シルクロード日誌

日本シルクロード文化センターのブログページです。シルクロードに関する情報、コメント、旅日記などを綴ります。
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 モンゴル人の飲食文化の特徴と習慣―
   ミルクティ

紅茶にミルクを入れ、少しの塩とバターを入れます。これはモンゴル人に欠かせないものです。

 

馬乳酒

「ケムズ」とも呼ばれ、牛、馬や羊の乳を発酵させてつくるモンゴル人愛飲のものです。主に7月から9月ころにつくり、馬乳酒は皮袋で保存します。まず、ラクダや牛の皮を剥いで毛を切り、火で炙(あぶ)ります。その皮を10日間、燻製します。

 

出来上がった皮を袋にし、熟成した馬乳酒を入れます。そうすると、遊牧生活をするうえで多くの利点があるのです。ひとつは運びやすいことと、漏れない、圧力に強い、馬に乗せて運ぶのが簡単。もうひとつは長持ちするということです。1つの皮袋は7080年も使えるという便利なものです。

馬乳酒をつくる革袋―2010年夏、モンゴル北部のスフバートルで。以下、同じ場所の写真です。


 

客に馬乳酒を出すときは、主人が「敬酒歌」を歌ってから先に一口飲み、客に出します。また「ハダ」を上げる習慣があります。ハダは長さ1・5〜2辰阿蕕い稜鬚ど曚如大切な客や年長者に差し上げるもの。それによって健康で長生きするように、すべてのことがうまくいくようにと祈り、客に感謝の気持ちを表すものです。

 

現在では、結婚式のときにもハダを捧げるようになっています。わたしがネパールの山のぼりに行くと、チベット仏教の影響の色濃いネパールやブータン、ドルポ、ガネッシュ・ヒマールやインドのレーなどでも習慣として残っています。

 
馬乳酒を飲む


名前をつけるのも面白いものです。男の子には、祭り、幸福、結実、勇士、知恵者、金、銀などの名前をつけることが多く、女性には太陽、月、星、花、春花、真珠、玉石などの名前をつける場合が多いのです。

 

子供が生まれてから父親がはじめて見たもの、あるいは接したものを子どもの名前にすることが多いのですが、かわいそうなのは「羊のフン」という子どももいました。日本では、なんとひどい名前だろうと思われるでしょうが、そこが違うのです。遊牧民にとっては、家畜のフンは生活を営むうえでの貴重なもの。わたしのチベット生活のなかで、テントを張ることと一緒にヤクのフンを拾うことが大切な仕事だったのですから・・・・・

 

主食は肉やKose=モンゴル語。漢語で「闊慈」(日本語でなんというのか分かりません)。羊の頭や脚をお湯で煮て小麦粉を加え、2〜3時間煮て、夕食時によく食べます。カルシウムを補って、体を強くする効能があるといわれています。小麦粉にイースト、ミルク、チーズを入れてフライパンで焼いた焼餅などもあります。

ゲルの中の、いわゆる台所用品。

 

ケーズ(中国語で「馬腸」)というものもあります。モンゴル人もカザフ人と同じようにケーズをよく食べます。馬や牛の腸に岩塩をつけて、燻製した肉を入れたもの。腸詰のようなものですが、腸詰より太く、長い。味はしょっぱいですが、冬、体がとても暖まります。ソーセージですね。

冷蔵庫がないので馬や牛の肉を燻製し、腸に入れて保存します。肉をケーズにしておくと、臭くならず、長持ちし、運びやすいからです。

 

民族の歴史と現代

 

中国領内のモンゴル族は主に内モンゴル、新疆、黒竜江、吉林、遼寧、青海、甘粛省などに居住しています。彼らはモンゴル高原に住む遊牧騎馬民族だったので、かなり広範囲に住んでいます。1年の大部分を馬上ですごし、それだけに騎馬民族の誉れ高い民族でしたが、今では定住生活をする人が多くなっており、漢化も進んでいます。人口は約500万人。

 

そのモンゴルの元王朝が100年に及ぶ中国統治から明によって漠北の地に追いやられると、内部分裂や部族間の戦争が絶えず起こりました。

モンゴル族は17世紀まで、主に大沙漠の北方にある外モンゴル(現在のモンゴル国)、大沙漠の南方にある内モンゴルと沙漠の西側のアルタイ山脈を越えた新疆のジュンガル盆地などの3地域に広く居住していました。

音を立てると泉の水がわいてくるという。本当に出ました。

 

かつてモンゴル族はシャーマニズムを信仰していましたが、13世紀中期以降にチベット仏教が伝わり、明・清両王朝時代を通じてモンゴル全域に急速に伝わりました。そのため、各地に寺院が建ち、出家する僧が増えたのです。このようにチベット仏教はモンゴルの政治、経済、文化に大きな影響を与え、仏はよみがえり不滅であるとする活仏転生制度もモンゴル地域で確立していきました。

 

モンゴルは2200年の歴史を誇る国です。チンギス・ハーンが1206年に建国してからだけでも約800年の歴史を持ちます。

 

1911年、中国に辛亥革命が起こり、中華民国と同時にモンゴルも独立を宣言しましたが、まもなく初代中華民国総統の袁世凱軍に攻め込まれ、漢・蒙の両軍は大沙漠で激突を繰り返しました。

モンゴル人民共和国の成立は1924年。1992年の第12回大会人民フラル第2回議会で国名を「モンゴル国」に改称したのです。


お菓子を作っているのかな〜? 


中国領の内蒙古自治区においては、文革期の66年に「内蒙古人民革命党」事件がデッチ上げられ、5万から10万人のモンゴル人が処刑・殺害され、40万人が逮捕されるなど、血の粛清が行われ、それ以外にもモンゴル民族の統一国家をはかったいくつかのグループが弾圧されました。

 

中国共産党は文革後「内蒙古人民革命党事件は陳伯達のデッチ上げであり、冤罪である」として、陳伯達1人に罪をかぶせようとしましたが、それは司馬遼太郎賞をとった『墓標なき草原』(上・下 著者揚海英氏(内モンゴルのモンゴル人、日本に帰化、静岡大学教授)、岩波書店)に余すところなく書かれています。

 

結論を言えば、これは冤罪ではなく、中国共産党が独立を志向する内モンゴルのエリート層を根絶する大虐殺だったということが明確になっています。

11月12日(土曜日)の、わたしたちの「シルクロード講座&サロン」で、静岡からお呼びしてお話していただく予定になっています。

 

ロシア・シベリアにもモンゴル人による「ブリヤート自治共和国」があり、中国はこれに内蒙古自治区を加えた3つの国がひとつになる運動を警戒しているのです。

馬とくつろぎのひととき

| 諸民族 | 05:56 | comments(0) | trackbacks(0) |
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