シルクロード日誌

日本シルクロード文化センターのブログページです。シルクロードに関する情報、コメント、旅日記などを綴ります。
シルクロードのブラックホール

 

シルクロードを研究するものとして、現在におけるブラックホールは、アフガニスタンとイラクでしょう。私はいまだに行くことができていません。

 

いまでは、これにシリアが加えられるでしょうが、そうそうサウジアラビアもあまり行くイメージのないところです。

わたしは個人的にはシリア、ヨルダンやイランなどは行っていますが、今でも“治安の悪いところ”ともいわれています。しかし、シリアを除いてヨルダン、イランは、実際は全然安心なのですが・・・

 

しかしみなさん、もう一つブラックホールがあるのです。

それは朝鮮半島北半部です。

今まであまりにも“危険な国”“独裁国”“人権なき国”“テロ国家”などのレッテルが強烈に張り付けられていたので、シルクロードのロマンを感じるには、あまりにもかけ離れていたのだと思います。

 

先週の19日、私は初めて小平の朝鮮大学校へ行きました。そこで元外交官だった浅井基文さん(元広島平和研究所所長、大阪経法大学客員教授)の講演と、北と南の大学教授やジャーナリスト3人の「討論会」があったのです。

講演会のテーマは、対決から平和へ ――今後の朝鮮半島の行方――と題するものでした。

 

南北首脳会談、米朝首脳会談で朝鮮半島に立ち込めていた“核戦争の危機”が一挙に対話と平和の方向に進み始めたのです。まさに歴史的な出来事です。

20世紀、72年のニクソン・毛沢東会談による米中国交回復、86年のレーガン・ゴルバチョフによる米ソ首脳会談によって、冷戦構造による核戦争の危機から対話へと歴史が開けていった大きな出来事がありました。そしてソ連の崩壊にいたったのです。

 

今回の米朝首脳会談は、まさに21世紀初頭における最大のできごとだといえます。

朝鮮半島と北東アジアさらには世界に平和が訪れる出来事の次には、国交正常化から国交回復へという道と展望が開けてきます。

そうすると、学術文化の分野における開放と交流が続きます。

まさにシルクロードのブラックホールに孔があき、西域から中国を経過して朝鮮半島で花が開いた古代文明が、日本へと続いた歴史が明らかにされてきます。

 

朝鮮大学校には「歴史博物館」がありました。受付に書籍類の販売がされており、そのパンフレットを発見しました。歴博のパンフが私を呼んでいたのんです。80年代に東京で高句麗展が開催されたときに展示されたものがすべて寄贈されたとのことです。

来週には大学校の国際交流委員会の幹部にお願いして歴史博物館を訪れることになりました。そこの事務局長が案内してくださるとのこと。

 

余談ですが、私が北京留学中のこと、1965年当時、日本国内でも争われていた「日韓条約」に反対する運動がありました。かつて日本が、朝鮮半島全体に途方もない犠牲と損害を与えたにもかかわらず、韓国との交渉だけで賠償をするというやり方に多くの国民は違和感を覚え、反対もしていたのです。

そしてあるとき、北京在住の日朝両国留学生の代表団で会談を行うことになりました。私がそのときの日本側代表でしたが相手側と会談を行いました。そのときの北朝鮮側の留学生たるや、まるで外務省の高級官僚のように、完璧に自国政府の政策をふまえて論じ、たたかいの方向をさし示していたのです。政策のテクノクラートでした。

討論会での3人のハイレベルな弁論もそのときのことを鮮明に思い出させてくれました。

 

しかし、それはともかく今回の講演会を通して、そして私を通して朝鮮半島北半部とのシルクロード交流の突破口ができればよいと考えています。

わが日本シルクロード文化センターの会員にも“渤海を研究したい”という人が現れています。来年には、北方面へのシルクロードツアーを実施したいとも思っていますが、“その辺りの歴史遺産は軍事基地を通らなければいかれないところなので”かなり難しいということです。そうなると許可が出ません。

 

さあ〜どうするか〜〜

まあ、何とかなるでしょう。

未来は明るいんだから〜〜〜〜〜

 

2人で軍事境界線を越えて北朝鮮側に入った際の握手の写真

軍事境界線を越えて韓国側に入った北朝鮮最高指導者金正恩と韓国大統領文在寅

トランプ大統領と金正恩委員長ら両国代表団による会談

両首脳の会談

| シルクロード | 10:32 | comments(0) | - |
来年まで、チンギス・ハーンとお付き合いします

 毎朝、1時間以上かけて読む新聞類。

先週のある日、朝日を開くと真ん中のページに2ページ分の大広告がありました。思わず「オーッ!」と声をあげました。

 北方謙三の『チンギス紀 火眼(かがん)』発売の広告です。

 翌日、早速買いました。しかも、最初は2巻同時発売。

 

