シルクロード日誌

日本シルクロード文化センターのブログページです。シルクロードに関する情報、コメント、旅日記などを綴ります。
河西回廊を行く−1

 きょうからは、今年8月に行く河西回廊の各地をご紹介していきます。

 私の著書や友人たちの執筆した論文などを引用することも含めてご紹介していきます。

 

敦   煌

    始め月氏は敦煌、祁連

    (祁連山脈) の間に居りしも、

    匈奴の敗る所とな) るに及び、

    乃すなわ)ち遠く去り、苑を過ぎ、

    西のかた大夏を撃って之を臣とし、

    遂に嬀水(きすい) の北に都して王庭と為す。

    其の余の小衆、去ること能(あた) わざりし者は、

    南山のきょう)を保ち、小月氏と号す。

 

 

 

 これは『史記』の「大苑伝」に出てくる文章で、「敦煌」という地名に触れたもっとも古い記録の1つといわれている。

 意訳すると、”敦煌から祁連山のあいだ、すなわち河西の地方にいたのは、「大月氏」という遊牧民族だった。その月氏が匈奴に攻撃されて敗北を喫し、西のかた苑(本来は、草かんむりのない漢字。現在のウズベキスタンのフェルガナ地方をいう)を過ぎ、大夏(アフガニスタン北部にいた民族)を降し、水(きすい。アム・ダリヤ=河)の北に本拠地を置いた。そして逃げおくれた小部族は祁連山の羌族の土地を領有して、小月氏と称した”と述べている。「羌族」は後の始皇帝を生んだ秦になる。したがって、その祖先は現在のチベットにつながる。

敦煌郊外・陽関からゴビ灘を見る

 

 中国歴代王朝は多くの場合、周辺の遊牧騎馬民族や部族が中原を支配して皇帝を名乗っていた。羌の秦がそうであり、元はモンゴルの中国における「屋号」であり、清朝が満州族であるように。

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いつもの連休と違って…ビスターリ・ビスターリ

40数回も新疆シルクロードの連載が続くと食傷気味になることでしょう。今日は少し趣を変えて・・・・

 

いつもの連休はほとんど日本にいないのですが、今年はどこにも行きません。きのう、ワイフと一緒に「二子玉川まで歩こう」ということで、絶好の晴天のもとを歩きだしました。

 

その前日の3日、防災公園で開催された「憲法集会」にも2人でいきました。会場には5万5千人が集まり、私のグループ「スポーツ9条の会」や新日本スポーツ連盟の友人たちが30人ほど集まりました。会場では「日本シルクロード文化センター」会員にもバッタリ。

うちの奥さんを真ん中にして、左が新日本スポーツ連盟の和食(わじき)昭夫会長

 

数々の出し物やスピーチ、学者・文化人のスピーチや野党各党代表のあいさつなどがあり、70年続いた平和憲法を改悪させてはならないと、思いを新たにしました。孫の代になって「徴兵制」や戦争の犠牲にさせてはならないと思っていました。しかし、きのうのテレビでの安倍首相の発言では、2020年には自衛隊を認めさせる改憲案を出すとのこと。孫の代などと悠長なことは言っていられなくなりました。

日焼けするには絶好の天気でした。右端は「スポーツ9条の会」の田畑健事務局長

 

3日はデモではなく、いまは「パレード」と言うようになりましたが、豊洲公園まで歩きました。

江戸っ子を自称する私が、はじめて見るような臨海部の街を歩きました。狎里漏い世辰“などという言葉は死語でしょう(50年代の品川駅のすぐ向こうは本当に海でした)。高層ビルやマンションが立ち並び、幅の広い道路が贅沢に羽を広げて伸びています。

うちの奥さんの隣は、80歳になる和光大学名誉教授の永井博さん。飲み仲間です。

 

 

その翌日のきのうのウォーキングです。脚の疲れが回復していないことにすぐ気づきました。拙宅から歩いて5分の元狛江市長の矢野さんの家に行って用件を片付けてから、それに気づきました。

 

