シルクロード日誌

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「高麗博物館」に行ってきました
                       091124 野口 信彦

偶然でしたが、高麗博物館の存在を知りました。
1ヵ月ほど前に刊行した拙著『シルクロード 10万年の歴史と21世紀』が終わって、ちょっとの間、ホッとしていましたが、次は何に挑戦しようかということも考えていました。

次の挑戦項目は、今はまだ確定してはいませんが、日本の探検家列伝のようなものに挑戦するか、あるいはモンゴル高原と中国北方、古代朝鮮さらにシベリアに至る諸民族と日本のアイヌ、蝦夷(エミシ)、蝦夷(エミン)などとの文化的な交流の歴史を勉強するか、それとも、あれやこれやと模索している毎日です。

それがまったく偶然にも高麗博物館の存在を知ったのです。
窮すれば通じる、ですかね。
問い合わせるとご丁寧に地図入りの場所やイベントを記したものをFAXで送っていただきました。

場所は、新宿と新大久保との間、いわゆるコリアタウンですね。
歌舞伎町を突き抜けて行った先、新宿ハローワークの通りに面しています。
第2韓国広場ビルの7階です。電話03−5272−3510。
高麗博物館のページ

こじんまりしたフロアですが、11月29日までは「失われた朝鮮文化遺産―植民地化での文化財の略奪・流出、そして返還・公開へ―」というイベントでしたが、私は今後の交流と古代朝鮮の文献などを紹介していただくことが目的でした。

研究旅行としては失敗の部に入るのかなと思った、ソウルの国立中央博物館で手に入れた資料が役に立ちそうになって来ました。

先日、11月13日の読売新聞には日本古代史の専門家、金沢星陵大学の藤井一二(かずつぐ)教授が「渤海交流 検証の時」とするすぐれた文章が掲載されていました。

私は昨年暮れ、大宰府の九州国立博物館、対馬と壱岐に行って、『魏志倭人伝』の検証や朝鮮通信使などについても調査してきましたが、最近のこととしては、渤海や高句麗などモンゴル高原東部や中国東北部、朝鮮半島北部などの遊牧民族は、海流に乗って今の石川県金沢市や秋田県の十二湖あたりとの交流が活発だったということが次第に明らかになってきています。

遣唐使・遣隋使は有名ですが、朝鮮通信使は、それに劣らず多くの往来・交流をしてきました。さらに、渤海(新羅によって滅亡させられた高句麗の末裔が渤海だといわれています)と日本との文化交流や政治交流は、それをも上回るほどともいわれています。

藤井先生によると、渤海王城から日本へ向かう陸路と海路は当時、「日本道」と呼ばれたそうです。さらに、最初の渤海使は724年、渤海使・高斉徳が天皇に王書を渡し、貂(てん)の皮を贈ったとあります。
そして翌年、送使として渤海へ渡った引田朝臣(ひけたのあそん)虫麻呂は、その2年後、越前加賀郡(石川県)の津(港のこと)にもどったとあります。

歴史のロマンは、その古代を学ぼうとするものを学ぶ喜びの海に浸してやみません。しばらくはその海に漂うことにしようと思っています。
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