 これとは別に、白水社刊の『辺境中国』も注文してありました。

これはイギリス人のデイヴィッド・アイマーというジャーナリストが書いた、中国辺境の少数民族の現在を描いたもの。ヨーロッパの白人が、いまの中国しかも辺境の少数民族をどのように描いているかに関心がありましたので。

 

 そしてもう1冊は第一書房刊の『シルクロードと朝鮮半島の考古学』。2002年刊。

 朝鮮半島のシルクロード、古代文明が大陸からどのように伝えられ、日本へどのように伝えられたのかを研究するチームを立ち上げているのですが、いよいよ具体的な研究過程を考える時期が近づいているとの考えから、古代朝鮮研究にいっそいそしむ気持ちから購読しましたし、私の机の周りの書籍類も、その分野のもので固めているところです。

 もう1冊は、雄山閣2007年刊の『朝鮮の絹とシルクロード』。しかし、アマゾンから届いてみると、すでにこの本はわたしの書棚にありました。

  

 書店で「小説」を買うのは実に10数年ぶりです。退職の前は井上靖の『敦煌』など、宮城谷昌光の『重耳(ちょうじ)』をはじめとした一連の中国古代歴史小説や浅田次郎など、乱読三昧でした。

 しかし、年金生活に入って、本格的にシルクロード研究をするには書棚のかなりのスペースを占めている小説類が邪魔になりました。

 それらの小説類は段ボールに入れて地元の図書館にすべて寄付しました。今でも図書館の棚に私が寄付した本を見かけると複雑な気持ちになります。大切な本を養子に出すようなことをして、と。

 

 他にも処分する方法があります。我が家の道路際にシートを敷いて無料バザールです。

このバザールは数年に一度行ないます。書籍でない場合が多いのですが、古くなった革のバッグ類や旅行用のスーツケース、モンゴルやウイグルで買い求めた革の衣類など。みな評判で、1時間でなくなります。

 

 『チンギス紀』は、1年間くらい続くようです。

 肝心の研究のための読書に影響しないかという思いはあるのですが、私が今まで学んだモンゴルそしてチンギス・ハーンとどのような違いがあるのか、そして共通点がどこにあるのかを見極めたいという思いがあるからです。

 

 そのような小説などを読む環境づくりが大切です。

 きのう、パソコンのマウスを動かす面積がかなり小さくなっているので机の上だけ整理しました。横から見ると10センチくらいうずたかく積もっていました。

 

 書籍類の移動や書棚の整理、床のワックスがけなど、数か月前から「やらなければ・・・」と思いながら過ぎてきましたが、いよいよ決断の時です。

 でもこんなこと、決断する問題じゃないんですよね。やればいいだけのことなのです。

| シルクロード | 07:32 | comments(0) | - |
シルクロード満喫の一日 中央アジアとシベリアの音楽祭り  〜カザフ・クルグズ・ウズベク・トゥバ 音楽祭

 きのうの27日日曜日。東中野の「驢馬駱駝(ロマラクダ)」で標記の音楽祭に行ってきました。

 これは我がクラブの寺田亮平君がコーディネートの仕事をしているようで、SNSで盛んに「拡散して!」と叫んでいました。そのせいか、当日は満員で当日券はない、ということでした。

 私はその声に圧されて参加したようなものですが、主要な目的は、わがクラブの講師やイベントでの出演者を探すことでもありました。

 寺田亮平さんはコーディネーターであっても、立派に演奏していましたよ。

数年前から思うと格段に上達していました。

 

 この日の初見参の駒崎万集(Komazaki  Masyu)さん

 昨年10月にウズベキスタンから帰国したそうです。はじめはJICA(青年海外協力隊)の隊員として、3歳からはじめていたピアノを主に教えることを目的として2015年にウズベクに行きました。しかし、2年後にはドゥタールに巡り合って衝撃を受け、音大で鍛え抜かれた音楽(ピアノ)の才能を発揮して短時間のうちにマスターしたとプログラムに書いてありました。

この日の初見参の駒崎万集(Komazaki  Masyu)さん

寺田亮平&直川礼緒さんの2人も共演

 

 素人の私が聞いても、ピアノを奏でるような楽風と感覚で、まるで10年も続けてきたような演奏ぶりでした。日本や東京には長い間、ウズベク人による音楽家が不在でした。その穴は日本人では埋められないのですが、わずかな僥倖が見えてきた感がしました。

 

 

イランから来たばかりのシューレシュ・ラアナーイーさん

 

