シルクロード日誌

日本シルクロード文化センターのブログページです。シルクロードに関する情報、コメント、旅日記などを綴ります。
ウイグル人の生活習慣及び風俗・伝統あれこれ ―20―出産

出産

 

ウイグル人の習慣では、嫁いだ娘の最初の出産は嫁の実家で行い、赤ちゃんが生まれてから7日目に名前をつけて、12日目には「ゆりかご」に入れる。

 

お母さんは、できれば赤ちゃんが生まれてから1ヶ月まではシャワーを浴びないで、セックスも2〜3ヶ月は控えることになっているとのことである。産後40日までは実家で世話をし、産後40日に至ったとき、嫁の両親は自分の家族とともに「ゆりかごのお祝い」を行う。

きょうは関連する写真がないので、イメージ写真でご容赦を!

 

ゆりかごの祝いには舅・姑とその家族が親戚、近所の人びと、友人の妻たちを招待してお礼をする。舅・姑は赤ん坊のために、おくるみ、毛布、衣服や装飾品などを経済状態に応じて嫁のために彼らを祝福する。さらに娘の両親とその家族たちにも贈り物を贈って、出産の面倒をよく見てくれたことにたいして感謝の気持ちを表す。客人たちが去ったあと、舅姑は嫁と孫を伴なって嫁の実家を出る。赤ん坊のゆりかごが中庭から出ようとするとき、香をたき、嫁と赤ん坊の頭に香あるいは香の煙をかける。

 

要するに「ゆりかごのお祝い」の目的は、無事出産した嫁を自分の家に移すことからなる、ある種のセレモニーである

 

 

※「赤ちゃんが生まれてから一カ月まではシャーを浴びない」などは、現在の衛生状態では考えられないですね。

 また、近隣の人たちとの交流やプレゼントの交流は、良いことなのか、旧い風習なのか、現代ウイグル人はどう思い、経験しているのだろうか。

| シルクロードの光と影 | 05:24 | comments(0) | - |
ウイグル人の生活習慣及び風俗・伝統あれこれ ―19

ウイグル人の結婚の祝い、出産などの習慣  

 

ここでウイグル人の結婚や出産についての基本的なことを学んでおこう。やはりわたしのつたない調査研究の内容をごらん頂きたい。

※この項は「結婚」という儀式ですので途中で切れませんでした。長くなりますので、ご了承を。

                        

ニカーフ                                   

 

結婚の祝いである「nikah「ニカーフ」は、人の人生で最も重要な、最も意義深いことの一つである。「nikah toy=ニカーフトイ」は、両者の家族間関係が成立し、また、親戚間における社会関係が成立することになる。したがって、それは個人、家族、そして社会の重要な出来事として重視されてきた。

 

しかし、ウイグル人が居住しているあらゆる地区の経済的・社会的状況と文化的水準が均質でなかったために、同一ではない祝賀の習慣が形成されてきた。次に記すものは、すべてのウイグル人に比較的共通となった「nikah toy」の習慣・しきたりに関して、段階に従って執り行われるものをまとめたものである。

結婚の宴では、女性側の友人たちのいる部屋へ「潜入」しました。

考えてみると私が女性の部屋へ行くのは、とんでもないことだったのですね。

 

使者を送ること                                   

 

男性と女性がお互いに知り合って、つき合い、お互いに結婚する決心がついたあと、自分たちの家族に、お互いが相手としてふさわしいと思ったことと結婚する決心がついたことを伝える。双方の家族が婚約者を承諾したあと、男性の側が女性の側に使者を送る。両方の家族が話す言葉と要求を使者に伝える。使者は公正な立場で両者の間に立ち、要求の調整を行う。使者は女性の側の同意を得た上で、「茶」をもってくる時間を決めて、戻る。    

いつもそうですが、どこの家も部屋が暗いのです。

でも日本が明るすぎるのかもしれませんね。  

 

