シルクロード日誌

日本シルクロード文化センターのブログページです。シルクロードに関する情報、コメント、旅日記などを綴ります。
金婚記念のチベット・アムド旅行 最終回

さぁー、このレポートもこの辺が潮時ですね。この回で終わりにしましょう。

ガイドのドルチェとドライバー君は帰宅しました。「帰るときにはわたしのメールアドレスを教えますから、野口先生が日本へ帰ってからも連絡を取り合いましょう」といっておいて、「給料をもらってから帰るわ」ということで、サヨナラのあいさつもなしにサッサと帰っていきました。これが現代っ子なのでしょうね。

 

帰国前日のこの日は、のこちゃんが運転をしてガイドです。

最初は、私は何度も行っている「中国西蔵医薬文化博物館です」。

前回の2年前に来た時には、バカでかい建物だったという印象だったのですが、その後ろにもう一つ、それよりも大きな建物ができていました。

この何年かで2000兆円もの外貨準備ができている国だから、お金は無尽蔵にあるのでしょう。ここも2年前にレポートしていますので省略します。

大きな大きな博物館です

2人で映るのにもやっと慣れてきた感じです

博物館内部です

横のものを縦にできまん

日ごろから「ヨコのものをタテにもしない」わたしですので・・・

このように働きながら、みんなで歌う歌が最高に素晴らしいものなのですが・・・

 

 

次は「東関清真寺院」です。

イスラム教徒を中国では「回族」といいます。そのお寺、要するにモスクです。

東関という言葉は、発音は「ドンガン(東干)」。

清王朝末期という時代に大規模な反乱が起こり、清の軍隊が数百万人のドンガンを殺略したのですが、その攻撃の最終目的は、現在の北新疆にいたジュンガルでした。要するに中国のイスラム教徒のお寺です。

モスクをガイドする回族の青年です

ここはさすがに警察の警戒が厳重です。

しかし、チベット自治区ほどあからさまな(自動小銃と消火器を抱えながらの一列縦隊の行進)警戒ではなく、武器を持たない丸腰です。

 

東干はどこから来たのかという論争があります。わたしはモンゴルがヨーロッパ各地を攻めた時、中央アジア各地から奴隷として連れてきた人びとだと思っていますが、私の友人は「明の時代の船で海から連れてこられた」と言って譲りません。ただ、「イスラム教徒になった漢民族人だ」という説は、誰からも支持されていません。

学校で勉強したものをお父さんに見てもらいます。彼女はお母さんには思い切り甘えますが、お父さんは相当に怖いようです。

でも、食べ盛り

4人そろって記念写真です

お店の前では、どこでもやるのですがチベットの曲で踊りの輪ができます。ただし、躍るのは漢族だけですね

私たちは見物しながら・・・

遊びや踊りは子供が大好きです。わたしも。でもなぜチベット人が踊らないんでしょうか?

 

翌朝5時、ノコちゃんのご主人が空港まで案内してくれて、上海での6時間待ちのあと無事に成田へ帰ることができました。

成田から愛車でスイスイ自宅へ帰ったのですが、この9月10日という日は台風15号が暴れた翌日だったのですね。とくに千葉県がひどい被害があったそうで、東関東道沿線も被害が激しかったとあとで分かりました。楽しく旅行をして帰ったあとだけに、何やら後ろめたい気持ちの残った、しかも印象的な旅でした。

そうそう、思いだしました。この旅は私たちの結婚50年を記念するものでした。

| チベット関連 | 08:47 | comments(0) | - |
金婚記念のチベット・アムド旅行

五体投地のお寺からは次のお寺「センゲジョン寺」へ。

ここでは、内モンゴルから巡礼に来た青年と仲良しになりました。内モンゴルもモンゴル国も同じチベット仏教ですが、わたしはお寺に食傷気味ですので、カットします。うちの奥さんは宗教学を勉強していたので、興味津々でした。踊りのネタにもなるんでしょうね。

内モンゴルからやってきた彼との遭遇は、なぜかいつまでも私の心に残っています

きらびやかな寺は、どのような歴史があるのだろうか?

 

ここ同仁は仏教美術の中心的なところ。タンカ工房が数多くあり、街にはたくさんの絵師がいました。5分ほど訪ねた工房では高校生くらいの少女が真剣なまなざしで描いていました。聞くと、まだこの工房に入って3か月だとのことでした。彼女や多くの絵師たちが早く一人前になれるよう思いました。

 

このあと、だいぶ近くなっていた西寧へ向かいます。途中、ドルチェの友人と会いました。

“ガイドは仕事中に個人的な仕事をつくってはならない”ということは古今東西、鉄則ですが、彼女はそれを無視して、あるいは知らないのか臆面もなくやってのけてしまいます。でも、素人のガイドながら、私たちのような旅行者にとっては、それもひとつの風物。かまわん、かまわん。

街の風情!

