シルクロード日誌

日本シルクロード文化センターのブログページです。シルクロードに関する情報、コメント、旅日記などを綴ります。
黒人男性殺害に反対する世界各地の運動について、その遠因を探る

かつて、ヨーロッパによる世界各地への探検は、押しなべて領土拡大を目的とした侵略活動が目的であり、植民地化や奴隷売買が目的になっていました。

 

6月2日のブログで私が書きたかったことは、わたしがなぜシルクロードを勉強することになったかについて言いたかったのです。それが尻切れトンボになっていました。

これは少し書き続けたいと思います。

 

私の体験です。

明治・大正と昭和を生きた私の母は関東大震災を深川で経験していました。

1923年(大正12年)9月1日の駿河湾沖で起こった巨大地震は次第に北上して10分間以上も揺れ続けました。母のいうことには「道の両側の大きな木が揺れて刷毛(ハケ)で道を掃くように揺れ続けていた」といいます。死者は10万人以上。

震災直後、地元の消防団や自警団などが警察や軍人に指導されて”朝鮮人が井戸に毒をまいたゾ〜〜“と言いながら朝鮮人を見かけ次第、竹やり、日本刀や金づちなどで殺しまわっていたといいます。

 

そこへ18歳くらいの兄と16歳くらいの妹が、両親が殺されたあと、自分たちも殺される危険を感じて、我が家に飛び込んできて助けを求めたと言います。

父母や我が家で働いていた者たちは、彼らが家から出ないように気を配り、自警団などが来ても我が家を探させないようにしていたといいます。しかし、兄妹はあまりの恐怖のために、3〜4日後になって、とうとう我が家から飛び出してしまったそうです。

 

2人は100メートルも行かないいちに捕まってしまい、その場で斬り殺されてしまったと言います。いつも母は、この話になると涙を流しながら話します。「お兄ちゃんも妹もお人形さんのようにかわいい顔をしていた」と言っては泣いていました。私が小学生のころから、戦争の話とともに、その話は数えきれないほど聞かされました。母は幼い兄と私に「人間は肌の色が黒くても赤くても、どこの国で生まれても、みんな同じ人間なんだから、決して差別していけないよ」と繰り返し言い聞かせていました。もう一つ言い聞かせられたことは「決して人様のものに手を出してはいけないよ」ということでした。父が入退院を繰り返して不在だったので、このしつけには人一倍気を使っていたようです。

 

私と妻が今年2月にアフリカ南部の旅に出たのは、“まだ行ったことのない国アフリカへ行ってみたい”という理由とともに“アフリカから奴隷として捕まってアメリカや世界各地へ連れていかれた、そのアフリカへいってみたい”という気持ちもあったのです。

 

アメリカでアフリカ系の男性が警官に殺されて事件は次第に大きな輪になってアメリカ全土からヨーロッパ各地、世界各地での抗議行動に広がりつつあります。米軍の正規軍を出動させて弾圧しようとしたトランプ大統領も、選挙戦の見通しはだいぶ暗くなりつつあるようです。

「息ができない」「私たちを殺すのをやめろ」とホワイトハウスの前で

繰り返す人たち(29日、ワシントン)

ジョージ・フロイドさんの追悼場所でひざをつき、こぶしを掲げる男性。このポーズは人種差別への抗議を意味するものとして、長年使われてきた

抗議する人びと

 

この事件に関連して、この数日の新聞・テレビでは、歴史的に著名な探検家や奴隷商人あるいは大会社の経営者あるいはベルギーの元国王まで批判され銅像などが引き倒されている模様が報じられています。

「海のシルクロード」関連では、なんといってもバスコ・ダ・ガマが筆頭にあげられ、コロンブスもあげられるでしょう。

 

アフリカ関連では、海路はバスコ・ダ・ガマと航海王子、陸ではリビングストンがあげられるでしょう。彼らの冒険行や陸路の探検活動から奴隷商人や一獲千金を夢見て大会社を経営し、奴隷をこき使う資本家が生まれて行ったのですから。

考えなければならないのは、これまで日本ではこれらのことが、単なる探検に成功した“偉人の物語”として学校でも教えられてきたことです。

| 歴史 | 16:17 | comments(0) | - |
ある歴史教育教師の手紙 朝鮮通信使ものがたり−8

「朝鮮通信使と下関」について、豊浦高校の生徒が下関で発表会を実施

 

現在、全国的な歴史教育のメーリングリストがあります。私は以前からそのメンバーでしたが、山口県の磯辺さんという方からのメールに、奇しくも山口県で行われた「朝鮮通信使」関連がNHKで放映されたというものがありました。

このNHKのニュースは、私は相撲を見ていてチャンネルを回していたので数秒しか見ることができませんでした。下記にご紹介します。

 

 

