シルクロード日誌

日本シルクロード文化センターのブログページです。シルクロードに関する情報、コメント、旅日記などを綴ります。
▲茵璽蹈奪冓弧世糧達は、侵略と植民地化をもたらした

私は、文明が発達することに異論はないのですが、と、このブログを書き始めようと思ったのですが、別の私の「心」が表題のような“ささやき”をはじめました。

 

アフリカ東部に起こった人類は、生きるために、食べるものを求めるために「出アフリカ」を繰り返しました。

現生人類(ホモ・サピエンス)は何度かの挑戦のあと、アフリカを出てアラビア半島などから世界各地に散らばりました。いわゆる、グレートジャーニーですね。

わたしは、グレートジャーニーこそ、シルクロードを学ぶ者の原点だと思っています。

 

見知らぬ世界や土地・自然などを訪ねて旅をする、ここにシルクロードの本性があると思っています。

現生人類は他の人類と違って種族保存の本能や能力に優れていたのでしょう、他の人類は滅亡していく中でも生き残り、現在に至っています。

そういう意味では、20〜30万年前に出現した現生人類こそ、真の冒険者と言えるでしょう。

 

しかしその後、稲作を発見し、鉄を手にして武器をつくり、それらを発達させていきました。最近に至って文明を手にするに至った人類は、ヨーロッパの狭い土地から広い土地を望むようになりました。

ヨーロッパ世界が他の大陸を発見し、世界の形を変えたのはコロンブスだといわれています。

 

その前にひと言。私たちは教科書などで、世界で初めてアメリカ大陸を発見したのはコロンブスで、初めて世界を一周したのはマゼランだとも教わりました。

ここは注意してお読みいただきたいのです。

アメリカ大陸を世界で初めて発見したのは「コロンブス」で、世界で初めて地球を一周したのが「マゼラン」だという「説」「考え方」「思考」のことです。

ここでいう「世界」とはヨーロッパのことを言うのです。我々のいるアジアやヨーロッパ以外の人たちは、この「世界」に加わっていないのです。

ですから、世界で初めてという言葉は、「ヨーロッパ世界では初めて」というように読むほうが正しいのだと思います。

 

その後、発見されたアメリカ大陸にヨーロッパ各地から「白人」が、新天地を求めて大挙して渡り、アメリカ合衆国という白人主体の国をつくってからは、欧米志向という考え方が形成されてきました。労働力が足りないのでアフリカから黒人を奴隷として強制連行してきたのです。

産業革命を通じて、この欧米が文化的にも軍事的にも人類の最先端を行くようになりました。

 

先進文明を学ぶことは当然のことなのですが、それがあまりにも行き過ぎると、何でも欧米が一番で、それ以外のアジアやアフリカなどは遅れているという考えになっていきます。

 

20年ほど昔のことです。私の職場にいた女性がオーストラリア人と再婚するという話がありました。彼女は私のいた団体の「女性委員会」のメンバーでした。そこへ同じ委員会の女性が事務所へきて、別の女性からその話を聞きました。「うわ〜、素敵ねえ〜、素晴らしいわ〜〜」といいました。じゃあ、再婚相手がアジアのほかの有色人種であったなら、アフリカ系の黒人であったなら、彼女はそのような言い方はしなかったといいます。私は本人に確認しました。すると彼女は「クロンボはイヤよ」です。驚きました。

 

数年前、パリでテロが起こって10数人が殺害された事件がありました。同じ日、シリアで数百人が内戦で殺されました。新聞やテレビはパリの報道でもちきりでした。

これっておかしくないですか?同じ人命なのに・・・・・

 

 

※体力復活のため、毎日、午前と午後にウオーキングやジムへ通っていて、あまり時間が取れません。

 毎日ブログを書くことは難しいのです。ご了承ください。

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無頓着でした

先日、「無罪放免」のブログを書いたところ、想像以上の方がたからの反響(主としてお祝いのメッセージ)が寄せられて驚きました。感謝の気持ちを感じたことと驚きも隠せませんでした。

