シルクロード日誌

日本シルクロード文化センターのブログページです。シルクロードに関する情報、コメント、旅日記などを綴ります。
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森安通信のコピーをお送りします
 きょうは、大阪大学名誉教授の森安孝夫先生の「森安通信」を転載させていただきます。
 きのう、先生から転載のお許しをいただきました。  野口信彦


今日の写真は、いずれも昨年11月23日に開催した、
日本シルクロード文化センター創立10周年記念での森安先生です。

森安通信 読者各位


 今月にイギリスで開催されたバドミントンの全英オープン(事実上の世界選手権)で,奥原希望が女子シングルスで金メダル,高橋礼華・松友美佐紀組が女子ダブルスで金メダル,早川賢一・遠藤大由組が男子ダブルスで銀メダルを獲得しました。これは2年前のバドミントンのトマス杯(男子団体のワールドカップ)で金メダル,ユーバー杯(女子団体のワールドカップ)で銀メダルを取ったのに続く奇跡的快挙なのです。特に奥原と高橋・松友組の金メダルは,その難しさから言えばシドニーオリンピックのマラソンで高橋尚子が,そしてサッカーの女子ワールドカップでなでしこジャパンが獲得した金メダルに匹敵するものです。ただし前もっての国民全体からの期待度と,それに見合うマスコミでの騒がれ方が全く違うため,高橋尚子やなでしこジャパンのように国民栄誉賞とまではいきません。男子シングルスの桃田賢斗も含めて,これからマスコミがもっと派手に取り上げてくれて,リオ・オリンピックで1人ないし1組でも金メダルを取ってくれたら,バドミントン人気は一挙に跳ね上がることでしょう。もう50年近くバドミントンをやってきた者としては,是非そうなって欲しいと思います。

 実は我田引水も甚だしく恐縮なのですが,2年前に自分の初めての個人論文集『東西ウイグルと中央ユーラシア』の原稿を完成して出版社に渡した時に,日本バドミントン界史上初のトマス杯優勝とユーバー杯準優勝のニュースが届き,今月の全英オープンのニュースは拙著『シルクロードと唐帝国』の学術文庫版の出版と重なりました。あまりの偶然に喜びも三倍増でした。

 さて,その『シルクロードと唐帝国』ですが,これは2006年執筆,2007年出版の原版(講談社,興亡の世界シリーズ,第5巻)に,部分的増補と新たなあとがきを加えたものです。本書執筆のそもそもの意図は,明治以後の日本人の間に深く根付いてしまっている歴史観や人種・民族意識に見直しを迫り,世界から信頼され尊敬される日本人(特に政財界・官界のリーダーたち)を生み出すためには,高校世界史教育の刷新から着手すべきであり,先ずは高校社会科(地歴科のみに非ず)教員の再教育が必須であるから,そのための参考書を提供するというものでした。執筆からほぼ10年が経ち,その本来の意図がどこまで浸透したか甚だ心許ないところではありますが,学術文庫版の出版に当たって,講談社のPR誌である『本』の編集部から関連エッセイを投稿するように依頼されました。担当者の許可を得て,『本』2016 April号に掲載された全文を以下に引用します:
 
 かつて文系の大学教授には、ゆったりと研究に専念できるやや浮世離れした存在というイメージがあったかもしれないが、もはやそんな悠長な身分ではない。現代の大学教員は研究者であると同時に教育者でもあり、一般学生向けの授業をこなしながら、専門の学生・大学院生の教育に当たらなければならない。これは大きな負担であるが、発想を変えれば「教える権利」があるということである。

