シルクロード日誌

日本シルクロード文化センターのブログページです。シルクロードに関する情報、コメント、旅日記などを綴ります。
新たなシルクロード=「人体」と「地球内部」

 

 昨日の土曜日、しばらくぶりに娘と孫娘と上野の国立科学博物館へ行きました。

 

 「人体」展です。

 

  孫娘は、今から”大いなる夢”を持っていて、中学・高校・大学とも進学先を自分で勝手に決めています。そして大学は医学部に入って、整形外科医になると決めています。夢は夢で尊重したいと思っているのですが、私の外国からのお土産もつい、人体に関するものになっていました。そして「人体」展があるというので、娘たちを誘いました。

 本当は私はあまり関心がなかったのですが、この人体展は家族連れや若い人が多くて、整理券が発行されて、長いときは4〜5時間くらい並ぶというほどの混みようだとのワイフの情報(本当は娘からの請け売り)。

朝の上野文化会館前でもこんな混み具合です

朝8時半ころの会場前でもこんな混み具合です。

 

 

 朝7時過ぎには家を出て上野に8時半ころに到着。整理券をもらう。娘と孫はすぐに来ました。孫はおじいちゃんの胸に飛び込んでくるかと思いきや、お母さんの陰に隠れて顔を合わしたがりません。もう少女なのですね。

2年生になって「担任の先生が20代の格好いい先生」と言っています。2か月くらい会えなかったのですが、おじいちゃんといえども孫は人見知りしているのだと思いました。

 

 「人体」展の内容に詳しくは触れませんが、その展示内容ははすごいものでした。人間の知識というか研究ぶりはすごいものだと改めて思いました。

 体内には20万kmにも及ぶ毛細血管も含めた血管があるとか、体内の様々な神経や内臓器官などが説明されていましたが、いまテレビではやっていますが、これぞまさに「秘境」。数百万年前から営々として出来上がってきたものなのですね(表現が正しいかどうかわかりませんが)。

 

 終わってお昼を食べてから同じ建物内で「地球」という巨大スクリーンに映し出す映像がありました。

 私たちの最も身近な「人体」と「地球」というものは、まだまだ未知の世界なのですね。これはもっと知るべきだなと思いました。

「好きなもの何でも買ってあげるよ」というと、目を輝かせて・・・

 

 孫とは、3250円ものお人形さんを買ってあげて、やっとまともに私の顔を見るようになりましたが、最後までお手手をつなぐことはできませんでした。

 

初夏の日差しの下で、公園で遊びました。

お皿にいっぱい入っていたパスタも、平気で平らげました。

食欲はとどまるところを知りません。心配なのは目が悪いこと。

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朝鮮半島のシルクロード研究にも春が来るでしょう

 今朝の新聞ほど待ち遠しかったことはありません。

 きのうはいろいろな用事があったのですが、すべてすっ飛ばしてテレビに見入っていました。

 歴史的な南北首脳会談が行われ「朝鮮半島の平和と繁栄、統一のための板門店宣言」が発表されました。2人の首脳の笑顔と邂逅に、見ているこちらもうれしくなりました。“すごい!すごい!これこそ歴史的瞬間だ”と思いながら。

 「板門店宣言」では、「共同の繁栄と自主統一の未来を早めていく」として、具体的には「当局間協議を緊密に行い、民間交流と協力を円滑に確保するために、双方の当局者が常駐する南北共同連絡事務所を開城(ケソン)地域に設置する」としています。

 また、「軍事的緊張状態を緩和し、戦争の危険を実質的に解消するために共同で努力していく」として、具体的には、「地上と海上、空中をはじめとするすべての領域で軍事的緊張と対立のもととなる相手の一切の敵対行為を全面停止する」としました。

 さらに「朝鮮半島の恒久的で強固な平和体制の構築のために積極的に協力していく」として、「停戦65年になる今年、終戦を宣言し、停戦協定を平和協定に転換し、恒久的で強固な平和体制構築のための南・北・米3者または南・北・米・中4者会談の開催を積極的に推進していく」としています。

 

 停戦65年ということは、私が小学校の5年生のときで、父が亡くなった年でした。強烈な悲しみと一緒に、“隣の国の戦争が終わった”という印象が強くありました。でも、それは終戦ではなく「停戦」だったのですね。

