シルクロード日誌

日本シルクロード文化センターのブログページです。シルクロードに関する情報、コメント、旅日記などを綴ります。
明日の日本テレビで・・・・

 先日、11月末のこと、日本テレビの番組制作者の女性から電話がありました。

 「『頭脳王』というクイズ番組で人類最古の平和条約について設問したいので教えてほしい」とのことでした。

 

 この種の問い合わせは以前から何度もありました。で、この問題は、以前の「シルクロード講座」で当会員のTさんが、同様のテーマでお話をされたことがありますので、そちらへ電話するように言いました。

 

 Tさんからは、きのう次のようなメールをくださいました。

関係する画像を4枚程送りましたところ、そのうちの1枚を使わせて欲しいとのことでした。但し、本件は放送日直前まで口外しないようにとの要請があり、漸く一昨日OKが出ました。その様な事情で野口さんへの報告が遅れました。

 放送日は12月16日(金)、明日です。

 日本TV(4CH) 21:00〜23:00 まで放映するそうです。

 

この番組は、かなり難しい設問があるクイズ番組のようです。私は見たことはありません。カデシュもその様な設問の一つと思われますので、放送はごく短時間と思われます」。

 

 

 2015年9月のシルクロード講座の報告をしたブログを再録しましょう。

 

2015年9月13日(土)は日本シルクロード文化センター恒例の第55回シルクロード講座でした。
今回の講師は、当会の会員で放送大学人間学研究会の当金彦宏さん。
テーマは「人類最古の平和条約“カデシュ” 〜ヒッタイトとエジプトはいかに戦い、どのような和平を結んだのか〜」。お話は

1. 一枚の楔形粘土板文書の発掘

 ヒッタイト王国の発見・・・蘇る幻の王国

2. ヒッタイト帝国の拡大とエジプトヘの影響

3. エジプト王国第18王朝の対外政策

4. カデシュの戦い:ヒッタイト vs エジプト

5. 人類最古の平和条約・・・何を取り交わしたのか、両国の思惑は?

6. カデシュの戦いの記録

7. 紀元前1200年ごろの大転換

8. まとめ

というレジュメに沿って、多くの図版や写真を映写しながら進められました。

1906年、アナトリア(トルコ)で楔形文字が刻まれた一枚の粘土板文書が発掘されました。解読の結果、紀元前1259年にヒッタイト帝国ハットウシリ3世とエジプト王国ラメセス2世が調印した平和条約と判明しました。
両国は、紀元前1275年カデシュ(現在のシリア)で戦いを交えました。この戦いは、馬2頭立て戦車による当時の最精鋭軍隊の激突でした。のちに両国は講和を結びお互いに署名した文書を交換しました。
エジプトに於いては、既にヒエログリフが解読(1822年)されていた為、エジプト各地の神殿、葬祭殿等の壁画並びにパピルス文書等によりカデシュで戦いがあったことは、知られていましたがヒッタイト帝国の存在は謎に包まれていました。この粘土板文書発掘は、幻のヒッタイト帝国を甦えらせました。

 

(この下段に写真があったのですが、私の技術ではコピーできません。悪しからず)
粘土板
タイトルから想像すると何やら難しそうでしたが、幻の王国と言われていたヒッタイトが、発掘された約3万枚の粘土板文書によって存在‑を証明されたこと、そこに刻まれていた楔形文字の解読によって、粘土板にはカデシュの平和条約やエジプト王妃からヒッタイト王妃への書簡、鉄製品取引に関するものなどが書かれていることが分かったこと、ヒッタイトは鉄製武器や馬2頭立て戦車を用いていたことなど、今から3000年も前の世界が明らかにされていく面白さにすっかり聞き入ってしまいました。

