シルクロード日誌

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ウイグル人の生活習慣及び風俗・伝統あれこれ ―26

「10年前、自治区文字改革局の言語学者たちが調査に来た。1週間ほど言語調査をした結果、ここの方言の中には古代ウイグル語がたくさん残っているということが判明し、ホータンのグマ(皮山)県の言葉によく似ていると言われた。

1998年まで大学の進学率は高かった。当時は大学を卒業すると政府が勤め先を探してくれた。だから仕事を見つけるのはそれほど難しくはなかった。1998年以降、政府がその政策をやめたので、大学を卒業してもなかなか仕事を見つけることができなくなった。

 

卒業してから仕事は自分で見つけるようになったので、競争社会になったが、自分の努力だけではふさわしい仕事を見つけることができない。それで小学校5〜6年生の子供たちに学校をやめさせる親が出てきたし、中学や高校で勉強をしている子供たちも学校をやめるようになってきた。

 

最新の情報によれば、この村では学校をやめる率が45%にもなっている。9年制の義務教育が実施されてから中学を卒業するまで続けるしかなくなったが、大学進学率が低くなった。4〜5万元も使って大学に進学したとしても、卒業してからいい仕事が見つからないのであれば、学校に行かないで商売やほかの仕事をして、ここ以外のところで生活したいと思うものが多くなった。

前回のブログで間違えました。彼は、この家の主人の義兄でした。

 

実際、この村はきわめて貧しいところなので、みんな教育をとても大切にし、よく勉強してきた。村人は非常に勤勉であり、高校を卒業してから大学に入学して仕事を持ちたい、幹部になりたいという意識はほかの地域より高い。外で商売をし、仕事している人や勉強をしている人が現在の人口と同じくらいいるし、勉強をすることによってこのような貧しいところから飛び出そうと考える人も多い。

この項目を象徴するようなおばあさんですね。

 

 

とにかく自立したい人はより努力をしてみんな外に行ってしまう。しかし、さまざまな事情で思い通りにならなくなり、外にも行けない人も多い。それで学校をやめて、早く自分の生きる道を見つけたい、探したいと思うようになってきた。このような状況はとてもよくないことである。

 

この地域の人の習慣はほかの地域とは違う。特にイスラームの教えを大切にし、ウイグルの伝統的な習慣に則って生活してきている。1978年からの改革開放政策以来、一部の女性はほかの地域の女性たちと同じように、ズボンをはかないでスカートやワンピースを着るようになってきた。しかし、それはごく一部である。その人たちは公務員や政府機関で仕事をしている女性たちが多い。多くの女性はまだ昔の姿のままである。

今、この村には900人ぐらいの漢人がいる。彼らがこのような貧しいところに来るのは、政府機関の仕事をするためである。漢人は農業をしない。ほとんどが政府や機関の仕事に就いている。その人たちもここに長くはいないで、そのうちにまた別のところに行ってしまう。

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