シルクロード日誌

日本シルクロード文化センターのブログページです。シルクロードに関する情報、コメント、旅日記などを綴ります。
差別、その忌まわしき加害の人の業・劫・傲・拷

今朝、朝食を食べながら“自粛も解除されて、そろそろシルクロード講座再スタートだな”と思い受かべながら“自分がシルクロードを学んだきっかけは何だったのだろうか”などとあれこれ考えていました。

 

「中華思想と小中華思想」「有色人種差別」「体の障害を原因とした差別」など、数え上げれば数限りなく存在しています。毎日報道されるテレビや新聞などにはその類のニュースが踊り狂うように報道されています。

 

黄土高原の中心地にいるというだけで、“すぐれた漢族”と自認し、その周囲は「東夷・西戎・南蛮・北狄」などのような、さげすむべき昆虫や害獣などのように言いあらわされます。

日本民族などは、さしづめ立派な“東夷”になっていたようです。

 

この考え方は、古代のことだけでなく21世紀の現代でも通用させているようです。

 

「小中華思想」という言葉はあまり聞きなれていないと思います。

戦前の日本軍部は「日本はアジアの盟主だ」として、遅れたアジア各国を「指導」して「大東亜共栄圏」を構築しようと破滅への道を突き進みました。

日本軍部の「大東亜共栄圏」構想図

 

いま、一部のウイグルの若者たちに「わがウイグル民族5千年の歴史・・・」という人が増えています。

ウイグルは一般に4世紀から13世紀にかけて中央ユーラシアで活躍したチュルク系民族であり国家です。遊牧ウイグルは西暦850年にキルギスに襲われて滅亡しました。五千年もの歴史があるとはいえません。

彼らの言いたいところは、現在のシベリア南部・モンゴルの北部にかけて人類初の騎馬遊牧民スキタイや匈奴などの有力な騎馬遊牧民が現れましたが、“自分たちは匈奴の末裔だ”と言いたいのかもしれません。言いたい気持ちは理解できますが、少し無理があるようですね。そのスキタイの起源でも紀元前8世紀前後と言われています。

 

この“古ければ良い”あるいは“大きければいし”とする考え方が現在の中国政府の政策の基本になっています。

チベット鉄道をラサまで向かう途中の駅は、仕事で利用する漢族の官僚や幹部・工作員たちを除いては、ごくわずかの地元のチベット人(主として遊牧民が多いのですが)しか利用していません。貧富の差があるからでしょう。

人もあまり乗り降りしないところに、長さ100メートルもの駅舎があります。小さな橋に巨大な橋を架けます。“どうだ、オレはこんな大きなものを造れるんだぞ!”と、数十年前にあったCMソング“大きいことはいいことだ〜!”そのままです。まるではなたれ小僧の言い草です。

 

私が最初に感じた差別と迫害は、「奴隷売買」でした。家族が幸せに村の中やあぜ道などを歩いていると、突然、白人の奴隷商人が襲撃して家族もろとも拉致して売買します。その日を限りに彼らは生涯、妻や夫や子、父母や兄弟姉妹と会えなくなり、手足を鎖でつながれて、はるかアメリカ大陸などに売り飛ばされます。

それがつい最近までこの地球上に存在していたのです。sの考え方が大統領をはじめとして、いまだにその亡霊にしがみついているのです。

 

アフリカにおける奴隷貿易の様子

 

 

米・ミネアポリスのアフリカ系黒人を警官が首を押さえつけて殺害したことに抗議する行動が、アメリカ全土から欧州や世界に広がっています。

5月22日東京の渋谷でも、なんの問題もないクルド人を警官が逮捕しようとして暴行を加えたことに反対する抗議デモが、翌日200人ほどでおこなわれました。

「息ができない」「私たちを殺すのをやめろ」とホワイトハウスの前で

繰り返す人たち(29日、ワシントン)

カリフォルニア州ロサンゼルスでは少なくとも2台のパトカーが燃やされ、

機動隊が抗議者と衝突した(30日、ロサンゼルス)

5月22日、渋谷でクルド人を暴行した様子

 

私たちはこれらの出来事に敏感でなくてはなりません。

人が人として安穏に幸せに暮らせることに、それを阻もうとすることに敏感でなくてはなりません。ましてや権力者が自分の利益のためにマスコミを抱え込んだり、検事を自分の保身のために検事総長にしようとすることなどには、もっともっと怒らなければならないことです。

| シルクロードの光と影 | 11:12 | comments(0) | - |
WHOからブルーインパルス

アメリカのトランプ大統領が29日、WHO(世界保健機構)との関係を断絶すると表明しました。

新型コロナウイルスの収束に向けて国際社会が一致して協力し合うことが不可欠な今、これは世界各地から批判されるべきことです。

 

