シルクロード日誌

日本シルクロード文化センターのブログページです。シルクロードに関する情報、コメント、旅日記などを綴ります。
シルクロードと”醜女の深情け”

23日の朝日に(ひょっとすると22日か24日だったかもしれません)。

二段抜きの記事で「批判受けドラマ名変更」として次のような記事がありました。

大阪の読売テレビでは、来年1月から日本テレビ系で放送予定の連続ドラマ「ちょうどいいブスのススメ」の正式タイトルを「人生が楽しくなる幸せの法則」にすると発表した。

 

インターネット上などで「ちょうどいいブス」という表現について批判が相次いでおり、変えたということです。

私が何を言いたいのかというと、もうおわかりのように「醜女(しこめ)の深情け」というタイトルは、米原万里ちゃんの著書のタイトルではあるのですが、私がこの言葉を使用することはよくないのではないかと思ったわけです。

 

いまは、セクハラ、パワハラの問題で世界中が揺れ動いています。

12月の98回目の「シルクロード講座」のあとの懇親会で、わざわざ大阪から来てくださった3月まで大学教授をしていた友人が同席しました。私の古くからのシルクロードの旅の友です。

すると拙宅の近所の86歳の老爺が、隣に座った彼女の肩に手をかけ、背中に回した手を上下に動かしたりし始めました。

私は「今は、それはよくないんだよ」と再三、言いましたが、「何言ってんだい、男はこれくらいしたっていいんだよ〜〜〜」ということで私の注意を聞きません。

 

団塊の世代から以降の人たちは職場などでの研修で、これらの事柄はセクハラ・パワハラだということを学びますが、それ以前の年代は学習をしていません。

しかし、学習をしていなくても、新聞やテレビなどでさんざんこれらの問題を取り上げていますから、それなりに理解しているはずです。

 

でも、いくら言われてもわからない人には、いくら言ってもわかりません。いや、わかろうとしないのです。そのような人びとがまだまだたくさんいます。

それらの男たちの一部が世界中で問題を起こしているのですね。

 

私もそれらについて、人にも言い、自戒もしているつもりなのですが、長い間の慣習はなかなか直りません。で、この「醜女」をやめようと思いました。

でもちょっと考えました。

親しい友人の著書のタイトルを使ったくらいで「セクハラ」になるのかなという思いがありました。

みなさんはどうお考えですか?

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テレビ東京が我が家を襲来

おととい、息子からの急な電話(およそ、息子という生き物は、自分の都合のいい時あるいはお金をせびるときにしか親に連絡してこないものです)。「明日行く」と。

 

実は我が愚息は正月5日に「結婚披露パーティ」をします。

2人とも「再婚」なので「結婚式」とか「披露宴」などはしませんが、仲間内の実行委員会形式のパーティを行うことになったとのことです。

それで、我が家と私の兄の家を訪ねて撮影をし、パーティ当日に映像を披露するとのことです。

 

カメラマンとヘリのパイロットの双方を生業(なりわい)としている息子ですが、珍しく「テレビ東京」のディレクターとの同行でした。彼はテレビカメラを持ってきました。

 

なぜかというと、息子は8年近く、テレビ東京およびBSテレビ東京で放映した「空から日本を見てみよう」というかなり人気な番組の撮影をしてきた関係で一緒に来たようです。

 

もう一つの用件は、息子の「子どもの時の写真が一枚もないからもらっていきたい」ということでした。

2〜3日前に汚い段ボールをどこかの隅っこから取り出しました。見たこともない写真がたくさんあったので、時間がかかってしまいましたが、その写真もディレクターの興味を引いて何枚かをアップで撮影していました。

 

いよいよ撮影に入ります。息子たち夫婦を別の部屋に追い出して、彼(中村という青年で31歳)が、台所に立っている「お母さん」とテーブルに座っている「お父さん」を、それぞれカメラを構えながらインタビューです。

私たち両親への質問は、ありきたりの内容でしたが、私はかなりアマノジャクの返事をしたので、カメラマンの中村さんは驚いていました。

 

出来栄えがどうなるかは、ディレクターの腕前一つなのですが、彼はとにかく若い。テレビ関係の仕事をする人たちはとても若いようです。ほとんどが20歳代半ばから30歳代半ばくらいだそうです。残りは出世するか、退職するかだそうです。

 

「お母さん」が用意したお昼は、私たちも驚くほどの健舌ぶりでした。

鶏のから揚げ、刺身、野菜サラダ、焼きそば、一つ一つお皿をきれいにしてくれます。

実に愉快で楽しくなる彼の食事ぶりでした。私が撮影したいくらいのものでした。

40歳代半ばになった息子ですが、死の淵を除いた不幸な離婚のあと15年くらいたってからの”幸せ”を喜んでやりたいと思います。

 

