シルクロード日誌

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北京〜パリ大陸横断ラリーin1907 その6

今年はとても寒いといわれていますね。でも私はあまり寒さを感じません。

 手と首を防寒すればだいたい大丈夫なものです。それにしても、最近はやっと朝6時をすぎるとうっすらと明るくなってきます。あと1カ月で「春分の日」。“暑さ寒さも彼岸まで”です。やはり、春が待ち遠しいですね。

 

今年は花粉が昨年の6〜7倍も飛ぶそうです。

それに加えて中国北京あたりからの“毒ガス”飛来もあります。今年は、これまで以上のくしゃみ・鼻水が出ることになりそうですが、今年になって花粉症になる人が多くなるとも言っています。もうすでに花粉も来始めていますから、この季節の数カ月は花粉が飛来しない(たぶん)、タクラマカン沙漠あたりに避難していたいとも思います。

 

 

北京〜パリ・ラリーのおはなしを続けます。

参 加 費

では、ラリーそのものをご紹介しましょう。

ラリーのルールは、2000フランの参加費を前払いです。北京でスタートする時に払い戻されます。しかし、100年前の2000フランという金額が現在のいくらくらいにあたるのか、いろいろ聞いたのですが、誰も分かりません。相当の金額だったとだけしか言えません。

 

ル ー ル

ルールや手続きは一切ありませんでした。ラリー参加者は、ただ北京からパリに向けて自動車で出発し、目的地に到着するだけでいいのです。

ボルゲーゼ公

 

距離とスタート

考えてみると、地球は丸いのですから、平らな地図で見ると北京から中央アジア、イラン、イラク方面を通ることを考えがちですが、実際は、シベリアを通った方が距離が短いのは当然です。その距離はおよそ1万マイル、1万6千kmになります。1マイルは1.64kmです。

 

著者のルイジ・バルツィーニ。1874年〜1947年、イタリア・ミラノ生まれ。イタリア人でジャーナリスト。

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ルート

北京をスタートしてからカルガン(現在の張家口)からゴビの砂礫地帯に入り、ウルガ(これは現在のウランバートル)からバイカル湖〜イルクーツクに向かい、一路シベリアを走ります。そこからトムスク〜オムスク〜べルム〜カザンと行き、モスクワ。ここからはもう楽勝で、ヨーロッパの平たんな道をサンクト・ペテルブルグ〜ベルリンからパリに入るルートです。

各自のルート上にオイルとガソリンなどの集積所がつくられ、そこへガソリンや交換部品などを運ぶのはラクダです。


シルクロードのオアシス・ルートで主に荷を運ぶのはラクダ。

ステップ・ルートは馬が主なのですが、ラクダの方が多くの荷物を運べます。砂漠の船といわれているくらいですから・・・

サマルカンド経由のトルキスタンルート、ムクデン経由の満州ルート、アルタイ山脈を超えるルートなどは、いずれも自動車では無理だということは分かっていました。唯一可能なルートは、北京からカルガンとキアクタを経由するモンゴル・ルートです。

 

参加した自動車

はじめは25台の出走予定だったのですが、これは売名行為が多かったようです。すでに5台に減っていました。

6馬力のコンタルの三輪自動車1台、

10馬力のド・ディオン・プートン2台、

15馬力のスパイカー1台、

そして本書の主人公たちの乗る40馬力のイターラ。

イターラとドライバーのエットーレ・グイッツアルディ

メカニック/ドライバー。

 

コンタルは、6馬力で重さ700kg。

ド・ディオン・プートンは、フランス製で1.4トン。

スパイカーは、オランダのメーカー。

イターラは、パワーはあるが重く2トン、他の車はパワーは劣るが軽い。

スパイカーは、イターラの次に重さがあり、完璧に旅の装備をしている。重量は1400kgですが、イターラはそれより600kgも重いのです。

 

| シルクロードの光と影 | 07:33 | comments(0) | - |
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