皆さん、こんばんは。山口の磯部です。

夕方のNHKニュース【山口ローカル】で標記の会の様子が流れました。生徒にとってはよい励みになったのかなと思います。

自分のインタヴューもとったんだけど、編集の都合ですみませんと電話がかかってきた。あまりよいコメントではなかったので正直なところは助かったと思った。

ニュースにはちらっと映っていたからいいですというところです。

 

滋賀県での夏の発表を地元でもしたらということで進めた企画でしたが、参加者の反応はとてもよいものでした。

・高校生が地元の歴史について調べて発表するのはとてもよいことだ。

・自分たちの知らないことを若い人から教えてもらいとてもよかった。

等々

生徒は、

・下関について改めて知ることが出来てよかった。

・歴史に対する興味関心が高まった。

等々

朝鮮学校の先生方も来られていて、どういうところを見学に行くと良いですか、相互の交流が深まっていくとよいですねと。

 

下関は、朝鮮半島の問題に関して、近いからかとても難しい面があります。

昨夜、卒業生と飲んでいて、市役所に務める者から、朝鮮通信使ってとても良いものだと思うけど、朝鮮の事ってすぐに色々な投書が来る(批判的なもの、県外からもたくさん)ので難しいですと。

更に、下関って色々地方創生に使えそうな歴史的なものがたくさんあるけど、結局活かす事が出来ないと。山口県もと。下関の人たちの間では、色々なところで維新関係など活かさなきゃという声は上がりますが、実際はそうすることのできる人材がいないと。朝鮮通信使にしても、明治維新にしても、ちゃんと学んで活用できるとよいのですが。

 

今日の会で、在日の方や、朝鮮学校の方からは、朝鮮通信使の精神にたって、現代の問題として、相互の交流を若い人たちが進めて欲しいと言われていたし、自分もその通りだと思うが、実際はかなり高い壁があるように思う。色々なところから変えていくしかないんだとは思うが。

 

高校生による地域と世界のつながりを学ぶ活動はとても意味のある、市民を巻き込める活動だと思う。地域創生みたいなことにもつながると思うし、豊浦の郷土研究班、開店休業にならないようにがんばってもらいたいものです。

 

 

磯辺さま

 

はじめてメールします。

みなさまのメーリングリストは数年前から拝見していますが、メールをするのは初めてです。

数年前に、最近皆さまが発刊された本の執筆を依頼されましたが、その任にあらずとお断りしたことがあります。

 

私は東京在住の野口信彦と申します。

「日本シルクロード文化センター」という小さいですが、国際的な規模のサークルの代表をしています。

実は、私もシルクロードという視点から、中央ユーラシアにおける文明の交流について研究しています。

それには日本と最も身近な朝鮮との文明の交流を調べてみたいと思っていました

10数年前には、対馬・壱岐へ行って研究もしました。

先日、日朝協会都連理事長をしている親友のお誘いで、埼玉県の「川越唐人揃い」へ行ってきました。

その模様を当団体のホームページのブログに掲載中ですので、お知らせしたいと思い、メールしました。

念のため、まだ途中ですが執筆中の原稿を添付しました。

 

きのうのNHKニュースは、そちらのことが放映されていたのですが、チャンネルを回すのが遅かったため数秒で終わってしまいました。

突然のメールで大変失礼しました。 野口信彦

 

 

 

 

 

 

 

 

| 歴史 | 08:43 | comments(0) | - |
朝日新聞から  アンコール遺跡から謎のれんが 地下に祭祀跡?初出土

 きのうの朝日新聞に掲載されていた記事です。

 インドからの仏教が、ここインドシナ半島を経由して渡ってきたことの研究を進めたいと思いました。

 興味のある「ルート」ですから(野口)。

 

 

 カンボジアの世界遺産アンコール遺跡群のうち、奈良文化財研究所(奈文研、奈良市)が調査修理プロジェクトを進めている石造寺院跡「西トップ遺跡」(9〜15世紀)で、解体された北祠堂(きたしどう)の地下から、れんがを積み重ねたほぼ正方形の遺構がみつかった。

 

 専門家によれば、この遺跡群で地下のれんが遺構の発見は初めて。何らかの祭祀(さいし)が行われたとみられるが、宗教的な背景は不明だ。アンコール遺跡群に新たな謎が加わり、専門家は注目する。

 

 奈文研が、刊行した「紀要2017」で報告した。

 

© 朝日新聞 解体された北祠堂の地下から出土したれんが遺構(奈良文化財研究所提供)

 

 西トップ遺跡は都城遺跡アンコールトム内にあり、中央・南・北の三つの石積みの祠堂で構成される。激しい内戦が続いたカンボジアでは石造建造物の修理技術を持った人材が乏しく、極彩色壁画で知られる高松塚古墳(奈良県明日香村)の石室解体など豊富な経験を持つ奈文研が西トップ遺跡の修理と人材育成に乗り出した。

 