交流の時間には、これからトルコ旅行をしたい方や、歴史に興味のある方の質問が相次ぎました。その後は、これも恒例の場所を移しての懇親会で盛り上がりました。

| お知らせ | 09:34 | comments(0) | - |
あ る 休 日   1018  野口 信彦

3日前の10月15日(土曜日)。私の生活圏である小田急線の

 喜多見駅から野川〜成城学園〜東宝撮影所跡〜仙川〜岡本〜瀬田〜二子玉川をウォーキングしてきました。

 わたしのこれまでのウオーキングのなかではもっとも素敵なコースでした。

調布市ウォ―キング教室の講師をつとめるうちのカミさんのストレッチの指導

どうしても写真が90度曲がりません。

 

 案内役の三浦さんとは、もうすでに40年以上に及ぶお付き合い。互いの住まいも歩いて5分くらいのところ。1年ほど前に奥さんの突然の死ということがあって、ときどきわが家で夕餉をともにしています。

もうすでに齢(よわい)80を超える人生の先輩です。「日本シルクロード文化センター」の副代表ですが、スポーツ分野でも一緒に活動しています。

成城の小田急線のガード下の小さな水車と「滝」

成城の街並み。この1本隣の道に亡くなった石原裕次郎の家、

現在は北原三枝さんの住んでいるお宅があります。

 

 その三浦さんが、かつてなく力を入れて評価し、かつ推薦していたのが、このコースです。私もこのコースを聞いただけで、これは一見の価値ありと判断してカミさんを誘っていきました。

写真の右は三浦二郎さん。お隣は、わざわざ仙台から来た

同じ宮城県スポーツ連盟ウォーキングクラブの仲間。

 

 

 野川沿いは昔から緑濃き場所だったので数多く散歩をしていました。成城では山本嘉次郎の自宅だった家があり、小川のようなせせらぎがありました。

野川

白い鳥は何を考えているのか

 

お隣の仙川から二子玉川までのコースは初めて。仙川沿いでは岡本の民家園など、これでもかというほどの自然あふれるコースでした。

岡本民家園。ちょうど葉っぱで舟などをつくっていました。

民家園で遭遇したチビちゃん

 

 世田谷道り沿いの回転する大蔵大仏のあるお寺の一隅で昼食をとろうとすると、趣のある部屋に通されておにぎりやサンドイッチをパクリ。4時間少々歩いて二子玉川の駅近く。

お座敷に通されてお昼。22歳の若い女性もいます。違います、向こう側です。

世田谷通り沿いにある妙法寺の回転する大仏で集合写真

 

そこで解散なのですが、いつものようにビールかコーヒー。私とカミさんはそこでみなさんとお別れして三軒茶屋へ。三浦さんが“えっ!野口さんいかないの?”とびっくりした顔。飲む席は断ったことがない私でしたので驚いていました。

仙川は二子に近づくと丸子川となる

二子川で終点

 

 田園都市線で三軒茶屋へ。私は昔、大井町線で溝の口から大井町まで通勤していましたが、この近辺は路線の名前が変わって乗りにくくなっています。

 

 まっ、三軒茶屋では「茶屋de大道芸」というイベント大集合があるとのこと。これは私たち夫婦の女性の友達のM女史からのおすすめ。彼女はどういうことか名前と写真の掲載を頑なに拒む人。殺人の疑いで警察かヤクザから逃げ回っているのか、あるいは秘密工作員なのだろうかと思いたいほどです。以前、このブログで写真と名前を掲載して、こっぴどく叱られたことがありました。

 冗談はともかく3時半から各種の大道芸をたっぷり楽しみました。夜の10時近くまで楽しんでいましたが、この間、2回ほど飲み屋に入るなど、久しぶりの夜遊びでした。この日歩いた歩数は2万歩。大したもんです。

 あとは写真をお楽しみください。

ディキシーランドジャズでした

若い女性プレーヤーのアルトサックスも、なかなかでした。

肉!肉!肉!

駱駝艦のメンバー

中国の「雑技団」

のっぽはなんといったかな〜〜〜?

