シルクロード日誌

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海のシルクロード〜〜〜リスボン〜モザンビーク〜マカオから石見銀山まで
人類文明を形成した遊牧民族の貢献は、21世紀のこれから世界で認知されていくことと思います。同時に、アジアの中国文明とアフリカのエジプト文明の輝きを見失うわけにもいきません。
その先進文明の恵沢を十二分に享受して我が物として発展させたヨーロッパは、“大航海時代”と「産業革命」という甘い果実を獲得しました。
 
先進ヨーロッパの前半期、スペインと覇を競っていたポルトガルは、アジアへの侵略活動を強化しました。その結果、清朝を屈服させて1888年、香港からのアヘン密輸防止に協力する見返りとして「友好通商条約」を結ばせ、ポルトガルのマカオにたいする行政権を法的に確立させました。清朝はポルトガルがマカオを永久に占領し、第三国へ譲渡しないことを承認させられたのです。

マカオの地図

マカオのセナド広場
 
世紀を越えて1974年のポルトガル革命後、ポルトガルの新社会主義政権は植民地主義を放棄し、マカオを中国へ返還することを決めました。そして、19991220日、マカオの返還が実施されました。
帝国主義的な植民地主義は、「永久」に他国の領土を平気で我が物にしていく本質を持っていたのです。
 
しかし新旧ヨーロッパ植民地主義による他国への侵略活動と植民地の拡大は、20世紀後半、特に第2次世界大戦以降、アジア・アフリカ・南アメリカにおいて、民族独立運動が澎湃(ほうはい)として沸き起こしました。
 
21世紀の現在では、他国の植民地になっている国はなくなりました。これは人類の叡智が帝国主義や植民地主義を克服し、自らの国を独立させ、発展させようという解放運動の高まりの現われであり、勝利だともいえます。
 
そのマカオは中国に返還されるとともに2005年7月、世界文化遺産に登録されました。面白いことには、これでポルトガルのリスボンから日本の石見銀山まで、海のシルクロードが世界遺産で結ばれたことになったのです。
 
ポルトガルのリスボンは1983年、アフリカのモザンビークは1991年、インドのゴアは1986年、マレーシアのマラッカ海峡は2008年に、そしてポルトガル商人が最終侵略目標と考えていた日本の石見銀山(島根県)も、2007年に世界文化遺産に登録されたのです。世界地図で俯瞰(ふかん)してみると、面白いように良く分かります。石見銀山は、後世の統計で見ると当時、世界第2位の銀生産地だったのです。

インドのゴアの位置


展望台から見たマラッカ海峡の風景

マラッカ湾岸ー日々貨物タンカーが移動する
 
大航海ルート――それは、海のシルクロード、スパイス海峡、陶磁器ルートとも呼ばれています。
ポルトガルは、“キリスト教布教という大義名分”で、アフリカ・インド・東南アジア・中国各地を侵略し、植民地にしてきました。そしてその食指は、当然ながらわが日本にものびようとしていたのです。

石見銀山の清水谷精練所跡

 
スペインと覇を競い合っていたポルトガルは、フランシスコ・ザビエルの「遭難」とともに種子島に鉄砲を伝来させ、キリシタン大名を組織して、日本の武士集団を尖兵とした中国侵略を目論んでいたのです。ザビエルが種子島に漂着したといっても、真偽のほどは分かりません。
 
人類文明は、シルクロードを平和でしか利用できないようにしてきているのです。
 
| シルクロード | 06:44 | comments(0) | - |
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