33年ほど前まで、今の拙宅に移る前は野川と成城に近い狛江ハイタウンというところにいたのですが、そこまでの道も間違えていました。10年ほど前か、この辺りにできたマンションが、世田谷区成城になるのか狛江市になるのかでニュースになった建物がすぐ横にあります。つまらないことで問題になっていましたね。

 

昔は野川沿いの小田急線の上流近辺には荒れ地がありました。小学生の我が息子の絶好の遊び場だったところです。彼がまだ小学生の頃、その荒れ地から遊んで帰ってくると、おばあちゃんが孫のパンツの中に、固く固まったウンチがあることに気づいてニコニコしていたことが思い出されます。子どもっていうのはウンチが出ても気づかないのですね〜〜。そこに小田急線の車庫や何やらの施設が新しくできました。引き込み線から車庫までの建物の屋上には、市民向けの多目的広場や様ざまな公園ができています。

G・Wなのに人影もまばら。ノ〜〜ンビリできます。

 

決意しました。6日に小学校に入学したばかりの孫娘が来たら、娘も含めてお弁当とサッカーボールやグローブやバットを持ってここに来ようと思いました。

 

先日、娘に電話して少し話をしてから孫と替わってもらいました(主目的は孫との会話ですから)。学校のことをあれこれ聞いていると、ひとこと「ながい」といわれました。あれこれ聞きすぎると、今はやりの言葉なのか「ムズイ(難しい)」ともいわれました。参りました。おまけにお母さんに代わっていってもらいたいことがあるそうです。それは「最近のおじいちゃんは、少し、口が臭い」ということでした。成長が著しいと実感させられました。そして、それからは一日5回くらい歯を磨いています。

緑が多くなった野川。

 

 

子どもたちが小さいころ、私は仕事で毎日が午前様。土日もいませんでした。ですから子どもたちに「すまないな〜」という気持ちが強いのです。

以前、そのことを娘に話したとき、「あら、そんなこと思ってないよ。季節ごとにスキーやドライブに連れて行ってくれたし、私はなんて幸せ者だろうと思っていたよ」との言葉はあるのですが。

今年の4月。お泊りに来ました。

白い鳥がいるのですが、写真左のほうには、よく見えませんが大きな鯉が10数匹もいました。

 

 

それはともあれ、結局、歩くのも大儀になって、その屋上公園から帰ってきました。しかも、シルバーパスがあるからということで、2駅だけでしたがバスで帰ってきました。二子玉川までなんてとんでもないことでした。高望みはしないことです。帰宅してからの風呂とビールとソバのうまかったこと。

ビスターリ、ビスターリ(ネパール・インドなどでの言葉。ゆっくり・ゆっくり)です。

 

 

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神の恵み・カレーズ(地下水路)―38

 神の恵み・カレーズ(地下水路)

 

 トルファン・ハミには他の地域には見られない数千年の歴史を持つカレーズ(地下水路)がある。天山山脈の雪解け水をオアシスに導く渠であり、穀物、葡萄、綿花など多様な収穫を得る地下水源である。

カレーズの展示場所だが、中には実際のカレーズが流れている

 

 トルファンのカレーズ(地下水路)は、その昔、ペルシアに5000年ほど前から存在したといわれている。次第に西の北アフリカ、イベリア半島から西のトルキスタン(現在の中央アジア)にまで及び、東トルキスタン(西域、現在の新疆地域)にも達した。現在はトルファンからハミにまで及んでおり、両地域での総延長距離は5000km以上になるといわれている。5000kmを越えるといわれているので、ほぼ同じ距離である万里の長城と比べて、「地下の万里の長城」とも呼ばれている。近年はあまり掘られておらず、しかも地球温暖化の影響を受けて崩壊が進んでいるのが現状である。

これは展示用の人形だが、このようにして縦穴を掘り下げて

カレーズをつくる、というもの

こうやって下がっていって、横に掘り進める。

落ちてくる土砂をカレーズの外へだす作業もする

 