三軒茶屋の街を楽隊がラッパを吹きながら歩いていました。

わたしも子どものようにあとをついていきました。 

 

※そうそう、カンボジアの連載が終わりました。次はラオス、タイ、ミャンマーが控えていますが、今月末からスタートする連続講座のレジュメづくりやらパワーポイントづくり(レベル向上を目指して教室で教わります)、11月には「シルクロード講座」で、インドシナ半島5カ国を訪ねて」で同様の報告の準備、それに日本シルクロード文化センターの総会に向けての準備、などなどがあります。おまけに、よせばいいのにといわれそうですが、最近、全国的な交流団体の事務局長にもなりました。激務が待ち構えています。ということで、連載はしばらくお休みします。

 もう一つ理由がありますインドシナ半島のことを書いているのですが、シルクロードのことがほとんど書けていません。

 

 それらも手掛けたいと思っていて、お休みするということです。

 再開はいつのことになるやら分かりませんが、必ず書きます。

| お知らせ | 11:03 | comments(0) | - |
ブログ しばらくお休みします
 2日の土曜日はワイフとその友人や仲間と多摩川でお花見をしました。
 実は、その日は世田谷の砧公園でいつもの旅仲間の女性のグループと私たちが招かれていたのですが、天候不順と寒さがあったので中止になりました。
 ワイフが準備していたちらし寿司が余ってしまうので、1人でも2人でも時間のある人と多摩川でお花見をしようということになり、急きょ、集まったのです。
 
 私はビールと酒を持参して楽しみました。実は“多摩川でお花見をする”というのは、私の長年の夢だったのです。しかし、忙しい仲間たちと場所取りの激しいところでのお花見は難しいと思っていたので、声をかけたこともありませんでした。
 
 翌日の日曜日も、ウォーキング仲間たちとのお花見でした。西武新宿線の東大和市駅に集合して小金井公園でのお花見。野火止用水に沿って歩きながらの桜もきれいなものでした。10km以上も歩いてやっと小金井公園にたどり着いたころは、もう2時近く。おなかがペコペコ。公園の入り口に入ったところですぐに昼食。まわりに桜の花はありませんでした。花よりダンゴ”です。
 
 いつもは花粉症で桜の時期は外出もできなかったのですが、最近は外に出てもくしゃみや鼻水があまり出ません。「花粉の神」も、もう私を見放したのかもしれません。
 
 本題です。

 4月24日から長い旅に出ます。1カ月近い旅ですのでしばらくブログをお休みします。元ハノイ特派員が同行です。ベトナムのハノイ、フエ、ホーチミン市へ行くのですが、ベトナムの旅が終わってからは独り旅です。ホーチミン市では旧友が滞在しているので、彼と2〜3日一緒に過ごしてから、バスや夜行列車でカンボジア各地、さらにラオス、タイ、ミャンマーへと続けます。
 
 ホテルもバスも飛行機も何もかも予約なしでその場で決めることになります。パソコンは持参しますが、4万円で買った、インターネットの使えない、文字通り、文字だけを書けるものです。はてさて、どんな旅になるやらわかりませんが、いずれご紹介できる日が来るかもしれません。
 
 旅の目的は、“海のシルクロード”の研究です。東南アジアの国ぐにや民族の起源、中世に至ってのヨーロッパからの交易と侵略の歴史、近年に至っての日本軍の加害の歴史も無視することはできません。そんな、あれもこれも見聞できるはずもありません。まあ〜、適当にまわります。
 
 それらの準備には「事前研究」が大切です。帰国後は、それ以上にまとめる作業があります。私は几帳面な性格なので、ブログを休むと犯罪者のような気分になってしまいます。で、無理して書くこともあります。しばらくは、それから解放されます。
 
 わたしは、それとは別に、前日のニュースをもとにした「世界と日本の動きとスポーツ界」を書く作業もあります。まとめて書くものとしては、「日本シルクロード文化センターの活動」「シルクロード各地の出来事」などもあります。新聞やテレビあるいはインターネットなどのニュース類からメモをしておいて、翌朝に書くのですが、これも1〜2時間かかります。毎日の作業はかなりの負担になっていました。これも8日で終わりにします。
 
