シルクロード日誌

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きょうからインドシナ半島の旅の連載をお送りします

これから、しばらくはインドシナ半島の旅の連載をお送りします。

 まだ、執筆最中ですので、ここで掲載したものが、あとからどんどん変わると思います。ですから、ここに掲載するものは「草稿」のようなものですが、なるべく早くお伝えしたいとの気持ちが勝(まさ)りました。ご容赦ください。

 

インドシナ半島5カ国独り旅―1

ベトナム編

 

今回の私の旅の目的と課題は、とても難しいものであった。

理想としては、この地域の民族とその歴史変遷及び「海のシルクロード」研究と併せて、中国の各王朝による侵略の歴史、大艦船時代以降のヨーロッパからの侵略と抵抗の戦い、日本軍の侵略がどのようなものであったかを調べることであった。

 

“そんなに欲張った研究ができるわけがないではないか”とは自分でもよく理解していた。無論、アメリカの侵略活動の実際を見ることも当然のことであったが、今から40年も前のこと。研究者に聞きたいと思っても至難のワザだということが分かってからは、写真撮影を目的の半分くらいとした。そして、なによりも、その地に私自身が足を下ろすこと自体が大切だと思ったのである。

 

2016年4月24日(日)ベトナム航空のエアバス(A330)はハノイ13時45分の予定より少し早めに着く。時差は2時間。あとから思ったことだが、インドシナ半島においてベトナムは大国。“エアバスを持てるとは。やはりベトナムは大国だ”という感想であった。もちろんCAは、みんな驚くほど美しい女性ばかりである。仕事とはいえ笑顔が絶えない。また、アオザイがとても美しい。

 

空港にはベトナムの27歳の若い友人グエン君が出迎えてくれていた。フェイスブックとメールのやり取りで決まったもの。日本に留学していた当時、彼は新日本スポーツ連盟国際局主催の外国人交流の一環として開催した卓球会場で知り合い、その後、他国の留学生たちと我が家に遊びに来たことがある青年である。早速、50ドルをベトナムのお金のドンに両替。両替はたくさん準備したドルから。とくに1ドル札は500枚くらい用意した。財布に入りきれないのであちこちに分散して入れた。ハノイ出身の彼はIT関連の企業に勤務しており、このままグエン君と街に出て食事や街の散策をする。

彼がグエン君、27歳。

2人でレストランで食事

”彼女がほしい症候群”真っ最中のグエン君。食事を運んできた女性に話しかけ、

写真撮影に成功。その後どうなったか・・・・彼女も仕事中なのに、

座席に座り込んでメールアドレスを交換していた。彼が気に入ったのだろう。 

 

ベトナムの通貨ドンの単位が皆目わからない。グエン君とタクシーに乗って支払いの段になってメーターに「45,000」とあるので4万5千ドンを支払おうとすると、グエン君は苦笑しながら「それではお金の単位が違います」。と言う。何がなんだかわからない。

 

 ともあれホテルへいって部屋に入ろうとするが、「予約されていない」。「タカハシという名はある」と言われてひと悶着。ともかく部屋に入る。

 少し休憩。スーツケースの中身を全部取り出す。とにかく旅に出かける際のパッキングは必要なものだけ詰めてなおざりでいい。旅行が始まってからの毎日がパッキングの連続だから、そこから整理していけばいい。

 

夕食には少し時間が早いのでグエン君と近くの公園を歩く。暑さもさることながら、涼しげな風が吹く湖畔を歩きながら、あれこれ話した。

ここは学生たちの天国でもある。

何を語り合っているのだろうか。なんでもいいいのだ。

ただ、語りあっているだけでいいのだ。

それが「青春」なんだろう。

 

 

私が最も関心があったことは、「ベトナムの党と政府は、アメリカとの戦争に勝って世界中から尊敬を集めていたのに、なぜ、汚職や腐敗が多いのだろうか」ということだった。そしてさらに聞いた。「共産党はこわいと思うかい?」。彼は言う「共産党は国民からたくさん税金を取っていて、バスも道路も古いままです」。どこの国でも庶民の声は同じである。日本での留学生活で欧米文化と消費の生活をたっぷり味わったものには、ベトナムの生活は確かに地味で味気ないだろう。「それでも、祖国ベトナムを発展させていきたいという気持ちはあるでしょう?」と聞いたが、それに対する返事はなかった。実際上の否定の意思であろう。

 

グエン君は日本に3年間留学して、昨年(15年)帰国してIT関係の会社に入った。給料は7〜8万ドン。「また日本へ戻りたい。日本へ戻っていい仕事がしたいです。ハノイは生活するにはダメです」と何度も言う。

73歳のジイサンはいくらかでも彼から期待される回答を期待していたのだが、事態はさらに深刻だということだった。

 

ま、気を取り直したジイサンと27歳の青年のデートは続く。

ホアン・キエム湖。

由来は、中国の明の時代に大軍が攻めてきたが、この池に住む大きな亀が「この刀で敵を討て」と差し出して勝利を得たと言うお話。去年、この亀は死んだと言う。しかし、亀が住んでいるのは1匹だけではないだろう。

ベトナムの「けまり」のような遊戯をしていた。

 

ハノイは、このホアン・キエム湖周辺に多くの通りや歴史が集まっている。北側一帯は旧市街、南には市場があり、繁華街はここを中心に広がっている。欧米系の外国人が実に多い。主にフランス人とアメリカ人。それ以外はベトナムの若もの・学生、家族連れ、物乞いなど。結婚式のあとか、ウェディングドレスで記念写真を撮るカップルも多い。これは以前、モスクワを訪れた際、モスクワ大学の尖塔をバックにして記念写真を写すカップルを見たのが最初だが、とくに社会主義国に特有の風俗なのかもしれない。

しあわせの絶頂であろう。

この二人もそうだろう。

 

| 旅日記 | 11:04 | comments(1) | - |
コメント
今のベトナムの写真と見聞記楽しみにしております。
| s.homma | 2016/07/13 9:08 PM |
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