 カレーズは天山山脈の豊富な水を得るために、トルファン、ハミの人びとに伝えられた天からの恵みであろう。そのカレーズを造るには、2〜30mおきくらいに縦穴を掘り、縦穴を次々と掘り進め、水が流れる方向に傾斜を少しずつ下げながら横穴を掘り下っていく。その長さは数キロから100kmにも及ぶ長いものまである。トルファンやハミの人々にとっては、このカレーズがなければ生きていけなかったが、最近ではカレーズを掘らなくなったので、井戸から電機でくみ上げるようになって来た。当然、費用はかさんでくる。毎年カレーズを維持するために掘り返さなければならないのだが、今ではそのような危険を伴う仕事をする人が少なくなっているからである。

これがホンモノのカレーズです

 

 新中国以前、中国は半封建半植民地の状態にあり、小作農民は地主・富農の収奪に苦しめられていたが、トルファン・ハミ地域では、地主ならぬ「水主」がいたのである。現在は無論、水主は国有になっており、農民はそこから水を買っている。現在の国有のカレーズでは、農地や生活者のところまで水を各地に供給するために、蒸発を最小限に食い止め、安定的に供給することが最大の仕事となっている。

2011年、カレーズの展示場所にあった、騎馬遊牧民「高車」に関して、

「高車は我々ウイグル人の祖先である」と書かれている。

ラグ麺の店で麺を討つ店の人

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現代シルクロード研究会は延期します

参りました!

 

先日、現代このブログ欄にシルクロード研究会の開催を書いたのに、延期の連絡です。

1週間ほど前から「せき」が出て苦しみました。現代シルクロード研究会のときでも声が出ないだろうとの判断で、延期を決めました。

先週の土曜日には市の高齢者無料医療診療〜〜〜で近くの町医者に行ったのですが、その時にも症状を訴えたのですが、咳止めの薬をくれただけでした。

 

今回の風邪は激しい咳が出ます。あまりにも激しい咳が出るので、おなかの下の方、腹筋のあたりが筋肉痛を起こしたほどです。ベッドに横になると咳が出るので寝ていられません。階下に行って撮りためてある映画などを見て夜を過ごしています。

10年ほど前に撮影したホータンのポプラ並木です

 

 

きのうの朝、友人の看護師さんに電話で様子を話したのですが、声が出ないのです。ロクに話もできません。でもやっと話せた内容を聞くと彼女は言いました。「野口さんも年なんだし、何があるかわからないから病院へ行った方がいい」とのことでいきました。うちの奥さんからも言われたのですが「大丈夫だよ」といって行かないことにしていたのに・・・

 

声帯がいかれてしまって、声が出ないのです。会議の欠席連絡をしても、一目で(いや、ひと言で、)風邪だと分かってしまいます。

病院の待合室でフェースブックを見ていると、大阪の友人Sさんも私とまったく同じ症状。激励を送りました。“大阪からウイルスを送るな!”と。

同じころ ウイグルの老人の歩く姿

 

予約していないのでだいぶ待たされましたが、診断を受けました。様子を聞くと「ただの、のど風邪ですよ」とのこと。単純な私はこれで、すっかり治ったような気になってしまって、帰りは“ルンルン”気分でした。と言っても、うちの奥さんの車が送り迎えしてくれたのですが。

でも医者に聞きました。「この風邪はいま、流行しているんですか?」と。しかし彼は言いました「だいたい、風邪で大学病院に来る人は少ないですよ」。

 

先日も書きましたが、モンゴル研究の2回目は、かなり苦労しましたが自信を持って発表できるものでした。残念ながら3月にお預けです。

母親が生きている頃、私が風邪をひくと「カゼで酒も飲めないくらいだと心配するけれど、今日は酒を飲んでいるから大丈夫」と言っていました。でも、きのうは飲めませんでした。お酒がほしいと思わないのですね。

 