ドルチェの友だち。日本でそうですが、顔は可愛いのですが、日本語をあまりよく理解できていない女子アナがいますが、彼女は違うのでしょうね。

彼女は私たちを食事に招待してくれましたが、早く西寧に着きたいのでお断りしました。

 

その友人とは(以前にも少し紹介しましたが)、以前、東京で知り合った々留学生の友人だそうで、実家が裕福なのでドルチェも随分と助けられたといいます。

そのお友達はこのあたりの地方テレビ局のアナウンサーをしているそうですが、闊達な漢語とドルチェとは早口のチベット語で話しまくっています。

 

ついでに言いますと、ここ青海省のアムド地方とチベット自治区のラサ地方とでは言葉が通じません。数年前、私をラサ空港に送るために空港へ向かうとき現地のドライバーとノコちゃんがなんだか口喧嘩をしていました。言葉が通じないので結局、漢語でケンカをしなくてはなりませんでした。しまいにはお互いに「なんで私たちは漢語でケンカするんでしょう」と苦笑してしまって終わってしまいました。

 

そしてやっとノコちゃんに会ことができました。こう書くと、まるでいとしい恋人と会うような言い方ですが、彼女をうちの奥さんに会わせたかったのですね。“ほら、これまでのチベットの旅のガイドが、こんな娘さんなんだよ”と。

これがお店の内部です

店の名前は「薩其奥」=さちお です。ノコちゃんが町田市の大学へ留学中に大変お世話になり、その教えに感銘を受けた恩人だそうです。

「薩其奥」=さちおさんの写真です

うちの奥さんとノコちゃんが初めて会いました。

 

のこちゃんは、自分たちがスタートさせたお店へ私たちを案内してくれました。メールでは「最近、カレー屋さんを始めました」と言っていました。カレーが中心ですが、揚げ物やなにやかやと日本食中心です。

みんな日本食ですね

 

やがて元気よくメトゥ(娘さん)ちゃんが帰ってきました。お父さんは大学の日本語の先生、娘は小学校4年生。6月に学年末になるので、もう4年生。わが孫娘と同い年です。利発そうなかわいい顔をしています。“ここにもわたしの娘と孫がいた!”と思いました。彼女はあまり日本語ができませんが、やがてお店の端っこで宿題をはじめました。

これが「メトゥ」ちゃんです

でも、まだまだ甘えん坊です

 

あとで聞いたところによると、クラス全体は65人ほどで、そのうちチベット人は2人しかいなく、メトゥはその中でも全体のトップ5人の1人に入っている成績だと、お母さんのノコちゃんは鼻をピクピクさせながら(そのように見えたのです)自慢していました。

私とメトゥとのツーショットですが、何か体がこわばってますね

うちの孫も最近はハグもしてくれません。

 

とにかく中国の学校は、宿題がとても多いということは以前から聞いていました。やがてお父さんも来ました。以前ここへ来たとき、青海湖へみんなでドライブしたのですが、彼は上半身に入れ墨をしていたのです。驚いたのですが、それは入れ墨の模様の入ったTシャツだったのです、子供のような茶目っ気たっぷりでした。

店の「薩其奥」=さちお、の看板もちゃんとあります

| チベット関連 | 11:42 | comments(0) | - |
金婚記念のチベット・アムド旅行

再び、アムドのドライブがスタートしました。きょうは旅の5日目です。ラプラン寺のあとは、同仁へ向かいます。漢語で「トンレン」で宿泊です。

ラプラン寺の駐車場近くでお茶を飲みました

どこを走ってもこのような」大草原があります

 

ところがかなりの距離を走ってから着いたのが、ドライバー君の家です。ここでチベットの民家の夕食をごちそうになるということです。

それは知らなかった。ドルチェはもちろん知っていたのでしょうが、まだ彼女は「自分がガイドである」という覚悟ができていないようです。

これがドライバー君の家の部屋の一つです

ドライバー君です

日本では仏間かリビングというところにチベット仏教の何かがあります。

いまは、ダライ・ラマの写真は禁止されているのでありません。

 

彼女は2つのスマホを操りながら仕事上の操作をするとともに、明らかに個人的なお友達との会話などです。それとドライバー君と世間話をして、私たちのことも忘れないで時々話をしてくれます。天衣無縫です。東京にいる女子大生ですね、まるで。東京の若い女性とただ一つ違うところがあります。それは私たちを蘭州の空港で迎えてくれた時から1週間後にさよならをする日まで、ずっと同じ服装だったたということだけです。

 

山道を乗り越え、あぜ道かと思えるような細い道を走って、彼の実家に着きました。後で詳しく知ったのですが、彼の両親(お父さんは70歳)と近くに住んでいる娘さん(35歳くらい)がもてなしてくれました。彼の妻と子供はどうやら実家に行っているようです。ここでは、外国人アレルギーがあって、ものすごく恥ずかしがりの女性がかなりいます。おそらくその類で逃げ出したのでしょう。

お母さんと2人のお子さんのいる娘さん

 

お父さんは、私の友人にも同じようなタイプの人がいるような方でした。足が悪くて立って私たちを迎えられないことを何度も詫びていました。お母さんは「典型的なチベット人の女性」という人です。「典型的なチベット人の女性ってどんな人?」と聞きたいでしょうが、それが書けないから、このように書いているのです!

