シルクロード日誌

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北京〜パリ大陸横断ラリー その7
いつも会議に行く新宿南口の改札を出て、甲州街道を歩こうとすると、午後5時45分はまだ明るいのです。ずいぶん日が長くなってきました。

このブログを書いている今は朝6時ですが、この時間でも、外は、もう白みかけています。

「今世紀最強の寒気団」とかいっても、この寒さの中から、わたしはもう春が見えています。

 

私事ながら、今日は私の70歳の誕生日です。古希ですね。でも誕生日という日は、これは単なる通過点でしかありません。

今日はきのうの続き、明日は今日の翌日、でしかありません。

なにか、おじいちゃんの方が緊張しているみたいですね。

 

なにかで、「定年退職してから自由の身になって青春を謳歌しているけれど、70歳からは、さらに深く、あらゆるものを深く学べることができる」と書いたり話したりしています。

 

それは事実ですが、別の見方をすれば、いわゆる終活の時期に入った訳でもあります。

しかし、そうだとしても誰も自分の人生の決着時期は分かりません。いつまでも健康で美しく(男性でも。心の美しさのこと)ありたいと願うばかりです。

3日にはパリ進出を果たして帰った息子のパートナーも来ます。娘と孫娘たちがプレゼントを持って来てくれるそうです。

 

私からは「お前たちに与える書」でも準備しようかと思っています。遺書ではありません。自分の70年の人生を振り返り、まだ生きていく子どもたちへ、こうあってほしいという意味の手紙です。ワイフには何と書こうかと思っています。でも「感謝」という言葉しかないことも分かりました。

 

でも、そんなことも面倒くさくてカットしちゃおうかという心が、もう起きています。たぶん、そうなるでしょう。

かつて銀座を闊歩していたモガ(モダンガール)だった、お世話になっているおばあさまと。

 

少しサボっていた北京〜パリ大陸横断ラリーにもどりましょう。


     重い車か軽い車か、それが問題だ!

フランスでの最初の打ち合わせ以来、衆目の一致をみたのは、「小さい車の方が有利」という点でした。

はじめ、軽いマシーンは、道路状況が良い場合は速度において不利な反面、悪路ではどんなトラブルがあっても対処できると考えられていました。

 

北京からパリまでの行程は、おそらくスタートからゴールまで、切れ目のない悪路の連続でしょう。

しかしボルゲーゼ公は、自動車旅行の豊富な経験から、冒険的なラリーのトラブルには、パワーがあり頑丈な車の方が耐えられる、という判断を下していました。

イターラ

 

重量を軽くするためにパワーを犠牲にする必要などない、ということなのです。

2トンの車は1.4トンの車の走る道を走れないわけがないし、パワーにおいて20ないし30馬力の余裕があるからという考えです。

 

重量車か軽量車かの試練

2つの仮説のどちらが正しいかを決める実験であるという点は、このラリーのもっとも重要な課題でした。

3月はじめにボルゲーゼ公がイターラでの参加を申し込むが早いか、「ル・マタン」紙は、大きな車と小さな車との死闘という興味深い問題に、つぎのような文句で一般の関心を提起しました。――「速く走れる車か、走れない車か」

イターラ

 

スパイカー、ド・ディオン・プートン2台、コンタルはタク経由で北京に到着しました。6月4日、ドライバーたちと筆者のルイジ・バルツィーニの同乗者である「ル・マタン」紙のデュ・タイイス記者は、天津の税関を通過し到着した自動車4台を見に行きました。

スパイカー、ド・ディオン・プートン、コンタルの各車

 

ボルゲーゼ公の車

イターラ社製(1904年の創立で、高性能者を得意とし、各地のレース場で好成績を残し、世界に名を知られていた)エンジン・シャーシーはオリジナル。フレームとスプリングを補強、車輪の位置を高く、全部品がイタリア製でした。

 

タイヤはピレリ、座席数は3、燃料タンクは150リットル×2+83リットル、オイルタンク100リットル(燃費は2km/箸らい)、荷物の総量は15kg、泥よけは4枚の鉄の板(悪路での敷き板になる)。

 

その後、カルガン(張河口)付近の悪路の苦力(クーリー)による輸送を考えて軽量化。ボディを外し、座席も簡易化。のち、スプリング保護のため更に軽量化した時は、板を捨て、ロープを捨て、ベッドの枠を捨て、荷物は2人分としました。

 

この時代のレーシングカーの特徴はビッグエンジン。大排気量全盛の時代です。ガソリンエンジンが前世紀末に生まれてわずか10数年しかたっていないのに、速く走る戦争にのめり込んだ業界は、出力向上に夢中でした。しかし、出力向上で回転を上げる技術はなく、もっぱら排気量拡大に頼るのみでした。

 

イターラは、4気筒、7433cc、45HPエンジンで4段変速機仕様という高性能車だったのです。

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