 

わたし個人のことに引き寄せて言わせていただけば、古くからの友人・知人、無論、15年来の活動を進めてきた、シルクロード分野の長年のお付き合いある方がた、この20数年来のシルクロード・ツアーに参加されたことのある方がた、そしてスポーツ関連でのつき合いのある方がた、100人近くの仲間からドット寄せられました。うれしいことです。

 

一方で、あのブログとその反響から思うに、実に多くの方がたが「胆嚢炎」を患い、「大腸ポリープ」を取り除き、「大腸がん」をはじめとした各種のガンを患っている(いた)ということでした。

 

ある友人は10年ころ前、ガンを患い暗澹とした気持ちで「シルクロード講座」などに通ったということを書かれていました。そのころの私は彼が「がん」で暗い気持になっていたことを知りながらも、彼の気持ちや立場を本当に理解する力が弱く、表面的にとらえていた面がありました。

 

「語彙」の少ない私は、そのことをお詫びする適切な言葉も見つけられないままお礼の返信を送りました。そして、そのような各種の病気を抱えている方がたがなんと多くいるのだろうと改めて思いました。

また、街を歩いていて気がつくことは、脳梗塞など頭や心臓などの病気で体が不自由になっている方の多いことにも、最近目がいくようになってきています。自分が高齢化し、病気などにかかると、そういうことが良く見えるようになってきたのでしょう。

私の今回の一連の「病気」の原因は、長年にわたる偏食や多量(でもないと思っていたのですが・・・)のアルコール摂取(なんか医学用語のようになっていますね)などが原因だろうと思います。

 

直接的な原因は2月のアフリカ旅行だったと思います。長年にわたって体を鍛えておかなかった怠慢によって、ヴィクトリア滝で歩けなくなったこと、今でもよくわからないのですが、片目が、突然、パニックのようにグルグル回りだしたことなどが、3月以降の一覧の病気の“静かなるスタート”だったように思います。

ですから今年になって2月のアフリカ旅行とその後の3回の入・退院からはほとんどロクなものを読んでいません。

 

「人類史における世界の感染の歴史」のようなものに挑戦してみたいと友人たちに宣言していたのですが、多くの専門家たちが書いているということもあって、その気も失せました。

ところが5月11日の「無罪宣告」以降、その気になってきたのです。単純なんですね私は。“書きたい”という欲求が沸々とわいてきたのです。

 

何を始めたいのかは、機会があれば書きますが、いまはまだ発表する段階ではありません。

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“親孝行、したいときには親はなし!”

 

ずいぶんとご無沙汰しました。

 

この間の経過を申しますと、3月5日に朝からの腹痛に耐えられず近所の大学病院(慈恵医科大第三病院)に急患で行きました。

そこで「胆嚢炎」という診断でそのまま入院。

 

翌日、胆のう除去の内視鏡手術をしたのですが、心の準備がなかったことと激痛とで悲鳴を上げました。

胆のうに内視鏡で管を通して「嚢」を体外に排出することになったのです。

担当した医師に「お前がへたくそだからこんなに痛いんだろう!ヤブ医者め!」と怒鳴りながら。これまでの人生で経験したことのない激痛でした。

 

1週間後の13日、夜中にトイレに行った時に出た大きなくしゃみをした際に、(翌日に判明したのですが)管が外れてしまいました。昔から私のくしゃみの音は飛び切り大きかったのです。息子が中学生の時、二階のトイレで大きなくしゃみをしたのです。

二軒となりに息子の同級生がいたのですが、翌日「お前の父ちゃん、スッゲー大きなくしゃみするなア〜」と驚かれたとのことでした。

 

