シルクロード日誌

日本シルクロード文化センターのブログページです。シルクロードに関する情報、コメント、旅日記などを綴ります。
<< 10日(土曜日)のシルクロード講座はおもしろそう | main | 巨星墜つ!−加藤九祚さん亡くなる >>
アレクサンドラ・ネールにびっくり!ー 私たちも、まだまだやれそうね。

9月10日の第75回シルクロード講座は、井手マヤさんによる女性探検家アレクサンド

井手マヤさん

ラ・ネールと、その著書「パリジェンヌのパリ旅行」の紹介でした。

 

 

 

まず、アレクサンドラの生涯について。

アレクサンドラはフランス人で1868年生まれ。日本では明治維新で大きく世の中が変わった頃です。少女の頃から冒険好きで15歳のとき無断で一人旅、徒歩で当時住んでいたベルギーからオランダを通り、英国に上陸し所持金がなくなるまで帰らなかったり、2年後スイスから徒歩で峠を越えてイタリアへ。
「私は生まれながらの探検家であった。幼い頃から、庭の扉、道の曲がり角、地平線の壁の向こうにあるものを求めて逃亡した」

 

20歳でロンドンでインドと中国の文学や哲学を学び、パリでサンスクリット語やチベット語を学ぶ。1890年には親族の遺産でインド旅行。老苦行者のもとで数ヶ月間修行の指導を受ける。帰国後は旅行の費用を稼ぐためオペラ歌手として生計を立てる。チュニスで知り合ったフランス人技師フィリップ・ネールと結婚。しかし、結婚1週間後から旅を始めた。夫フィリップとは37年間の結婚生活で、文通は続けたが、殆ど一緒に生活することがなかった。
しかし、フィリップとの結婚が無ければ、アレクサンドラのインド、ラサ、アジア旅行は実現しなかったろう。
 

アレクサンドラは単なる探検家ではなく、1910年には大学で東洋哲学を教え「仏教の近代主義とブッダの仏教」という本を出版。死ぬまでにたくさんの学術書を著している。

1911年フランス政府から給費を得てインドに出発。13年間アジアに留まる。この間、ダライ・ラマに謁見したり、寺を訪れ、チベット文献を読み後送に学んだり、シッキムの3900mの急斜面にある洞窟で、厳しい修行生活を送っている。チベット語、密教修行者の生活、教義、信仰、瞑想の方法を会得。1912年には生涯の旅の道連れの少年僧、アプル・ヨンデンと出会う。

アレクサンドラとヨンデン


1916年にチベットに入国するが無断入国のかどでイギリス当局から退去を命じられる。このことで返ってラサ行きを決意する。その後、カルカッタ、ビルマ、日本、北京、中国を旅行。1918年アムドの寺で3年間修行。その後、ゴビ砂漠とモンゴルを探検。そして、1923年、いよいよ本に著されたラサへの旅を始める。この時、アレクサンドラ54歳。

 

アレクサンドラはチベット人の老婆に扮し、徒歩で息子の僧と托鉢をしながらの巡礼旅行を行った。白人とバレないようにチベット服を着て、炭の粉とココアの粉で顔を黒く塗り、中国の炭で髪を染め、昼は洞窟とか茂みに隠れ、夜間に移動するなど苦労を重ねた。途中からは各地の農家に留めてもらったり、占いや仏教の儀式などもしている。

 

8ヶ月に及ぶラサ旅行ののちフランスに帰国、熱狂的に迎えられる。この旅の旅行記「パリジェンヌのラサ旅行」を出版。大きな反響を得る。貧乏な托鉢僧の親子に扮していたからこそ、チベット庶民の生活や風習をつぶさに見て報告している。
1928年南仏に転居、「サムテン・ゾン」(瞑想の館)を建て、執筆に専念。


1937年69歳で2度目のアジア大旅行、モスクワからシベリア鉄道で北京へ。チベット僧院に滞在、戦時下の中国を旅するが、康定で道が閉ざされ1944年まで7年間滞在。チベットの苦行者の教義に関する資料を収集。1946年フランスに戻る。78歳。
1969年、100歳10ヶ月、瞑想の館で死去。

晩年のアレクサンドラ


 

さて、ここから「パリジェンヌのラサ旅行」の本の紹介になるのですが、ハラハラドキドキの、とてもおもしろそうな本なので、ぜひみなさんお読み下さい。

 アレクサンドラ・ダヴィッド・ネール著「パリジェンヌのラサ旅行」上・下 平凡社 東洋文庫 1999年刊

 

 

 アレクサンドラってすごい女性でしょ。身体強健、精神強靭。そして理解ある夫。紹介して下さった井手マヤさんも、世界を飛び回っているすてきな女性でした。

 懇親会では、「なかなか、そうは条件が揃わないけど、私たちもまだまだやれるね!」と盛り上がったのでした。

 

| シルクロード講座の報告 | 22:09 | comments(2) | - |
コメント
こんにちは。
ロス・アンジェルスの大湾節子です。
昨年訪れたディーニュの写真と記事をブログに載せ始めました。

女性探検家アレキサンドラ・ダヴィッド=ネール
Alexandra David-Neel (1868-1969)
の記事も載せました。

私の友だちのホテルの家族とアレキサンドラが直接接触があったと知って、とても興味を持ちました。

『瞑想の館』を訪ねて、アレキサンドラに大変感銘を受けたと、夕食の時にホテルの家族に話したところ、昔話を語ってくれました。

ホテルの家族が持っている山の家に行く途中にあり、ホテルとは目と鼻の先にあると言ってもいいくらい近い距離でした。

ディーニュの記事はまたこれからゆっくり載せますので、お時間がございます時にご笑覧ください。

https://ameblo.jp/romantictravel
| 大湾節子 | 2018/01/24 7:48 AM |
こんにちは。
昨年秋、ディーニュのアレキサンドラ・ダヴィッド=ネールの館を初めて訪ねました。
私の泊まっているホテルととても深い縁があって、大変興味深かったです。

彼女の紹介記事を載せたいので、検索したところ素晴らしいサイトを見つけました。
ここに十分詳しく紹介してあるので、私のブログでは省略して、こちらのサイトを紹介することにします。

昨年訪れたフランスの写真を全部載せるのに、数ヶ月かかります。
お時間がございましたら、覗いてみてください。

スイスの写真はやっと載せました。ご笑覧ください。
| 大湾 節子 | 2018/01/21 9:29 AM |
コメントする









CALENDAR
S M T W T F S
1234567
891011121314
15161718192021
22232425262728
2930     
<< April 2018 >>
LINKS
SELECTED ENTRIES
CATEGORIES
ARCHIVES
RECENT COMMENT
モバイル
qrcode
PROFILE