 まず2012年から南祠堂(14世紀ごろ)の解体修理を始め、16年からは北祠堂(15世紀ごろ)の解体を進めてきた。

 

 奈文研によれば、16年7月から解体した跡地を発掘調査し、南北2・13メートル、東西2・08メートル、深さ1・48メートルのれんが遺構が出土した。底面にれんがを敷き詰め、四つの壁もれんがを積み上げる構造だ。れんが1個は長さ20センチ、幅13センチ、厚さ6〜8センチ。規格の異なるれんがもあった。主に遺構の下半分では、れんがの表面に粘土が上塗りされ、黒く焦げた部分も多い。すでに解体修理を終えた南祠堂の地下も発掘調査されているが、れんが遺構はみつかっていない。

| 歴史 | 03:14 | comments(0) | - |
百済研究へ

しばらくお休みしていますが、明日から韓国の百済研究に行ってきます。

 

きょうは、現代シルクロード研究会で「世界史の基礎を創ったモンゴルの歴史」です。

午後1時から。

狛江駅前の泉龍寺内「仏教文庫」です。

準備が大変でした。

 

野口信彦

| 歴史 | 09:05 | comments(0) | - |
ベトナムの旅―31 フエの世界遺産の旧王宮

 グエン朝の王宮は初代のザー・ロン帝によって1804年から建造が開始され、北京の紫禁城(故宮)を模して造られたといわれている。高さ5メートル、一辺が650〜700メートルの壁に囲まれ、外側に内堀が張り巡らされている。しかし、実際に見たフエの旧王宮は、世界最大といわれる北京の故宮博物院よりはるかに規模は小さい。でも、それは比較することではないようだ。旧王宮の各種をごく簡単にご紹介しよう。

 

旧王宮前で集合写真。今度の添乗員は集合写真が好きだった

北京の紫禁城(故宮)。きょうは、この写真のみがネットのもの

 

午門(王宮門)

午門の「午」は、南の意味になる。または正午になると太陽が建物の頂上に来たからだともいわれるが、そうであれば、季節の変化で太陽の位置が変わるのをどう説明するのだろうか? ま、でも、つまらない疑問であった。

5つある門の南門に望楼がある。中央の門は皇帝の外出時にしか使われない。左右の門は文官や武官が使用していた門である。これはどこもそのようになっている。現在は私たちのような観光客が通っている。

午門

 

大 砲

 午門の南側に9門の大砲がある。東側の4門は四季を表し、西側の5門は五行を表しているという。1803年1月31日から1年かけて完成したというが、これは大砲を四季に分けて分納したためだという。

 

フラッグタワー

 フーン川の土手にそびえる国旗掲揚台。1968年のテト攻勢の時には24日間にわたり解放軍の旗が翻(ひるがえ)っていたということである。

フラッグタワー

 

太和殿

皇帝の即位や国賓の歓迎などの式典が行われる場所。王宮の正面にある赤い屋根の大きな平屋の建物である。北京の紫禁城を模して造られたが、やはりこれも比較するべくもなく規模は小さい。だが、大事なことはモノの大小ではない。

ザーロン帝が創建し、その後何度か修復されたが、ベトナム戦争中の1968年に完全に破壊され、1970年に再建された。

大和殿

 

顕臨閣

 グエン王朝の菩提寺。庭には歴代の皇帝の名前をかぶせた9つの大きな「鼎(かなえ)」が置かれている。この鼎類は王朝の正統性と不動性を象徴しているという。

顕臨閣

 

鼎(上・下)

 

※グーグルで「鼎」を調べてみた。

「古代中国で使われた、三本足の鉄のかま」とある。

「鼎(かなえ)の軽重(けいちょう)を問う」(周の定王の時、楚の荘王が周の王室に伝わる宝である九鼎(きゅうてい)の大小・軽重を問うた故事(日本語に直すと、さしずめ「物語」になるか)から、統治者を軽んじ、これに代わって天下を取ろうとすること。転じて、ある人の実力を疑って、その地位をくつがえそうとすること、とある。

〖鼎〗 てい・テイ・かなえ

三者が向かいあった形。

「鼎立・鼎坐(ていざ)・鼎談」などの言い方がある。

金属製の一種のなべ。三本足で両わきに耳がある。「鼎俎(ていそ)・鼎鐘・鼎銘」

 

ティエンムー(天母)寺

フーン川を見下ろす高台に1601年に建立され、1844年に高さ21メートル、7層からなる八角形の塔のティエンムー寺が完成した。

ティエンムー寺

サイゴン市内で抗議の焼身自殺をした僧(朝日新聞の写真)

 

寺の裏にある自家用車のオースチンは、1963年、南ベトナム政府の仏教弾圧に抗して、サイゴンで焼身自殺したこの寺所属の僧侶が使っていた車。

僧が使用した車・オースティン

 

| 歴史 | 04:29 | comments(0) | - |
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