 つい、この間まで「核戦争が起きるか」という瀬戸際にあったものが、このようなことになるとは“お釈迦様でも”知らなかったでしょう。

 

 少なくない声として「今まで何度も国際世論を裏切ってきた北朝鮮」「何を言っても信用できない」などの声があります。

 いま大事なのは、“裏切らせない国際世論”“核廃絶を確実にするための国際世論”が必要だと思います。

 もう一つ必要なものがあります。アメリカのトランプが核を使うぞと脅かしておいて、世界規模の“圧力”をかけました。その結果がこれだともいえるでしょう。では、北に譲歩を迫ったら、アメリカは何を譲歩するのでしょうか?一方的な譲歩では“片手落ち”でしょう。

 “振り返ったら誰もいなかった”状態の、外交なき安倍首相は、いまだに「圧力」を言い続けています。日本外交が世界の恥になっているのも気づかないで。そして国会を空転させざるを得ないほどの、数々の過ちにも強弁を続けているのはなぜでしょう。

 

 もうひとつわたしに期待を抱かせることがあります。

 これまでほとんど手つかずだった朝鮮半島の“シルクロード研究”です。

 “えっ!シルクロードって長安からローマだけだったのではないですか?”といわれるかもしれません。とんでもありません、シルクロードは文明が交流したルート、いわゆる「文明交流のネットワーク」。を「シルクロード」っていうんですよ。

 私の友人で「渤海を研究したい」という人がいました。先日、拙宅の書斎から抱えきれないほどの関連書籍をお貸ししました。その渤海も研究できます。何よりも、朝鮮半島の脊梁山脈を中心とした文明の交流の歴史を研究できます。

 戦前の日本軍による朝鮮侵略の足跡や被害の実態を知ることができるかもしれません。

 やはり、シルクロードは平和でなければ研究できません。さらにいえば、世界の平和によってシルクロード研究を世界に広めることもできると思います。

 

 まだまだあります。アフガニスタン研究が、まだできません。

 イラクにもまだいけません。

 かつて行ったことのあるシリアはどうしているでしょう。

 

 まだまだ年を取るわけにはいきません。

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中国の互害型社会

きょうのブログは、先日拝見した友人の内モンゴル出身のバー・ボルドー氏のフエース・ブックの請け売りです。

この文章をご紹介する目的は、中国社会の悪口を言うためだけではありません。人間という存在の性(サガ)は、中国社会だけでなく、人は自己の利益のためには、他人が死ぬことが予測される作業をすることもある、悪しき思考が芽生えるということを問題にしたいのです――野口。

 

互害型社会

―中国における互害現象―

中華料理は、トルコ料理、フランス料理と並んで、世界三大料理と言われている。「食は中国にあり」と称賛されるほど中国には美味が多い。しかし、近年異変が起こっている。偽食品、とくに人体に有害な偽食品が横行しているのだ。
数年前「中国已
入社会互害代,害人害己 !」(中国はすでに互害時代に入り、他人に害を与え、最後に自分にも害をもたらす)という衝撃的な記事がインターネットで配信された。互害とは互惠の反対語で、新しいネット用語のようである。それは近年利益を得るために多くの業者や事業主が腐爛した肉や野菜、果物に薬物を混ぜて新鮮な食品のように作ったり、飲料なども化学物質を使用して作ったりしている。しかもそれが人体に有害な物質ばかりである。

金を稼げるなら他人の人体に有害でも平気で販売するのだ。しかし、自分の作ったものは買わないが、他人のものを買ってもそれまた有害であり、互いに害を及ぼす社会現象が起こっているという。「互害型社会」とか「互害モデル」とも言われている。 それは中国人同士の互害だけではなく、第三国から観光やビジネスで行く人々にも害をもたらすのはいうまでもない。


そのような社会に対し、中国政府はどのような対策を取っていくのか。5000年の文化を誇る中国は世界第二の経済大国になったにもかかわらず、互害型社会とまで呼ばれるようになったのは一体だれのせいなのか。この国は信頼と食の安全をいつ取り戻せるのか。


江戸中期の観相学の大家である水野南北(1760〜1834)は「食は命なり」と語った。中国はこの言葉を国策に盛り込み、悪質な有害食品業者らを厳罰し、根絶しなければいけない。


