シルクロード日誌

日本シルクロード文化センターのブログページです。シルクロードに関する情報、コメント、旅日記などを綴ります。
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シルクロードと宮沢賢治

 大変失礼しました。きのう掲載したブログは、本来、今日のブログのあとに掲載する予定でした。夜中の2時すぎに作業したものですから、寝ぼけて、1日、取り違えました。ここに改めて掲載します。

 長距離ドライブ途中の青空トイレを眺めていたK爺の「おしっこ独白」から、この欄が生まれました。

 

 シルクロードと宮沢賢治

 この時は、車は太陽を追って走るので、なかなか太陽が沈みません。いつまでもいつまでも太陽を追いかけて車は走ります。しかも、夕焼け空はたとえようもなく美しくわたしたちと一緒に走ってくれます。だいたい8時過ぎに太陽はついにその乱舞に終止符を打ちました。

 すると今度は星空の出番です。K爺は以前から“一度は天の川を見てみたい“と言っていました。それが、出たのです!天の川が!

賢治

 

 次の文章は、先日、7月末にこの欄に掲載したばかりですが、内モンゴルの夜空の天の川を見たばかりですので、再掲載します。ただし天の川の写真はありません。

 実は宮沢賢治の作品には、西域・シルクロードを謳ったものが多いのです。

 

 詩「奏鳴四一九」では、

 「これは吹雪が映したる/硼砂(ほうさ)嵐Rap.Nor(ロプノール。湖)の幻燈でございます/まばゆい流砂の蜃気楼でございます」と謳っています。

 

 地上の「シルクロード」に対して、天空には「天の川」いわゆる銀河があります。賢治には「シルクロード」を素材にした作品がかなりあり、宮澤賢治の「銀河鉄道の夜」から「シルクロード」を想い起こすことができます。童話『雁の童子』もあります。このように「銀河鉄道とシルクロード」は、たえざるハーモニーを私たちに醸し出してくれます。

 シルクロードここにあり!だと思いました。

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 越境するイーハトーブ

 イーハトーブは東北地方に限定されず、故郷の海岸や延々と続く丘や山々を超えていきます。そして大洋の島々にまで伸び広がり、砂漠と大陸を横断し、東方と西方にまたがった理想郷へと昇華していきました。

さらに『銀河鉄道の夜』で描かれた透明な軌道を走り、はるか天空まで昇りつめ、「永久の未完成これ完成である」(『農民芸術概論綱要』)の彼方へ、永遠へと向かうのです。

イーハトーブは賢治の心の中にある理想郷だ。賢治が生まれた岩手の風土がそのモチーフになっている

 

 賢治はすさまじい精神力でイーハトーブの世界を描き続けることで、生命を燃え尽くしました。そして今、私たちは作品の中に描かれたイーハトーブによって、賢治が追い求めた夢とは何かを知るのです。

 

 「天山山脈」は、「春と修羅」において、

砕ける雲の眼路をかぎり
 れいらうの天の海には
  聖玻璃の風が行き交ひ
   ZYPRESSEN 春のいちれつ
    くろぐろと光素を吸ひ
     その暗い脚並からは
      天山の雪の稜さへひかるのに
      (かげらふの波と白い偏光)
      まことのことばはうしなはれ
     雲はちぎれてそらをとぶ
    ああかがやきの四月の底を
   はぎしり燃えてゆききする
  おれはひとりの修羅なのだ

 

 宮沢賢治と中国

 環境問題への意識がまだ普及していなかった100年ほど前、宮沢賢治はその概念を創出して昇華させ、さらに作品の主題として取り入れました。そしてそれを「イーハトーブ」と自ら呼びました。

 

 賢治のこのような、時代を先取りした意識の源は、有史以来の中華思想に深く関係しています。春秋戦国時代の「老荘思想」では人間と環境に対する関係性も説かれました。万物が混成していると主張する斉物論(せいぶつろん)は、人間と自然界における多様な生命が相互に作用して融合するという生成観を表しています。賢治はこうした老荘をはじめとする東方の賢者の知恵を融合させていたのです。

 

 賢治はその身を岩手県の郷里に置きながら、心は西域、天竺への漫遊に何度も旅立たせました。それは共に北緯40度前後に位置する岩手県とシルクロードを結ぶ心の通路であり、イーハトーブの夢を描く空間であったのです。日常生活もたびたび西域とシンクロし、時には「悟空」『春と修羅 第二集』)を呼び出して同行させたり、時には父親への手紙の中に「一躍十万八千里」(1918年2月23日)と旅の心境を表したりしてもいます。

 

 西域の古城である「高昌(こうしょう・トルファン郊外)」の遺跡の写真が宮沢賢治記念館に飾られており、「沙車(さしゃ=現在の南疆ヤルカンド(莎車)」や「亀茲(きじ)=現在のクチャ」(『小岩井農場』)などの地名もたびたび自身の作品に登場させています。彼は『西遊記』に示されている地図に沿って創作の筆を進め、西域の砂漠や上海の夜景を記しました。さらに古琴の演奏を楽しむなどして、シルクロードに通じる中国に翔(かけ)る思いを綿々と記述したのです。

 

 賢治と中国の関係はわたしたちに多くの示唆を与えてくれます。

(この文章は、王敏(ワンミン)の文章とワイフの所属していた「賢治の学校」から拝借したものを引用しています)。

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