シルクロード日誌

日本シルクロード文化センターのブログページです。シルクロードに関する情報、コメント、旅日記などを綴ります。
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森安通信を転送します

※ きょうは連載シリーズ「東トルキスタン政府の樹立と崩壊」を、日曜日ですのでお休みします。

  それで大阪大学名誉教授の森安孝夫先生の「森安通信」が、きのう届きましたので、それをお送りします。野口信彦

 

  西のほうへ巨大な台風が近づいています。どなたさまも細心の注意と警戒で身の安全をはかられますように!!!

 

 

森安通信 読者各位

2015年11月23日 「日本シルクロード文化センター」創立10周年記念講演会で講演をしていただいた際の森安孝夫先生

 

 今回の通信は自己宣伝ばかりになりますので,真に恐縮ですが,なにとぞ御海容下さい。来る9月9日に,私の2冊目の概説書『シルクロード世界史』(講談社選書メチエ)が発売されることになり,本日,その見本が届きました。ここにその表紙を添付したいのですが,画像を受け取れない環境の方も少なくありません。御希望の方は,折り返しメールしていただければ,直ぐにお送りします。

 

 私はこれまで,日々生産されている歴史関係著作は理科系的歴史学・文科系的歴史学・歴史小説(含コミック)に三大別できると主張してきました。「知の地平」を拡大させるという意味では三者に優劣はありませんが,区別は歴然としてあります。理科系的歴史学というのは,史資料(文献史料と考古・美術資料などを合わせていう)に基づいて緻密に論理展開され,他人の検証に堪えられる,つまり理科系でいう「追実験」を可能にする学術的論著を指します。とはいえ文献史料も考古・美術資料もほとんどが偶然に残されたもので,そこから理科系的歴史学で解き明かされる真実は点や線にすぎません。それを面にまで拡大するには,つまり歴史というストーリーを組み立てるには,どうしても空白を埋めるための「推論」をせざるをえません。その推論に学問的良心を堅持するのが文科系的歴史学であり,責任をもたないのが歴史小説です。

 

 ただし私は決して歴史小説を否定しているのではありません。時代の雰囲気を正しく伝えるという基本原則さえ逸脱していなければ,そこに多少の空想や誇張があっても,過去を時間軸にそって整理し,我々の歴史意識の醸成に裨益するものとなるからです。

 

 歴史はヒストリーhistoryであり,本来ストーリーstory「語り」の性格が色濃いものですが,日本語としては「語(かた)り」は「騙(かた)り」に通じるというのがなんとも面白いところです。歴史ファンも単純に歴史小説に「騙(だま)され」てはいけないのです。ちなみに,日本のシルクロード文学の草分けといえる井上靖の『敦煌』では,漢人政権である敦煌王国に東からタングート族の西夏軍が攻めてきたから,敦煌千仏洞の一つの石窟に大量の仏典を隠匿し,壁で塗り込めたという敦煌蔵経洞窟=宝物説が基礎になっていますが,それはもう全くの誤りです。ただし今週月曜にNHK・BS3で放映された「シルクロード 敦煌編 その5 17窟の謎」で紹介されていたように,その井上靖の小説は,フランスの碩学ポール・ペリオの説に拠っているので,責任は問えません。なお同じ番組で「西夏王」として紹介されていた壁画の肖像は,1980年段階では通説だったのですが,その後,私があれはウイグル王(西ウイグル国王)だと指摘して,今ではそれが学界でも定説となっています。

 

 さて,私が2007年に初めて一般向けに執筆した『シルクロードと唐帝国』(講談社,興亡の世界史05)を出版した際,歴史学関係者以外の親しい友人・知人からは「お前の本は難しすぎる」「人名が多すぎて覚えきれない」と言われました。そこで,このたびの『シルクロード世界史』は,私が長らく大学の教養課程向けに講義してきた内容をベースとし,より広くユーラシア世界史をテーマとして,ずっと分かりやすくするように心がけました。そして歴史上の人物名も思いきって少なくしました。

 

