シルクロード日誌

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31 クチャ・アクス・カラシャハール地域

今年(2017年)7月の新疆の旅に下記の地域は含まれていない。

だが、ここに紹介するクチャは、あえて紹介するにふさわしいオアシスでもある。

 

クチャ・アクス・カラシャハール(焉耆)地域とは、タクラマカン沙漠の北、天山南麓中央部のクチャ(亀茲)、アクス、カラシャハール(焉耆)、ショルチュク、そしてバインゴル・モンゴル自治州一帯で、西域北道の中間に位置する。

 

タクラマカン沙漠のちょうど北縁に位置するクチャには、沙漠特有の樹木である胡楊樹と駱駝草が多い。さらにクチャには渭干河(ムザルト河)とクチャ河と2つの河があり、クチャ文明の発祥地と呼ばれている。キジル千仏洞はその渭干河の北岸にある谷間に位置しており、その地下水源は豊富で、砂漠を30〜100メートルぐらい掘ると水が出る。クチャの天山山地の中に南天池と呼ぶ大龍池があり、ここは山々に囲まれ海抜は2300〜2380mほど。長さは2.5キロ。玄奘三蔵の「大唐西域記」の中では「龍池」と記録されている。

クチャは砂嵐や風が多く、3〜4日間も続くことがある。杏の名産地と知られ、産出量や品種も多い。杏には23種類の杏があり、新疆では杏の種類が一番多いとされている。また葡萄、ざくろ、桃、梅、ナツメ、いちじくなどもたくさんとれる。クチャの羊皮や小刀も有名である。

2004年のクチャは、まだまだ貧しい街だった

 

クチャは昔から「ムカーム」の故郷と呼ばれてきたので、クチャ・ムカームはとても有名である。「ムカーム」という言葉は「大曲」という意味になり、クチャのキジル千仏洞に描かれた伎楽飛天は、クチャが昔から音楽の故郷であったことを証明している。

 

クチャ(庫車)

天山山脈の南麓に位置するクチャは、35万人あまりの人口を持つアクス地区第二の都市である。住民は90%がウイグル族。ウルムチからは汽車で約9時間、車ではコルラから天山山脈の山中を抜けて4時間以上かかる。ここでは鉄道のほうが“ゆっくり”なのである。

 

クチャは北西に天山山脈を突っ切ってイリやアルタイなど北新疆に向かう街道の要衝で、亀慈国が栄えた土地でもある。亀慈国は、前漢時代に歴史に登場したオアシス都市国家で、後漢時代には西域都護府が、唐代には安西都護府が置かれ、亀慈楽と呼ばれる舞楽が有名である。その後、亀慈楽は日本にもたらされて、雅楽となった。

いまではこんな光景を見ることは望むべくもないが・・・

 

クチャは仏教東漸の歴史の上で重要な役割を果たした都市である。4世紀後半に仏教を中国語に翻訳したクマーラジーヴァ(鳩摩羅什)の母はここクチャの出身。玄奘三蔵もインドに向かう途中、クチャに立ち寄っている。有名なキジル千仏洞――「塩水渓谷」の岩壁や谷の中途に穿(うが)たれた石窟群――は亀慈国の貴重な仏教施設であった。後漢から宋代にかけて開鑿が始まったというこの千仏洞は、漢代から唐代にかけて46窟が作られた。そのうち壁画の残っているものは11窟だが、戦争などで破損し、最前列の6窟だけが見学できる。

この姿は、わずかに残っているかもしれない

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