WHOの活動に批判があるならば、WHOの一員として批判し、是正していくべきなのですが、彼には、世界がどうなろうとも秋の大統領選に勝つことしか考えていないのでしょう。トランプは同時に、中国の全人大で「国家安全法」を香港へも導入することを決めたことに関して、香港に対する優遇措置を撤廃する手続きを始めると発表しました。

 

これは全く困ったことですが、アメリカの中央情報局(CIA)を経由した、ヴォイス・オブ・チャイナとヴォイス・オブ・チベットがあります。この双方の地における中国当局の弾圧や政策を暴露して、世界に訴える役割を持っているのですが、これを理解し、まわりに説明するのに困っています・・・

ウイグル人やチベット人にしてみれば、“敵の敵は友人”だというのでしょうが、ハテサテ・・・

 

「困っています」と書きましたが。こう考えればいいのだと思います。CIAは世界に名だたるスパイ組織です。その情報をもとに世界の各地で政権を転覆させたり、反乱分子や軍部にクーデターを起こさせるなど悪逆の限りを尽くしてきました。一方で自由の女神に象徴されるように、自由と民主主義を標榜している国ですから、ウイグルやチベットの人びとに心を寄せてその戦いを世界に知らせていく、と、これは褒めすぎですかねェ〜〜。ともかくウイグル人やチベット人が大いに助かっていることは確かなようです。

 

きのうかおとといのテレビで、チベットにおける「パンチェン・ラマの転生」が放映されていました。これも説明することが難しいので、困っています。

21世紀の今、科学を無視して、唯神論の立場で世の中を判断することは非科学的なものだということは重々承知しているのですが、チベットの人びとが定めたダライ・ラマやパンチェン・ラマの継承方法を、他人があれこれあげつらう必要はないものとも考えています。

 

数十年前、山仲間たちとチベットのラサから聖なる山カイラスに向かう旅の途中、夕食時のテントに入り込んできた小さな虫や蚊のようなものを、手をはたいてつぶそうとする日本人に対して、ドライバーたちは「いけません。この蚊は前世、人間だったかもしれないですから・・・」と言われて驚いたことがあります。

チベットの首都ラサの中心的な寺・ジョカン寺で五体投地をするチベット人

同上

 

前夜、そのような出来事があった次の日、ランクルが小さな川を渡渉するとき、上流からたくさんの魚が流されてきました。すると驚いたことにドライバーたちは、次々と車から飛び降りて、それぞれ木や棒を拾って叩きつけながら魚を取り始めたのです。その日の夕食はおいしい焼き魚だったのですが、前夜の彼らの話は一体、何だったのだろうかと思ったものです。

 

「山川出版」が2010年(1版3刷)に発行した『中央ユーラシア史』小松久男著 では、チベット学の権威である石濱裕美子さん(早稲田大学教授)が「チベット仏教と王権」でこう書いています。

ジョカン寺の修復作業に無償動員された市民たち。

そのまなざしには中国の権力者たちへの怒りが込められていました。

ただ、作業をしながらの彼女たちの歌声は、天使のような歌声でした。

 

 

転生は地獄・畜生・餓鬼・天・人・阿修羅という「六つの生存領域=六道輪廻=りくどうりんね」のなかでおこなわれ、悪い行為を積めば、地獄・畜生・餓鬼などの悪しき境涯(悪趣=あくしゅ)に堕し、善い行いを積めば、天・人・阿修羅などの善い境涯(善い趣)に生をうけることができる。また始まりのない昔から繰り返されてきた輪廻は、すでに命あるものを、かつての父、母、子として関係づけるため、仏教徒はすべての命あるものにたいして慈しみと憐れみ(慈悲)の心をもつことが要請される。

彼女は5月30日のテレビでも、“素朴な”質問に終始、困った顔で渋々、回答していたのが印象的でした。たぶん“こうやって説明しても理解されないだろうな”と思いながらでしょう。

おわかりになりましたでしょうか。私は3分の1くらい理解できましたが・・・

ダライラマのいたポタラ宮。かつて5000人ほどいた僧侶たちは

15年ほど前では「チベット人の僧侶は12人だけで、

あとは中国の若い兵士が変装している」とのことでした。

 

23年前のカイラスへの旅は、毎日、このようなスタックが10回以上繰り返された

チベットのある部族の青年たち。彼らの親の代までは、旅人を捕まえて

強盗・殺人・レイプなどをし放題でしたが「1年に1度、仏さまにお祈りすれば

罪は消える」と豪語するものもいたといいます。

 

