シルクロード日誌

日本シルクロード文化センターのブログページです。シルクロードに関する情報、コメント、旅日記などを綴ります。
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シルクロード講座が今月、100回を迎えます

早いもので「シルクロード講座」が今月9日の土曜日で100回を迎えます。

私たちのクラブ「日本シルクロード文化センター」が創立したのは2005年11月26日でした。

 

今振り返ってみますと、私が退任・退職したのは60歳を1年過ぎた2004年でした。退任後、数カ月は週3日働く契約がありました。しかし、後継者の事務局長候補のK君が池袋の西武デパートの課長職をなげうって退職するので、休暇を利用して世界第2の高峰K2(8671m)登山に行ってしまいました。

代わりに仕事をやる人がいません。給料は半分以下になり、仕事は今まで通り、出勤は半分に減ったのですから、激務・激務の大変なものでした。

 

その後、7月から8月にかけて新疆シルクロードへ1ケ月以上の1人旅に出ました。トルファン在住の友人・オスマン君に運転をお願いしてタクラマカン砂漠を一周する旅に出たのです。

 

帰国後の翌年2005年の11月26日には、友人たちの応援のもとで「シルクロード・クラブこまえ」を創立することができました。させました。これは私が“シルクロード狂い”になっていたのを知っていた先輩や友人たち(それにうちの奥さんと息子も)が応援してくれた賜物でした。

会の名称は翌年、現在の「日本シルクロード文化センター」に改称しました。

理由は、“狛江だけ相手にする団体ではない、世界を相手にするんだ”との気持ちからでした。

 

この創立のイベントは大変な騒ぎになりました。

いつも利用している「泉の森会館」は消防法の関係で定員が80人だったのですが、そこにナント!100人を超える方がたが来てしまいました。

受付の女性はいつもよくお話しする方なのですが、さすがにこの時は「野口さん、これでは消防署から怒られます。何とかしてください!」。「来てしまうんだから、何ともならない」という押し問答で終わりました。

 

実は9日の「シルクロード講座」では、そのころからの記録と回顧を準備しているのですが、10年少々しかたっていないのに記憶があいまいなのです。

正規のシルクロード講座をスタートさせる前に2年間近くに渡って、中国語とウイグル語の講座と「シルクロード講座」の双方をかなりの期間にわたって開いていたのです。が、それが創立前なのか創立後なのかがあいまいなのです。

 

でも、そのときは我が人生で最も勉強した時期でした。受講者は4〜5人だったのですが、受講者が5人でも千人でも準備する手間は同じです。

それらの歴史・経過を9日には詳しくご紹介します。

 

しかしシルクロード講座は100回を記念することができます。

こんなことで自慢しても仕方がないのですが、私が知っている範囲で、シルクロード関連団体で10数年も続いているところは少ないのではないでしょうか。

あってもあまり世に出ていません。広報が少ないということは、それだけであまり評価されません。

 

「継続は力なり」という言葉があります。でも、もう一つの言葉も大切です。

「知は力なり」

| シルクロード講座のお知らせ | 10:52 | comments(0) | - |
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