シルクロード日誌

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紛争激化の中東シルクロードが困難に直面しています−2 ―故郷を追われて70年 530万人 見えない帰還への道―

 1948年5月14日、ヨーロッパなどで迫害され続けてきたユダヤ人が、イギリスの委任統治領だった中東パレスチナにイスラエルの建国を宣言しました。その前年、国連総会がパレスチナをユダヤ人と同じ土地に住むアラブ人(パレスチナ人)の2ケ国に分けるパレスチナ分割決議を採択したことを受けたものでした。

 

 翌5日、アラブ諸国がイスラエルに攻め込み、第一次中東戦争が勃発しました。イスラエルが勝利したことで約70万人のパレスチナ人が難民になりました。彼らはこの出来事を「ナクバ(アラビア語で大破局の意味)」と呼び、イスラエルに残した土地の権利書や家の鍵を持ち続ける人も多いといわれます。

イスラエル人は67年の第三次中東戦争でヨルダン川西岸とガザ地区も占領し、さらに多くのパレスチナ人が難民になりました。

1948年からの第一次中東戦争

 

1967年の第三次中東戦争で占領した地域

 

 

 国連パレスチナ難民救済事業機関(UNRWA)によると、パレスチナ難民は現在約530万人。ガザ地区とヨルダン川西岸地区のほか、周辺のヨルダンやレバノンなどで暮らしています。

 ガザ地区やヨルダン川西岸地区の難民キャンプで暮らし、仕事が見つからない人も非常に多い状態です。ガザ地区のパレスチナ難民の失業率は47・2%と高くなっており、ヨルダン川西岸地区は22・7%になっています。周辺国に逃れた。パレスチナ難民も、レバノンやシリアでは国籍の取得が難しく、就業や移動の自由が制限されるなど苦境にあります。

 

 国連総会は48年、パレスチナ難民の「帰還権」を認め、故郷に戻らない選択をした難民には財産の補償をするよう求める決議を採択しました。しかし、イスラエルが存在する以上、帰還は困難です。

 イスラエルとパレスチナの「2国家共存」をめざす和平交渉への道を開いたオスロ合意では、パレスチナ難民の帰還問題はエルサレム難民の帰属とともに、イスラエルとパレスチナの交渉で解決されるべき課題として先送りされました(5月16日、朝日)。

 

 各地のパレスチナ難民数(国連パレスチナ難民救済機関の2017年のデータから)

レバノン 46万人

パレスチナ自治区ヨルダン西岸地区 81万人(失業率22・7%)

ガザ地区 135万人           (失業率47・7%)

シリア  54万人

ヨルダン 218万人

 

 

ガザ地区の子供たち。元気に見えても、ほとんどの子どもが何かしらの栄養不足の状態にある

爆撃の跡

 

2014年のガザ侵攻の戦争の跡はいまだに色濃く残る

シュジャイヤの街にはいたるところに弾痕が残っている

 

| 中東問題、テロ | 10:30 | comments(0) | - |
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