 そういうわけですので、しばらくブログからお別れします。
 また、いつの日かお会いしましょう。ありがとうございました。
   野口信彦

至福の時です

孫に会いたいということもありますが、母親になった娘が、
どんどん可愛くなってきます。
 
※出発まで、特に書きたいことや書かなければならないことがあれば、突発的に書くことがあるかもしれません。
 
| お知らせ | 10:08 | comments(0) | - |
誰も知らない国・トルクメニスタンの旅
 日本シルクロード文化センターの総会では、いくつかのことを決めました。
 その一つが、毎年恒例のシルクロード・ツアーです。
 今年は中央アジアの、“誰も知らない国トルクメニスタン”へのツアーです。

トルクメニスタンの舞姫たち。これはある農家の庭での夕食の時。
この「農家」は、以前は共産党の幹部だったそうです。

 
 とはいっても、このブログをお読みの方がたは、中央アジアやトルクメニスタンへ行ったことがあるかもしれませんね。よくテレビでやっている“日本人の99・?%が行ったことのない国”と放映していますね。あの類でいうと、「トルクメニスタン」という国は“誰も知らない国”といえるかもしれません。

首都アシュガバードのバザールの主婦たち

 
 今回の旅のメリットは、トルクメニスタンへいくのですが、それだけではありません。ウズベキスタン航空の直行便で行きますから、首都タシケントへ行きます。
帰路はブハラの観光もあります。これも楽しみの一つです。また当然、短時間ながらタシケントの観光もあります。
  
 もう一つのおまけがあります。
 それはウズベキスタン共和国のなかにある「カラカルパクスタン共和国」も観光できるのです。ここでは首都ヌクスに泊まります。
 ヌクスではザヴィツキー美術館の見学とミズダハン遺跡、グヤルカラ都城跡などを見学できます。
  いうなれば、一度のツアーで3か国に行くことができて、それぞれシルクロードの歴史遺産を観光できるわけです。
 
 トルクメニスタンは私も2度ほど行きましたが、最も印象深かったところはメルヴの遺跡でした。かつて、王と舞姫が豪華な宮殿で華やかに暮らしていた遺跡の隣には、一生涯、故郷へは帰れないであろう奴隷たちの住む建物。支配するものとされるもの、この圧倒的な違いにいまさらながら驚かされたものです。

メルヴの遺跡で 2009年でした
 
 また、トルクメニスタンで有名な話は、やたらに大統領の写真が多いことです。個人崇拝の極みです。これは北朝鮮より激しい個人崇拝かもしれません。
 そして金ぴかの建物群です。前の大統領ニヤゾフは心臓まひで死んだということになっていますが、本当のことは誰も分かりません。そのニヤゾフの両親と兄が死んだので建てたという宮殿があります。また、ほとんど市民の行かない国立歴史博物館もあります。

前大統領ニヤゾフが親兄弟のためだけに建てたモスク
 
 トルクメニスタンのダルヴァザでは、「地獄の門」といわれる、消えない有毒ガスの放出現場を見ることができ、古代パルティアの首都ニサ、古代都市アナウの遺跡も見ます。マールイでは中央アジア最大の遺跡、オアシス都市のメルヴを見学します。

090528 トルクメニスタン・パルティア王国の遺跡「ニサ」


 面白いのは国境の往復です。面白いというのは、どれほど非効率的なやり方なのかという点です。以前は、コンピューターがあるのに、私たちの名簿を2人の兵士が、一人ひとり読み上げながらボールペンでチェックしていました。
 さらにたまたま、イスラムのお祈りの時間になると、すべての国境越えの事務作業は止まります。お祈りが終わるまで待つしかありません。
 
 とにかく、トルクメニスタンいや中央アジアの旅は、日本とは多くのところが違います。ですから面白い旅ができます。
 
| お知らせ | 11:33 | comments(0) | - |
白神山地へいってきます。
きょうから1週間ほど、秋田県・青森県の白神山地へ出かけますので、ブログはお休みです。

野口信彦
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