シルクロード日誌

日本シルクロード文化センターのブログページです。シルクロードに関する情報、コメント、旅日記などを綴ります。
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ー24 広い広〜〜い 兵馬俑一号館

※私事ですが、先日まで続いた全国的な交流行事が大成功の裡に終わりました。

 きのうは、その慰労会を行って一応の終わりを告げました。

 ホッとしている今です。

 この河西回廊の旅のシリーズも間もなく終わりです。

 近いうちに、蘭州から河西回廊を通って、敦煌〜クムル(ハミ)〜トルファンまでの旅もお伝えしていきたいと思います。

 玄奘三蔵が国禁を犯してインドへ求法の旅に出ましたが、『大唐西遊記』に出てくるのはいつもトルファンの高昌故城あたりからです。天の邪鬼の私は「じゃあ、トルファンの高昌故城の手前までの旅をしよう」と思っていきました。そこらへんを・・・・・

 8月5日からは、仲間たちと一緒に、今掲載している河西回廊の旅を逆に行く旅に行きます。

 

西安・兵馬俑

なんでこの写真なのかわからない。

 

 西安観光は、まず兵馬俑(へいばよう)からである

 

 兵馬俑は秦始皇帝の軍団の俑だが、1974年、集団農場の井戸掘り作業の途中に、偶然、発見されたもので、世界の考古学上最大の発見といわれている。その発掘した俑は8千数百体にものぼっている。

兵馬俑はいつも大混雑である。気のおけないいつもの仲間との3人旅

 

 

 発見したのは、4人の楊さんという同姓の農民たちが農作業の最中に偶然、発見したものである。だが、この楊さんは作業していた4人全員が楊さんであることから、最初に畑を耕しているときに「コツン」と俑を当てた楊さんに代わって、今では年老いた楊さんから比較的若い楊さんがお土産屋さんで写真集へサインをする仕事をしている。皆、楊さんだから間違いではない。この先、何代になっても同じ楊さんだから大丈夫である。

兵馬俑一号館は格納庫のような大きな広い建物である。

 

 

 最初にコツンと俑を当てた楊さんが売店に座っていた頃、私は写真集に彼のサインを頂いた。そこに私の名前を書いてほしいとお願いしたのだが、だいぶ苦労していたことを思い出す。文盲だったのである。

 

 兵馬俑は全体として1号館から2号館、3号館と「品」の字型に配置されている。秦始皇帝の銅車馬陳列館から構成されている。楊さんが最初に「コツン」と当てたところが1号坑になっている。

| 河西回廊 | 10:07 | comments(0) | - |
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