「茶」を持っていくこと

人が集まると必ず踊りが始まります。

 

ウイグル人は、「お茶」を「小さなお茶(キチク・チャイ)」と「大きなお茶(チョン・チャイ)」という二つに分けている。「小さなお茶」は、「承諾のお茶(マクル・チェイ)」あるいは「敬意のお茶(テズィム・チェイ)」とも呼称される。新郎となる男性の母は、何人かの女性とその中から選んだ使者を連れて、娘の家族に「小さなお茶」を送る。すなわち、男性の側は娘の両親と娘に捧げるために、何着分かの布地と他の品々を贈り物として持っていく。娘の側が承諾の意を伝えた後、男性の側から行った人びとが一斉に席から立ち上がって、自分の手を前に組んで敬意を示し、感謝の意を伝える。「大きなお茶」を持っていく日が決定された後、「大きなお茶」をもっていく。「大きなお茶」は、娘の家の側でとりおこなわれる。

ここはたしか、ホータンの近くだったか、よく覚えていません。

 

「お茶」には、新郎となる男性と新婦となる女性の側から、男女あわせて50〜60人が参加する。大きなお茶では、娘に対しては衣装、または娘の両親と近い血縁の親戚に対しては布地が贈られる。これらは席上のすべての人びとに披露される。そのほか、何頭かの生きた家畜(おおむね羊である)、一定量の米、油(植物油)、ナン、砂糖、茶、塩なども贈られる。贈られた羊の首に赤い布が結びつけられ、男性の方から一人が牽いて連れていく。娘の方がこの羊を受け取るときに、娘の側は何か贈り物を贈り羊を連れてきた人をねぎらう。「大きなお茶」においては、箱(サンドゥク)があけられ、持参されたものを入れる。

これがお嫁さんです。

 

その後、その「箱(サンドゥク)あけ係」の女性が前もって準備しておいた「チャチク」(キャンディー=ひまわりの種などの甘い菓子)を席に撒く。出席者たちは、それを「お宝=tawarruk」とみなし、奪い合って地上から拾い上げる。箱あけ係の女性は男性側が決める。男性側は彼女に捧げるために、いくつかのネッカチーフかハンカチ、あるいはいくつかのシャツの布地を箱に入れておく。箱あけ係の女性は1回だけ結婚した女性であることが条件である。何回も結婚したことのある女性が取り扱うと娘は離婚することになり、男性も離婚するようになってしまうという。したがって男性と娘の付添人も、所帯をもったことのない男性、嫁いだことのない女性であることが条件である。

いつも思うのですが、結婚式の花婿さんほどしょうむない存在はいませんね。

 

男性と娘の両親は、婚礼がイスラームの2大祭りの間の月(すなわち断食明け祭と犠牲祭の間の月)になってしまわないように特別に注意を払う。彼らの考えでは、婚礼が2大祭りの間の月に行われると、新郎と新婦が仲良くならず、関係が悪くなってしまうという。「大きなお茶」が完了したとき、婚礼をすることになった娘の親しい友人たちのうちの一人の母親が、特別な宴席を設け、娘を自分の家でもてなすよう求める。

 

そして婚礼の日に、彼女はその家の娘と娘の友人たちからなる30〜40人の娘を家でもてなし、接待する。「大きなお茶」の日に、婚礼が行われる日が決定される。「アシュス」(婚礼のときに男性が女性に贈る食べ物)のために、肉・油・米・ナン・茶・塩・人参・薪が与えられる。婚礼を行う前、娘の何人かの友人が「家飾り」のためにやって来る。彼女らは、娘の側から派遣され、また男性の側が用意したもので家を飾る。娘たちが家を飾り終わった後、新郎側は彼女たちをもてなす。それぞれの娘の前に、石鹸、香水、ハンカチなどの品物を置いて、満足してもらい、家から送り出す。                      

 

