シルクロード日誌

日本シルクロード文化センターのブログページです。シルクロードに関する情報、コメント、旅日記などを綴ります。
―64 ピシャンで回族のアホンに面会

 さあ、では回族の人そのものに直接、話を聞いてみよう。

ピシャンとルクチュンの間

 

 

 トルファン市のピシャン県は中国で10本の指に入るほど面積の大きな県である。公務員の給料も2004年の1月1日から大幅に上がって、トルファン市より20%くらい高くなったそうだ。その理由は、近くに石油が出て、その利益の2%が県に還元されることになったからだそうである。

 

 回族村の「大きいモスク」の東大寺に行き、初めてアホンに直接、話を聞くことができた。ピシャンのドンバザという集落である。ドンバザとは“バザールの後ろ”という意味だそうだ。

この訪問は2004年のことである。回族のアホンと。

 

 

 ホビジンという回族人のアホンはこの土地の生まれで、クルアーンやイスラームの勉強を12年間続けて資格をとったそうである。

 仕事はどのように?と聞いたが、おそらく通訳のオスマンが間違えて、アホンに仕事以外に何か職業についているのかと聞いたのだろう。「1日5回の礼拝だけで、ほかに仕事なんかできるわけがない」と言われてしまった。そんなこと聞いてないのに、オスマンのサホー(トルファン地方の方言で軽い意味のアホウという言葉)!

これは04年のカシュガルでの撮影だが、写真左がオスマンである。

 

 この地域の集落の戸数は約500戸。人口は2000〜3000人くらいだろう。普通の礼拝は100人くらいだが、コルバン祭りなどの時には1500人くらい集まるとのこと。モスクはこのような人たちのお布施でまかなわれているのだろう。

ピシャン県文信局と下に書いてある。東大寺は回族のモスク(清真寺)

 

 

 このモスクは100年くらいの歴史がある。自治区級の重点文物に指定されている。1994年にモスクの改修をしたが、政府からは30万元の支出があり、その他はみな自己資金で修理をしたそうだ。彼も一応、毎月300元の給料をもらっているそうだが、実際の収入はその何十倍もあるだろう。このモスクにも結婚式だとか葬式だとかで多くの人が来る。一番貧乏な人でも最低150元は出すのだから。給料が300元だというが、それほど安いわけがない。これは、オスマンのウソなのか誤訳なのかのどちらかだろう。

アルバイトなどしていないアホン

 

※「アホンとは、新疆では元来、イスラームの指導者を指したが、のちには年長の男性に対する敬称ともなった。回族においては、清朝以降、一般には清真寺(モスク)などでイスラーム教学を習得し、審査に合格して宗武者の資格・呼称を得たものをさす」(『中央ユーラシア事典』より)。

わたしは、このルートのここの光景が忘れられないくらい美しいものと感じている

| シルクロードの光と影 | 05:55 | comments(0) | - |
ー63  まだウイグルおばさんのおはなしが続きます。

 回族はウイグル人たちと同じムスリムだが、習慣はウイグルとは全然違う。回族は人が多く集まることを嫌う。自分のことを大切にし、秘密を守り、自分や自分たちのことは周囲の人たちに知られたくないと思っている。すぐに他人と仲良くなれない。ハジ(メッカに行ったことのある人)はたくさんいる。メッカに5〜7回も行ったことがある人もいる。

今来た道。ハミまで210辧▲肇襯侫.鵑泙617km、ウルムチまででも737劼△襦

私の背中方面はもう河西回廊。今年8月に行く予定です。

「柳園」は水の出ない街。敦煌の駅ができるまではここから敦煌に向かった。

安西は絶え間なく吹き付ける強風で有名。それで風力発電塔が数千基もできた。

 

回族人の中で貧しい人はほとんどいない。商売が上手だから金持ちが多い。

私の知り合いの回族は4人が仲間になって商売をして成功し、毎週、羊を1匹ずつ殺して4人家族で分け合って食べている。4人のファミリーで家族が合計で50〜60人いる。この4人は商売で互いに裏切らないようにと誓ってやっている。この4人は今、トルファンでは一番金持ちだ、と言われている。

 

 回族には酒を飲む人は少ない。飲んでも家で飲む。タバコもあまり吸わない。貧乏人は少ない。みな金持ち。とにかく、人に隠すことが多い。これが回族の人となりの風評である。

 失礼な言い方だとは思うが、ウイグル人の間では、本当のことを言わない人のこと、あるいは頑固な人のことを、「回族人みたい」という言い方があるという。

 

 なぜ、「大きいモスク」と「小さいモスク」があるのですか

ルクチュンにある回族のお寺(モスク)。ここは「大きいモスク」である。

 

 回族人は田舎の生活より都会の生活の方が好きだ。回族人の商売は、まず料理を作ることからである。それから宗教心が強い、一生懸命にクルアーンを読んで、神に祈る。みなクルアーンを学んでいる。

 

 回族は漢語しか話さない。回族の独自の文字もまったくなく、踊りもない。すべて漢字を用いている。トルファンの回族はウイグル語も70%くらいは話せるが、青海や中原の回族はもちろんウイグル語を話せない。回族はウイグル人ほど音楽、芸術、踊り、文字、言葉、文化も持っていない民族である。

