シルクロード日誌

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東トルキスタンの歴史概況と中国の民族政策  ―イスラームの国際的影響と21世紀―

 2000年になったいま、イスラム教を考えるとき、サラエボ、コソボの悲惨な出来事はまだ記憶に新しい。

 セルビア人とアルバニア人が同居するユーゴスラビアのコソボ自治州をNATO軍が空爆し、統一後のドイツがそれに加わった。ユーゴスラビアからすれば、コソボはもとセルビア正教の聖地であり、オスマン帝国の支配に抗してセルビア人が戦いを挑み一敗地にまみれた因縁の場所である。この地での多数派はイスラームを信じるアルバニア系住民である。

コソボ紛争

 

ベオグラードのミロシェビッチ政権はコソボ奪回を掲げ、セルビア人を支援してアルバニア人虐殺の引き金を引いた。この「人道に反する罪」の排除を目的に、NATOは国連決議を経ない軍を送った。そして多くの無辜(むこ)の人びとが殺された。コソボ爆撃は21世紀にまで持ち越される重大な問いを人類に突きつけた。NATOの行動は、アメリカが進めるグローバル・スタンダードと不即不離の関係にあることに、多くの人びとが気づき始めている。

NATO軍をナチス・ドイツのハーケンクロイツに喩えたグラフィティが描かれたノヴィ・サドの町(1999年)

NATO軍の空爆後のノヴィ・サド(1999年)

 

 このような状況を、冷戦以降の国家の構成をかえ、自分たちの国をつくろうとする動き、民族を主体とした固有の文化や宗教にもとづく価値観の表れとみていく必要があるのではないだろうか。他方でEUにみられるように、政治面・経済面で国家をこえたアイデンティティの限界を乗り越えようとする模索もある。近代化をめざし改革開放20年を超えた中国でも問題状況はそれほど変わらない。

以上の状況を俯瞰すると、日本人の視野になかなか入らない“イスラム教”という巨大な宗教人口が我々の前に存在していることに気がつく。

 

21世紀は世界人口の4分の1を占めるムスリム(イスラム教徒)、そして近年のイスラム原理主義が国際政治にますます大きな影響を与えることになるだろう。しかし、日本におけるマスコミのイスラム教にたいする度外れた偏見と誤謬を原因として、この問題認識を日本と日本人が抱くのは、まだ、かなり先のことになると思われる。しかし、国際政治はとっくに私たち日本と日本人にイスラームの影響を鋭く突きつけているのである。イスラームをめぐる紛争と争いは泥沼化し血で血を洗う凄惨なものになる。だからこそ、宗教間相互の歴史を知らねばならず、その対立の根源にまで認識を深めねばならないと感じている。

 

 私は新疆と在日ウイグル人留学生にしかイスラム教徒の知り合いはいないが、みな実に寛容で屈託なく穏やかである。ムスリム地域では、持たざるものには例外なく食物を与え、金を与え、親切である。

イスラームの人口は地球上の貧しい地域で増加の一途をたどっている。労働者は熟練していないが、みな若い。時間は大きなポテンシャル・エネルギーであり、近い将来、イスラームが巨大な潮流となることは間違いないであろう。いや、すでに巨大な潮流になっているのだろう。少なくともイスラム教徒はそのように思っているだろう。

 

 イスラームでは、アッラーに絶対的な帰依をするものはすべて、人種、民族、国家を超えて平等に結ばれる。これは、近代以前の融通無碍(むげ)の人びとのつながりを連想させるが、彼らが居住する地域の多くは、明らかに近代の西欧によって植民地支配を受け続けてきたところである。そうした過酷な支配を通過してもなお強い紐帯で結ばれるイスラムの同胞意識とはなんだろうか。それを、従来のナショナルなものとインターナショナルなものという対立概念で説明することは困難である。イスラームはトランスナショナル、国家横断的な存在と考えるほうが無理がないように思われる。

 

世界各地でもムスリム人口が急激に増えている。アメリカ最深部ニューヨークのマンハッタンの大通りで若者たちが礼拝する写真が大きく躍っていた。アメリカも皮肉にもイスラムへの改宗者が急増し、ユダヤ教徒をしのぐ勢いであるという。

マンハッタンの大通りで若者たちが礼拝する写真

 

 さて、日本と多くの日本人はこれまでイスラームに関心を持たずに過ごせると信じてきた。しかし、現実に約20万人の在日ムスリムのビジネスマンや労働者、留学生が日本に来て多彩な文化を持ち込んでいる。

 

東京・渋谷区の代々木上原にトルコの援助による日本最大の壮麗なモスク(イスラム教寺院)「東京ジャーミー」が2000年6月に完成した。私は毎朝このモスクを見ながら通勤している。

 

 

 日本人のイスラームへの改宗者も年々増え、すでに3千人のイスラム人口がいるともいわれている。そして日本人がムスリムになる典型的パターンが、中近東への留学・赴任が契機だともいう。日本の新宗教、新興宗教に入信するのと同じ感覚であることに驚きをも感じる。ここにもトランスナショナルな潮流がある。

宗教的伝統の違いによる文化摩擦は全国各地で起きている。イラン人男性が自殺して、イスラム教義で禁じられている火葬にしてしまった事件、学校給食における豚肉提供の問題など、日本人とイスラム教との共存・共生も21世紀の課題になってきている。

 

 西暦2000年4月6日は、イスラムの暦では1421年1月1日であった。579年の時空の差はキリスト教の世界、西暦を使用している世界各地の人びととのとてつもない距離をつくっている。現在の人類の英知はそのギャップを埋めることに成功していない。そのイスラム教徒は自分たちの教義とは無縁の20世紀末をどのように見ているのだろうか。若年人口が急増し、世界各地でイスラム教徒が増加し続けているこの宗教にとって、まだ時間はある。

| イスラーム関連 | 09:50 | comments(0) | - |
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