中国のある評論はこのように結論づけている。
このような(互害)現象は、挙げ句の果て中国の伝統的道徳観が徹底的に転覆され、破壊され、結果的に他人を害し、また自らを害することになる。しかもこのような害からだれも逃げられないのだ。
(造成
象,根究底,是中国传统覆和掉,最后果是害人亦害己!而也逃不脱!)。

引用したような事例は、これまで何度もテレビなどで報道されていましたので珍しくはありません。私が言いたいことは、「自分(たち)が手にかけて作ったものが、毒性を帯びた有害で有毒なものであり、これを食べると人体に悪影響が出る、もしくは病気や死に至ることもある」という考えに、なぜ、ならないのかということです。

そのような考えに至らないから有毒・有害なものを作るのでしょうが、その思考はどこから来るものなのかということです。

これ以上は、私でも皆目わかりません。つくづく、中国とは数千年の昔から不可解な国です。

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2016年度学位授与式 告辞

今朝、しばらくブログを書いていないので、何を書こうかと思っていたところ、法政大学学長の2016年度学位授与式の告辞をコピーを見ることができました。

なにか「私をブログに載せて!」と言っているようですので、載せます。

 

私としては、普段、こういうことはしないのですが、故あってきのうまで神経をすり減らすような出来事があり、無事にそれを克服することができたので、そういう心境になりました。

きょうの「現代シルクロード研究会」の準備も、いまから3時間半でやる決意ができました。

それが終わったら何人かで多摩川べりの桜でも見ることにしましょう。

 

なお、2016年度告辞ということは、昨年2017年のことですね。

ときあたかもちょうど1年前のことでした。野口

 

2016年度学位授与式 告辞

2017年03月24

田中優子法政大学学長(2017年3月24日)

 

皆様、卒業おめでとうございます。保護者の皆様にも、心よりお祝い申し上げます。

卒業にあたって、皆さんにひとつの言葉を贈りたいと思います。それは「自由を生き抜く」という言葉です。

約1
年前、2016
年度初頭に、法政大学は大学憲章を発表しました。その憲章に、「自由を生き抜く実践知」という言葉を冠しました。1年前ということは、皆さんが在学中のほとんどのあいだ大学憲章はなかったわけですが、2年間をかけ、法政大学は社会に対する「約束」を明確にしようと、教職員が協力し合って「ブランディング」という作業を積み重ねていました。

「ブランド」という言葉を知っていると思います。これは単に知名度を表す言葉ではなく、社会への約束を意味するのです。つまり社会からの長い間の信頼がなければブランドは確立されません。法政大学は135年の歴史をもち、すでに社会から信頼されている大学です。それを基盤に特徴を言葉にし、さらに信頼される大学になろうと、憲章を制定したわけです。信頼される大学であり続けることは、卒業した皆さんへの社会からの信用につながります。皆さんは生涯、法政大学の卒業生であることを担って、社会で働きます。法政大学が高く評価されれば皆さんの役に立ち、また、皆さんが社会で良いお仕事をされれば、大学の信頼度はさらに上がるのです。法政大学はそのためにも、大学憲章を背景に、確固たるブランドであり続けます。皆さんもどうぞ、ご自身のために、「法政大学の卒業生は素敵だ」と思われるような生き方をして下さい。

さて、皆さんがほとんど接する機会がなかったこの憲章の言葉の中で、卒業後にも大事にして欲しいのが、「自由を生き抜く」という姿勢です。「自由」は法政大学に建学以来受け継がれてきた精神です。法政大学は、法学によって近代市民社会の基礎を作った大学のひとつです。戦後は空襲で校舎の大半を失いましたが、学徒出陣や勤労動員から戻った学生たちによって自主的に再開されました。そしてそこに、戦後民主主義を推進する、自由を大切にする学者たちが集まってきました。私は1970年代に法政大学の学生でしたが、私の世代は、そのような先生方に教えを受けたのです。自由の気風はひとつには学生の自主性を生み出し、もうひとつには教授陣の生き方と研究に反映しています。