「大きなお茶」が終了した後、男性と娘は自分自身で医師の検査を受け、医師の証明によって「結婚証明書」を取得して、法律上の手続きをすます。

中国では最近になって、この身体検査が論議になっている。人権侵害だからである。近いうちになくなっていくと思う。だが、エイズの激増に伴って、検査が強化されているとも聞く。「結婚証明書」を取得してから、大体一週間後くらいで結婚式が行われる。

 

ニカーフ (結婚を誓う言葉)                             

 

婚礼の日の朝、ニカーフが読まれる。ニカーフが読まれてから一晩越えた後に婚礼が行われるというのはよくないので、婚礼の前の日にニカーフが読まれるということはない。ニカーフのときは、その場に新郎と新婦の両方が居合わせることが条件である。ニカーフのときには、新郎の付添人と新婦の付添人たちも一緒にいる。昔は、新郎が何らかの理由でニカーフに出席できない場合、新郎の持つ小さな刀かあるいはナイフにたいしてニカーフを行うという状況も見られた。ニカーフのときに、新郎と新婦の「私は承諾します」という返事をすべての人が聞くことが条件である。

 

ある人が「わたしは聞かなかった」と言えば、聞いた人々のうちから1人か2人が「我々は聞いた」と証言すれば、ニカーフの執行を継続する。ニカーフが読まれた後、出席者たちは新郎・新婦を祝福する。ニカーフの後、新郎と新婦に塩水が入った二切れのナンを食べさせる。ウイグル人の考えでは、塩が二人の青年男女の愛を堅いものにするという。塩水にひたされたナンの塊を器からとる際、新郎の付添人と新婦の付添人は我れ先に手に入れようと競争する。彼らの考えによれば、どちらかが先に取れば、先に取ったほうは先を越された方をこわがらないようになるという。婚礼の日の朝、新郎側は新婦の側を助けるため、1人か2人を応援に出す。それから、婚礼が行われている最中に、新郎側は新婦側に状況を尋ねて複数の人を送る。

| シルクロードの光と影 | 06:47 | comments(0) | - |
ウイグル人の生活習慣及び風俗・伝統あれこれ ―18 日本語を勉強して、日本へ行こう!

カシュガルに着いて、日本へ留学していたという女性が、突然、ホテルで原稿を書いていた私をたずねてきた。彼女は市内の小学校の教室を借りて、ボランティアで(しかも有料で)夜間の「日本語教室」を開いているという。そこで日本語を教えてほしいという。ウイグル人は、いつも"いきなり”で、要請自体も自分勝手である。その日の昼食は彼女が身を寄せている兄の家に招かれた。

右端の女性が、件の女性

 

翌日の夜、彼女が主宰している日本語教室に招かれて行った。新疆時間午後7時、北京時間では9時である。わたしがカシュガル第14小学校の薄暗い教室に入ると、20人近い老若男女が待ち構えていてくれた。「遅くなってごめんなさい。わたしは日本から来た野口信彦といいます」と日本語でゆっくり挨拶する。

なにか会話の練習だったかな〜?

 

 

何しろ彼らはまだ日本語の勉強を始めて20日足らず。あらかじめ彼女が黒板に書いておいてくれた「あいうえお」の発音を“日本人のナマの言葉で聞きたい”とのこと。わたしはにわか教師になって一生懸命に教えた。

 

さらに今回の旅の模様や目的などを話すと「先生のご家族のことを教えてださい」という。そして「素晴らしい国・日本に行くことは私たちの夢です。日本に行くにはどうすればいいですか」との質問も出る。

 

今回の旅で痛感していることは、どこに行ってもウイグル人はみな“日本びいき”であるということだった。日本人とウイグル人とはどうも波長が合うようである。

まあ、私なりに一生懸命にお話ししました。

 

 

