅に泊めていただきました。私は個人のお宅に泊まることは絶対に嫌なのですが、“お世話になっているので断るのは失礼だから・・・”といわれるままに泊めていただきました。

 

 朝になるとうちの奥さんがいるのに、狭い部屋の中をパンツ一つで歩きまわり、朝食を食べている私の目の前に泥だらけの靴下をポンと投げるなど傍若無人でした。それくらいのことは許せますが、飲みながらいろいろ話していると、「おれは昔、山口組の若頭の山健組のヤクザだった。親分の女に手を出して指を詰められた」といいます。

 

 彼と昔(戦前)のヤクザの世界のことや、人類の誕生のことなどを話しましたが議論になりません。“誰も見たことがないのだからわからんのじゃ”というので、議論にならないのです。“そんな言い方でよく今まで世間を歩いてこられたナ”と毒づきました。

 

 きのう23日は、遍路旅が終わってからワイフの長兄の家へ行きました。広島県の宮島の近くです。まず、お風呂に飛び込んでサッパリしてから、待ちかねていたようにビールで乾杯。夕飯は刺身だけを口にして7時には寝てしまいました。

 あ〜〜あ、終わった!!!

 

 ワイフは久しぶりのお兄ちゃんとの再会で楽しそうです。

 義姉も楽しそうに世話を焼いてくれます。

 その奥さんは長兄よりもはやくワイフと友達だったので、これもまた楽しそうでした。

 私は酒を飲んで、PCに向かって、ときたま話に加わるだけです。

 

※写真はたくさん撮影したのですが、どういうことか掲載できません。

 わかったら追加して掲載します。

| 旅日記 | 10:43 | comments(0) | - |
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