シルクロード日誌

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“親孝行、したいときには親はなし!”

 

ずいぶんとご無沙汰しました。

 

この間の経過を申しますと、3月5日に朝からの腹痛に耐えられず近所の大学病院(慈恵医科大第三病院)に急患で行きました。

そこで「胆嚢炎」という診断でそのまま入院。

 

翌日、胆のう除去の内視鏡手術をしたのですが、心の準備がなかったことと激痛とで悲鳴を上げました。

胆のうに内視鏡で管を通して「嚢」を体外に排出することになったのです。

担当した医師に「お前がへたくそだからこんなに痛いんだろう!ヤブ医者め!」と怒鳴りながら。これまでの人生で経験したことのない激痛でした。

 

1週間後の13日、夜中にトイレに行った時に出た大きなくしゃみをした際に、(翌日に判明したのですが)管が外れてしまいました。昔から私のくしゃみの音は飛び切り大きかったのです。息子が中学生の時、二階のトイレで大きなくしゃみをしたのです。

二軒となりに息子の同級生がいたのですが、翌日「お前の父ちゃん、スッゲー大きなくしゃみするなア〜」と驚かれたとのことでした。

 

その後、下血で退院取消となり、下血も収まった25日にやっと退院。3週間の入院生活でした。大腸の中にある「憩室(けいしつ)」というところから出血をしているとのことで、出血している憩室を探し出すために、二度ほど下剤を1・5リットル、水を1リットルほど飲んで、大腸の壁にバリウムを吹き付けて出血個所を探し出す検査でした。二度の検査で発見したのですが、科学の発達はずいぶんのものだと思いました。私の父は1953年(昭和28年)に同じ胆嚢炎で死にました。

 

その後、4月1日に再入院して翌日の2日に内視鏡による大腸ポリープの除去手術。

そして5日に退院。

3月25日に退院した日、ワイフの車で狛江の有名な根川通りの満開の桜を見て家に帰りました。

 

さらに、4月20日には3回目の入院で翌日にやっと大腸ポリープの除去手術。

大きな5つのポリープがあったとの話。

これは22日に退院できたのですが、前日の21日には主治医に呼ばれて、思いもしなかったことを言われました。「取り除いた五つの大腸ポリープのうち2つの根が深いので、がんの疑いがある」との宣告。

「あったとしても早期がんなので心配はいらない」とはいわれたのですが、5月11日に「死刑判決」か「無罪放免」かの結果が出るということになりました。

慈恵第3病院の一番上、9階の左から2つ目が私のいた病室でした。

 

兄と私は“一卵性兄弟”と思えるほど仲がいいのですが、2歳上の兄も私と同様の病気を患い、10年以上をかけて手術などをして克服したとのこと。

私はそれを、2カ月で経験し、さらに兄は患っていなかった「大腸がん」に5月中下旬から挑むことになりそうです。

体調の弱まって抵抗力のない現在は、新型コロナにかからないように自宅に引きこもっています。94kgあった体重も今は84圈なかなか戻りません。

 

そんな25日の土曜日、息子夫婦がやって来ました(前日にリビングのテレビを買い替えるから付き合ってくれと言っておいたからですが・・・)。

息子夫婦とうちの奥さんが近くの世田谷通りにある山田電器までテレビを買いに行きました。

 

帰ってきた息子は、なんと49インチの15万円の大型テレビを2台買ってきました。

一つはもともと私たちが10万円程度で買うことにしていたリビングのテレビ。

もう一台は私の部屋にあった小さめのテレビを、49インチのテレビに買い替えるために、息子の奴が、私になんの承諾も得ないで、自分のおごりで勝手に買い替えたとのことです。

 

写真専門学校時代、遊び惚(ほう)けてバイクで交通事故を起こすなどの親不孝ばかりしていた息子を、50万円だけ渡してソ連や東欧諸国のヨーロッパへ写真の勉強のために「追放」したことがありました。ソ連崩壊の直前でした。

もうかなり以前のことですが、離婚の際には息子の元妻のおかげで自殺未遂まではかったのですが、翌日、朝いちばんの飛行機で福岡まで出かけて救出してきました。その後、息子をネパールの観覧飛行の会社の社長をしている友人に預けてきましたが、半年後に帰国後、空の世界に入って行ったのです。

 

その息子もテレビ東京の「空から日本を見てみよう」の単独航空撮影を担当するとか各種の航空写真、ドローンでの小笠原諸島・西島の航空撮影などで、多少、その世界では知られるようになったのですが、思いもかけない親孝行に私たち夫婦は大喜びでした。

 

この数十年、息子に「ありがとう」と言えるようなことをされたことがないのですが、今回は「思いもしなかったテレビをありがとう」と言うことができました。

翌日は、今まであった大きな楕円形のテーブルを思い切って捨てて、小さめの夫婦2人で食事ができる程度の新しいテーブルを持ってきてくれました。

でも、子どもというものは存在しているだけでも親孝行なんですね。

 

すっかり模様替えをしたリビングで、いまこの原稿を書いています。

年のいった父親の闘病生活を身近に見て“おやじが生きているうちに親孝行をしよう”とでも思ったのでしょう。

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