 ところで拙著二冊のどちらのタイトルにもある「シルクロード」とは,言うまでもなくオアシスの道と草原の道を合わせた陸のシルクロードのことです。そしてそのシルクロードが,近代以前においてユーラシアの東西南北を結んだ高級商品流通のネットワークであり,同時に文化交流の舞台であったのです。私の立場からすれば,シルクロード地帯とは「前近代の」中央ユーラシアのことですから,グローバル世界の交通・物流の中心が中央ユーラシアを離れ,大洋を繋ぐ海路に移ってしまった近現代において,この用語を学問的に使うのは不適切です。今回はその理由も,「前近代世界システム論の提唱」という一節を設けて説明しました。

 

 しかしながら,私が常日頃から世界史における西洋中心史観と中華主義史観を批判しているからといって,私の論著がそれに代わる中央ユーラシア中心史観を主張するものだとみなされるのは,真に心外です。私は中央ユーラシアが世界文明の中心になったと考えたことなど,一度たりともありません。今度の拙著の意図は,四大文明の登場と鉄器革命以後,火薬革命と海路によるグローバル化によって近代が始まるまでの4000年に及ぶユーラシア世界史(実質上の世界史)をごく大まかに把握するために,中央ユーラシアを震源地とする大変革への注目を推奨することにあるのです。

 

 具体的には,中央ユーラシアを起源とする印欧語族とアルタイ語族の動向,とりわけトルコ民族の大移動,及びそれらと表裏一体の馬の家畜化以後における馬車戦車(チャリオット)と騎馬遊牧民・騎馬軍団の登場です。これらが世界史に非常に大きなインパクトを与えたのであり,騎馬遊牧民の機動力が銃火器の発達する近代以前において世界史を動かす原動力であったことを知ってもらうだけで,西洋中心史観の打破に極めて有効となるはずです。それゆえ第一章を「ユーラシア世界史の基本構造」,第二章を「騎馬遊牧民の機動力」としました。また今回は,日本史に関する「シルクロードと日本」という第六章も設けました。

 

 四大文明の時代から近代の開始以前まで,西欧世界は決して世界史の中心ではありませんでしたが,近代以降の世界史はまさに西欧中心です。学習指導要領の改訂により,高校の歴史教育において世界史はまもなく必修ではなくなり,2022年度からは「歴史総合」という近現代史中心の科目だけが必修となります。今でさえ教育の現場やジャーナリズムで語られる世界史には西洋中心史観が根強いが,近現代史だけになればその傾向はいっそう強まるどころか,世界の先進文明はすべて西欧に由来するのだというとんでもない思い込みを,人々に植え付けてしまうことになります。私はそれを恐れています。

 

 日本の漢字文化は,まさに中国の漢文化の踏襲であり,少なくとも平成までは元号を定める時にさえ,漢籍に出典を求めてきました。「文房四宝」と呼ばれる筆・墨・硯・紙はすべて中国から伝来したものであり,漢文は飛鳥時代から明治維新まで1300年の長きにわたって日本の公用語だったのです。しかし日本の歴史を深く理解するには,中国を中心とする東アジア史に目を向けるだけでは不十分なのです。近代以後には欧米の歴史も重要になりますが,近代以前においてはシルクロードによってユーラシア世界を結びつけた中央ユーラシア史を知っておくことこそが肝要なのです。本書はそのための案内書であることも目指しました。

 

 それから今年1〜3月に大阪中之島の朝日カルチャーセンターで6回連続の講義をしましたが,その続講を10〜11月の火曜15:30〜17:00に6回実施します。今度は「仏教・マニ教時代のシルクロード世界」という総合タイトルですが,毎回の内容は,1)北伝仏教と敦煌莫高窟の歴史(10月13日),2)シルクロードのキャラヴァンの実態(10月20日),3)唐・ウイグル・吐蕃の三国会盟(10月27日),4)マニ教寺院経営の実態(11月10日),5)仏教・マニ教二重窟とウイグル文棒杭文書(11月17日),6)シルクロード世界の契約文書(11月24日)です。半分くらいは新著『シルクロード世界史』の内容とダブります。なお,前回参加されなかった方のために,9月29日(火)15:30〜17:00に「シルクロード世界へのいざない」というプレ講義を別枠でやります。

 

 温暖化の結果として猛暑も台風も集中豪雨も,しばらく前より桁違いに激しくなっています。その上に,新型コロナウイルスの猛威です。個人ではどう対策しようもありません。こういう時こそ,謙虚に歴史を学ぶ政治家の出番なのですが,我が国はどうでしょうか。

 

         不具    2020年9月5日      森安孝夫

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