話は変わりますが今日はクリスマスイブ。

冬至の関係で、今頃から少しずつ日の出が早くなり、日が沈む時間が遅くなります。うれしいことです。

 

我が家は関係ないのですが、昨年まで孫は「サンタさんがプレゼントをもってやってくる」と本気にしていたようですが、今年は「おじいちゃんサンタが狛江からプレゼントを持ってくる」に変化・発展したようです。

娘に母親がリクエストを聞いて、プレゼントをしっかり買って来ていました。

息子より孫のほうがかわいいです。

 

 

空から日本を見てみよう』は、テレビ東京系列で放送されたバラエティ番組紀行番組である。

本項では、BSジャパンで、続編として201210月2から 20189月27まで放送されていた『空から日本を見てみよう plus以下『plus』と表記)、外編として放送されていた『くもじいの休日 空から伊勢志摩を見てみよう』についても記述する。それらの内容は共通のものが多いが、「地上波レギュラー時代」と示した場合はテレビ東京系列で放送されていた内容のみに対する記述である。

 

2018年8月現在。

  • 空撮 - 野口克也
  • 技術協力 - 小川航空、株式会社ヘキサメディアキューカンバー
  • AD - 畠美波/千丈直人、浅川智実、広瀬萌子、河野展之、鈴木奏美
  • ディレクター - 中村優一郎、笹原有翔、片岡義貴、五十嵐健太
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シルクロードと”醜女の深情け”

この「醜女の深情け」という言葉を私はどこで聞いたのかよく覚えています。

それは、米原万里という女性の著書からです。私の妹のような存在でした。

彼女のお父さんの仕事の関係で9歳のときにチェコのプラハに行きました。

ですからプラハではロシア語の学校で学びました。

米原万里は悲しいことに2006年に56歳で亡くなりました。

 

ネットからですが、この言葉の語源を紹介します。

 

醜女の深情け』(しこめのふかなさけ、Tillie's Punctured Romance)は、1914公開のサイレント映画キーストン社による製作で、監督はマック・セネット。映画史上最初の長編喜劇としてその名を残し[1]、のちにアカデミー主演女優賞を受賞するマリー・ドレスラーの映画デビュー作として記録されている。助演はメーベル・ノーマンドチャールズ・チャップリンで、その他キーストン社の主だった俳優が出演するなど、文字通り社を挙げて製作した映画である。「チャップリン映画」という観点で見ると、1971年に映画研究家ウノ・アスプランドが制定したチャップリンのフィルモグラフィーの整理システムに基づけば、チャップリンの映画出演33作目にあたり[2][注釈 1]、またチャップリンが他人のメガホンのもとで出演した事実上最後の映画であって、別のスターの脇に回った唯一の映画でもある[1]

1914年当時のポスター

 

帰国後はロシア語通訳協会のような組織をつくって事務局長になっています。

元ソ連の首相だったゴルバチョフの話のテレビでの同時通訳を務め、来日したエリツィンの通訳を務めてこの道で行こうと決意したようです。

その後は作家として華々しくデビューしました。

その一連の作品に、彼女の著書『不実な美女か貞淑な醜女か』があったのですが、それがこのブログのヒントでした。

 

彼女は才気ばしった女でした。彼女の著書のファンもたくさんいたようです。

しかし、私は彼女の本は読みませんでした。

その才気ばしったところが嫌いだったからです。性格をよく知っているからです。でも本当の「嫌い」ではありませんでした。

 

 

因みに彼女の毒舌一覧をホームページから紹介します。

 

米原万里の毒舌語録

 

私の毒舌に耐えられる人が私の周りに残るのよ。

 

―年齢も体重も隠さなかったのは―
「見ればわかることを隠してもしょうがないでしょ」

 

―ナイーヴな友人について―
「あの人傷つきやすいけど、傷は浅い」

 

―タイプでない男性に会った後は―
どの時代のどの民族に生まれてもモテなそうな人ね。

 

今日はこれくらいにしておきましょう。

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シルクロード&醜女(しこめ)の深情け

きょうの表題は別にセクハラを話題にしようと思っているわけではありません。

昔からある言い方なんです。

 

要するに私の”シルクロード愛”のことです。

おおかたのシルクロード研究者や学者の方がたは、ほとんどは大学で学び、大学院で研究し、卒業後はどこかの大学の教員となり、その大学の学生たちを率いて中国や中央アジアやモンゴルなどへ遺跡調査などに行きます。

ですから、60歳の研究者は40年前後もシルクロードや古代から中世の歴史を研究していることになります。

 