 

 ※と、これはウイグル人の感想である。多少の蔑視を込めているようだ・・・

 

 大きいモスクはウイグル人と同じで、イスラームの行事をきちんと守る。小さいモスクの人は宗教的な行事をおおらかにしている。小さいモスクの回族人のやり方は漢人に近く、イスラームの行事をキチンと守れなかったようだ。回族人の社会的地位、経済力、信仰の強さや宗教的行事のやり方の違いによって、「大きいモスク」と「小さいモスク」と2つの派に分かれたようだ。

 

 「小さいモスク」は漢民族に似ている。金持ちと礼拝するところを別々にされて、貧乏な人でまとまった。外から来た人でも金持ちはすぐに迎え入れられた。

 

 ※、と、これは「大きい回族」の言葉である。

 

 ウイグル人は男の子が7歳になると割礼をするが、回族はしない。針で少しだけ刺して血を出すだけ。

 歴史的なことを言えば、北京の皇帝の住むところもウイグル人が建てた。回族人の建築芸術はない。北京にある故宮の建物を造った人たちもウイグル人であった。

ウイグルおばさんのおはなしは止まらない。左は、昔、ハミの王様に仕えていた女性。

この方のおはなしも、何時間たっても終わらなかった。

 

 ウイグル族のおばさんの言うことは、だんだん回族への悪口になっていくようである。故宮を造ったとなると、これはもう・・・大言壮語になります。

| シルクロードの光と影 | 05:39 | comments(0) | - |
―62  ドンガン――ウイグルと回族の戦争etc

 オスマンのおばさんの回想は続く。

 

 1933年頃、ウイグルと回族の戦争があった。回軍の司令官マージョン・ヨウン(馬仲英)は数万人の回族軍の司令官だったが、この戦争でみな死んだ。漢人に知られていない墓がある。

 

 その場所は鉄道のトルファン駅の近くに墓があるが、青海や蘭州からも回族が大挙やってきてお祈りをするとのことである。現在では政府はこれを禁止しているが、みな秘密裏にやってしまうという。毎年1度、その墓場に行って行事を行なうという。

 

 ※新疆での馬仲英の戦いには、スヴェン・ヘディンも巻き込まれ、彼自身は馬に面会したことがないが、この件に関する詳細な記録を残している。この記録の邦訳に、小野忍訳『馬仲英の逃亡』(初版;改造社、1938年。新版:中公文書、2002年)がある。

馬仲英

 

 回族の由来にはいくつかの説がある。私は、回族の祖先はスキタイ・サカの末裔が漢族と混血したと推測されているが、チンギス・ハーンが中央アジアを劫略した際に、なんらかの技能を持った人たちを大勢モンゴルに連れ帰った。その末裔が漢族と混血して回族が形成されたとの説が有力である。ウイグル人の研究者グリさんによると、アラビアなどから広州経由で中国大陸に入り、混血を重ねて今日に至ったと主張している。

 

 漢族の女性でメッカに行ってアラビア人と結婚して帰らなかった人たちは「トゥルプ・カルガン(turup qalghan)」と言われた。それで、新疆に帰らなかった人たちをウイグル語でトルカガンと言ったのが、発音の変化によって、近年の「ドゥンガン(東干)」となったともいわれる。いま、中央アジアでも「ドンガン」と呼ばれている。

 

 だから、アラブ人は回族人を非常に大事にする。

 この回族の由来についての話は、まだまだ未解明の部分が非常に多いので、今後の課題にしておきたい。

 

※パミール中央アジア研究会で回族の専門研究家を呼んで話してもらったとき、私が「大きい回族と小さい回族は、どうしてできたのですか?」と聞いたが、彼はそれを知らなかった。それくらい未知の部分が、まだ大きいということである。大学の研究室で机に向かっていては分からない。

 

 私はここで彼女の母親が数珠を持っているのに気がついた。てっきり仏教のものだと思ったが、やはりそれは違た。チベットでは数珠の1つの珠を動かせば、お経を1回読んだことになるとのことだが、ここのお母さんも数珠の球を1つ1つ動かしていた。1日、何十回もアッラーを唱えることになるという。

 

 後日、「その数珠は仏教でも使っているのですが・・・」と聞いたが、答えはNOであった。もう一度聞いたが、これもイスラム教にある数珠だという。その数珠は長いものは111個なのだが、短い33個というものもある。

持っているのは数珠ではありませんでした

| シルクロードの光と影 | 09:57 | comments(0) | - |
―60 回族とは

 以前から回族のことについて知りたいと思っていた。

今日の写真はすべてインターネットの写真です

 

 トルファン市内に住んでいるウイグル族の年配の女性を紹介してもらった。彼女は地域の女性関連団体の幹部をしている。さしずめ、町内会の婦人部長といったところだろうか。隣近所はみな回族だというので、回族についてのお話を伺った。後述するピシャンの回族のモスクのアホン(礼拝指導者)の話の内容との食い違いに注目していただきたい。