高度経済成長期には、「自由」という言葉は自主独立の意味より、消費における自由奔放を意味するようになりました。しかしこれからの世界で、自由は再び重要な意味を帯びるようになります。国家主義と力の覇権が個人を脅かす時代になるかも知れません。日本のグローバリゼーションはさらに進みます。グローバリゼーションは、一方では多様性を認める社会に向かいますが、もう一方では画一化をもたらし、格差社会の一要因となっています。この矛盾のなかで自由を生き抜くには、個人が互いに多様性を認め合いながら、国家主義と覇権争いの犠牲になることなく、個人のつながりとしてのグローバリゼーションに向かっていく必要があります。

グローバル化だけでなく、人の流動化、人工知能の出現、少子高齢化、地域の問題、大きな負債、世界の不安定、日本はそれらを抱えて世界のなかで生きていくことになります。変化が好きな方々には、新しい仕事が次々と出現し、多様な国の人たちとつきあう、たいへん面白い社会です。一方、安定という意味では今までのようにはいかなくなります。今後も大きく変化していく世界と日本において必要な能力や知性とは、この変化に対応できる知性です。

しかし単に臨機応変ということではなく、自分とは異なる環境や境遇のなかで生きてきた人への想像力をもちつつ、社会と環境にとって最適な判断ができる知性が必要なのです。そして、その判断が個々の価値観に根ざしていることです。「自由を生き抜く」とは、その個々の価値観を大切にすることです。変化する世界で自由を生き抜くために、迷いの中で自ら学び、他の意見に耳を傾けて絶えず知識を更新し、考え続けて下さい。

自由を生き抜く能力を身につけるために、現実に根ざした「実践知」というものが必要になります。「実践知」はギリシャ哲学で「フロネーシス」と言い、「深い思慮」を意味します。現実社会に根を張り、たとえ不都合な現実であってもそれに直面しながら、それぞれの立場で、理想に向かって課題を解決していく知恵であり知性です。私たちはしばしば、現実に押しつぶされそうになります。しかし自由を生き抜くとは、現実を無視して空想の世界に遊ぶことではありません。現実に妥協して自分の本心を封じ込めることでもありません。現実を観察し、よく知り、理解し、他者の自由を尊重しながら、まっすぐ前を向いて、自分の生き方で生きていくことです。

そのような能動的な生き方をするにはどうしたらいいのでしょう?アメリカの臨床心理学者ガイ・ウィンチという人の講演を、インターネット上で聞いたことがあるのですが、たいへん興味深い事例を話していました。

ウィンチさんは、ある保育所を訪ねたそうです。3
人の子供が同じ道具で遊んでいました。それは箱の形をしていて、赤いボタンをスライドすると子犬のおもちゃが飛び出す仕組みでしたが、この子供たちはその方法を知りません。
ある女の子が、紫のボタンを引いたり押したりしていました。何も起こりません。後ずさりして箱を見ながら、下唇をふるわせました。
彼女の隣にいた男の子は、この様子を見て、自分の箱に触りもせずに泣き出しました。
しかしもうひとりの別の女の子は、思いつく限りのさまざまな操作をやり尽くして、とうとう赤いボタンをスライドし、子犬が飛び出しました。彼女は大喜びでした。

この話が印象に残ったのは、大学でも同じような光景を見てきたからです。設定されている目標に向き合ったとき、ちょっとやってみただけで「できない」とあきらめてしまう学生、やってみる前から「難しそうだ、面倒だ」と目をそむけてしまう学生、そして方法がわからなくても、さまざま試みて自ら方法を発見する学生です。

ウィンチさんはこれを、3人の能力の違いとは考えませんでした。みな、赤いボタンの操作を発見する能力はあったのですが、できなかった唯一の理由は、彼らの心が「できない」と信じこんだことだ、と結論しています。これを「無力感」と言い、自尊心の低さだと言っています。多くの研究から、自尊心が低いほどストレスや不安に弱く、失敗による傷も深くなり回復に時間がかかることがわかっているそうです。そして、身体の健康と同時に心の健康に気を配り、ネガティブな思考におそわれた時は、ほんの数分でも他のことに気持ちを集中してそらす、という応急処置をすすめています。それは現実を認めないという意味ではありません。現実を感情的にとらえるのではなく知性で理解する次元に置き直し、自尊心の問題も含め、自らの環境や社会の課題としてよく考える、ということなのです。社会と自分の関係を考える、その過程に「自由」があります。

