シルクロード日誌

日本シルクロード文化センターのブログページです。シルクロードに関する情報、コメント、旅日記などを綴ります。
明日は現代シルクロード研究会です

 先日の11月4日に、年一度の大きなイベントを終えたばかりですが、明日、表記の研究会を行います。

 テーマと講師は下記に書いてあります。

 急な話ですが、関心のある方は是非、お越しください。

 

第12回 現代シルクロード研究会開催のお知らせ

 

  テーマ「世界史の基礎を創ったモンゴルの歴史」 第6回

−モンゴル帝国を継承した清朝―                       

 

現代シルクロード研究会」は通算で12回目になります。

モンゴル研究も6回目を迎えました。

今回は「モンゴル帝国を継承した清朝」がテーマです

会員が対象ですが、ご希望の方は是非、お越しください。

講師は日本シルクロード文化センター代表の野口信彦です。

 

                                      記

日 時 2017年11月11日(土)午後1時〜4時ころまで。

 

会 場 狛江市泉龍寺・仏教文庫会議室  電話 03−3480−3251

201-0013 狛江市元和泉1−6−1  

            小田急線狛江駅下車徒歩3分程度です。

受講費 500円(資料代)
狛江駅北口を背中にして左側を直進。突き当りが泉龍寺。

境内の右手奥にある建物が仏教文庫です。

 問合せは日本シルクロード文化センター=野口=まで 

携帯 080−5483−6740

| 現代シルクロード研究会 | 09:21 | comments(0) | - |
いやいや、まったく申し訳ありません

10月21日(土)に延期した現代シルクロード研究会は再再度になりますが、

11月11日に延期します。

 

 先日、お知らせして延期を報告しましたが、再再度の延期です。

まったく申し訳ありません。10月21日に予定していた研究会は、諸般の事情のために1カ月延期します。

 改めてご案内をお送りします。

 

第12回 現代シルクロード研究会開催のお知らせ

  テーマ「世界史の基礎を創ったモンゴルの歴史」 第6回

−モンゴル帝国を継承した清朝―                       

 「現代シルクロード研究会」は通算で12回目になります。

モンゴル研究も6回目を迎えました。今回は「モンゴル帝国を継承した清朝」がテーマです。会員が対象ですが、ご希望の方はご一報ののちお越しください。

日 時 2017年11月11日(土)午後1時〜4時まで。

会 場 狛江市泉龍寺・仏教文庫会議室  電話 03−3480−3251

201-0013 狛江市元和泉1−6−1  講師・野口 信彦
            小田急線狛江駅下車徒歩3分程度です。

受講費 500円(資料代)
狛江駅北口を背中にして左側を直進。突き当りが泉龍寺。

境内の右手奥にある建物が仏教文庫です。

 問合せは日本シルクロード文化センター=野口=まで 

携帯 080−5483−6740

 

 

 まったく申し訳ありません。何度も延期をすると信用がなくなります。

 理由を述べれば言い訳になります。お詫びするばかりです。

 11月11日に延期したのですが、その前の11月4日(土)は、毎年恒例のシルクロードの歌と踊りの集いです。

 やっと来週にはビラの発送をお送りすることができます。

 

 出演者は、イランの舞姫ナヒードさん。アフガニスタンの音楽を伝える「ちゃるぱあさ」のお2人。モンゴル舞踊研究会のマンダブインさんたちと馬頭琴演奏家のウルゲンさん。シベリアのトヴァ自治共和国で毎年勉強している寺田亮平さんのホーミー演奏です。

是非、会場の泉の森会館(狛江駅横)までお越しいただいてお楽しみください。

 

 そうそう、そのイベントの前座で、私のおはなしがあります。

 

 写真とお話でおくるシルクロードその悠久のロマンと歴史の真実

    講師:野口信彦(日本シルクロード文化センター代表)  です。

| 現代シルクロード研究会 | 06:26 | comments(0) | - |
9月23日(土)の現代シルクロード研究会は延期します

 

 

 先日、お知らせしたばかりですが、9月23日に予定していた研究会は、諸般の事情のために1カ月延期します。

 

 改めてご案内をお送りします。

 

第12回 現代シルクロード研究会開催のお知らせ

 

  テーマ「世界史の基礎を創ったモンゴルの歴史」 第6回

 

−モンゴル帝国を継承した清朝―                       

 

 「現代シルクロード研究会」は通算で12回目になります。

モンゴル研究も6回目を迎えました。今回は「モンゴル帝国を継承した清朝」がテーマです。会員が対象ですが、ご希望の方はご一報ののちお越しください。

          

                                              記

日 時 2017年10月21日(祭)午後1時〜4時まで。

       会 場 狛江市泉龍寺・仏教文庫会議室  電話 03−3480−3251

               201-0013 狛江市元和泉1−6−1  講師・野口 信彦
            小田急線狛江駅下車徒歩3分程度です。

受講費 500円(資料代)
狛江駅北口を背中にして左側を直進。突き当りが泉龍寺。

境内の右手奥にある建物が仏教文庫です。

 

