シルクロード日誌

日本シルクロード文化センターのブログページです。シルクロードに関する情報、コメント、旅日記などを綴ります。
おや まあ〜〜!!世間は動いていますねェ〜〜

私がいつも机に向かう二階の部屋は道路に面しています。

左を向けば、道路の向こう側はマイカーも含めた駐車場があり、そこも含めて荒れ地で草茫々でした。

私の車のところだけはコンクリート製です。

昨年の初めころ、隣家の若旦那が「お宅はどうするんですか?」といってきました。「なんかあったの?」と聞くと、世間は大いに変わっていました。

鉄塔の下のコンクリート部分が私の車の駐車スペースだったのです。

いまは右端の家だけが移転してきています

カメラの目線から見ると、あちらのほうが背が高いということがお分かりでしょう?

 

 

駐車場も含めたこのあたりの大地主が亡くなったとのこと。

その相続問題がどうなったか分かりませんが、それが原因かどうか、駐車場を更地にして8軒の分譲住宅を建てるとのこと。

そんなことより私は困りました。

道路を跨げばわが愛車がいる。その代わりの駐車場を探さなければならない。

やっとのことでさがした駐車場は歩いて350歩。4分ばかりかかります。

ワイフの軽乗用車はわが家の庭ですから問題ありません。

 

それがこのところ建築ブームです。

でも、なかなか買い手がつかなかったようで1年以上かかって、伐採〜整地〜土地の醸成〜買い手がつくと建築が始まる。

それがこのところ5〜6軒をまとめて建築しはじめました。

モンゴルから帰ってきたら軒並み高い建物がありました。

 

建築といっても土地の整地から色々役割分担があるようです。

そこで働いていた青年たちはネパールの人たちでした。

「ナマステ」といっていろいろ話しました。

 

すると4〜5日前、突然、引っ越していて空き家になっていた隣家の取り壊しが始まりました。

今度は中国人の集団です。若者たちに中国語で話しかけます。すると「あなたの中国語は大変うまい」右の親指を立てます。

はじめ私はこの言葉で得意になったものですが、これは中国人の常套句。喜ぶほどのことではありません。

中国人の「親方」といえる人は女性の中国人でした。

ワイフからそそのかされて私は、その女性に中国語であるお願いをしました。

「私は物書きだけど、この作業では騒音がうるさくて仕事ができないなァ〜〜。でも暑いところご苦労様ですね。

ところでお願いなんだけど、取り壊しついでに屋根の上のパラボラアンテナを私にくれないか」と。

築35年近くですから、出てくるのは廃材ばかり。

すると我が家も同じことなのだ〜〜と再認識しました。

 

くれました!くれました!パラボラアンテナを!

で、モノのついでに「私の家の屋根の上のアンテナと付け替えてくれないか」。お願いはとどまるところを知りません。

さすがに「とび職なのでアンテナをつけることはできません」と言われましたが・・・

するとワイフが自分が役員をしている「ブナの会」というサークルに「建築業の会員がいるから彼にお願いしてみる」とのたまわりました。

 

隣家の建物がなくなると、この猛暑でカーテンのないリビングは直鎖日光でいっぱい。

ワイフは冷血人間いや、まちがい。低血圧ですからエアコンは大嫌い。

例年のようにエアコンをつけるつけないの夫婦ゲンカのボルテージがいや増します。

 

最近の家は土台に背の高いコンクリートをつけるので、二階建ての我が家よりはるかに高くなっています。

こちらからは南ですから、あちらからは北。これからは上から睥睨されて、視界もさえぎられて、冬はさぞかし寒いことだろうと思います。

 

閑話休題

今度はまったくちがう話ですが、今朝9時から11時まで、往年のNHKの特集「シルクロード」を放映していました。

自室の掃除を半年ぶりにやろうと決意していたのですが、「掃除をしなくても死にはしない」と思い直してテレビに見入りました。

20年ほど前、東大大学院で「地学」を研究していた李という若い中国人研究者に、わがワイフが苦労してすべてをダビングしてくれたビデオ画面を貸したのですが、今でも帰ってきていません。すべてを持って行かれたのです!

 

それはともかく、これは全編を放映するのかな?スマホをうまく使える人ならわかるのでしょうが楽しみにしておきましょう。

いやいや、そんなことを書こうと思ったのではありません。今日まで2日かけて自室の棚の整理をしていたのです。

机の奥を活用するために本を移動しました。

眼の前のシルクロード関連の本を大移動。

今学んでいるものの資料や研究資料を大量に目の前の書棚に移動。

まあ〜まあ〜満足しています・

これから昼食なのですが、気が付いてみると部屋の掃除は全くやっていませんでした。

明日でいいや〜〜〜〜

 

 

 

 

 

 

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やっと!