 

 

出てきました。最初はトゥクパです。

お断りしておきますが、私は乳製品が全くダメなのです。ですからチベットやモンゴルの遊牧民の乳製品はほとんど食べられないのです。口に入れると一発直行でアウトです。ですから食べ物の名前も間違えると思います。覚悟してください。

上のチベット風のマントウと真ん中の小皿に入っている「サモサ」が」おいしかったです

 

でも、これだとせっかく心を込めて作ってくださったお母さんや妹さんに申し訳ないです。いま、ここでこのブログを書いていて思い出したのですが、ガイドからお礼は支払ったのでしょうが、私たち夫婦からのお礼の気持ちを持ってこなかったのです。そういう習慣がないからですが、今、思い出しました。1日1杯のワンカップのお酒は(1日一つ)持ってきていますが、多くのチベット人のお年寄りは宗教上の点でお酒を飲む人が少ないのです。

 

ドルチェが手の指でこねているのがトゥクパでしょう。あとたくさんのものが出されました。わたしはナンのようなパン類のものと乳製品の入っていないものを少量、口にしただけです。というとあとは生野菜や何かくらいです。

これがトゥクパですね

 

おおいにごちそうになってお宅を辞しました。同仁のホテルに戻って、改めて軽く麺類を食べ、ワンカップを飲んで寝ました。

ドルチェが撮影してくれました

 

| チベット関連 | 17:10 | comments(0) | - |
金婚記念のチベット・アムド旅行

ラプラン寺へ

この日は炳霊寺石窟から夏河という街へ。ここで「小都市の夏河」と書こうと思ったのですが、小都市といえども中心街は大きな大きなビルやホテルがあります。そのほかでも、まるで大都市並みの様相です。

その夏河の大きなホテルについて一服してからラプラン寺へ。

ドルチェに「一服っていう意味知ってる?」と聞きましたが、知りません。日本人の若者に聞いて、いったい、どれくらいの人が知っているでしょうか。それともそんな日本語を話す私のような人が希少価値なのでしょうか。

2人で笑顔で写真に写るなど稀有のことです。ラプラン寺の入り口で

とにかく広い。左の奥もその向こうもずっと境内です

 

 

この寺はチベット仏教の寺。甘粛省甘南チベット自治州夏河県にあります。

そしてこの寺はゲルク派の寺院。漢字では「拉卜楞寺」と書きます

チベット自治区のガンデン寺・セラ寺・デプン寺・タシルンポ寺、青海省のタール寺とともにゲルク派六大僧院のひとつとされているので、それはそれは大きな広いお寺です。

広い、としかいいようがありません

 

1710年に創建され、往時は108の寺があり、活仏も500人前後が在籍していたといいます。しかし、1960年代半ばから始まった文化大革命で閉鎖され、多くの堂・僧院が破壊されたのです。文革後、多くの建物が再建され、現在在籍している僧は千人規模になっているといいます。現在は、チベットのゲルク派寺院では最高レベルの学問寺とされているそうです。

 

なにか哲学的な風貌のお坊さんですね

 

話も所も変わりますが、10年ほど前にチベット自治区へ行ったことがあります。その時の話ですが、「ポタラ宮には、かつて5000人いた僧侶が、今も残っている僧侶はたったの12名」だといいます。ほかの数百人は、僧侶の服装をした人民解放軍の若い兵士たちが、頭を丸めて相異を着て監視と警護に当たっているといいます。

 

チベットのほとんどすべての寺院では、貴重な仏像などは文革期にすべて破壊されあるいは持ち出されて、金箔や銀箔などはすべて紅衛兵たちに略奪されました。

ですから現在の若い僧侶たちで本物の僧侶が果たして何人いるのか大変興味のあるところです。さらに仏像類はほとんどすべてがその後造られたものなのです。あるウイグル人の友人の息子が、言っていました。「俺の友達のお父さんは、金がなくなると金の仏像などを取り出して金に換えていた」と言っていました。新疆にはお寺は少ないのですが・・・

 

繰り返しますが、このお寺はとにかく広い!駐車場から入り口までは歩いて30分以上かかります。そこからまた広い内部を歩くのですから大変です。おとなしい僧侶のガイドがついてくれたのですが、おとなしいのでほとんど話しません。「君はガイドなの?」と聞きたいくらいですが、ほとんどしゃべりません。見事なほどです。ああ〜!どういうことなのだ〜!

