シルクロード日誌

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40年ぶりのキューバ旅日記 ―キューバ革命を左右した戦いの地サンタ・クララ−

 サンタ・クララはトリニダードの北部にある内陸都市。

 そうそう、私たちはキューバの地理に詳しくないので、まず言葉で説明してみよう。日本の本州だけの地図を頭に置いていただきたい。そうするとサンタ・クララはちょうど静岡あたりになるだろうか。ハバナは島根県あたりだと思えばいい。

 インターネットで地図を出してみた。写真に「キューバ」というカタカナがあるが、この小文字の「ュ」の辺りがサンタ・クララに当たる。

サンタ・クララはキューバのど真ん中にある

 

 サンタ・クララは革命軍がバチスタ政権を倒すきっかけとなった街である。

 ここにはゲバラの霊廟がある。ゲバラは1967年にボリビア政府軍との戦闘で捕らえられ、翌日の10月9日に銃殺された。没後20年を記念して1987年にゲバラの胸像と、その戦闘で亡くなった38人の慰霊を込めて38の石を安置した霊廟が、革命戦争勝利の突破口となったここサンタ・クララに建てられた。

ゲバラ霊廟での全員集合写真です

キューバ共産党地区委員会前にある胸像

 

 1977年にボリビアでゲバラの遺骨が発見されると、カストロの手でこの霊廟に納められた。ゲバラの名言「常に勝利に向かって」の書かれた台座の上に、6メートルを超える巨大な胸像が立っている。記念碑の横に博物館があり、ゲバラが子どものころからの写真や身に着けていたものや記念品が展示されている。

たまには2人で・・・・

 

 この霊廟は厳重な管理に置かれており、カメラもバッグも持って入ってはいけない。今では、なぜそこまで厳重にするのか意味がないのだが、すぐには変えることができないのだろう。

 

 

 またこの近くには革命勝利の1年前の1958年12月29日、ゲバラが始動する革命軍はここでバチスタ政権の装甲車を襲撃し、大量の武器を奪い取った。これによって独裁者バチスタは亡命を決意し、革命勝利のきっかけとなったことで有名である。

 小雨の中、公園の中に襲撃された装甲列車がバラバラに置かれたままになっている。半ズボンとビーチサンダルで行った私は、気を付けてはいたのだが案の定、ツルリと滑って転んでしまった。2週間はかさぶたが取れなかった。

革命軍に襲撃されて革命戦争の勝敗を決したといわれる装甲列車。

ここでステンと転んだ

文章とは無関係ですが、街で捕まったこそ泥。後ろ手に手錠をはめられている。

警察官とは顔なじみのようで、まのなく手錠を外されて街へ消えていった。

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