やっと、ブログを書く心の余裕ができました。

といっても、本当のところは兄が重病に陥って、心の余裕がないはずなのですが、どういうことか私は、このようなときに、開き直るというか、“心の余裕”ができてしまうようです。

 

やっと、で、もうひとつ。今日の新聞で白鵬が、やっとモンゴル政府が国籍離脱を容認したとの報道がありました。

モンゴルの英雄と言われた白鵬の父親が昨年、亡くなりました。それまでは息子の国籍離脱に反対だったとのことでしたが、その父親が亡くなってハラが決まったようです。

 

15歳でモンゴルから日本に出てきて、42回の優勝を積み重ねてきました。横綱在位は10年を超します。白鵬は当然のこととして、引退後はモンゴル国籍のまま「一代年寄」として、協会と大相撲に貢献したいとの意思がありました。これを阻んできたのが、協会の言う「国籍条項」なのです。

 

現在、モンゴルをはじめとして数多くの外国人力士がいます。グローバル化した大相撲の世界を、現在のような隆盛を誇ることができるのにも、白鵬の力が大であることは誰でもが認められることだと思います。

 

しかし白鵬のその意思を阻むものがありました。相撲協会という「壁」です。

これだけ外国人力士が多くいるのにも関わらず、「日本国籍」がなければダメ!という頑迷な態度と思考は変わりません。

 

外国人であることと、相撲の功績やその資質・情熱は何ら変わることがないはずです。白鵬に対しては、今年春場所の千秋楽で、優勝インタビューの際に、観客に呼びかけて三本締めをしたことに対して「相撲道の伝統と秩序を損なった行為」として譴責処分としました。

 

「伝統」というものは、“古いものを頑迷に守っていればいい”というものではありません。世の中の移り変わりや動きに対して、機敏に対処して新しいものをつくっていくという仕事もあるはずです。

 

相撲界のみならず日本の社会では、およそアジアやアフリカなど非白人に対する態度となると、途端に尊大になる傾向があります。その頂点だったのが、あの悪名高い「大東亜共栄圏」の考えでした。わたしはこれを、日本やアジア特有の「欧米崇拝志向」の裏返しだと思っています。さらにいえば、「中華思想」で「東夷」と言われている日本人の、「小中華思想」=「小中華思想(しょうちゅうかしそう)とは朝鮮で唱えられた中華思想(華夷思想)の一変種であり中華文明圏の中にあって、漢族とは異なる政治体制と言語を維持した民族と国家の間で広まった思想。自らを「中国王朝(大中華)と並び立つもしくは次する文明国で、中華の一役をなすもの(小中華)」と見なそうとする文化的優越主義思想である。この「文化」とは儒教文化のことであり、中華文明をいう」(ウィキペディアから)の表れだとみています。

 

何の根拠もなく、小さい国、遅れていた国、などに対して、自分は、大きい国、えらい国と勘違いして蔑視する傾向のことだと思います。

メディアもどこも、この「白鵬叩き」には容易に迎合します。

本当に相撲が好きな者は、良い相撲を取るものには喝采を送ります。だれにでも。

 

この際、相撲協会は年寄名跡の取得に関しては、改革の必要性があります。

改革のもう一つは、この年寄名跡が数億円で取引されるなどの不明朗なことこそ改革すべき事柄であります。自分たちの既得権を守ろうとする極めて保守的で頑迷な勢力が今でも幅を利かせていることこそが「弊害」そのものです。

 

いまこそ、このような大時代的な「伝統」や「弊害」を取り除く勇気と決断が求められています。元横綱とか大関だったからというだけで大きな力を持てるような勢力だけが幅を利かせる世界でなく、あたら進取の気概を持った能力のあるものを排除しようとすることとの戦いでもあるのだといえます。いま、必要なことは利害関係のない外部の意識の注入でしょう。

 

横綱・大関だったから組織運営能力があるわけではないのです。逆に子どものころ、若いころから相撲界だけで暮らしてきたものにとっては、その能力は不足しているということが常態ではないのでしょうか。

 

法的根拠のない「国技」という美名にいつまでも酔っていては時代に取り残されます。

| コメント | 10:33 | comments(0) | - |
八甲田へ行ってきます

多忙のため、なかなかブログを書く時間と精神的余裕がありません。

八甲田山のブナ林を見てきて、心機一転を図ってきます。

 

野口

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伊藤 蘭さんのこと

 きのうの土曜日の朝、TBSテレビの「サワコの朝」という番組で伊藤蘭さんが出演しました。40数年ぶりに歌手として再デビューするということで評判になっています。64歳になっています。

この写真は、たぶん「キャンディーズ」の頃のでしょう

 

最近の蘭さん。(今日の4枚の写真は、いずれもネットからのものです)

 

 その番組の後半で、サワコさんが、蘭さんの娘の趣里ちゃんが小学校時代に、小夫婦で芝居をしたというエピソードが紹介されました。蘭さんは「学校から芝居に出てくれと言われて驚いたのですが・・・」というエピソードが紹介されていました。

娘の趣里ちゃんと蘭さん

 