いわゆるブラック企業だけでなく、大企業のなかでも心の健康を保てないことがあることを、長時間労働による自殺の事件で私たちは知っています。自分の心身の健康を保ちながら能力を発揮し、自由を生き抜くためには、上司や組織に従うだけでなく、自らの働き方を自ら編み出し主張することも重要なのです。「自由を生き抜く」という言葉を、どうか覚えておいてください。

ところで、皆さんは今日卒業していきますが、校友会の一員として、これから卒業生のネットワークを大いに活用することができます。校友の絆を使って未来を開いていって下さい。皆さんがその絆を断ち切らなければ、校友会も大学も、皆さんを応援することができます。

今日はお別れの日ではありません。旅立ちの日です。これからも法政大学のコミュニティの一員として、一緒に、この変化の激しい厳しい社会を、希望をもって乗り越えていきましょう。  あらためて、卒業、おめでとうございました。

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世界は日の出を待っている

 

 驚きましたね。米朝首脳会談が実現しそうです。実現するかどうかには、まだ紆余曲折がありそうですが。

 

北朝鮮の金正恩が、核実験や弾道ミサイルの試射などの凍結を約束しました。5月には会談する見通しです。最後まで「あんなのはゼスチュアだけだから信用できない」と言っていたのは、世界でも日本政府だけ。

ホワイトハウスでトランプ米大統領との面会を終え、記者団に説明する

韓国大統領府の鄭義溶(チョンウィヨン)・国家安保室長(中央)

=8日、ワシントン、ランハム裕子撮影

韓国大統領府の鄭義溶国家安保室長と握手して破顔一笑する

金正恩朝鮮労働党委員長(右)=北朝鮮ウェブサイト「わが民族同士」から

 

 トランプの尻馬に乗って、「最後まで北朝鮮への規制の強化を」と言ってきたものが、肝心の親分が違う方向を歩きだして、あわてて「4月にアメリカ詣で」をしたいと言い出した。外交も内政もまるで日本国民に責任を負わない無責任首相だと思いませんか。

 “振り向けばだれもいなかった”っていうやつですね。

 

  その日本政府はモリ・カケ問題で瀬戸際に立たされています。

  政府と財務省は、国民の選ばれた代表である国会議員と国会に虚偽の文書を提出して、追及されても追及されても「捜査に影響があるから・・・」ということで拒否をしています。

大臣室に入る佐川宣寿・国税庁長官=9日午後7時17分、東京・霞が関、越田省吾撮影

 

 その追及される側の張本人であった佐川国税庁長官(前理財局長)がついに辞任することになりました。さらに近畿財務局の職員の自殺まで起きました。トカゲのしっぽは切れても「頭」はまだ残っています。「事実なら首相を辞任する」といっている首相の尻にも火がついてきました。

 安倍首相は総辞職・国会解散すべきです。

 

 

 表題の「世界は日の出を待っている」とは、第一次世界大戦の長い戦いに嫌気がさしていたドイツとフランスの兵士たちが、リリー・マルレーンの歌とともに熱狂的に歓迎した曲です。

 

 それに引き換え、スケールは違いますが、日本レスリング協会の会長とはどういう人物でしょう。倫理委員会の議論がスタートする前から「パワハラなどはなかった」と断言していました。これから調査しようとしているのに、なぜ会長が「なかった」というのでしょうか。これこそがパワハラそのものではないでしょうか。

 

 世界が大きく変わろうとしているのに、そして“世界が日の出を待っている”のに、日本のスポーツ界の閉鎖性と頑迷なパワハラぶりは百年一日のごとく微動だにしません。

 

 次は狛江市長問題。あろうことか狛江市長が市の職員や女性の市議たちに何度もセクハラを繰り返してきたことが、市議会の共産党市議が明らかにしました。「返杯・献杯は九州男子の・・・」と迷言を吐いていますが、この男もどうしようもないセクハラ男・パワハラ男です。

高橋都彦狛江市長

 

 

 ハリウッドからスタートした(実は数十年前から世界の女性が告発をしていたのですが)「# Me Twoo」の動きは日を追って大きくなっています。

この動きよ、もっともっと大きくなれ、である。

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