シルクロード日誌

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シリーズ――シルクロードを東へ――3 ちょっと違う、わたしの見解
と、きのうのここまでのブログの内容は、長澤和俊先生の『シルクロードを知る事典』の引用です。
これですね!


また、そのような見解=欧米崇拝志向=が日本の歴史教育における一般的な概念となっており、旅行会社のヨーロッパ・ガイドなどは、それにもとづいたマニュアルをつくって多くの旅行者に説明しています。いわく、“発展したヨーロッパ”、“人類の英知を結集した文化”etc。

 1472年に作成された中世のTO図。世界を3つの大陸として描いている。


面白い例があります。以前、私が現役のころ勤務していた事務所で、わたしと同年輩の女性が白人と再婚するという話がありました。すると別の女性の友人が、“マアー素敵。格好いいわね〜”といいました。なんで白人だと格好いい〜になるんでしょう?確かにアジアのどこかの国やアフリカの方がたと結婚する日本人はいます。しかし、明治以来の考え方や、あるいはそれを裏返した「アジア蔑視」根強く残っています。これが「欧米崇拝志向」です。

 国際連合によるヨーロッパの分類


具体例を。例えば、学生時代から大学で中国文学や中国の何かを専攻した人が、大学の教授になってシルクロード研究を続けていると、大学からは研究費が出て、夏休みにでも中国へ行きます。あちらでは政府の許可したところ以外行かれません。いきおい、中国政府の気に入らない研究発表はしないでしょう。

知らない間に「中華思想」の輪の中でモノを言うことになってしまいます。

「アジア蔑視」のもとでも、中華思想にうずもれて行くこの傾向は複雑怪奇で理解できません。だれとでも、どこの国とでも」、対等平等に仲良くすることこそが普通のことでしょう。

 復元されたヘロドトスの世界地図。


しかし、わたしの見解は多少、違います。

まず、きのうの文中で指摘した、「十字軍の遠征」とは、要するに“キリスト教を信仰しない者はけしからん。よってアジアのイスラームは成敗する”という考えです。考えてみれば、ずいぶんと勝手なものです。

 

ヴァスコ・ダ・ガマがインド西岸のカリカットに到着し、インド航路を発見したのは事実ですが、そのインドにおいて彼は住民を奴隷扱いし、虐殺と略奪をほしいままにしました。アフリカでも同様でした。

マゼランも、フィリピンまで辿り着いて住民に殺されましたが、その原因もキリスト教信仰の強制と略奪と虐殺でした。

 

まだ大きな原因がありました。それはスペインが日本の豊臣秀吉と同盟を組んで中国征服をはかっていたという説がありました。成功しませんでしたが。

 

そのためにはスペインから出撃する無敵艦隊と、植民地にしていた南米から派遣された将校指揮者群、それに日本で毎日、武闘訓練を受けている武士集団の戦闘部隊とが合同して中国・明への侵略と植民地化を成功させたかったのでしょう。そのためにローマから派遣された宣教師たちが九州・四国の大名をキリスト教に帰依(キリシタン大名)させていったわけです。

キリシタンへの「踏み絵」や「島原の乱」も、歴史の事実を再検証すると意外な大逆転があるかもしれません。あれも宣教師のたくらみだという・・・

 

アジア=黄色人種を、奴隷か目下の従僕としか見ない「白色人種優性思想」こそが、これらの根本的な原因だったのです。この考え方が、その後の地球各地への侵略・植民地化につながっていたのです。

そして、シルクロードの正しい考え方の普及を困難にしているのです。

 

 

花粉が百花繚乱。乱暴狼藉をほしいままにしています。おまけにPM2・5とやら!!!

2〜3日前は朝食前に1時間ほどウォーキングをしたのですが、翌日からは朝、起きた途端に眼がきりきりとかゆくなります。くしゃみの百連発。おとといもきのうも自宅から一歩も出ていません。

 

でもきょうは敵弾を、いや花も嵐もかいくぐって外へ出ていきましょう。おなかばかりが出て行きます。

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