その後、下血で退院取消となり、下血も収まった25日にやっと退院。3週間の入院生活でした。大腸の中にある「憩室(けいしつ)」というところから出血をしているとのことで、出血している憩室を探し出すために、二度ほど下剤を1・5リットル、水を1リットルほど飲んで、大腸の壁にバリウムを吹き付けて出血個所を探し出す検査でした。二度の検査で発見したのですが、科学の発達はずいぶんのものだと思いました。私の父は1953年(昭和28年)に同じ胆嚢炎で死にました。

 

その後、4月1日に再入院して翌日の2日に内視鏡による大腸ポリープの除去手術。

そして5日に退院。

3月25日に退院した日、ワイフの車で狛江の有名な根川通りの満開の桜を見て家に帰りました。

 

さらに、4月20日には3回目の入院で翌日にやっと大腸ポリープの除去手術。

大きな5つのポリープがあったとの話。

これは22日に退院できたのですが、前日の21日には主治医に呼ばれて、思いもしなかったことを言われました。「取り除いた五つの大腸ポリープのうち2つの根が深いので、がんの疑いがある」との宣告。

「あったとしても早期がんなので心配はいらない」とはいわれたのですが、5月11日に「死刑判決」か「無罪放免」かの結果が出るということになりました。

慈恵第3病院の一番上、9階の左から2つ目が私のいた病室でした。

 

兄と私は“一卵性兄弟”と思えるほど仲がいいのですが、2歳上の兄も私と同様の病気を患い、10年以上をかけて手術などをして克服したとのこと。

私はそれを、2カ月で経験し、さらに兄は患っていなかった「大腸がん」に5月中下旬から挑むことになりそうです。

体調の弱まって抵抗力のない現在は、新型コロナにかからないように自宅に引きこもっています。94kgあった体重も今は84圈なかなか戻りません。

 

そんな25日の土曜日、息子夫婦がやって来ました(前日にリビングのテレビを買い替えるから付き合ってくれと言っておいたからですが・・・)。

息子夫婦とうちの奥さんが近くの世田谷通りにある山田電器までテレビを買いに行きました。

 

帰ってきた息子は、なんと49インチの15万円の大型テレビを2台買ってきました。

一つはもともと私たちが10万円程度で買うことにしていたリビングのテレビ。

もう一台は私の部屋にあった小さめのテレビを、49インチのテレビに買い替えるために、息子の奴が、私になんの承諾も得ないで、自分のおごりで勝手に買い替えたとのことです。

 

写真専門学校時代、遊び惚(ほう)けてバイクで交通事故を起こすなどの親不孝ばかりしていた息子を、50万円だけ渡してソ連や東欧諸国のヨーロッパへ写真の勉強のために「追放」したことがありました。ソ連崩壊の直前でした。

もうかなり以前のことですが、離婚の際には息子の元妻のおかげで自殺未遂まではかったのですが、翌日、朝いちばんの飛行機で福岡まで出かけて救出してきました。その後、息子をネパールの観覧飛行の会社の社長をしている友人に預けてきましたが、半年後に帰国後、空の世界に入って行ったのです。

 

その息子もテレビ東京の「空から日本を見てみよう」の単独航空撮影を担当するとか各種の航空写真、ドローンでの小笠原諸島・西島の航空撮影などで、多少、その世界では知られるようになったのですが、思いもかけない親孝行に私たち夫婦は大喜びでした。

 

この数十年、息子に「ありがとう」と言えるようなことをされたことがないのですが、今回は「思いもしなかったテレビをありがとう」と言うことができました。

翌日は、今まであった大きな楕円形のテーブルを思い切って捨てて、小さめの夫婦2人で食事ができる程度の新しいテーブルを持ってきてくれました。

でも、子どもというものは存在しているだけでも親孝行なんですね。

 