 しかし、それよりも何よりも最大の衝撃がありました。

 たまたま日本へ公演で来日中のペルシア音楽の若き巨匠、シューレシュ・ラアナーイーさんの演奏でした。
 ここからは寺田亮平君の言葉です=来日ツアー中で、たまたま27日がオフだったそうで、遊びに来るかも、という話になり、それなら是非ご出演を、という運びになりました。ただ出演者とプログラムを組んだ後に決まった話なので、これだけ凄い演奏家の方にゲストで出ていただいて大変恐縮ですが、そんなに長い時間ソロで演奏していただけるわけではありませんので、じっくり見たい方は6/3のサラヴァ東京の公演に是非足をお運びください。


人間的にも非常に温和で控えめな人のようでした

通訳を介さなくともわかりやすい英語でした

 

 この言葉は見て知っていたのですが、私にとってイランの音楽はナヒードさんしか知りませんでした。

 演奏は火を吐くような演奏で全く驚きました。音楽の専門家でもない私でも、いろいろな国の音楽家の演奏は限りなくたくさん聞いてきた私でさえもため息の出るような演奏でした。

先述の駒崎万集(Komazaki Mashu)さんも、演奏が終わって楽屋へ戻って着替えるところなのでしょうが、舞台のそで(会場内)の壁に立ったまま、微動だにしないで聞き入っていた姿が印象的でした。

 

 演奏がスタートする1時間近く前に会場に行った私のもう一つの目的は、会場内で販売するウズベクの「プロフ」や「サモサ」や「ナン」を食べ、家へ持ち帰ることでした。

 まず、生ビールを片手にサモサにかぶりつきました。本当は、これは、窯の中にはりつけて焼いたものを、熱々のうちに食べるのが、最もおいしい食べ方なのです。

ご存じ、お馴染みのカリマンさん。この日は素敵なキルギスの帽子をかぶっていました

 この日は芸大の学生も教え子も一緒に出演していました。

 

 お土産は「プロフ」。焼きそばの入れ物のようなものに2つ買い求めました。夕飯はワイフと食べましたが、1つのパックでさえも食べきれないくらいものでした。

 久しぶりに中央アジアとシルクロードを満喫した一日でした。

| シルクロード | 11:48 | comments(0) | - |
3月28日が「シルクロードの日」って本当!?

 

東京は桜が咲き誇っています。

近所の桜並木をカメラに収めましたが、桜は白が勝ってしまってうまく撮影できません。

おととい、15〜6年前だったかのブログを見直す機会がありました。まだ、このブログを書き始めたころです。

そうすると、3月28日は「シルクロードの日」だそうです。私が書いているので確かでしょう。

いや、確かというのは、書いたことが確かなのであって、その説が正しいかどうかは別です。

 

3月28日がなぜ「シルクロードの日」だというのかを、私はこう書いています。たぶん「私」でしょう。

中央アジアの探検家として知られるスウェーデンの地理学者スヴェン・ヘディンが楼蘭の遺跡を発見した日とされています。

 

スヴェン・ヘディンは、1865年2月19日、スウェーデンのストックホルム生まれ、

そして1952年11月26日に死去。

 

1899年から1902年にかけて、タリム盆地および中部チベット湖沼地帯の北部を探検していたヘディンは、その途上、1900年3月28日に古代都市楼蘭の遺跡と「さまよえる湖」ロプ・ノールの湖床を発見しました。

シルクロードという言葉は、今の日本では広く中央アジア地方を指して使われていますが、もともとは西南アジア文化圏と中国文化圏を結ぶ東西交通路のことです。

楼蘭の美女は、このような状態で発掘された

復元したもの

 

中国からは特産品である絹が、西からは玉や宝石、ガラス製品などがこの道を通って運ばれました。また、ブドウやザクロ、ゴマやキュウリなどの植物や、音楽や舞踊、奇術や曲芸など、中央アジア・西アジアの産物や風俗が中国にもたらされました。

インドの仏教、イランのゾロアスター教やマニ教などの宗教もこの道を通って伝わり、中国からは、鋳鉄技術や養蚕、製紙法や画法が西方へと伝わっていきました。商業路としてだけでなく、東西文化の伝達路としての役割を担っていたのです。

楼蘭。私は昨年、この地へ行く計画を立てていたが、中国当局の手でつぶされた

 

なんとも不正確さのにじみ出る困った内容です。本当に15年ほど前に、私はこう考えていたのですね。

それよりも何よりも、近年、この日が「シルクロードの日」だという説は、ほとんど見たこともなければ、聞いたこともありません。

当時の「野口さん」は、何を根拠にこのようなことを書いたのでしょうかね?

