シルクロード日誌

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40年ぶりのキューバ旅日記 ―ハバナの老人クラブで―

 そろそろ旅も終わりに近づいた半日、カリブ海の海岸にある老人クラブに行った。

カリブの海は美しかった!

 

 富士国際での“うたい文句”は「キューバの老革命家との交流」とあったが、とんでもない、地域の老人会である。しかし、交流は心温まるものであった。

 

 まず初めに68歳とか言っていた女性が代表者でご挨拶。

以前の日本人旅行者がおいて行ったもののようだ

キューバ側の代表

 

 そして健康体操などの紹介、数少ない男性陣からは歌があった。あれこれの紹介と交流のあと、日本側からも一応「代表者」があいさつ。代表も富士国際が「決めていて」くれた。そうではなく参加者同士で自主的に決めさせればいいのにと、その拙劣なやり方に失笑した。このころにはもうすでに参加者同士の交流も進んでいるので「仲間」になっているからである。

「健康体操」を披露してくれた

 

左は「ガイド見習い中」のヨルダン君

 

 交流が終わりに近づいたころ、日本側からの出し物が必要になっていた。このようなときほとんどの場合が「ふるさと」か、あるいは「さくらさくら」を歌うくらいで終わる、それも歌詞の「一番を二回」くらいで・・・・・

このようなとき、最年長の女性だかの提唱で「炭坑節」を歌いながら輪になって踊るというものであった。とくに最後の“さのよいよい!”の掛け声のところは大きな声で歌いながら踊るので、私の見た目では大好評であった。

炭坑節です

若い女性も楽しんでいました

おばさまたちも楽しんでいました

 

 このようなとき、どういうことか私は一緒に輪の中に入って楽しめない悪いクセがあった。終始、勝手にカメラマンとして動いていた。

 

誰かが「カストロとの思い出を一言」と要望したが異口同音に“イヤよ”とばかりに断られた。終わってからガイドのマリアさんに、なぜ断られたのかを聞いた。答えは「あの頃の苦しいことを思いだしたくないのですよ」と言われたが、もう一つ別の答えもあったのではないかと後になって疑いだした。

それは「カストロの共産主義に対する疑問」だったかもしれない。そうでないかもしれない。そしてそれはガイドとしての「矜持」だったのかも知れない。

会場での記念写真

男声独唱

これは富士国際が用意したプレゼントのようです。

 

 私や私たちは、この交流会がどのようなものかあまり知らされていなかった。

 日本側からの贈り物も富士国際が用意したものであった。そんな心のこもっていない、何を送ったのかもわからないやり方でなく、事前に参加者に連絡をし、一人一品なんらかを準備していくなどのやり方ができたはずである。この時期にキューバへ行こうとしている参加者は、そんなこともできない連中だとでも考えているのだろうか。そこまで頭が回らなかったのか、ずいぶんと粗雑なやり方である。

 

 

 交流が終わってから外の海岸に出て、みんなで記念写真を撮った。

 カリブの海は久しぶりの好天で輝いていた。

お別れ際にカリブ海を背景に・・・・・

私はこのような時、集まっている最中の写真が好きです。

まだそろっていません

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