シルクロード日誌

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朝鮮通信使ものがたり−7  宣教師たちの犯罪

・スペインの「無敵艦隊」

・戦闘指揮に慣れたスペイン・ポルトガルの将校団

・日常的に戦闘訓練を行っている日本の武士。

この三者をまとめれば明の攻略も夢ではない、と思ったのでしょう。

 

天正遣欧少年使節団がローマに行ったのはご存知だと思います。孫引きですが、徳富蘇峰の本に書いてあったという人の話を聞きました。

大砲や鉄砲や弾薬を大量に欲していた各大名たちの要請にこたえて、その代償に若い女を求めていたヨーロッパは、宣教師たちやスペイン・ポルトガルなどを通して、多くの日本の女たちを、この天正遣欧少年使節団が乗船した船の底に詰め込んでいたとのことです。

1586年にドイツのアウグスブルグで印刷された、天正遣欧使節の肖像画。

タイトルには「日本島からのニュース」と書かれている。京都大学図書館蔵

徳富蘇峰(1863〜1957年)

蘇峰學人書齋

 

このかどわかされた女性たちの人数は5000名ともいわれますが、まさか! ゼロを1つ取ったとしても500人。2つとっても50人。ともかく、各大名が自分の領地から強制的に差し出したのでしょう。ひどい話です。

彼女たちはインドやアフリカでも売られて、ヨーロッパにも連れていかれたようですが、その後のことは誰も何もわかっていません。

 

スペインの兵士や水兵たちは思うままに女たちを凌辱していたとのおぞましい姿を帰国後、少年たちが報告しているという話もあります。真偽のほどは分かりませんが、ない話ではないでしょう。どなたか徳富蘇峰の膨大な著書を調べてみてくださいませんか?私にはその術はありません。

 

さらに「島原の乱」では、「踏み絵」や張りつけなど、当時のキリシタンに加えられた弾圧のひどさばかりが言われてます。徳川幕府の弾圧に抗してキリシタンたちが決起して、この乱を起こした悲劇ということになっています。

 

しかし、宣教師たちが、母国スペインの地球戦略を踏まえた行動としてみれば、島原の乱も、スペインのこの戦略の一環としてみると、まったく違った結論になるのではないでしょうか?

いたずらにスペインなど外国勢力を日本に引き入れて、外国の植民地にしようとしたことにたいする判断と、それをもくろんだ九州・四国の大名たちや許さないという判断をしたのでしょう。

 

純粋にキリストを信じて反乱を起こした農民たちは別でしょうが、職を失ってアテもなくなって食い詰めた元武士たちは“必ずローマかスペインから救援部隊が来ると信じて”カネと仕事を求めて抵抗をしたのだと思います。何もかも悲劇と美談で包まれている“島原の乱”も、そのような舞台装置があったと思うと、戦慄すべきことだとは思いませんか?

それとも、これまで通りの教科書を信じますか?

 

秀吉がなぜ、褒賞を与える保障もない朝鮮への出兵を強行したのでしょうか。

スペインがなぜ、手がかりもあまりない明を攻撃しようとしたのでしょうか?

すべてを、なにもかも悲劇の話、にするのでなく、また、“ヨーロッパは良いことをして、秀吉や家康は悪者だ”という図式をうのみにしていいのでしょうか?

 

朝鮮からヨーロッパへ話が飛びましたが、そんなことをも考えてしまいした。

 

宣教師フランシスコ・ザビエル

籠城して戦った原城址

天草四郎時貞

 

 

 

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