文法上でも、漢語は日本語と違って英語と同じで主語が先になるが、ウイグル語の文法は日本語と同じだということもある。また、新疆では最近、日本と同様に、いわゆる「韓流ブーム」だが(2004年の当時はそうだった。いまはSAAD配備問題で韓国製品のボイコットがあるが・・・旅行もダメになってしまった)、ウイグル人はとくに韓流ドラマを好む。それは韓国が好きだという前に、韓国が日本に似ているから、中国(漢)式でなく日本に似たものがテレビに出るからだと、何人ものウイグル人から聞かされた(ウイグルでは、基本的に日本のテレビ番組は放映されていない)。

「私一人を写してください」といわれて・・・

 

かつてのNHK朝の連続ドラマ「おしん」はもう古い話だが、わたしが最近、新疆で見た日本のドラマは、宮沢りえが出演した「北の国から」が好きだという(私はこの2017年正月から再放映したものをビデオに録画して、3月中旬の最近になってやっと見終えることができた。そして感動もした)。そのような日本の風景や建物などがとくにお好みのようである。その理由を聞くと、韓流ドラマに出演する俳優たちの服装や町並み、あるいは部屋のインテリアなどが日本に似ているからなのだという。

 

受講生の中にいた小学校の女性教師は「せっかく野口先生にお会いできたのに、明日ヤルカンドに行ってしまうのは残念です。どうかあと2〜3日出発を延ばしてください。そして明日は私の家で夕食を食べて行ってください」という。ウイグル人の習慣は客がいたらご馳走をするということが鉄則になっている。これは遊牧民時代からの習慣である。カザフ族の諺に「親の遺産の半分は客に使う」とあるくらい客を大切にする。また、ウイグル人の家庭では食事を用意するときは必ず1〜2人分は多くつくる。いつ客が来てもご馳走できるように、と。

小学校の教師が私を明日の夕食に招待してくれる。

 

 

彼女のこの言葉は単なる社交辞令ではなく真剣なものだったのである。だが実際には、自分の家に外国人を招待できれば、それだけ自分の方に外国に行くチャンスがめぐってくると思うからであろう。2時間近くもお邪魔したが、ナマの日本人の声を聞いたのははじめてなのだそうだ。このような日本大好きウイグル人たちに会えてわたしは嬉しかった。感慨深い想いを抱いて夜更けの小学校をあとにした。

みんな集まって写した。

 

ただお断りしておくが、彼らウイグル人が日本人大好き人間なのは分かるが、それは、そのときの相手が日本人だからである。そのときの相手が、もしアメリカ人であったりフランス人であれば、そのときは「その国大好き」人間になるのである。それくらいは理解しておかなければならない。でもこれは、少し意地悪な見方かな?

| シルクロードの光と影 | 09:23 | comments(0) | - |
ウイグル人の生活習慣及び風俗・伝統あれこれ ―17

ウイグルの葬式

このモスクは、私が定宿としていたホテルの眼の前。

新疆芸術劇団の近く、新華書店の近くにあるタタールの

モスク。ちょうどここで葬儀があった。

 

 

ウイグル人の葬式には、かつては鳥葬や火葬などがあったが、イスラーム化されてからは土葬となった。

西域南道のどこかの道筋で出会った葬列。どこだか忘れた。

 

家族が病院や仕事場で亡くなったら、まず遺体を自宅へ運ぶ。夜中に亡くなった場合では、翌日の朝まで遺体を見守る。それからモスクに朝の礼拝にきた人たちは、亡くなった人の家へ行く。亡くなった人が女性の場合では、4人の女性がまず沐浴した上で、顔にマスクをかけて遺体を沐浴させる。男性の場合では、4人の男性が遺体を沐浴させる。沐浴された遺体は白い布で覆われ、遺体の顔を家族や親戚に見せる。家庭によっては沐浴された遺体に香水や香りのよい木の葉をかけることがある。

どこかのオアシスでのお墓

同所

これもどこかの街の葬儀の模様

 

 

地方によっては、亡くなった人のために行われるNezir(ナズル)の日にちが違う。人が亡くなった日を含めて3日目、4日目、トルファン地域では5日目、ウルムチでは7日目となっている。それから40日目、1年目、2年目、3年目とNezirを行なうことがある。

これはホータンのお墓。だが、この旗はチベット仏教のタルチョーではないか!