20〜30年前のこと私の地元で「市民大学」があり、そこで近くの大学のある教授が講義していました。

私はふらりと足を運んだのですが、お話しは敦煌の大仏の耳の話。

聞いていると、この耳の話が延々1時間以上にも及びました。

私はたまらず逃げ出しました。

そして思いました。「こういう学者にならないように!」と。

そして、その話より、わたしの話のほうがよほど面白いのに、と思いながら・・・

 

私がシルクロードに関心を抱いたのは北京留学中のことです。

あちらでは、1人の留学生につき優秀な中国人学生が同室になります。

私の隣の部屋に入ったのが、ウイグル人学生でした。

長身の彼はいつも歌を歌いながら部屋を掃除したり、洗濯をしていました。

その歌は聞いたことのない歌ばかりでした。

この写真は2012年に46年ぶりに、懐かしの母校「北京体育大学」を

訪問した時の写真です。わたしの右後ろの建物は留学生宿舎です。

 

 

それまで日本では一般に「シルクロード」という単語さえほとんどなかったのですが、わたしはそこで学びました。

彼も「シルクロード」という中国語さえ知りませんでした。

というより、当時(1965年前後)の中国に、その単語があったかどうかもわかりません。

それはいまでも同じです。シルクロードの地に人びとは、自分たちに住んでいるところが「シルクロード」と呼ばれるところだなどと誰も思ったことはありません。

どういうことか彼とウマが合って、歌を教わり、ウイグルの話を聞き、日本の話をするようになりました。

 

帰国後、10数年たってからテレビで「シルクロード」が大変な人気になりました。

わたしはこのシルクロードブームに触れることもできずに、スポーツ分野でのボランティア活動に熱中していました。

でも少しは思っていました。「いつかはこの道の勉強をしよう」と。

 

それから何年くらいたつのか、はっきりしません。

山岳連盟の全国組織の専従事務局長になってから、仕事の関係と自らの志向でヒマラヤや天山山脈などを訪れるようになりました。

ヒマラヤに登れば”この山の向こうにはチベットがある”、キルギスなどから天山山脈に登れば”この山の向こうには新疆シルクロードがある”と思うようになりました。

そして退職・退任後は、スポーツの分野とシルクロードの分野の二股の生活をするようになりました。

 

いずれも”酬女の深情け”です。

 

この写真は北京体育学院(65年当時の名称)の室内陸上競技場です。

 

 

 

 

 

 

 

 

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安田純平さん解放の報。本人を追い詰めるあらゆる対応を控え、心的外傷の治療を最優先すべき

安田純平さんが無事解放されました。

国際人権問題で著名な伊藤和子さんのメモがあります。

私と全く同じ気持ちです。

少々長文ですが、コピーしてご紹介させていただきます。 野口

 

伊藤和子  | 弁護士、国際人権NGOヒューマンライツ・ナウ事務局長

10/24(水) 12:50 ■ 解放の報に想うこと

 

 日本時間の昨夜、「ジャーナリストの安田純平さんが解放されたらしい」との報に接した。

これまでイラクやシリア等、中東の人権問題に関してのシンポジウムなどで一緒に登壇する機会がしばしばあった安田さんは、今や本当に希少価値となっている日本が誇る戦場ジャーナリストであり、卓越した取材力とサバイバルスキルを身に着けており、私はかねてより尊敬していた。

 

 最後に安田さんと一緒に登壇したのは、後藤健二さんが殺害された直後のトークイベントであった。

後藤さんの死とともに後藤さんの生き方を振り返り、中東地域で続く殺戮や人々の苦しみに対する日本の無関心さにどう向き合うべきか、ジャーナリストやNGOの使命は何か、ということを語り合ったことを忘れられない。

 

 安田さんは絶対に死なないで生きて帰ると信じていたが、胸がつぶれそうな映像にも接してきた。

本人はどれほど筆舌に尽くしがたい恐怖と苦悩の日々(これでは十分な言葉と言えないが、言葉を尽くせないものがある)を過ごしてきたことだろう。

 それゆえ、「解放されたらしい」との報には私なりに万感の思いがあり、本当であればこんなに嬉しいことはない。

■ 心的外傷に十分配慮する必要があること

 一方で、本当な解放されたとの報が確実になったとして、その後の安田さんについて、様々な懸念がある。

 人質体験の心的外傷は、絶え間ない緊張を強いられる拘束時には十分に自覚されず、解放後にどっと出てきて、大変なPTSDにつながることが過去の臨床経験からも示されている。

 

 自責の念に駆られやすく、希死念慮もひどくなりがちである。拘束中にどれだけの死を見てきたかわからないが、他者の死を目撃し続けたことにも傷つき、「なぜ自分が生き残ったのか」と自問する可能性が高い。