 

 

広い場所を、よく「東京ドームの何倍」と表現しますが、そのドームの広さというものが分かりません。とにかく広いのです。

私はその広さを知っているということと、あまり紹介される内容に関心がないので、途中で2人をほっぽり出して1人で歩くようにしました。

 

2年前のことです。受付近くの僧侶たちの休憩所のようなところで休んでいた時のことをお話ししましょう。

チベット人の僧侶たちと雑談をしていると、突然、中年の男が話に割り込んできました。それで私に質問してきました。

 

「私は北京のある大学で哲学を教えているものですが、あなたは毛沢東思想が世界で最高峰の哲学であると思いますか?」と聞いてきました。この種の中国語で語学を学んだのでかなり話せます。

 

「文革の前後からその種の話は聞きましたが、当時も今も、そのように思っている人は地球規模で言えばごく少数です。毛沢東のまわりの党幹部たちは自分の出世のために、盛んにそのようなことを言ってましたが、ほかの多くの中国人は、仕方なく言っていました。世界でそのように思っていた人はほとんどいませんでしたよ。洟もひっかけないといえるでしょう。大体そのような思想は多くの場合、革命闘争の中で集団の英知で生まれてくるものですから、1人の幹部が生み出すことなど、およそナンセンスです」。

 

すると驚いたことに彼の奥さんが手をたたいています。それで夫に言いました。「分かったでしょ?この人の言うように、まだまだ世界では通用しないのよ。この方の言うことが客観的な事実よね」と。

そこにいたチベット人の僧侶たちは、手をたたいてほめることもできないので、複雑な表情でしたが、あきらかに私の意見に大賛成という表情でした。

それが私のラプラン寺の思い出でした。

若い僧侶たち。わたしの話に大満足の様子でした

 

とにかくラプラン寺は広かった。

1時間ほどたってから2人の女性が夢中になっておしゃべりをしながらかえってきました。

また、30分以上歩いて駐車場まで歩きます。

ワイフは、宗教学を学んだ事があるので、精力的に歩いていました

| チベット関連 | 10:52 | comments(0) | - |
金婚記念のチベット・アムド旅行

炳霊寺余話

炳霊寺への往復で、少しのことでは驚かない私(原因は私が鈍感だからですが・・・)が驚いたことがあります。

中国は広い全土がキャッシュレスで満ち満ちています。3600メートルの高地を走っていた時のこと「メロンが食べたい」とガイドのドルチェが言い出しました。ふつうはガイドがお客さんに「果物を買って食べましょうか」と気を利かせて買うものなのですが、彼女は自分が食べたいと思って買うことにしたのです。

 

メロンを買ってからポール(鉄のパイプ)にぶら下げてある何かにスマホをかざすと料金が支払われ、同じスマホにレシートも来るんですね。でも、これは日本でも多少やられているんでしょう。彼女は車を止めてメロンを買いました。すると、それまでもそうだったのですが、何かを買うときはほとんどすべてがスマホをかざして買うのです。

ドルチェのスマホと業務用のスマホの2つがありますが、

公私を完全に混同して使いこなしています

炳霊寺への船乗り場での、おばあちゃんと孫

 

まるでテレビの水戸黄門のお決まりのセリフ「これが見えぬか!」を思い出しました。そのようにして「かざす」のです。ドルチェは若いだけあって、日本から帰ってきてすぐにこのキャッシュレスになじんでいるようですが、私たちは日本でもカードで買うことを拒否しています。スマホに登録することが面倒だからですが・・・

でも最近は、大きめの財布に中にパスモを入れて、改札口でサッとかざして通れるようにしました。まるで「現代人」になったようなルンルン気分になります。

黄河の支流にある休憩所

 

 

ドライブの途中で黄河の支流にある休憩所で車を止めました。

うちの奥さんは無類のイケメン好き。ふだんでも私が二階の自室に寝に行くと、そのあとは好きなイケメンの出るドラマを見ます。至福の時間でしょう。

この休憩所でも、イケメンのドライバーとツーショット。わたしと一緒に写真を取るときは仏頂面なのですがまるで違います。心から嬉しそうな顔をしています。

うれしそうな顔をしていますね、

彼女は「たれ目」で有名なのですが、写真を撮るときはいつも、この顔です

旅をして、飲んで食って車に乗ると爆睡です。幸せでしょうね。

| チベット関連 | 10:14 | comments(0) | - |
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