シルクロード日誌

日本シルクロード文化センターのブログページです。シルクロードに関する情報、コメント、旅日記などを綴ります。
偉大なるかな白鵬関ー2

白鵬の記録がなった時、不覚にも嗚咽が漏れそうになり、涙が浮かんできました。

 

白鵬の偉大さは、まだまだあります。私は、新聞やテレビがあまり触れないことに触れたいと思います。

まず、特筆すべき「偉大」さは、負け数が極端に少ないことです。白鵬は1847勝で219敗、休場は58。これに比べて魁皇は、700敗、千代の海は437敗になっています。これを見るだけでも、白鵬はいかに負けた相撲が少ないかが分かります。強い相撲取りは「負けない相撲をとる」ということなんですね。

白鴎(右)は押し倒しで高安をくだし、歴代単独トップに立った。

 

それから最近になって急に取りざたされるようになったことは、白鵬の日本国籍取得問題です。

 

白鵬が「一人横綱」で孤軍奮闘、大相撲界を支えてきました。あるいは7年前の野球賭博問題でも、翌年の八百長問題でも、「一人横綱」として協会を支えてきました。そのことは万人が知っています。

東日本大地震の際でも、力士協会の会長として、全関取から1人毎月1万円の募金を訴えて10年間送り続けたことを私は知っています。

最多勝記録を更新し、花道でガッツポーズをする白鵬=21日午後 名古屋市の愛知県体育館で、戸村昇撮影

上の写真とも朝日新聞からとりました。

 

 

わたしも震災後、銀行からもらった「500円硬貨を50枚収納できる貯金箱」に貯金をし続けて数年。3ヶ月で5万円貯金できたとして、1年に20万円。5年間で100万円!自分でも驚きますが、送り続けています。

 

目安で、20回以上の優勝を遂げれば「一代親方」として、生涯、しこ名を残すこともできます。それにもかかわらず、日本相撲協会は“規約”をタテにとって白鵬の一代横綱を認めませんでした。理由は、彼がモンゴル国籍だからです。この大相撲を支えてきた中でモンゴル国籍の関取はかなりいます。白鵬だけが国籍が違うという理由があるのであれば、規則を変えればいいのです。グローバル時代のこんにち、「国籍」の違いで何かを認めないなどは、子どものやることです。

 

彼が国籍変更をしなかった理由は(私の推測ですが)、彼のお父さんがモンゴル相撲(ブフ)の横綱であり、68年、メキシコ五輪のロスアンゼルス五輪で銀メダルを獲得した、モンゴルの英雄だったからです。私もモンゴルでお会いしたことのあるそのお父さんが国籍変更に反対だったようです。朝日新聞では、はじめて国籍を変更したのは元関脇の旭天鵬で、母国で家族が非難を浴びたということも原因になっているようです。

後列の左から2人目が白鵬のお父さんです。私の席のすぐ後ろでした。

そうそう、モンゴルの首都ウランバートルのモンゴル相撲(ブフ)競技場です。

そのとき、3〜4人隣が首相でした。この2枚の写真は2010年10月29日。

ウランバートル市発足371年記念のブフ大会でした(筆者撮影)。

 

 

その英雄であったお父さんも、迫りくる老いのなかで、認知症を患っているとのうわさも聞こえてきます。白鵬にまだまだ待ち受けている苦難の道のりの一過程で起きた今回の最多勝利記録。讃えても讃えても讃えきれないその労苦に報いることが協会の仕事ではないでしょうか。

 

まだ追うことのできる記録があります。それは、北の湖が持つ横綱在位場所の最多記録、幕内勝ち星は歴代最多の954ですから、あと3場所で達成することができるでしょう。さらに、双葉山の69連勝の壁を突破する仕事も待っています。まだ32歳。これからです。

| 大相撲を論ず | 10:56 | comments(0) | - |
偉大なるかな白鵬関

私は基本的に“天の邪鬼”(アマノジャク)ですから、めったに人のことをほめません。生理的にできないのです。

しかし今回は別です。白鵬関が通算1047勝目を挙げました。

 

これについてもわたしはアマノジャクですから、家の中では、こういっています。「アナウンサーが、記録!記録!と吠えても、魁皇の記録を塗り替えてからが本当の新記録じゃないか。まだほめるのは早い!」と。

しかし、きょう明日にも間違いなく新記録は達成できるでしょう。その時のために、前もってほめたたえておきましょう。

 

横綱白鵬の初土俵から98場所での達成は、元大関の魁皇より42場所も早い記録です。優勝38度。実績は名横綱たちと比べても群を抜いています。

 