 

でも、もっと驚いていることは、なんでシルクロードに記念日を設けなければならないのでしょうか?おかしな話です。

シルクロードも、すでに新疆ウイグルは、旅のできる状況ではなくなっています。地獄の様相を呈しています。アフガニスタンもシリアもイラクもとっくに地獄になっています。

 

紀元前のころからシルクロードは様々な文化の交流路として発展してきました。

交流といっても戦争による軍隊の交流もあったわけですが、今とは戦争の内容も規模もなにもかも違っていました。

私や私たちは、スポーツ分野で働くものとして、昔から“スポーツは平和とともに”という標語を基本的な考えとしてやってきました。

 

そういうことから言えば、地球のあちこちで硝煙の匂いのする昨今“シルクロードは平和とともに”という考えも、ことさら現代社会には必要なことだと痛感しているこの頃です。

| シルクロード | 04:10 | comments(0) | - |
中央ユーラシア音楽の集いへ行きました

 この集いのフルネームは「中央ユーラシア(イラン・シベリア・南インド)トラディッショナル・ミュージック」。

 会場は、いつもの東中野駅前「驢馬駱駝(ろまらくだ)」。

広く広報されたチラシの表面

同裏面

 

 実はこの日は、昨日のブログに書いた「アラビアの道」展の帰りでした。この日の昼食は大久保へ立ち寄って焼き肉を思いきり食べてから行こうと思っていました。しかし、いつも行く新大久保からのコースと違ったために、道を間違えたようです。結局、選んだメニューはモンゴルの火鍋だったのです。

 

暖かいというより暑いというくらいの天気だったので、火鍋は失敗でした。おまけにウエイトレスの女性は、まだ日本語が十分ではありませんでした。4000円くらいの高い料理をすすめます。そんな高いものは食べられない、もっと安いものをと思っても、言葉が通じない。中国料理のようなものでしたが、相手はモンゴル人。そして、食べなれないものなので、どれを注文していいかわかりません。

 

結局、生ビールを含めて3000円を超えるものになってしまいました。会場の受付時間が迫ってきます。こんなことならコンビニでうまいサンドイッチを食べたほうが良かったと思っても仕方ありません。冬支度の綿の下着で火鍋。汗をびっしょりかきながら隣の駅の東中野まで行きました。

 

会場に入ると受付けに昨年11月のイベントにも来てくれた芸大の研究者の女性。4月のシルクロード講座は、インド音楽の奏者寺原太郎さんで、内容はインド音楽やラーガについての話と演奏という形になりますが、この日は南インドの演奏もあります。研究の傍らのお手伝いでしょう。(4月は寺原太郎(バーンスリー)、寺原百合子(タンプーラ)2名で来てくれるそうです)。

彼女は「」4月にシルクロード講座へ行ってもいいですか?と聞きます。

 

この日のコーディネーターは、寺田亮平。

我がクラブのメンバーでもあります。

寺田亮平

トゥバのイギル

 

そして出演は、トゥバ音楽の彼の次には口琴演奏者の直川礼緒。奥さんも含めた何度かシルクロード講座に出演していただいています。口琴の販売にはシベリアのサハ出身の奥さんも・・・ご挨拶しました。

口琴を演奏する直川礼緒

 

そして次が、私の狙いでもあったイランの音楽を研究している、慶九さん(女性)と東大で院生として研究中のアミンさん(男性)。

慶九

北インド古典声楽習得中、イラン音楽とペルシア詩への興味が増し、2007年イランへ語学留学。8年半のイラン滞在の間、常にイラン人家族や学生たちと共に生活しながら、音楽と詩を通してイランの文化に触れる。2008年〜2014年、イラン教育庁奨学金給付生としてテヘラン国立芸術大学・イラン音楽演奏科にて学ぶ。20159月帰国。セタールとタンブールの演奏を主にラアナーイー・ファミリーに師事し、彼らの演奏グループメンバーとして、イラン、日本、ヨーロッパにて共に演奏活動を行っている。

イランの楽器 セタール

アミン

 

私は以前、ウルムチの友人からある一枚のCDをもらいました。それはイランの歌手がクルアーン(コーラン)を各国の言葉で歌うすぐれものでしたが、その歌を歌っていた彼アミンの声とそっくりなのです。

 

最後の演者は、南インドの音楽でしたが、私は所用で会場を後にしました。所用といっても、この日から大相撲。我慢が出来なくなって帰宅したというわけです。

このようにしてまで会場へ行ったのは、ひとえに、シルクロード講座や秋のイベントの新しい出演者をいろいろ探している最中でしたので、行ったわけです。

南インド音楽を演奏するプリヤダルシニ・プラカーシュさん

| シルクロード | 10:21 | comments(0) | - |
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