シルクロード日誌

日本シルクロード文化センターのブログページです。シルクロードに関する情報、コメント、旅日記などを綴ります。
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あっという間に過ぎた3時間 ――第49回シルクロード講座――
イランは複雑な国
 
毎年、1〜2月の「シルクロード講座」は厳寒のもとで行われるので、参加者が少ないのが例年なのですが、今年は違いました。この日の講師は、昨年、1020日の「シルクロードの歌と踊りのつどい 2013」で歌と踊りとお話に出演してくださった、ナヒード吉成さんだったからです。

会場はいっぱいになりました。
 
会場はスタートする前から常連さん、顔見知りや久しぶりの人、初めての方も含めて続々と集まり、再三、椅子を追加しました。最終的にはナヒードさんも含めて26名の参加。さほど広くない会場はいっぱいになりました。
題して「イランの音楽文化の変遷と風俗・習慣」。

お話しする日本語も大したものでした。
 
ナヒードさんについては以前から再三お知らせしていますが、翻訳家でアナウンサーであり、歌手でもあります。16年前に来日。生まれ故郷に来ていたJICAの職員・吉成さんと大恋愛の末(たぶん)、結婚。
これはなかなかいいにくいのですが、彼女は2人のお嬢さんがいるお母さんなのですが、率直に言ってとても美しい方です。イランも含めた中央アジア諸国の女性はみな端正な顔立ちなのですが、講座中、高い鼻の横顔を見ながらつくづく思いました。

写真よりも実物のほうがきれいです。
 
表題に沿った形でナヒードさんは話し始めましたが、NHKラジオのアナウンサーを務めているだけあって、その日本語もとても素晴らしいものでした。事前のメールのやり取りで、読み書きに多少の不自由さはありましたが、それを補って余りある語学力だと感じ入りました。
自己紹介から始まったナヒードさんは、イランのカスピ海を望む町で生まれ、生家はかなり裕福だったとご自身でも言っていました。

講座の休憩時間にはナヒードさんご持参のイランのお菓子が出されました。
 
イランというと核開発問題や各種の問題で日本人はともすると悪い感情を持つことがあり、正直に言って「よく分からない」というところのようです。しかし、ナヒードさんは言います。「イランはイメージと違って、行かないと分からないところです。35年前の革命後、政治と宗教が一緒になり戒律が厳しくなったので、お酒を飲むことと女性がスカーフを巻かないことは、禁止されています。それをするとつかまります。豚肉を食べることは、もともとイスラームではだめでした。でも、家ではそれを守らない人もいます。それぞれなのです。ですからイランはとても複雑な国です」。これを再三再四、強調していました。
 
35年前の革命前は音楽も自由だった
 
講座の始めから終りまで、質問に対する答えも含めて、ナヒードさんは、終始、喋り通しでした。しかもそのボキャブラリーもきわめて豊富です。美しい声色とそのボリューム、旺盛な日本語の知識を駆使してのお話は聞くものを圧倒します。

イランの歌声に聞きほれました。
 
「外国の音楽は35年前の革命後、いっさいダメになりました」、「伝統音楽以外もダメ」。「音楽のテンポもゆっくりでなければダメでした」。
「女性は一人で歌ってはいけない。しかも、複数の女性が歌う時でも、バックの演奏に男性が入ってはいけない。聴衆も女性だけ。」ずいぶんと大変そうでしたネ。
 
そしてナヒードさんはイランの各種の楽器の説明をして、その演奏のCDを聞かせてくれました。その内容は写真がないために省略しますが、ただ、日本などで親指と中指で“指を鳴らす”動作は、イランでは両方の掌を重ねて下の写真のように、両手で鳴らします。これはとても大きな音を鳴らすことができます。私もやりましたが、ダメでした。

両手で指を鳴らしています。左の親指で右手の人差し指を鳴らします。
 
まだまだあります。「テレビもイランの放送だけしか映らない」、「外国の情報は何も伝わらない」、「外国のCDなども持ち込みは禁止だが、密かに持ち込んだCDをコピーしても、ラベルのないCDを聴くので、誰だかわからない」。
「ですからインターネットが入る以前は、ナット・キング・コールやマイケル・ジャクソンもイブ・モンタンも誰だかわからなかった」といいます。
 
それが最近になって、ロックのコンサートは自由になりました。また、35年ぶりに女性が一人で歌ったので話題になったそうです。35年前の革命で亡命した人たちは、トルコやドバイなどでコンサートを開くと、イランからも大勢の人がそれを聴きに行っていると言います。
世界中でイラン人のコンサートが開かれているのですが、日本で歌っているのはナヒードさんだけ、と残念がっていました。
 
次にナヒードさんは、イランの音楽シーンについてとうとうと話し始めましたが、省略いたします。
 
イランの経済状況、そして日本に苦言
 
西側の経済規制があっても、最近の経済は好調のようです。
高速道路や高層建築までたくさんつくられました。
「カスピ海に面している私の故郷にはレストランが一つくらいしかありませんでしたが、今ではケンタッキーまであります。町の人は、それは進歩だと思っているようですが、私は悲しいと思います」。
これは発展途上国では避けられない問題です。

懇親会も大盛り上がりでした。
 
「ペルシャ語とアラビア語の違いは、日本語と中国語の違いくらいです。読むと50%分かり、アラビア人2人の話す言葉は10%くらいしかわかりません。
日本では、せっかく美しい日本語があるのに、わざわざ変なカタカナ語を使うのはおかしいです。日本語がなければ仕方がありませんが、あるのだから日本語を使えばいいのにと思います。たとえば、『格安』をディスカウントとか」。

コップと升、お皿に目いっぱい入ったお酒を一滴も残さないで飲む方法ということでしたが、
ナヒードさんは、この通り・・・・

 
「漢字はその文字だけでいろいろなことが分るから好きです。でも私は、カタカナが大嫌いです。私の名前が知らない間に変わってしまっていました。区役所に名前をカタカナでナヒードと登録したら、パスポートのローマ字がNahidoと最後に”o”がないと使えなくなってしまったのです。
私はNahidです」。
私もこのことには強い関心がありますので、全く同感です。
 
最後にナヒードさんは、ふるさとのカスピ海沿岸の恋人たちの歌やペルシャ語に訳した「また君に恋してる」を歌ってくれました。日本語の歌をペルシャ語で聴くと全く違う歌に聴こえました。
 
イラン出身のナヒードさんは今日もどこかで歌っていることでしょう。

 
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