シルクロード日誌

日本シルクロード文化センターのブログページです。シルクロードに関する情報、コメント、旅日記などを綴ります。
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甘粛省博物館へ

8月5日 前夜、蘭州へ着く。

蘭州の駅に着きました

 

 

 この日は中山橋など市内を散策してから甘粛省博物館へ。

 のこちゃんは「なかやまばし」というけれど、これはレッキとした孫中山(孫文)の名を記念して付けられた名前です。でも、のこちゃんは孫中山を知らない日本人の為に、わざわざそのように言ってるのかもしれません。

中山橋=孫中山を記念して造られた。中国各地には「中山」の名称のところがたくさんある

 

そして、念願の甘粛省博物館へ。

 

 

 

 ここは1956年に創建された博物館で、13の展示室、12の休憩室など延床面積は  1万8千平方mといいます。彩陶や漢簡、漆器、刻石など河西回廊周辺の黄河上流地域に関する豊富なコレクションを収蔵、展示していますが、シルクロードの特に武威(ぶい)の雷台漢墓で出土した銅奔馬が有名です。

 

 

これは、西安の兵馬俑と同じ構成ですね

大きさは兵馬俑と比べてかなり小さいですが、なかなかのものです

 

 

 私は以前、この武威の雷台漢墓の博物館へ行って銅奔馬を見ようとしたのですが、鉄の門が閉まっていて、門の前には人糞や犬などのふんがあふれていて入場することもできませんでした。

 

 雷台漢墓の悪ほど口はこれくらいにして、甘粛省博物館を写真でご紹介しましょう。

 銅奔馬は「馬踏飛燕」=飛燕をもしのぐほどのスピードで走る馬。燕が足で踏まれているほど、早く高く飛ぶことができるという意味を示しています。漢が匈奴撃退の切り札として待ち望んだ馬であるとしています。遊牧騎馬民の力をできるだけ小さく見せようとのキャッチコピーですが、作品はなかなかのものです。甘粛省武威で出土し、甘粛省博物館に保管展示されています。

「馬踏飛燕」 飛燕をもしのぐほどのスピードで走る馬。燕が足で踏まれています。

漢が匈奴撃退の切り札として待ち望んだ馬。

甘粛省武威で出土し、甘粛省博物館に保管展示されています。

 

歴史的にも名だたる歴史的な遺産がたくさんありました

 

 張騫(ちょうけん)については、

 

 史上初の“シルクローダー”張騫(ちょうけん)(前167?〜114年)

 「張騫鑿空の攻(さっくうのこう)」という言葉があります。

 

 漢の武帝から西域へ派遣された張騫が、初めて西の世界を中国にもたらしたことをいいます。

西方からは葡萄、柘榴(ざくろ)、ウマゴヤシ、クルミ、アラビア馬のほか、音楽、曲技、工芸品、香辛料などがもたらされ、中国からは絹織物と黄金が輸出されました。柘榴やクルミは医薬品になりました。絹は中央アジアから西アジアを経て遠くローマまで運ばれたのです。

 

 甘父(かんぽ)のちの堂邑父を忘れてはいけません。

 張騫の従者。漢は彼の功を認め、奴隷出身から解放するとともに堂邑の姓を与え、特に設けた奉使君に任じた。

張騫について以前にこのブログなどで何度も紹介していますので、割愛します。このほかにも数多くの写真があるのですが、カメラが使い慣れたCanonではなく、慣れないsonyNEX−7でしたので、あまり出来栄えが良くありません。

天馬来たりぬ
西の極(はて)より
流砂を渉り(わたり)て
四夷服しぬ 
        (『史記』楽書)

| シルクロード | 02:57 | comments(0) | - |
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