シルクロード日誌

日本シルクロード文化センターのブログページです。シルクロードに関する情報、コメント、旅日記などを綴ります。
<< −25  西安・兵馬俑 | main | ー27  兵馬俑 >>
−26 兵馬俑

 2号坑の軍陣は1号坑の東端北側で1号坑との距離は20メートルで(『型・カギがた)を呈し、東西124メートル南北98メートルで6000平方辰量明僂鬚發帖H掘調査から戦車の引き馬350余頭、騎兵用に馬100余頭、その他各種武士俑が900余、合計1300件の陶俑、木製戦車89台で、これらは歩兵、騎馬兵、軽車等で混編された一種の曲形陣である。1号坑の軍陣と比べると、それは当時の補助軍で突出力の強い陣営である。その陣営は4つの陣営に分かれている。

 

 第1の方形陣営は弩兵陣営で曲形陣営の先端に位置し、230以上の弓弩手を持っている。その内甲冑を着た160余の重装備の跪射兵(きしゃへい)は陣営の中心に8列に並び、その外側に170余りの戦闘服を着た軽装立射手が周りを囲んでいる。こうして敵に挑む時この二種の姿勢で射撃でき『百発不休止』、矢が雨

の如く降り、敵に一歩も近寄らせない。

 

 第2の小陣営は曲形陣営の右側で64台の戦車から成り、全ての戦車に1人の御者と2人の甲冑兵で構成され、歩兵は含まず、行進のスピードが速く、突破能力に優れていた為、当時の戦場では敵のど肝を抜いた軽戦車軍である。

 

 第3の小陣営は曲形陣営の中部にあり、戦車、歩兵、騎兵の混合編制でそれは19台の戦車を主戦力とし、260余の歩兵を補助とし、8騎の騎兵隊が後方を防衛し、特殊な役割を持っている。

 

 最後の第4陣営は曲形陣営の左側の騎馬兵陣営である。108の主要騎馬隊と6台の戦車で編制されている。この騎馬兵は強固な肉体を持ち、頭に皮の帽子をかぶり、皮の靴を履き、短い甲冑を付け、片手に弓を、片手に手綱を持ち、あか抜けして、戦馬も強くがっしりとしている。このような騎兵がいったん戦場に投入されると、電光の如くすばやく、風のように動き、雷の如く強く対決するであろうといわれている。

 

 3号坑は【凹】字型をしていて発掘された3つの兵馬俑坑の中で一番小さい。兵俑66体、馬俑4体、戦車1台と兵馬俑の数も少ないが、三つの兵馬俑坑の中で一番重要な役目をしていた。それはこの3号坑が全軍の指揮の中枢である軍幕(司令部)であったためだ。

 

 秦の兵馬俑坑は秦軍の縮小図であり、戦車や騎馬隊の千里にもおよぶ勝利の行進は又、固く守られた指揮中枢をも備えている。それは2200年前の古代帝国軍を今の世に甦らせている。
 秦の兵馬俑は当時の強大な秦の大軍隊を再現しているだけでなく、軍陣の編列、兵器配列、及び戦略思想等を型象的な実物資料として呈している。

| 河西回廊 | 08:48 | comments(0) | - |
コメント
コメントする









CALENDAR
S M T W T F S
     12
3456789
10111213141516
17181920212223
24252627282930
31      
<< December 2017 >>
LINKS
SELECTED ENTRIES
CATEGORIES
ARCHIVES
RECENT COMMENT
モバイル
qrcode
PROFILE