先ほど私は友人の元モンゴル相撲のバー・ボルドーさんのフエースブックにが白鵬関を讃えるメッセージを掲載していたので、こう書きました。

 

「いま、わたしたちは白鵬関という偉大な横綱の時代に生きている。そして自分の目の前で白鵬の相撲を見ることができている。生涯にない僥倖であるし、私はこのことを幸福に思いたい」と。

彼からは早速返事が来ました。「とてもいい言葉ですね。お借りします」と。

 

白鵬関は、単に強かったから横綱になったわけではありません。

例えば、90分の稽古に60分の事前トレーニングをします。すり足、しこ、てっぽうに。人並みすぐれた自己管理能力がなければできません。

 

私などは、親友のトレーナーが作成してくれた「トレーニング計画表」にもとづいてトレーニングを進めても、3日で「休憩」状態になっています。彼が「はじめは一気にやらないで、疲れたら休憩をしてください」と書いてあるからです。

私ごとはともかく、白鵬関は稀代の英雄です。

 

この偉業はまだまだ続きます。

明日も書きます。

| 大相撲を論ず | 09:53 | comments(0) | - |
最近の出来事とわたし

“最近、ブログが見えないですね”などの声に怯えて、10年前に発行した拙著『シルクロードの光と影』の旅日記を連載しています。原稿があり、写真も何とか残っているので「連載」できています。7月のツアーも同じコースを行くので、復習のつもりもあります。

 

最近の出来事では、少し旧聞に属しますが、大相撲3月場所の照ノ富士と琴奨菊の取り組みでした。

 

“優勝”が目の前にぶら下がって来た照ノ富士、大関から関脇に落ちて復帰するかどうかの瀬戸際の勝負。

体をかわした照ノ富士に対して“モンゴルへ帰れ”の怒号とは別に、私なりの考えがあります。

“立ち合いの変化”は相撲の決まり手です。「髷をつかんで投げる」のは禁じ手で反則です。立ち合いの変化を反則として「禁じ手」にしているのであれば非難されるべきです。そうではない。立派に相撲を取って勝った。相手の表情・態勢・立ち位置、さまざまの状況を見ての判断で勝負に勝ったのです。

「卑怯」とか「大関らしくない」とかは、これは別の考え方でしょう。

 

“大相撲は国技だから”相撲の精神を外国人は知っていない。“日本人の心”を知らないモンゴル人、などの声があります。断っておきますが、大相撲は国技ではありません。政府・文科省の法律にも条例にもどこにも書いてありません。大相撲専用の体育館を建てて、その名称を「国技館」としたために、多くの国民が“相撲は国家が認めた国技だ”と勘違いしているのです。

※きょうの写真は、すべてインターネットからとりました

 

相撲は古くからの歴史と伝統があります。そこへ外国人が入ってきて相撲を取るなどとは想像もできなかったでしょう。しかし、戦後の世界、ましてやグローバルな時代になってきて、日本にも大勢の外国人が来ています。相撲の世界にも入ってきました。特に大相撲がNHKからも放映もされなくなるような危機的な時も含めて、モンゴル人の白鵬が相撲協会に果たした貢献は特筆に値するでしょう。

 

相撲の決まり手にも変化が現れました。大相撲には俗に言う「四十八手」の決まり手がありましたが、モンゴル相撲の「ブフ」が入ってきてから20手くらいの決まり手が増えたといわれています。相撲の内容にもモンゴル相撲は大相撲に貢献しているといえます。

 

本題に戻ります。

 

照ノ富士が真っ向から勝負をして勝ってほしかったと私も思います。しかし、鶴竜との勝負で前から痛めていた膝を再び痛めて、照ノ富士も瀬戸際だったと思います。一方で琴奨菊は、あのような突っ込んでいく立ち合いで何度も負けています。思い切り後ろに下がった立ち合いで突っ込んで行けば、体をかわされることは目に見えています。照ノ富士が戦略として勝ったのです。これは勝つか負けるかの勝負です。日本人が負けたからといって、筋違いの「モンゴルへ帰れ」などは言うべきではありません。

 

それにたいして「排外主義」とか「ポピュリズム」であるとかのレッテル貼りはしたくありません。ただ、いま世界を席巻している問題は、トランプやヨーロッパの極右政党などが主張している、イスラム教徒は出ていけ!の志向と共通する「モンゴルへ帰れ!」はいただけません。明らかにこれは「ヘイトスピーチ」です。

最近、テレビなどで“日本のここはすご〜い”などの番組が氾濫しています。見ていて心地よいでしょう。でもあれにはメディアの戦略もあるようです。

 

