シルクロード日誌

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獄中で甲状腺が

 

 スウェーデンにいるウイグル人の友人からメールが来ました。

 

 

 「新疆にいる母と北京の漢人の友人を介して電話で話すことができました」。「半分以上は泣きながら話して、あまり言葉にはなりませんでした」と言っていました。いつもは、「早く新疆へ帰ってきて。娘のお前や孫に会いたい」と泣く母親は、こんどは「新疆に来てはいけません」と言っていましたともいっていました。

 

 母親も娘に会うために数年前日本に来ました。それが原因なのでしょうか、週に一度は近くの共産党事務所に呼ばれて習近平主席を称えたり、「学習」をさせられているようです。もうすぐ80歳になるのに、そんなことさせなくてもいいのにと思います。

 

 「わたしも息子たちを連れて帰りたいと思っています。モンゴルとウイグルのハーフの友人は、先日、ウイグルに帰って、ホテルに家族が面会に来てくれたといっていました」。

 

 このメールを見て、私は彼女の新疆行きを必死になって止めました。

 「そんなことを言って帰国して、強制収容されて釈放されていない人がたくさんいるんだよ。処刑された人もいるんだよ」と。

 

 私は今でも克明に覚えています。

 11月23日にお茶の水の明治大学で行なわれた、「国際アムネスティ」の集まりで、カザフとウイグルのハーフの男性がただ一人奇跡的に釈放されて講演をしました。

 そのとき、休憩時間の会場には私の顔見知りのウイグル人たちが大勢いました。

 多くの男性ウイグル人が泣きながら「妻と娘が捕まったまま半年も出てこない」。「私の可愛い娘が、もう1年も行方不明になっています」。

そのような人たちばかりでした。

 

そのときの私のブログも、彼女ははるかスウェーデンの地で見て知っていました。

いまや中国の安全局は外国に住んでいるウイグル人の情報や、外国人同士のこの種のニュースを逐一見ていて、“今後の参考”にしています。

会場で泣いていた彼らも、もう生涯、新疆に帰れません。帰れば逮捕、その多くは処刑されます。なぜなら、彼らの多くは「東トルキスタン共和国」の再来を願い、独立志向があるからです。

当局からすれば、これはもう立派な「国家反逆罪」になるでしょうから・・・

 

獄中にいる彼女の妹は2〜3年前一人息子を甲状腺のガンで亡くしました。

その数年前、いつものように友人の家族が家族ぐるみで私を歓迎するパーティを開いてくれた時のことです。彼女の息子がいたのですが、一人だけ別のテーブルで食事をしています。「一緒に食べようよ」と言ったのですが、25歳くらいの彼は「私は伝染病の病気をもっていますので・・・」と言って同席しません。

 

あとで聞いた話ですが、彼は甲状腺に罹っていたのです。

新疆の医学では“甲状腺炎は伝染する”となっているようです。

彼は数年後、亡くなりました。

 

原因は、長年実施されてきたロプノールの核実験でしょう。

さらにうがった見方をすれば、彼らの居住地が、かつてのソ連のセミパラチンスクの核実験場とのちょうど中間に位置しているからとも思います。

 

その甲状腺に妹もかかっているとのことでした。

夫と離婚して、ただ一人の息子も亡くし、昨年1月に街の旅行会社のトルコへのパックツアーに参加しただけで、1年間も幽閉されている彼女に、再び襲ってきた不幸なことです。

 

神や仏を信じない私ですが、この世に神も仏もないものか、との思いを強めています。

| シルクロードの光と影 | 06:58 | comments(0) | - |
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