 文科系の学問の場合、研究の基本はあくまで個人である。しかし一人で猛勉強をして膨大な量の知識や情報を蓄え、そこから従来誰も気付かなかった新事実を発見したとしても、それが確かに新発見であることを他人に的確に伝え、その新発見の意義まで説明するためには、論理構成力・文章表現力を含む高度な発表技術が要求される。実はそれを磨く絶好の機会が、大学での講義なのである。学生を眠らせず引きつけておき、最後にあっと驚かせる結末にもっていくような講義は、一年に何回もできるわけではないが、常にそれを目指して準備することが、結局は読みやすくて中味も濃い論文が書ける能力を養うのである。研究者としてどんなに多忙でも、「教える」ことに手を抜いてはいけない。
 さてこのたび講談社学術文庫として刊行された『シルクロードと唐帝国』は、私が二〇〇六年に執筆した初めての概説書である。概説書の執筆には講義をするのと同じ効果があることは分かっていたが、私自身はそれを現役引退まで実行するつもりはなかった。

 ところが今世紀初頭に政府の方針で21世紀COEプログラムが始まり、大阪大学でも文系学部が合同して「インターフェイスの人文学」というテーマで資金を獲得したことによって、事態が一変した。そのプロジェクトの一環として二〇〇三年から、私は同僚の桃木至朗教授らと協力して、夏休みに阪大豊中キャンパスに全国の高校地歴科教諭を集め、阪大側からは東洋史・西洋史・日本史の教員が参加して行なう高大連携の研修会(後に研究会)を発足させた。高校教諭に歴史学の最先端に触れてもらうという趣旨で、教育学系ではなく文学部の歴史系が主体となった全国でも初めての試みであった。初年度は交通費・宿泊費さえ全額こちらもちだったにもかかわらず、なかなか参加者が集まらずに苦労した。でもその後は全国に同様の会が次々に生まれていくのだから、振り返ってみれば我々がファースト・ペンギンだったのである。

 毎年夏に三日間連続で開催されたこの会合を通じて、私は全国の高校教諭と密接なコンタクトを持つようになった。その結果、歴史学の最先端と高校世界史教科書の内容との間にかなり大きな乖離があることを再認識するに至り、自分の概説書出版の時期を早める決心をした。その時に講談社から「興亡の世界史」シリーズの一冊として、本書の執筆依頼が来たのである。まさに渡りに船であった。

 私には、世界史の基礎知識こそ、自己認識のためのみならず責任ある社会人として成長するためにも、教養中の教養であるという信念がある。その分量は今の高校世界史教科書の半分でよいが、前近代史と近現代史の割合はたとえ三対七でもいいから、前近代史を絶対に残さなくてはならない。そして前近代史では中央ユーラシアの遊牧騎馬民族とシルクロードが大きな世界史的意義を持っていたことを、わずか一・二回の授業でもいいから必ず概説してもらいたい。拙著執筆の第一の目的はそのための参考書の提供にあった。

 ユーラシアの東西南北を網目状に繋ぐシルクロードにおける貿易は、あくまで軽くて高価な奢侈品が中心であるが、そこで扱われる高額商品の中に重くても自分で動くことができる「奴隷」の存在を付け加えたのが私独自の視点である。私は華やかなシルクロードの主役としてソグド人を取り上げ、ソグド商人の奴隷貿易にも言及した。前近代の奴隷は、近代の悲惨な黒人奴隷とは全く違う存在であることが、本書によって実感してもらえるはずである。一方、遊牧騎馬民族の機動力が火砲の発達する近代以前において世界史を動かす原動力であったことは、私独自の見解ではないが、西欧中心史観の打破には極めて有効であるため丁寧に解説した。
 二〇〇七年の初版には予想以上の反響があり、大学の入試問題や高校の定期試験でも活用された。この学術文庫版でさらに多くの高校教諭が刺激を受け、将来の我が国を担う生徒に歴史の重要さと面白さを伝えていただければと願っている。なお私は大阪大学東洋史学研究室のHPで「森安通信」なるものを公開している。時に個人情報やバドミントンなどの趣味的記事も混じるが、本来は高大連携の歴史教育研究会及び拙著のアフターケア的意義も込めて始めたものである。
 
 以上の通りで,そのタイトルは「シルクロード史研究と世界史教育」です。私としてはファースト・ペンギンとなった時に受けた逆風にまで言及したかったのですが,それは我慢しました。
            不具  2016324日   森安孝夫=


 
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