自虐史観とは、分かりやすく言えば、アジア太平洋戦争などで日本(軍)が各国に与えた虐殺などの負の部分を強調するという使い方をして、事実上、与えた被害を過小評価する考え方です。

 

これに対して自讃史観は、自虐史観にたいしてことさら日本あるいは日本人は他国に対して優性である、優れているということをより強調することに使われているようです(この分野は素人ですので主観です)。

いってみれば、他国や外国人はダメで、日本(人)はすぐれているという意味になるようです。ここから、モンゴル人が勝つと「それは卑怯な手だ。モンゴルへ帰れ」となるわけです。ヘイトスピーチは法律でも禁じられています。それ以前に外国人であろうと日本人であろうと、なぜ、同じように思えないのだろうかと不思議に思えます。

 

そして、スポーツは国と国とのたたかいではなく、あくまで人と人の勝負なのです。

私の意見に賛成する人は少ないでしょう。しあkし、私はこの意見をあえて言います。

| 大相撲を論ず | 10:37 | comments(0) | - |
大相撲春場所とマスコミ
 本場所前からテレビや新聞は、琴奨菊が優勝して横綱になるかどうかで大騒ぎでした。相撲は中盤まででなく、終盤戦10日目くらいからが本当の星のつぶしあい。その琴奨菊は、きのう12日目が終わった時点で優勝した先場所を除いたいつものような8勝4敗です。
 
 つぎは稀勢の里が全勝中だというと、今度は“稀勢の里初優勝か”とまた大騒ぎです。きのう取り組みが終わった時点で2敗。初優勝の夢はほとんど消えました。同じ2敗には豪栄道と妙義龍も並んでいます。結果はまだわかりませんが、今までの相撲を見ていると、やはり本命の白鵬が迫真の体当たりで単独トップを驀進中という状態になりました。

大相撲三月場所11日目 白鵬は寄り倒して稀勢の里の全勝を止める
=23日、エディオンアリーナ大阪(寺口純平撮影)
 
 マスコミはなんと定見のない姿勢だろうかとハラが立っています。相撲の醍醐味は、ケレンのない立ち合いと全力でぶつかってどちらが勝つかという瞬間的なドラマです。それまでのけいこやトレーニングがモノを言います。そして“必ず勝つぞ”という闘志も重要な要素です。
 
 先場所の琴奨菊は見違えるような相撲ぶりでした。聞くところによると、体幹を鍛えるトレーニングに励んだとか。それが今場所までも同じように鍛えたのでしょうが、どうして負けが込んできたのでしょうか。わかりません。
 逸ノ城も今場所は見違えるような相撲ぶりです。ただ、彼は大の稽古嫌い。熱心に稽古とトレーニングに励んで、余計な肉を落とすことが課題です。

 
 私はいま蒼国来を応援しています。場内アナウンスで彼を「中国出身」といますが、すべてを国籍だけで決めていいものかと悲しくなります。彼は内モンゴル出身のモンゴル人なのです。「中国人」といわれるのは不本意でしょう。でもいま、それで相撲協会を攻めることはできません。協会に責任はないからです。

 幕下では「宇良」を応援しています。やはり、これからの相撲界を背負って立つ人を見つけて応援することも、これもまたひとつの醍醐味です。以前は魁聖、勢などが横綱候補だと思っていました。浮世絵のモデルいいと思えるほどの格好いい面構えです。しかし、勢がもたもたしている間に照ノ富士たちが出てきて地図を塗り替えてしまいました。でも、今場所の勢は好調です。
 
 蒼国来は相撲協会からあらぬ疑惑をもたれて解雇され、裁判に訴えて無実を主張し、潔白が証明されました。裁判を戦っている彼の激励会に出席したことがあります。それだけの理由で応援しています。
 
 それでもうひとこと言いたいことがあります。白鵬が「変わり身」で勝つと非難轟々(ごうごう)です。なぜでしょうか。それもこれも立派な相撲の決まり手。負けた方が弱かったのに、なぜ、勝者が非難されるのでしょうか。それは、白鵬が日本人ではないということが理由なのではないでしょうか。
 
 さらにはいつも“横綱の品格”を言いだします。横綱は変わり身をしてはいけないのでしょうか。横綱といえども必死に相撲を取っていることでしょう。“弱い横綱”といわれる鶴竜がそうです。必死なのです。軽量がゆえに必死に相撲を取らなければ勝てないのです。

 相撲の勝負で品格が必要なのはアスリートすべてではないでしょうか。横綱にだけ品格を求めるのは本末転倒です。横綱が最高の地位だとはいえ、関脇、大関の次の地位ということです。
 