 これには一緒に朝食を食べていたうちの奥さんがのけぞって驚いていました。

彼ら夫婦の娘の趣里ちゃんの担任が彼女だったのです。彼女が趣里ちゃんを通してお父さんの水谷豊さんとお母さんにも出てもらいたい、とお願いしたそうです。

 

 それで、両親は驚いたけれど快諾をして出演したとのこと。脚本はワイフが書いたのですが、「小坊主」の役を蘭さんにとお話したら、お父さんのほうが「それはわたしのほうがよいでしょう」といって代わったそうです。

私は彼のドラマはあまり見ませんが、豊さんは良い夫です

 

 脚本はうちの奥さんが書いたのですが、彼女も舞台経験があるので、結局3人で出演したとのこと。何回か稽古をしたようですが、そのとき彼ら夫婦は、その稽古のために10日間くらいスケジュールを開けて稽古に専念したと言います。

 学校では大評判になって、稽古のたびにいろいろなクラスが代わる代わる「見学」に来ていたとのこと。我が家にも来たことがあります。

 

 ただそれだけのことですが、蘭さんがその数十年前のことをインタビュー番組で話すのも驚きですが、いまだにその時のことを鮮明に覚えているのですね。

“年を取ると昔のことはよく覚えている”ということなのか、それともそのこと自体が驚きのことでいまでも鮮明に覚えているのかわかりませんが、今度会ったときに聞いてみましょう。

 

 私は以前に、そのことは聞いていたのですが、よく覚えていることは、彼ら夫婦は互いに尊敬しあっていて、呼び方も互いに「蘭さん」「豊さん」などと呼び合っていました。とても素敵な夫婦でした。

 きょうはシルクロードと関係のない、ミーハーな話ですが、蘭さんと豊さんの夫婦のあり方について書きたかったのです。

ここは2011年6月のホータン郊外の「ラワク遺跡」でのうちの奥さんです。

彼女は写真嫌いですので少ないのです。

 

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新元号に関して意見あり!

いま、このブログを書いている時刻は、午前9時55分です。

数か月前から「新元号」がテレビや新聞で大騒ぎになっています。

「平成」が決まったとき、私はヒマラヤの山登りからから降りてきて、ネパールの首都カトマンズで、しばしの下界を楽しんでいました。

 

昨今、とくに今日は「テレビ東京」以外のほとんどの局が通常の番組を変更して新元号特集を組んでいます。「あと何時間何分で新元号が発表されます」と大騒ぎになっています。

官房長官は、自分が発表するということをどこかの自民党の選挙応援演説で使っていました。これは憲法で禁止している「天皇を政治的に利用する」ことです。

 

浅智恵ですが、現在の地球上で西暦のほかに元号を用いている国があるでしょうか。おそらくないと思います。ましてや、先進国といわれる日本にその様な制度がまだに存在しているということを多くの地球人は信じることができないでしょう。

 

私は元号についてあまり関心がありません。しかし、誰かの誕生日はいつ?と聞いて返事されて、元号でいわれると、そこから自分の生まれた年から換算してやっとわかるということを一体、何年続けてきたことでしょう。もういい加減勘弁してくれと言いたいところです。永年継続してきているこの制度について、反対したところで諦めが先に立つからでしょう。

 

これは政府が決めることのようです。

国民の声を聴くというゼスチュアの為に「有識者」を招いていますが、政府が「有識者ごときに変更させられてたまるか」という態度は見事なものです。

 

私は以前、青森県と秋田県にまたがる「白神山地」が世界遺産に登録されたあと、政府・林野庁が何の根拠もなく「白神が世界遺産に登録されたから『入山禁止』だ」というとんでもない法律を決めようとしたとき、月曜日の午前10時から、しかも青森県の人影もない大鰐温泉スキー場で行うという会議を、国民が最も参加しにくい月曜日の朝に設定しました。その会議に東京から飛んで行ったことがあります。

 

会議で政府・林野庁は、多くの参加者から「反対」の声が出たにもかかわらず、「国民の声を聴いた」として平気で入山禁止を押し通しました。まさに“馬の顔になんとか”という様相でした。

 

今回の新元号を決めるということに何のメリットがあるのでしょうか。

一つは、神話や伝説を国の歴史にしてしまうという乱暴な考え方があります。

ここに日本の歴史が事実・真実から出発したものでなく、ただただ、天皇家の歴史を、日本の歴史に置き換えて、それを自分の哲学を置いている層がいまだに根強く存在していることにあるといえます。

 

この層が、「神風特攻隊」を言い、憲法9条を戦争ができる憲法に変えていこうとしているのだといえます。

 

もう一つは、そのための手段として、今の権力者が定期的にマスコミ各社の社長たちと会食を繰り返しており、(おそらく)そこで、戦略が伝達されていることだろうと言えることです。

 

最後に言いたいことは、今度の元号名に安倍首相が自分の名前の一字を入れるかどうかだということです。

それをやっちゃあいけね〜よ、です。

 

まだまだありますが、しばらくはこの狂想曲が通り過ぎるのを静かに待ちましょう。

 

いま、10時45分です。

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