きのうブルーインパルスが20分ほど東京上空を乱舞しました。「コロナで困っているときに、無駄な税金を使ってそんなことをするものではない」との批判が多かったですね。子どものころから飛行機が好きだった私と、今プロの航空写真家として生きていて、ドローンを生業としている息子は別の考えです。息子は「左の人は批判しているけれど、見て感動できるものの美しいものは美しい」と言っています。

 

私は?ちょっとコメントを考えています。きょうには間に合わないと思いますが・・・

| シルクロードの光と影 | 16:52 | comments(0) | - |
香港への人権抑圧強化に強く反対します。

戦前、日本が朝鮮半島や中国、アジア各国を侵略しようとした際、日本で反対運動が起きないようにとの目的で、「治安維持法」を定め「特高警察」を設置しました。

 

日本軍部の朝鮮や中国への侵略戦争に反対する人びとが「侵略戦争反対!」の声を挙げたのは当然のことでした。

しかし、時の政府と特高警察は多くの個人や団体に弾圧を加えて、数千人の人びとを拷問などによって虐殺し、さらに数多くの人びとを逮捕・拷問して「転向」を迫ったのでした。

 

このような1世紀近くも前の日本で起こった忌まわしい人権抑圧法と同質である「国家安全法」が、きのう、中国北京の国会に当たる全人代(全国人民代表大会)で採択されました。

 

1997年7月1日、イギリスが香港を植民地としていた状態から香港が中国に返還されました。当時、中国政府は香港とその後ポルトガルが返還したアモイ(厦門)を含めて「一国二制度」を採用して、中国国内とは扱いを区別していました。なぜならば、今、中国に入る外貨のほとんどが香港を経由して入ってくるからです。

 

当時から現在も中国各地の空港へ行くと、香港とアモイへ行くには国際線でないと行かれません。1966年に私が文革下の中国から日本へ帰る際には、広東の空港まで行って、そこで一泊してから翌日、汽車で香港へ入って一泊してから日本行きの飛行機に乗って帰って来たのです。

 

余談ですが、私たちが希望した日にちのBOAC便は中国政府の妨害で乗ることができずに、翌日に変更せざるを得ませんでした。しかし予定した日に乗るはずの飛行機は、離陸に失敗して香港の山に衝突し全員が死亡したということをあとになって知りました。北京では死を覚悟し、香港では危うく死ぬ寸前だったのですね、わたしは。

 

ともかく中国の全人代の決定は、日本の悪夢でもあった治安維持法に相当する稀代の悪法「国家安全法」によって暗黒の日々が続きそうです。新疆のウイグル人たちと同じような境遇に立ちいたってしまったのです。

 

どこの国でもそうだと思うですが、国家予算に占める軍事費の比率はどこでもトップを占めているのですが、中国に限っては一貫して「国家安全局」の予算がトップを占めているのです。

 

街のお母さんたちが、子供のいたずらが激しくて、親の言うことを聞かないと「そんなに親の言うことを聞かないと安全局に連れて行くからね!」というと、子供のヤンチャはぴたりと止まるほどだと聞いたことがあります。

 

いま、百万を超える多くのウイグル人が囚われていますが、その捕われている家庭に安全局の職員が勝手に入り込んで、寝食を共にしている例が多いそうです。もちろん、家賃も食費もその家庭もち。なかにはお父さんのいない家に男の職員が入りこんでお母さんをレイプすることも多いといわれています。なぜかというと、漢族とのハーフが生まれれば、その子も漢族として登録するからです。

 

私が数十回新疆にいた際も、ウイグル人の芸術関係の大学を訪問したことがありました。2005年に「日本シルクロード文化センター」創立の際に、ウイグル人によるムカームの演奏家たちや新疆芸術楽団の美しい少女たちの踊りを披露してくれたお礼に伺ったのですが、日本でお会いしたウイグルの指導者や大学の指導者たちと一緒に、安全局員だと名乗る女性も同席していました。彼女は私に、これから新疆各地を訪問されるそうですが、安全局から専門のガイドをつけましょうか?と“親切にも”言ってくれたのです。

 

ウイグル人のスパイも相当数います。俗に「ウイグル人の3人に1人は安全局のスパイだ」と言われているくらいです。スパイになる動機は「お前の毎月の給料と同額を出すから、お前のまわりに起こるおかしな動きを連絡しろ」というそうです。中国でも最も貧しい収入の少数民族にとっては、つい、手を出したくなる金額だといえます。

 