 琴奨菊が初優勝すると日本中が“日本人出身の横綱を・・・”となります。その期待は理解できますが、ここはグローバルに考えることが大切なのではないでしょうか。相撲協会が世界に門戸を開けて外国人力士を求めたのですから。相撲界全体が品格のある相撲を取り、名勝負を繰り広げることこそが、いま、大切なのだと思います。
 
 きょうは少し感情が勝りました。 
 
| 大相撲を論ず | 14:01 | comments(1) | - |
琴奨菊の優勝は大相撲界に何をもたらすか
 大相撲は誰もの予想を裏切って琴奨菊が優勝。新聞・テレビは「日本出身の力士の優勝は10年ぶり」とはやし立てています。
 先日までは「日本人の優勝力士を」と言っていたのが、相撲の国際化に伴って「日本出身の」というようになりました。これはこれで結構なことです。

優勝賜杯を授与された琴奨菊
 
 メディアは“日本出身の優勝力士を”といったり“稀勢の里は早く横綱に”と言い続けていますが、大相撲に入門した同じ力士が優勝したり奮闘するのに、なぜ、「日本人」とこだわるのでしょうか。
 
 豊富な稽古・訓練と技術向上の上に成り立つ見事な相撲を土俵上で展開してくれれば、それでいいのではないのでしょうか。どこの国出身の力士であっても、全力でぶつかって勝ちを納めていけば、それが相撲の価値であり醍醐味なのではないでしょうか。偏狭な“大日本主義”は大相撲をも滅ぼしかねません。
 
 幕内力士にはかなりの数の外国出身力士がいます。“同じ釜の飯を食った仲間”なのに、なぜ、そのうちの“日本出身力士の優勝や横綱”にこだわるのでしょうか。おかしいと思いませんか?
 かつて世界からイメージされた“島国根性の心の狭い日本人”のまま、日本人の優勝にだけこだわっていくと、70年前のあの暗い、そして排外主義としての朝鮮人や中国人を憎悪し、侵略していったあの姿とダブって見えてしまうのです。今問題になっている「ヘイトスピーチ」の裏返しのことだといわれかねません。


優勝インタビュー。私はこれを有楽町駅近くで見ました。
 
 それより、昨年暮れ、大相撲の力士会(会長・白鵬)は、巡業の待遇改善を求める「提案書」を尾車理事長に提出しました。その内容には、朝げいこの進め方やトレーナーの増員、巡業手当の増額などが盛り込まれていました。現に琴奨菊が先場所から見事な変貌を遂げた裏には、レベルの高いトレーナーが来たからだということは、本人自身が語っていることです。
 まだまだ封建的で家父長的な体質が色濃く残っている相撲界で、このような「提案書」を出すことは、稀(まれ)なことですし、それだけ深刻な事態になっていることだと理解できます。

 考えてみると隔月に大相撲が開催されます。けがをした場合、ゆっくり治療する時間が必要です。休場すると陥落です。現に遠藤は足の膝が逆に曲がってしまうほどの大けがをしても、本場所に出なければ十両陥落になるので、無理をして出場します。けがも治らないうちに出るので負けが込んでくるし、けがも余計に悪化する、こういう悪循環になって、結局、休場する羽目になってしまいました。来場所は十両です。十両から再び幕内にはい上がることは至難の業だといわれています。
 
 以前は、本場所の土俵で2カ月以上のけがをした場合には、次の場所を全部休んでも同じ番付にとどまれるという「公傷制度」がありました。これだと治療期間が3ケ月くらいあるので、けがもだいぶ治ってくると思います。しかし、この制度が好評だったために申請者が増えて、協会はこの制度をなくしてしまいました。なくすのではなく、けがを治すことに努力すべきなのです、協会は。
 これを自縄自縛といいませんか?
 
 白鵬もそろそろ限界に近付いたかなと誰もが思っているでしょう。私の見るところでは、あの猫だましや今場所9日目の栃煌山との相撲の変化相撲は、協会への彼の精いっぱいの抵抗だと思います。
 それは、優勝回数があれほど多く、相撲界の発展に大きな貢献をしていても、ただ単に、日本国籍を取得していないという理由だけで、相撲界に残る道を閉ざされ、「一代親方」にもなれないという相撲界の閉鎖性が原因しているといえます。

大相撲1月場所、十四日目 稀勢の里が押し出しで白鵬を破る=両国国技館(撮影・今野顕

 
 かつて朝青龍は、石もて追われるがごとくに、相撲界から追放されていきました。このままでは、あたら優れた白鵬という力士を相撲協会が追い出すかかたちになります。そんなことでいいのでしょうか、相撲協会理事会は。
 猛省を!
 
| 大相撲を論ず | 11:04 | comments(0) | - |
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