ホータンは新疆では最も早く仏教が興隆した地。仏教も何にも知らないでいるのか、

はたまた・・・・

同所

 

日本にも少なからぬイスラーム教徒がいるが、ある人が、不幸にして日本の地でなくなって、地元自治体の理解不足で火葬許可書を出して焼かれてしまったことがあって、大問題になった。あるいは子どもが日本人の学校に入学して、給食に出された豚肉を食べてしまって、これまた大問題になったこともある。日本にとって、まだまだイスラームは遠い世界のことなのであろうか。

同所の墓穴。だいぶ誤解されている向きもあるが、遺体は、頭をメッカに

向かせるのではない。墓穴に入れてから顔をメッカに向けて寝かせるのである。

 

墓守の女性だが、彼女は数珠を持っていた。

私は、数珠は仏教だけかと思っていた。

 

2017年の昨今、成田空港ではやっとハラームの食事が出るようになったが・・・

| シルクロードの光と影 | 09:21 | comments(0) | - |
ウイグル人の生活習慣及び風俗・伝統あれこれ ―16

カシュガル歌舞劇団訪問

 

割礼の宴の翌日、車から降りると泥だらけの道を歩いて「カシュガル歌舞劇団」を訪問した。入り口で昨日の宴に案内してくれたヌル・メメット君が待っていてくれた。彼は、翌年に日本に留学する予定なので、特に私に対するサービスがいいのである。

彼がヌル・メメット君

もう13年前になる。今年、カシュガルへ行くので再訪したい

 

まもなく試験ということで1階正面の部屋では、既に女性たちが踊りのレッスンの最中。みな真剣な眼差しで楽器の演奏の勉強やレッスンをしている。「カシュガル歌舞劇団」への入団資格は女性が身長170センチ以上。彼女たちのほとんどは、入団後、すでに既婚者であるという。オスマンががっかりしている。男性たちもほかの部屋で練習中だ。昨日の割礼のお祝いで顔を見知った人たちもいる。

 

男優たちの練習風景

 

歌舞劇団でフルートを吹く美しい女性バハティニサさんは、きのうのお祝いの席で、ブルーを基調とした美しい民族衣装をまとって司会をしていた。私がプレゼントするためにポラロイドカメラで写しはじめると「あっ、きのうの日本の方ですね」と思い出してくれた。そして突然、日本の童謡「浜辺の歌」をフルートで演奏してくれたのでビックリ。北京の民族学院に派遣されて勉強したとのことだ。

きのうの宴の華麗な衣装とは違ったが、質素な中にも美しさをひめたバハティニサさん。

ここで突然「浜辺の歌」を演奏してくれた。そして私も歌った。

 

 

「北京民族学院では、みんなから日本人に似ていると言われていました」という。ほんとうに美しい日本女性のような人だった。そして私も彼女のフルートに合わせて「浜辺の歌」を歌った。気持ちよく歌えた。

左がバハティニサさんですが、日本人に似ているでしょう?!

 

カシュガルの音楽学校を卒業して、入団後半年というアルズグリ(希望の花)さんは17歳。ブルーの瞳の美しい少女である。ラワップを弾きながら高く澄んだ声で歌う。歌は高音域の中国式の唄い方だった。最近ではこのような弾き語りが重要視されているという。父親がこの歌舞団の幹部だという彼女だが、親のコネで入団したという感じではなく、小さい頃からの英才教育の華が開いたような見事な演奏と歌だった。 

アルズグリさんという名前も多い。

| シルクロードの光と影 | 09:30 | comments(0) | - |
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