すっかり模様替えをしたリビングで、いまこの原稿を書いています。

年のいった父親の闘病生活を身近に見て“おやじが生きているうちに親孝行をしよう”とでも思ったのでしょう。

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きのう一時退院しました。

みなさま

きのう25日、一時退院しました。3月5日からちょうど3週間、21日になりました。

退院と言っても「一時退院」です。

これは胆のうで緊急入院して、その治療のさなかに発見された大腸ポリープでもなく、大腸から出血(全身の血液の半分が出血したらしいです)して、それを差し止める治療が、一応終わったということです。輸血したことが心配ですが・・・・

いわば、今回は3つの病気が発見されたということです。

 

再度、4月1日に入院して、2日には胆嚢炎除去の手術です。

これはうまくいけば、5〜6日で退院できますが、胆のうが癒着していると切腹しての手術になるのでもっとかかります。

 

それからしばらくしたら、今度は大腸ポリープ除去手術です。これも5〜6日で退院です。

 

今朝病院でうちの奥さんと退院から次の手術までの栄養指導を受けました。

結論は、いままで77年間に好きなものを食って、好きなだけ飲んできた結果が、アフリカ旅行でのアクシデントを契機に、この3月に表面に現れたということでしょう。

「油濃いものはダメ、酒はダメ、肉・刺身はダメ!野菜と油抜きの鳥のささ身くらいだ」といわれました。

「それだったら、死んだほうがいい!」とは言いませんでしたが・・・

前日からやっと出された病院食は、文字通りそのような内容でしたが、何日も食事を食べていない私にとっては「ごちそう」でした。味付けもそれなりに工夫しているんでしょうね。

 

こうなったら真夜中でもベッドから私をニコニコしてトイレに連れて行ってくれて、下血したものを子細に見て、分析して医師に報告してくれる、あるいは真夜中でも点滴を入れ替え、血圧を測り、体温を測ってくれる多くの若い看護師さんたちの労苦に報いなければならないと思っています。

3連休を返上して診察してくれた医師たちのご苦労にも感謝しなければなりません。

 

あと2回の手術を成功させて、ゆっくりでも早くでも現役復帰して、以前のように頑張りたいと思っています。

面会時間は午後2時なのですが、毎朝9時には病院に来てくれて励ましてくれたうちの奥さんにも感謝しなければなりません。

 

みなさん!飲みたいだけ飲んで、油濃いものを食べただけ食べる食生活は今すぐやめたほうがいいですよ、と言おうと思ったのですが、そんな生活をしていたのは私だけだったようです。

 

自戒!自戒!です。

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突然ですが、ただいま入院中です

ブログをご覧の皆様、お元気でしょうか?

私は元気ではありません。

 

3月6日に、朝からおなかが痛かったのですが、夕方になっても収まらないので近くの大学病院へ急患で行きました。

で、そのまま入院になりました。胆嚢炎です。

その治療中に大きな大腸ポリープが4つもあることが判明し、いまだに治療・検査の毎日が続いています。

週末か翌週には一時退院できそうですが、4月初めには胆のう除去手術があり、別日程で大腸ポリープを取る手術もあります。

 

胆のうには右わき腹からチューブを差し込み、肝臓を通過して胆のうを刺して胆汁を出すのですが、予期しなかった痛さで悶えました。

大腸にはこれまで3回もカメラを入れて観察しています。

下血もあり、だいぶあちこち長年のほころびが出ているようです。

 

もう、”まな板の上のコイ”だと覚悟して医師の言うとうりに素直に従っています。

4月中には、あれこれの仕事も終わって療養生活に入れるかもしれませんが、ブログは気が向いたときに書きます。

忙しい最中でこそあれこれ考えることができますが、入院・治療・手術となると、なかなかシルクロードにまでは気が向きません。

おりしも新型コロナが暴れまわっていますが、みなさま、よくよくご注意されて感染などなさらぬように祈ります。

 

桜も開花したようですが、それを見ることもできず、まずは元気になることを最大の目標に頑張っております。

 

3月19日 野口信彦

 

 

 

 

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