 問合せは日本シルクロード文化センター=野口=まで 

                                    携帯 080−5483−6740

 

 

 

| 現代シルクロード研究会 | 02:33 | comments(0) | - |
今月23日は、現代シルクロード研究会です。どなたでもお越しください。

第12回 現代シルクロード研究会開催のお知らせ

  テーマ「世界史の基礎を創ったモンゴルの歴史」 第6回

 

−モンゴル帝国を継承した清朝―                       

 「現代シルクロード研究会」は通算で12回目になります。

モンゴル研究も6回目を迎えました。今回は「モンゴル帝国を継承した清朝」がテーマです。会員が対象ですが、ご希望の方はご一報ののちお越しください。

 

                                    記

日 時 2017年9月23日(祭)午後1時〜4時まで。

会 場 狛江市泉龍寺・仏教文庫会議室  電話 03−3480−3251

201-0013 狛江市元和泉1−6−1  講師・野口 信彦
            小田急線狛江駅下車徒歩3分程度です。

受講費 500円(資料代)


狛江駅北口を背中にして左側を直進。突き当りが泉龍寺。

境内の右手奥にある建物が仏教文庫です。

 問合せは日本シルクロード文化センターまで 080−5483−6740

 

※2週間後の9月23日(土)に行なう研究会のご案内です。

 ほんらいならば、地図は本文の下に置くものですが、どういうものか置けませんでした。

 

 きのうは2カ月ぶりのシルクロード講座でした。

 ご報告は事務局長がこの欄に書きまので、お楽しみください。

 

   野口信彦

 

 

 

 

 

| 現代シルクロード研究会 | 10:43 | comments(0) | - |
「モンゴル帝国を継承したロシア」−1

 現代シルクロード研究会の例会を報告しましょう

170727  野口 信彦

 7月22日に開いた研究会のテーマは、「モンゴル帝国を継承したロシア」でした。みなさんは、このような言葉を普通、聞いたことはないでしょう。中学・高校・大学の教科書にはない、ことだからです。少し長い文章ですが、お読みください。

 

 第二次大戦に連合軍の一員として勝利したソ連は、白人社会なかんずくこと欧米先進国の一員であろうとしています。ですから、“あの野蛮極まりないモンゴルの従属下にいた”などと歴史の真実は、誰にも知られたくなかった話です。ソ連の支配下にあったモンゴル共和国(現在のモンゴル国)では、チンギス・ハーンはご法度、歴史の教科書にも載せることができませんでしたし、銅像も建てられなかったのです。

 

 コトの発端はモンゴルのヨーロッパ遠征でした。

 

 1236年頃になって、ヨーロッパ遠征のモンゴル軍がヴォルガ河中流のブルガル人の国を征服します。1237年、遊牧騎馬民のキプチャクを討ち、ルーシの都市リャザンを包囲して、7日間で攻略しました。1238年2月、ウラディミール市を攻略したのち、数部隊に分かれてウラディミール・スズダリ地方を破壊、ノヴゴロドに向かう。しかし、ノヴゴロドを攻める前に南に転じ、秋にカフカスに攻め入る。キプチャク人の首領クタンは、4万家族を率いてハンガリーに避難する。

モンゴル帝国皇帝オゴデイ

 

 1240年、300年の間ルーシの首都だったキエフがモンゴル軍の前に陥落。ブルガル地方とルーシで殺したすべての男子の右耳を切り取ることが命じられ、27万の耳を得たといいます。1241年4月 5部隊3万のポーランド・チュートン騎士団連合軍がレグニッツア近郊のワールシュタット平原でモンゴル軍に敗れる。切られた右耳は大きな袋9個が一杯になったといいます。1242年3月 前年末のオゴディ・ハーンの他界の知らせが届き、帰還命令が出てモンゴル軍は引き揚げるが、総大将バトゥはヴォルガ河畔を本拠地とし、ルーシの地を支配し続けました。

『ワールシュタットの戦い』

 

 

 このような遠征行ののち、モンゴルが破竹の勢いでスラヴ地帯、東ヨーロッパを席巻して今のロシの地帯に入り込み、モンゴルのルーシ(ロシア)支配が完結したのです。

 

 当時の北及び東ヨーロッパでは、モスクワ大公がルーシ諸国の中ではもっともモンゴルに従順で、徴税や徴兵の走り使いを率先して優位な立場になっていきました。いわく、イヴァン(イワン)一世がモンゴルからモスクワ大公の位をさずかりました。1328年のことです。

図は1241年のレグニツァの戦い

 

 その後、紆余曲折があって、ロシア帝国はモンゴル帝国の継承国家として出発しました。ですから、モスクワの貴族たちにはタタール出身者が多かったのです。

 

 その後、14〜17世紀、モスクワは好条件を出してジョチ・ウルスの子孫の王族や貴族をモスクワへ移住することを勧誘、多くのタタール人がロシアに移住し、キリスト教徒に改宗していきました。

| 現代シルクロード研究会 | 10:59 | comments(0) | - |
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