シルクロード日誌

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帰ってきました、ウズベキスタンから 
  きのう、日本の外相がウズベキスタンのカリモフ大統領と会談して援助を取り決めたニュースが報道されていました。

しかし、あの中央アジアやアフリカなどは、もうとっくに中国が手をつけている地域です。どうも日本の外交はいつも後手後手ですね。

写真は、シャーヒ・ズィンダ廟群です。


 

 7月21日

  見事なシャーヒ・ズィンダ廟群

 久しぶりの朝食を食べた。朝9時にバルノさんがショフ君と一緒に来る。

市内のシャーヒ・ズィンダ廟へ行く。

 アフラシャブの丘の南麓にあるサマルカンド随一の聖地である。チムールゆかりの人びとの霊廟が一直線に建ち並んでいる奇妙な“死者の通り”である。

霊廟の街並みの多様さや美しさでも中央アジアに並ぶものがないといわれているが、私自身のサマルカンドは3回目の訪問だが、ここは2回目だし、これほどの美しさをもったところは他にない。

 シャーヒ・ズィンダとは、“生ける王”という意味で、7世紀のアラブの侵略時に生まれた伝説が元になっている。

 

それによると、布教のためサマルカンドにやってきた預言者ムハンマドの従兄クサム・イブン・アッバースは、ここで礼拝をしている最中にゾロアスター教徒に襲われ、首をはねられてしまったという。ところが彼は動じることなく礼拝を終え、自分の首を抱えると深い井戸の中へ入っていき、彼はそこで永遠の生命を得て、イスラームが危機に陥っているとき、救いに現われるのだといわれている。

 

ここを2度訪れると、メッカに一度行ったことになるともいわれている。私も2度目だが、はてさて・・・

 

シャーヒ・ズィンダ廟(SHAKH ZINDA)の奥行きはおよそ200メートル。入場料3000スム(1・5ドルほど)で撮影料が1500スム。

 朝9時すぎだったが、朝早くから参拝の人が出入りしている。入り口で写真屋さんが、地方から出てきたようなおばさんたちの記念写真を撮ろうとしているところをその後ろから写す。おばさんたちはそれぞれ髪の毛を直したり、スカーフをかぶりなおしたりしている。1人のおばさんだけがいつまでもスカーフを巻きなおしているのが、かわいい。

 

 このシャーヒ・ズィンダ廟はサマルカンドの太宰府でもある。大学やカレッジの全国一斉試験が8月1日にあるが、試験が近付くとここへ合格祈願に来るそうだ。しかし、若い人たちは日頃は信仰もしないでそういう時だけ来るのは日本も同じである。

 

 ここの古い建物には11世紀ころのものもある。チムールの妻の墓もある。夫婦で別の場所の墓に入るのはどうしてかと聞いた。

 廟のドアの周りにはクルアーンの文字が書かれている。そ内容はおおよそ、「この世で悪いことをしたり、うそをつけば地獄へ落ちる。人のためにいいことをすれば、天国へいける」という内容だそうだ。それは私も、子どもたちが小さい時に言った覚えがある。

 

 シャーヒ・ズィンダ廟の参観は1時間ほどで終わったが、今日は珍しく雨が降った。たいした降りではなかったが、夏の雨は昨年の6月初め以来というほど珍しいようである。

この雨以降、サマルカンドの気候は乾燥度が強くなり、一段と過ごしやすくなった。

 

チムールの孫のウルグ・ベクが統治していた時代に科学者の彼が作った天文台に行ったが修復中で閉鎖中。なぜか彼の銅像が取り壊されていて、第二次大戦の戦没者を祈念する像が建築中であった。

 

 

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