 

 国内犯罪の人質になった場合や、過酷なDVや人身取引・レイプの被害にあってきた場合も、PTSDはむしろ加害から離脱した後のほうが深刻になることが知られており、加害からの離脱後にあらゆる心理的負荷要因をできるだけ減らさないと、PTSDは悪化する。

 まして、今回のように長期間にわたる戦闘地域周辺での、武装勢力による拘束、絶え間ない処刑の恐怖といった負荷要因がある安田さんのケースでは、心理状態はどのようなものなのか、現状では想像すらできない。

 安田さんは精神的に非常にタフな人であるが、PTSDの治療は大きな課題であり、軽視すると大変なことになりかねない。

 

 絶え間ない処刑の恐怖と拘禁反応により、深刻な乖離等の症状が起きることがあることは、日本の事例でも知られるところである。

 とにかく一日も早く、専門的な医師により心身のケア、特にメンタルのケアを受ける必要がある。

 この時期にストレスがかかったり、自責の念を増やしたりする要因を避けないと、PTSDが余計深刻になることは必至である。

 とにかく、これ以上の心理的負荷をかけないでいただきたいと切に願う。

■ 日本社会の対応への懸念

 筆者は現在、ニューヨークに出張中のため、日本の空気がどんな状況か手に取るようにはわからない。

しかし、報道各社はメディアスクラムを組み、本人からコメントを取りたいと押し寄せることが予想される。

また、警察庁等も、本件が国際的なテロ事件であるという観点から、「参考人」として安田さんの事情聴取を行う可能性があるであろう。

 

 そして、さらに懸念されるのは、仮に、安田さんが第一声を発する機会があったとして、その内容が人々の期待に添わないものであればバッシングが発生する危険性もある、ということである。

 筆者は、2004年に三人の男女がイラクで人質になり、釈放された後の経過について、ご家族および釈放後のご本人たちを弁護士としてサポートした経験があり、その経験からこうしたことが当然予想される。

あの時は、解放されたばかりの三人に当初取材が殺到し、そのコメントの一端が伝えられると、バッシングが始まった。

 

「自己責任」から「自作自演」まで、「税金を返せ」というものもあり、バッシングは長く執拗に続いた。政府内部からもこうした意見が流れ、人心をあおった面が否定できない。

 

 あの時のバッシングはきわめてひどく、生死のはざまの過酷な人質体験から解放された若い人たちにとっては著しく非人道的な状況であった。被害者の方は「人質の時より、日本に帰国してからの方が地獄だった」とあまりに悲しい心情を吐露したものだ。PTSDからの回復には大変な時間を要することとなった。

 

 その一人、今井紀明さんが当時を振り返っている。 

 誤報や誹謗中傷がエスカレートし、束になって襲い掛かるバッシングの暴力性がいかに深刻なものか、認識していただければと思う。

 帰国してから、メディアは、「一言でも本人からコメントを取りたい」「会見を開いてほしい」等と迫るが、そうした行動は本人を追い詰める。疲労困憊し切った人が、非の打ち所のない万全の会見対策などできるであろうか。

 会見しなければならないということそのものに多大なストレスを感じるものである。

 

 筆者も、2004年の人質事件の解放後、上記三人の人質となられた方のうち比較的症状が軽いと見られた方々について、メディアが強く会見を求めてきたので、ご本人とその件について話し合いをせざるを得ない局面があった。しかしその最中に、ご本人の体にじんましんがみるみる出てきてしまい、会見というのがどれほどのプレッシャーなのかをまざまざと理解した。当然、会見は行わないことを決定した。

 

 メディアスクラム、本人からコメントを取ろうとする取材合戦、会見要求等は本人をとことん追い詰めることになるので、本人が自発的に望む場合以外は控えるべきだ。

  警察による事情聴取も方法如何によっては深刻なPTSDにつながりかねないため、どうしても行う場合であっても精神科医等の助言に従い慎重に進める必要があるだろう。そもそも、過酷な体験を思い出すことそのものが大きな心理的負荷である。

 

  とにかくメディアスクラムやストレスをかける対応、ましてバッシングはやめていただきたい。

 政府関係者、国会議員等からはバッシングをそそるようないかなる発言もやめていただきたい。これは人道に関わる問題である。

 

 誰もが安田さんに聞きたいことがある。しかし、本人が今真に語りたいのであれば語っていただくのがよいであろうが、そうでなければ本人が語りたいときに語るのを任せ、治療を優先すべきだと思う。

 ようやく生きのびた人に対して、「死にたい」と思わせるような追い詰め方をする日本社会であってはならないと強く思う。

 そしてこのような懸念が杞憂に過ぎないことを期待します。(了)

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