というわけで、1月28日(土曜日)に予定していた「現代シルクロード研究会」は3月に延期いたします。申し訳ありません。

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今年もよろしくお願いします。

 2017年の新しい年があけました。

 今年もよろしくお願いいたします。

 昨年はブログを大幅にさぼりました。“今年は改心して書きます”などとは決して申しません。気の向いたときにせいぜい一生懸命に書きます。

 

 きのうは恒例の息子と娘夫婦一家が来ての新年会です。

 どういうことか、毎年、幡ヶ谷にいる婿殿の母親がついてきます。「一人暮らしだからおせち料理をつくるのも面倒なので、野口家のおいしい料理が楽しみで来ます」ということです。昨年までは婿殿の弟までがついてきていました。

 三鷹の法律事務所は娘が所長で婿殿が所属弁護士。子どもの保育園の送り迎えがあるので所長を分担しているらしい。仕事が軌道に乗っているのかどうか、聞いたことはありません。

 

 正月でも何でも主役はやはり孫娘です。

 以前、「サンタさんには何をお願いするの?」と聞くと「リカちゃんハウスの広々ゆったりキッチンなんとか・・・」をお願いするといいました。私は車の運転中でしたが、大声で「サンタさんお願いします!!というと「おじいちゃん、サンタさんには大きな声を出さなくてもいいの。ちゃんと聞いてくれているから大丈夫よ」とやさしく諭されました。

 

 年末は初めて親から離れて尾瀬の方へスキー合宿へ行ったそうです。「リフトで一番高いところまで行って、ボーゲンで滑ったよ」と一人前のことを言います。夜の交流会で教わったダンスも披露してくれました。指導員のお兄さんに恋をしたそうです。月日の立つのは早いものです。彼女は4月には一年生。

アフタースキーで教わったダンスを披露してくれました。

左はお父さん。孫娘にお父さんがいると、おじいちゃんには近寄りません。

私のライバルは、彼女のお父さんです。

前歯がぐらぐらしているとのこと。もう大人になるのかよと

少々寂しくなります。

 

 息子は昨年、やっと念願のドローンの会社を立ち上げました。テレビでも紹介された西ノ島をドローンで撮影することに成功し、12月には、山岳遭難者を発見する競技大会(?)で並み居る人たちを引き離して優勝。賞金50万円を獲得しました。「親父に10万円位おとしだまはないのか」というと、「経費やスタッフの慰労でほとんど消えちゃった」とのこと、やっと経営者の自覚が出てきたようです。

 

 私と一日違いの誕生日で45歳になる息子ですが、きのうは、テーブルのものを片づけるし、両親からのたまりにたまったパソコンの質問の講習会、パソコンで教えてもらいたいことが盛りだくさん。ひとつひとつ丁寧に答えてくれます。今までなかったことです。少しは成長したようです。「そんなことなら、この家に住めよ」といいたいくらいに聞きたいことがたまっていました。我がワイフは、パソコンやスマホの使い方を教わることにかこつけて、夜中の12時頃まで息子にまとわりついていたようです。 

 

 そして、きょうは日本シルクロード文化センター役員会のみなさんを中心にした新年会をわが家で開きます。

明日からはまた通常の毎日です。1月末の「現代シルクロード研究会」では、今年一年間通して講義を開く講座での発表。2月15日には、武蔵野市の老年・壮年の市民講座でシルクロードの講演会、この2つの講演の準備中ですが、それ以外にも昨年から引き受けた全国的な交流組織の事務局長としてのハードな仕事も待っています。仕事といっても無論、無給です。

 

 トルコでのテロ、新疆での連日の暴動まがいの事件、地球各地で悪政と圧政に抗する市民の闘いも激しくなるでしょう。そんな今年ですが、荒波を乗りきっていくことにしましょう。

 

 そうそう、4月から5月にかけては、ウルムチからマイカーでローマまでシルクロードを行く車の旅に参加することになりそうです。約1カ月半、ウイグル人や漢人と一緒です。それより車をどうしようかと思案中です。

 2月で74歳。今、わたしは人生の全盛期です。

トルファンの私の友人の姪っ子たち。一人は今、カナダに留学中。

可愛い娘たちです。

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