10年ほど前だったか、南新疆・ホータンの郊外で「特別警察」が“テロ活動の謀議を図っている連中がいる”との通報で襲撃して、10人近くの人びとを全員殺害したというニュースがありました。

これは、数日後に迫った結婚式の打ち合わせをしているところをのぞいたスパイが、“テロの陰謀だ“という情報を通告した結果だとみられています。

 

昨年の香港における大きな抗議活動は、香港の議会による議決に反対する行動だったのですが、今回以降は、全人代での決議ですから、これまでと規模の違う大弾圧が加えられることが予測されます。

これに抗するには、香港の市民以外にも、中国国内の運動や国際的な世論の後押しが不可欠となります。

コロナ禍とは質の違う事柄ですが、こちらは人智を徹すればできないことではありません。人が人を勝手に抑圧することは21世紀の今では通用しないことを知らしめましょう。

 

| シルクロードの光と影 | 10:56 | comments(0) | - |
あ〜!天安門!

きのうブログを書いてから、まだまだ書き足りていないことがあります。

天安門事件のことは多くのメディアが書いていますから、おおよそは理解できると思います。

大事なことは、この事件に至る問題の根源が書かれていないことです。

 

中国共産党は、自らが権力を握る以前から派閥闘争が激しかったということがあります。

解放戦争当時、人民解放軍が別の人民解放軍を攻撃して全滅させた事件がありました。これは、やっと党のリーダーになった毛沢東が、自分の路線に賛成していない幹部の指揮下の軍隊を攻撃したということです。万を超える兵士が全滅しました。

 

解放後、「人民裁判」が行われました。貧農や農奴をこき使っていた富農・豪農や地主たちを村人たちが裁判をして判決を下しても良いという方針でした。

これで推計400万人が殺害されました。富農・豪農たちの家族や使用人たちも裁判の対象になったからです。小さな子どもたちも殺されました。

これは、社会主義をめざすという理想からは遠く離れた虐殺行為です。

 

また解放後、中国南方方面では、台湾に逃げた蒋介石国民党の残党が居残って、テロ活動を繰り返していました。軍隊や地元の党の幹部を狙い撃ちにして殺害するというテロ活動です。間違えてかどうか、住民たちにも多くの被害が及びました。中国語では、この「テロ」という言葉を「恐怖」と書きます。この「テロ分子は住民の中に存在する」ということで、互いに疑心暗鬼になって住民同士が互いに相手側の住民を殺しあうという悲劇が起こりました。数は把握できていませんが数百万人が殺害されたといわれています。

 

「反右派闘争」もあります。毛沢東が「中国共産党には間違ったことを言う幹部もいるし、間違った路線があるかもしれない。知識人の皆さん、思う存分、党や幹部を批判してください」と提唱したのです。はじめはオズオズでしたが、次第に声が出てきました。その声が最高潮になったころ、毛沢東が「これはどうしたことだ」という論文を、党機関紙「人民日報」に発表して、意見を提出した知識人たちを一網打尽にしたのです。

 

やがて文革前にその「ほとんどが冤罪だったので名誉を回復する」措置が取られました。しかし、文革が始まると、その「前歴」が問題なって、三角帽子をかぶせられて、市中を引き回され、多くの人が殺害され、自殺しました。

 

中国では「自殺をする」という行為は、「罪を認めない」、「あくまでも抵抗する」という意思なので、「墓まで暴かれ」て、その名誉と精神を痛めつけることになります。

 

「文化大革命」と称した中国共産党による国民殺害の大犯罪行為は、数千万人が殺され、1億人以上が職を追われ、逮捕・軟禁され、数千キロ離れた土地に追放されるなど、想像を絶する殺害・迫害に遭った国家犯罪です。

これまで上述した、あれこれの事件やこの文革は、いずれも毛沢東が自分の権力に影響が及ぶことを未然に防ぐために自ら興した「逆クーデター行為」でした。

その結果としての天安門事件だということです。

 

天安門や西長安街で殺された遺体を、広場に集めてホースで水を大量に撒いて、遺体を広場の地下に流し込んだのです。5千人を上まわる遺体がどこかの川に流されました。

政府が死者数を「319人」だとはよくも言えたものです。政府自身も誰もがその数字を信じていません。

 

このころ1989年前後の世界の動きは、ベルリンの壁が11月に崩壊し、東西のドイツが統一された歴史的な年でした。それらが契機になって、ソ連が崩壊し、東ドイツが統一され、モンゴルや中央アジアなどが民主化されていったのです。

 

中国共産党が自らの政策や路線に自信があるのであれば、自らの政策と路線を国民に問えばいいことです。自信がないから武力で弾圧したのです。この図式は誰でもが簡単に理解できることです。

| シルクロードの光と影 | 06:55 | comments(0) | - |
あ〜!天安門!

