シルクロード日誌

日本シルクロード文化センターのブログページです。シルクロードに関する情報、コメント、旅日記などを綴ります。
<< 第63回シルクロード講座は「能楽を知ろう」でした | main | 今晩8時、時間があれば見てください >>
映画「僕たちの家に帰ろう」の試写会に行ってきました。
6月17日、京橋まで行って、映画「僕たちの家に帰ろう」という映画の試写会に行ってきました。
 
6月17日の本欄を覚えておいでの方は、すぐに理解されると思います。この映画「僕たちの家(うち)に帰ろう」は、「マジックアワー」という映画配給会社が配給する映画で、私はそこの社員の若い女性から助っ人を頼まれました。ま、その内容はともかく、篠突く雨の中を京橋まで行きました。“迷って迷ってようやくその小さなビルにたどり着きました。
 
これまでもお話ししたように、「裕固族」を「ユグル族」ともいいます。ウイグルもユグルも漢語になると同じ意味になります。手間を省くために、当日、会場でいただいたパンフレットから「STORY」を引用します。

映画のパンフレットの表紙。左側は私の机の上にあるもので関係ありません。

 
両親が放牧する土地を求めてより奥地の草原に移住しているため、兄のバーテルは祖父の下で暮らし、弟アディカーは学校の寮に住んでいる。兄は弟が母親の愛情を一人占めしていると思い込み、弟は兄ばかりが眼をかけられていると感じ、互いに嫉妬しあっていた。
 
夏休みが来ても父親が迎えに来なかったことから、アディカーは拗ねる兄バーテルを説得して父母を探すため、2人きりの旅に出る。広大な砂漠をラクダにまたがり、干上がってしまった河の跡を道しるべに、ひたすら荒野をたどって行く―――――
 
痩せて枯れてしまった大地、見捨てられた廃村、そして崩壊した遺跡、河西回廊の変わりゆく風景は、光り輝いた土地が工業化のために消滅し、伝統が新しい社会へと変貌してゆく様をまざまざと見せつける。

17日の本欄でもご紹介しましたが、映画にも登場した「馬蹄寺石窟寺院」です。
 
そしていつしか2人の旅は、彼ら「ユグル族」としてのアイデンティティーの探求へと変わってゆく――――――
 
見終わった私はいろいろ感想がありましたが、社長が「専門の大学の先生からアドバイスを受けています」というので、わたしは控えました。
 
ラストシーンのころ、子供たちの上に大きな風船がユラユラと漂います。案の定、子供がその風船を手に取ります。“子どもじみた手法だなァ〜”と思っていたのですが、これがわたしの浅はかな認識だと思い知らされました。河西回廊など砂漠の多い地域では、日本のような「気象予報」は成り立ちません。風船に観測器具を取り付けて飛ばし、それで観測するのだそうです。しかし映画は、それをずいぶんとメルヘンチックに描いていました。それが上のほうの写真の風船です。
 
ところで、現在のウイグル人を「古代ウイグル」の末裔だと思い込んでいる人がほとんどです。在日ウイグル人のなかには「ウイグル民族5千年の歴史」と言い切る人もいます。これは歴史的にも最終的に確認されてはいません。モンゴル高原でキルギスの襲撃に会い、四散して河西回廊やタリム盆地と周辺に定住し始めたころ、タリム盆地には数多くの「印欧(インド・ヨーロッパ)語族」の人びとが定住生活をしていました。河西回廊にも数多くの諸民族が混住していました。そこに入り込んだのが古代ウイグルの人びとでした。
 
それ以上のことについては、まだまだこれから研究する課題ですので、この辺にしておきます。
 
| 諸民族 | 10:27 | comments(0) | - |
コメント
コメントする









CALENDAR
S M T W T F S
   1234
567891011
12131415161718
19202122232425
262728293031 
<< May 2019 >>
LINKS
SELECTED ENTRIES
CATEGORIES
ARCHIVES
RECENT COMMENT
モバイル
qrcode
PROFILE