シルクロード日誌

日本シルクロード文化センターのブログページです。シルクロードに関する情報、コメント、旅日記などを綴ります。
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3月10日、11日というこの頃

 

74年前、1945年の3月10日は、米軍のB29の無差別爆撃により、深川を中心とした東京東部の下町一帯が焦土と化し、10万人以上の方がたが亡くなった日です。

 

 

生まれて2年が過ぎていた私は、母親と2つ年上の兄、それに数人の家の子郎党(古い言い方ですが、まったくこの通りでした)とともに東北へ疎開していたので生きながらえました。

父親と15歳になっていた姉は深川に残っていましたが九死に一生を得ました。それからの私と家族の20年近くの生活は貧困のどん底の生活でした。

 

8年前の2011年3月11日は、東日本大震災の地震と津波によって行方不明を含む2万人以上の方がたが亡くなりました。今でも多くの方がたが、家に帰れないでいます。

 

福島第一原発は大きく破壊され、今も放射能を完全にはコントロールできておらず、自宅に帰れなかったり、帰っても元の生活には戻れない方がたもいます。

 

私と妻とその友人は、この年の4月、被災地を訪れるとともに、秋田県の渤海国使節の迎賓館の遺跡を訪ねる旅をしました。

ある程度道端に寄せたがれきの道を黙々と歩く老夫婦がいました。話しかけましたが、ただ、首を振るだけでひと言も答えませんでした。

この写真は私のPCの画面の背景写真に据えています。

震災直後の11年3月頃に発行された週刊朝日の震災特集号にあった写真です。

両親を津波で奪われ、がれきの前で涙を流しながらトランペットを吹く

女子高生ということでした。

 

 

この3月10日前後と言う時期は、世界の各地でいろいろなことが起こっています。

 

今日の朝日を見ていて、ハッと思いおこしました。

そうです。3月10日はチベット動乱と言われる日です。

でも、私はこの「動乱」という言葉は好きではありません。これは「チベット人による民族蜂起の記念日」なのです。

 

中国=正確に言うならば、清、明、元などの王朝は「チベットを支配していた」と歴史を偽っています。これは支配ではなく単なる「駐藏大臣がラサにいた」ということを「支配していた」といっているだけでした。要するに大使を配置していたというだけのことです

 

チベットには正規の政府があり、軍隊があり、切手もあったのです。

1949年10月1日に毛沢東の中国共産党が全中国の権力を握ってすぐの1951年、中国人民解放軍と言う侵略軍がラサに進駐しました。

この時は、平地から3500m、5000Mの高地への進軍で数千人が高山病で死んだということです。

 

その後、チベット各地で侵略者への反乱が続きました。

その頂点に立った反乱が1959年3月10日の蜂起でした。

この日、駐留軍の司令官たちがダライラマを観劇に招待していました。このことを知った僧侶や市民たちは「これはダライラマ猊下が中国軍にどこかへ連れていかれる策謀だ」と思い、決起したのです。

 

ダライラマの冬宮であるノルブリンカ宮殿前は、国民党との戦争で勝利し、鍛え抜かれ、最新式の武器を持った軍がありました。

撃たれて死んだ僧侶や市民たちが5000人ほどいたといいます。市民たちの武器は一発ずつ弾を込める旧式銃だけでした。

2007年のノルブリンカ宮殿。

2007年の旅の友の一行。関西方面の弁護士さんたちと。

これはノルブリンカ宮殿の中にあったダライラマの寝室

同じくダライラマの椅子

ステレオなどがあるダライラマの居室

 

ダライラマはこの時に亡命行をはじめて、最終的にインドのダラムサラへの亡命を果たしたのです。

この十数年は国境を越えて亡命しようとするチベット人にたいして、軍の優秀な狙撃兵が狙い撃ちするのでほとんどの亡命者が殺害されるので激減しているといいます。

 

私が最初にチベットへ行ったのは23年前の1996年のカイラスへの旅でした。

その後、2007年に行った時にはガイドがこう言いました。

「ポタラ宮には五千人の僧侶がいましたが、今ではチベット人僧侶は12人だけです。そのほかの僧侶はみんな僧侶の姿をした若い中国人の兵士たちです。ポタラ宮内部の金の仏像などはすべて奪い取られました。いまあるものはすべて金メッキなどの偽物です」と。

2007年当時のポタラ宮。部屋数は5000くらいあるといわれているが、

誰も正確な数は知らない

 

わたしたちは3・11が来ると震災を思い出すのでなく、いつも東北を思って復興の努力をすることが必要でしょう。それは特別に行政とその長に責務があるはずです。政府と安倍首相のことです。

 

チベットに関しても、今この瞬間でも多くのチベット人が抑圧され、殺されていること、隣のウイグルの地でも百万を超えるウイグル人が強制収容所で塗炭の苦しみを味わっていることに思いを馳せることが大切なのではないでしょうか。

そして日本においても、あの戦争の惨禍を二度と再び味うことがないようにすること、そして2千万人をも殺害したアジア各国への侵略戦争に二度と手を出さないことが大切だと言えます。

この遊牧民の女性が綱を持っている犬は、オオカミとも戦うといわれるチベット犬。

今では上海や北京の金持ちがみんな買って連れて行ってしまったといいます。

 

下の写真は人々の幸せと輪廻転生を祈ってはためくタルチョ

| 東日本大震災関連 | 11:26 | comments(0) | - |
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