シルクロード日誌

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ー27  兵馬俑

 3号坑は、始皇帝を、あるいは始皇帝の墓を守る儀礼兵と作戦司令官のために造られた俑と兵馬の人形である。だが、兵士の前に司令官はいない。司令官は始皇帝だから後ろから命令を下しているのだという。3号坑は2種類ある。弓兵と戦車である。戦車というのは馬に引かせた馬車に兵士が乗って闘いの先頭を走り、敵を打ち砕く役割を持っている。それを戦車という。戦闘は、主に歩兵、弩(ど)兵と射兵が戦う。

弩の弓を構えた兵士(弓は見えないが・・・)

 

 

 当時の馬はかなり小さく、兵士より背の低い馬が多かったようだ。だから漢の時代になって武帝は西域に強く大きく、持久力のある汗血馬を求めたのである。

左の人間の俑と右の馬の俑の大きさを見比べてみてください。馬はかなり小さいでしょう?

 

 3号坑では土に埋められて姿を現していないモノが多々ある。空気に触れると原色が損なわれるということだが、“まだ始皇帝の魂が残っている”とみなされていることもあるようだ。

 

 この兵馬俑は当時の秦の製造技術の高さを目の当たりに見ることができる。よく知られている話だが、兵馬俑の兵士の顔は同じものがふたつとなく、すべて違う顔をしている。だが、なぜ墓でなく兵馬俑だったのだろうか。それは中国には、当時まだ「墓」というものがなかったからである。墓ができたのは漢の時代になってからである。

 

 今回は手慣れたベテランガイドと旅慣れた2人の同行者がいたので、じっくり観察できたことが幸いだった。

兵馬俑1号館前で。左が兵庫県の都倉さん、右が鎌倉の三留さん

一号館の中で。今日の写真はいずれも2012年のもの。5年前ですね。

| 河西回廊 | 09:24 | comments(0) | - |
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