シルクロード日誌

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ウイグル強制収容所からの生還者の生の声を聞きました

 これまで私は、何度かにわたってウイグル人に対する中国当局の暴虐の数々を記してきました。そのどれをも上まわる生還者のお話しに改めて驚きを増しました。

 

 きのうワイフに「今日は何かあるはずだったんだけどなア〜」と言ったのですが、「あなたは私にも“ウイグル問題の集まりがあるから一緒に行こう”と言ってたのに忘れたの?」と冷笑される始末。

 

 ネットでそれらしき集まりを探したのですが、どうしてもわかりません。やがて自分のノートを開いてみると、大切な集まりだからということで、ちゃんとノートの日程表に書いてあったのです。さいわい午後6時から、会場は、お茶の水の明大リバティーセンターでしたので、余裕を持っていくことができました。それが、明治大学現代中国研究所とアムネスティ・インターナショナル日本が主催する「ウイグル強制収容所から奇跡の生還〜オムベルク・アリさんが語る〜」という集会でした。

 

 おはなしはオムルベク・アリ氏。42歳です。

 生まれは新疆ですが両親はカザフ人とウイグル人で国籍はカザフスタン。

 カザフスタンのアルマトゥ市の旅行社勤務でしたが、両親のいるトルファンを訪ねた際に突然、警察に身柄を拘束され「カラマイ市技術研修センター」の看板がかかる収容所に送られました。

 さいわい彼の妻の奔走でカザフ外務省に働きかけ、北京の大使館経由で救出を依頼、メディアにも訴えて8ケ月で釈放されました。

 

収容所内の環境は豚小屋以下の劣悪なところで(いまは豚小屋も環境が整っているようですが、これは比喩です)、12平方メートルの房に35人〜50人が詰め込まれ、24時間手足を鎖でつながれたままで、食事・トイレもこの狭い房です。115kgあった体重が8ケ月後には60kgに減っていたといいます。

 

 狭い房なので“睡眠も交替制”。そのうち、ときおり4〜5人が房から連れ出され、その人びとは二度と帰ってきません。代わりに同じ人数が入ってきます。連れ出された人びとはおそらく殺されただろうという以外に想像できません。

 

 この日の“スピーカー”は旧友の水谷尚子さん。明大の専任講師です。昔からの友人です。4〜5年ぶりでした。以前は新宿付近のウイグル料理屋や池袋などで話し合ったものです。

 

 この日の集いの休憩時間、そのウイグル料理屋の店長と会場でバッタリ。いつもケンカっぱやい彼ですが、まだ店はつぶれないでいるようです。この日は、会場で数年ぶりのウイグル人たちと会いました。互いに握手を交わしましたが、彼らのほとんどは家族が行方不明になっています。

 

 会ったことのない50代くらいの男性は、眼に涙を浮かべて「娘が1年も行方不明で・・・」といったまま、あとは言葉が続きません。「兄弟が3人、行方不明・・・」「両親と妹がつかまったままです」と、ほとんどの友人たちの家族が行方不明になっています。

 

 なぜなのでしょう。それは「彼らが外国にいる」というだけの理由のようです。いま、新疆では外国に行ったことのあるウイグル人は、すべてパスポートが没収されています。当局は公費留学生であっても私費留学生であっても帰国をせよとの命令を出しています。間違って帰国すると即座に強制収容所入りです。

 

 水谷尚子さんが作成した、限定的な強制収容されている名簿が配布されました。

 私が知っている何人もいました。

 

 アリムジャン・メメットイミン氏は、私の盟友の末の妹の義父です。彼は新疆ウイグル自治区政府の秘書長でした。日本の政府で言えば官房長官です。

 

 以前、彼の家に行ったことがあります。国が違うので実情も違うため話がかみ合わなかったのですが、親しく話をしたことがあります。

 通訳をしてくれた方も通訳を断るほどの刺激的な論争もしましたが、好人物でした。彼メメットイミンも拘留されていることが判明しました。

 

 さらにイリのヌルタイ・アジも強制収容所の名簿にありました。

 かつて私がまだ日本シルクロード文化センターをつくる前に企画していた“新疆に日本語学校をつくろう”と計画した際、友人の紹介で、資産家の彼が私費で孤児が入ることのできる学校を経営しているヌルタイ・アジ氏の名前もありました。北新疆イリの人です。

北新疆イリにある「ヌルタイ・アジ学校」の正門。2004年11月のこの日、本人は留守でしたが学校まで訪ねました

堂々とした学校です。もうこのころヌルタイ・アジは「野口は危ない人物」ということで私に会わなかったのです。

 

 彼を含めた「イリの宝」といわれたほかの3人も強制収容所に拘留されています。その名前もありました。

 水谷尚子さんが作成した名簿には105名の拘束された人の名前と32名の死亡者リストがありました。これは彼女が研究者であったために、その分野の人の名簿作成になったようで、これはほんの氷山の一角だと思います。100万人が強制収容所に入れられているという話ですが、この日のもう1人のゲストは、「百万人どころかその数倍になるだろう」と話していました。

この写真は2004年12月のカシュガル。日本留学を終えた女性が(立っている女性)

私費で学校の教室を借りて「日本語教室」を開いていました。

私があいさつすると「ナマの日本語だ!」と大感謝され、何人もの女性から

「私の家へ食事にご招待します」といわれました。

 

 

| シルクロードの光と影 | 15:45 | comments(0) | - |
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