シルクロード日誌

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―東トルキスタン共和国の成立と崩壊―

2.中ソに翻弄された“将棋の駒”

 

共和国軍の一部がマナス河を渡ってから、突然、ソ連人総司令官によって全軍に進撃停止命令が出された。そして共和国は45年10月から政府名でなく「新疆暴動地域民衆」の名義で中国政府との間に和平交渉をはじめ、46年1月、和平協定が締結された。張治中のとりなしで、ウルムチ・イリ間に和平が成立し、東トルキスタン共和国」は解消し、連合政府が成立した。

 

しかしまもなく、国民党中央派のウイグル人、マスード・サブリが省主席に任命されると、両者はまた分裂し、結局、イリ側は委員を全部引き揚げて、「保衛新彊和平民主同盟(新盟)」を組織した。実に多くの謎につつまれた出来事であった(この連合政府以降の出来事については、紙数の関係で割愛する)。

 

この当時、ソ連は国民政府の照会にもかかわらず、東トルキスタン共和国との直接的な関わりを認めなかった。その理由は、東トルキスタン共和国政府成立の闘いが民族革命であるという大義名分を守ることにあった。ソ連が戦後の安全保障をにらんで、「国境の外に広大な空間を求める指向性」をもっていたが、新疆におけるソ連の目的も明らかである。

 

それは、東トルキスタン民族独立勢力を利用して、民族革命の名目で、新疆地域においても中国から独立した民族国家―「外モンゴル」のようなソ連の衛星国―をつくり、ソ連の新疆における伝統的地位を保持することにあった。

 

45年2月のヤルタ会談では、米英はソ連の対日参戦を早期実現させるために、ソ連の対日戦後の中国における権益要求を容認し、中国側の大きな譲歩と犠牲のうえでソ連に譲歩した。

つまり、“外モンゴルの現状は維持する”、“大連商港におけるソビエト連邦の優先的利益を擁護し、この港を国際化する”、また“ソビエト連邦の海軍基地としての旅順口の租借権は回復する”、“東清鉄道および大連に出口を供与する南満州鉄道は、中ソ合弁会社を設立して共同で運営する”、“ただしソビエト連邦の優先権は保証する”、などがそれである。

45年2月の「ヤルタ会談」で戦勝国による領土や権益の分捕り協定が成立した。

 

 

ドイツ降伏後、中ソの会談があった。結局、外モンゴルの独立問題については両国ともに固執したが、結局、国民政府が譲歩し、ソ連が中国共産党と東トルキスタン共和国政府にいっさいの援助をしないこと、中国の東北における主権を承認すること、中国への援助は国民政府を相手に実施することを条件に、戦後、外モンゴルにおける独立に関する国民投票の実施を認め、外モンゴル問題に決着をつけた。ソ連外相モロトフの国民政府の宋子文外交部長に宛てた書簡のなかに、新疆に関するつぎのような一節がある。「新疆における最近の事件に関しては、ソビエト政府は、友好同盟条約第五条に規定されているように、中国の内政に関するなんらの意思ももたないことを確認する」。

 

つまり、より多くの権益を獲得するために、スターリンは中国共産党への援助をしないという約束のほかに、東トルキスタン共和国に援助しない、国民党政府による東トルキスタン民族独立運動への反乱平定権を認める、などを約束し、東トルキスタン共和国の歴史的運命をソ連の国益の犠牲にしたのである。この態度豹変・裏切りが、現在の新疆における分離・独立運動の遠因ともなっているのである。

 

だが、実際の停戦はシホ県とアルタイ区を占領するまで続いた。それは、すでにこのジュンガル盆地にあるマイタグ油田(中国名・独山子油田)をソ連が採掘・精製する権益があったからである。さらに、蜂起とその後の革命戦争におけるソ連の援助は、全額無償ではなく、戦後、農産物・畜産物と原材料でそれを全額、返済させたということである。

 

これは50年代の朝鮮戦争、60年代のベトナムへの「援助」を、それぞれの当事国から全額返済させたことと同様のやり方である。これは「援助」でなく、「貿易」か「商取引」ともいえる行為である。まさに「援助」という名にかくれた「詐欺」行為である。

共和国主席に就任したイリハン・トレ

 

イリハン・トレをはじめとする共和国政府は、中国支配の排除を最も重要な課題としていたため、中国からの独立という民族の悲願をソ連に賭けたことが、かえって第二次東トルキスタン民族独立運動の致命傷となった。ソ連の対中国政策の豹変という事態によって、すぐそこまで手にいれた勝利の果実―ウルムチの占領―をやむなく断念し、和平交渉に応じ、とうてい同意できない「新疆暴動地域の民衆代表」なる名義で和平協定に調印して、とうとう民族独立の夢を捨てることを余儀なくされたのである。

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