 きょうのテーマは、ご承知のように「天安門事件」から30年が過ぎた記念の日に関してです。

 「あ〜!天安門」という表題は、私が北京へ留学した最初の中国語教科書の項目にあった言葉です。

 “天安門は、私たちの中国を救ってくれた中国共産党のシンボルだから、これを敬愛しよう”という意味合いがあったのです。

 

 その天安門前広場は広大な広場です。文革のとき、紅衛兵100万人の集会があった時もラクに入れました。

私自身もこの広場は、数々のドラマと悲しみと怒りを感じたところでした。

 

 

 その天安門で、中国共産党は“人民を守る”はずの中国人民解放軍を使って、その守るべき対象の「人民」を虐殺したのです。虐殺です。機関銃や戦車で踏みつぶしたりして多くの市民や学生たちを無差別に虐殺したのです。

 

 1989年の事件ですから私は文革の嵐のもとで帰国を果たしてから、20年余リが過ぎていました。わたしは文革の根本的な根源は何だったのかということを考えていましたので、とても大きな関心がありました。

 

 その年の夏、新疆シルクロードの帰りに西安経由で北京に2〜3日滞在してから帰国する際、ガイドのお嬢さんから北京空港で手紙を託されました。彼女は学生の頃日本語を学んでいました。卒業後は恋人ができて来年、結婚することになっていました。その彼が天安門事件で当局に追及されていて日本に亡命していたのです。その彼に手紙を持って行ってほしいと、少しの時間に「走り書きしたのです。それを頼まれたのです。

きょうの写真はすべてネットの引用です

 

 普通、このようなことは違法です。あるいはスパイに引っ掛けられやすいのです。その中身が麻薬であったりしたら刑務所に数十年囚われます。しかし彼女は空港にあった紙切れにサッと書いていましたから封筒に入っているわけではありません。

 渡されてからチラっと初めの部分だけ目を通しました。「恋しいあなた・・・」というたぐいの恋文です。それだけで安心して自分のポケットにしまいました。

 

 帰国後、彼女から聞いた番号に電話しました。中野区に住んでいた若い青年の声がしました。ものすごく警戒している様子がアリアリと分かります。「誰だ!誰に頼まれた!」ときつい言い方で中国語で言います。わたしは自分が日本人であること、あなたの恋人から頼まれたことを中国語と日本語で言いました。

 

 2〜3日後、高田馬場駅で会いました。かれは一人で来ましたが、うしろの柱の陰には3〜4人の若者がいました。

 ここ日本の地でも、中国の公安の目は光っているのです。彼ら彼女らの中国の親兄弟がひどい目に合うのです。「ひどい目」というのは、連日、地域の共産党事務所に出頭させられて批判されることから=これを中国では「学習」という=、刑務所に行くことまで何段階もあります。

 

 別の機会の話ですが、チベットでは、銃殺されたチベット人僧侶の実家に安全局から請求書が来ました。それは銃殺に要した銃弾の費用と彼を納めた棺の代金だったと言います。

 

 別の話。

 あるとき新宿駅から成田まで成田ライナーで行きました。そこへ中国人青年が迷いながら近づいてきました。そこから北京の彼の家近くまでずっと一緒でした。

 かれは大学時代に中国共産党に入党しました。「なぜ、入党したの?」と聞きました。彼は言いました。「入党すると会社の待遇や給料や出世も良いからです」といいました。中国共産党の実態がよくわかる話です。

 

 彼に言いました。「天安門では千人を超える学生や青年が殺されたんだよ。そんな党に魅力があるのかい?」というと「いいえ、千人もいません。数百人だといいます」。「国民党の政治から人民を助けるという共産党が数百人であっても人民を殺していいと思うのかい?」「中国共産党は1人であっても人民を殺してはいけないのじゃないのかい」というと彼は黙り込んでしまいました。

 

翌日、奥さんと3人で食事をしました。彼らの住まいは人民解放軍の義父の住まいにいるとのことでした。北京飯店での奥さんはそばかすが彼女の美しさを増すかのような、とてもきれいな奥さんでした。その彼女は「あなた!天安門のことは野口先生の言うとおりでしょ。あなたも以前は、野口先生と同じことを言っていたでしょ!」と夫を厳しく責め立てました。

 

 彼ら夫婦も天安門事件のときは北京大学の学生でした。

| シルクロードの光と影 | 09:54 | comments(0) | - |
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