シルクロード日誌

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帰ってきました、ウズベキスタンから 
  1. きのうは朝食時の8時15分。ワイフと2人で65年前のヒロシマの悲劇に想いを馳せて黙とうしました。

今年は国連事務総長、アメリカ大使をはじめ、イギリス、フランスの代表も参列。被爆者をはじめとした核兵器廃絶の半世紀以上の運動が少しずつ実を結びつつあることが実感された8・6でした。

写真挿入のやり方を教わりました。まだ、うまくやれませんが、写真は私のガイドをつとめてくださった胡口先生の教え子のニギナさんです。同じくサマルカンド国立外国語大学の先生です。

 7月20日 

2日間の完全フリー

 

 きのう19日は終日フリーだった。正解であった。休息の日にしてよかった。朝からかなりの下痢になっていた。原因は、あの冷たいビールが確かに効いたようだ。ずっとベッドに横になって、テレビでNHKの国際放送を見たり、パソコンでこの旅日記と撮影したデジタルカメラのパソコンへの取り込みとキャプション書き、それに半年間にわたった大がかりな取り組みの総括と提言の2つの文書を書いた。

フロントからメール送信に挑戦したが、やはりダメだったが、おかげでゆっくりできた。

 

 今日はチムールの生誕地シャフリサブズへ行く予定だが、きのうのうちにバルノさんからニギナさんに電話をしてもらって、休養日をもう1日延長することにした。ドライバーのショフ君はバルノさんが身を寄せている実家に住んでいるので連絡は問題ない。

 

 バルノさんにはお世話になった。彼女からフロントに私宛に体の状態を心配してくれる電話がきた。外国の地で具合が悪くなったときのこういう心遣いは本当にうれしい。女神のように思える。で、私は彼女に「麺類なら食べられそうなので、バルノさんからフロントにラグ麺を注文してくださいますか」とお願いした。

 

 「40分待ってくれ」との話だったが倍の1時間半近くも過ぎてからラグ麺が来た。スタッフがラグ麺が出来てから食堂でおしゃべりしていて、私の部屋に持ってくることを忘れていたようなラグ麺だった。麺と麺がくっついているのである。でもスープが美味しかった。

 ビールが飲みたいと言ったが、どういうことかこのホテルにはビールがないという。そんなはずはないと思ったが、それ以上のウズベク語はできない。

 

 さあ、今日も一日テレビとパソコンかな?そうそう、今晩は胡口さんの家で私の歓迎のためのソーメン・パーティーだそうだ。もうその頃にはソーメンも食べられるだろう。

 バルノさんから私の具合を心配してくれて再度、フロントに電話がきた。今夜のソーメン・パーティーも喜んで伺いますと言った。6時に胡口さんが迎えに来てくれる。

 

 ロシア人から買い取ったという家屋の庭先に大きな縁台のようなものがあって、そこで食べる。ウイグル人の生活様式とほとんど同じである。

 ソーメン・パーティーだから、ソーメンだけかと思ったら違った。バルノさん心づくしの鶏肉の手羽やらプロフやらサラダやらが続々と出る。2日間で2〜3回しか食事をしていなかったので、手羽にかぶりついた。おいしかった。冷たいビールも2本飲んだ。そして最後がソーメンである。これは胡口さんが茹でる。最後のスイカには2〜3個しか手が出なかった。こんなに食べておなかは大丈夫かと思ったが大丈夫だった。

 

  1.  食べながら、飲みながら談論風発。気がついたら10時をまわっていた。帰りはバルノさんが送ってくれる。今まで、家まで女性に送ってもらったことはないのだが、彼女は今、娘の奈良ちゃんと実家にいるそうで、私のホテルの前からバスで帰るとのこと。
 彼女は、立ち寄った民族レストランのウェイトレスさん。19歳だとのこと。
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