 

 

 回族の言葉は漢語である。けっして豚肉を食べないのは他のムスリムと同じで、1日に5回礼拝し、ラマザン(断食)をし、礼拝することと断食するのも他のムスリムと同じである。

中国における回族の分布図

 

 

 回族のモスクは2つある。2つの派に分かれている。

大きいモスク(東大寺)」の習慣はウイグル人とほぼ同じで人数も多い。習慣はウイグル人に近い。

小さいモスク(西大寺)」の習慣は漢族と似ている。数は少ない。習慣は漢民族に近い。

この大小のモスクは昔から相互に結婚できない。葬式のやり方も違うといわれている。

「大きいモスク」は金持ちが多いので、牛を殺してみなに食べさせる。

「小さいモスク」の貧乏人は羊を殺してみなに食べさせる。

 

 トルファンのウイグル人は、葬式後、5日後に牛や羊を殺して「nazir」(ナズル。地方によって違うが、トルファンでは葬式が終わって5日目に礼拝指導者をはじめモスクの人たち、親戚やたくさんの人たちを呼んで食事を食べさせ、死者の霊魂に祈る)をする。

写真は「中国各民族」中国民族撮影芸術出版社による

 

 ウイグル人は葬式の日には食べ物は出さない。しかし、大きいモスクの回族人は、葬式が終わると葬式に参列した人びとをごちそうする。それぞれ自分の経済状況にあわせて牛や羊を殺して、葬式に来てくれた人たちを招待する。特にモスクのアホン(礼拝指導者)を特別に尊敬し、金やプレゼントを持たせる。ラマザンの時にはアホンを特別に大切にする。

 1つの村には何人かのアホンが必ずいるが、もし、自分の村にアホンがいなければ、近所やほかの村からアホンを呼んできて、ごちそうしたり、たくさんプレゼントを持たせる習慣がある。

 

 回族とウイグルの習慣は違う。回族はモスクのアホンが農村にいれば出てもらうが、いなければアホンのいる村まで呼びに行ってお祈りしてもらう。クルバン(犠牲)祭りやラマザン(断食)の祭りでは、牛や羊を殺してまずアホンに食べてもらう。アホンが食べないとその家族は絶対に食べ物に手を出さない。アホンが来て食べるまで家族全員で待っている。1日中でも待つことになる。

 

 

 ラマザンの時、ウイグル人は夕食時にアホンや長老を呼んできて、クルアーンを読んでもらう、それからごちそうをする習慣がある。回族人は朝の食事の時に(だいたい夜明け前の3〜4時ごろ)真夜中でもアホンを呼びに行って、出した食事を食べてくれるまで待っている。貧乏な人でも100元を出すとか、羊の肉の半分を出すなどする。このようにアホンをとても大切にして、自分の信仰心を表す。

 

 親は結婚相手を決めることを大事にする。家柄と家同士が同じくらいの財力であれば結婚できるが、レベルが違ったら結婚できない。家系(家柄)をとても大事にするので、自分の家系に合うような人でないと結婚しないことが多い。回族人のあいだでは、女性は30歳までに結婚しないとよくないと思われている。トルファンの回族は、自分の村で自分の家系に見合うような結婚相手がいなくて、娘が年取って未婚ならば、達坂城(ダーバンチャン)やウルムチの回族と結婚させることもあるという。とにかく年をくった娘は遠いところに結婚させるという習慣がある。

| シルクロードの光と影 | 05:20 | comments(0) | - |
―59 HIV感染者の未申告9割

 

 エイティガル寺院。

 ※新疆では多くの地域が国境に接しているので必然的にHIVが入り込んでくるという。

 

 根強い偏見が拡散助長

 

 06年10月24日付の日本の企業関係者向けの新聞「日中新聞」には、次のような記事が掲載されていた。

HIV感染者の未申告9割  根強い偏見が拡散助長

 

 このほど開かれた「中国健康連盟成立大会」で、国内におけるHIV感染状況に関するデータが報告された。

 

 それによると、中国にはHIV感染者及びエイズ発症者が86万人存在し、昨年は1日あたり192人の割合で感染者が増加していた。しかし実際に関連の行政機関や医療機関に感染の申告を行なっている患者は感染者全体のわずか8%、検査を受けた感染者及び発症者は全国でわずか16万人、そのうち各医療機関が資料を把握している患者はわずか5万人。以下略。

 

 ※感染者は実際にはこの数倍に達するであろう。

 

 05年に新疆再訪の際には、こんな話が出まわっていた。

 

 新疆ではレストランでの食事時には例外なく羊の肉を食べるので、爪楊枝が必需品になっている。最近ではエイズ保菌患者が、その爪楊枝を使ってから、もとの楊枝入れに戻しているといううわさが出まわっているので恐慌をきたしているという「噂」である。

 

 ※はてさて、2017年の現在では、どのような状況になっているのか見当もつかない。各自治区の担当者が真実の報告を中央政府に伝えているとは考えられないからである。

| シルクロードの光と影 | 05:41 | comments(0) | - |
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