シルクロード日誌

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東西トルキスタンとモンゴル高原及び新疆の少数民族 2007年7月 野口信彦

 

モンゴルの元朝はチベット仏教を国教化しようとしたこともありましたが、いわば中国はチベットというお寺さんの檀家でもあったわけです。

また清の皇帝がダライラマ5世に称号を送ったこともありますが、そのとき同時に、ダライラマも、逆に清の皇帝に「皇帝」の称号を授けているので、歴史的には兄弟のような関係だといえます。

ロサン・ギャツオ ダライラマ5世

 

 

近年、チベット文化圏はインド・中国の辺境に組み込まれ、国内ではさらに細かい行政単位に分割されました。

アムド(東北チベット)の大半は青海省となり、

カム(東チベット)の東半分は甘粛・四川・雲南3省に組み込まれ、

コンポ(東南チベット)とガリ(アーリー、西チベット)の南半分(ラダック、ザンスカール、キンノール、ドルポ)などはインドやネパールの領土内に

シッキムは75年、インドの内地にそれぞれ組み込まれ消滅してしまいました。

チベット文化圏で現在も独立を維持している国はわずかにブータン一国です。

伝統的なチベット地域と現在の地方行政境界分割を比較

中国が設置したチベット民族の自治行政体の領域。チベット自治区が、四川省、青海省、新疆ウイグル自治区に隣接している

チベットという国が世界地図から姿を消しても、今なおチベット文化は人びとを魅了してやみません。チベット文化の存続を願う人びとは年を追うごとに増え、世界の各地で増え続けています。国を失っても、チベット民族の主体性と誇りがなくなるどころか、よりいっそう鮮明となり、世界中に認知されてきた理由はなんでしょうか。

それはチベット文化、とりわけその仏教文化に国境や民族を超えた普遍的な性格があるからだといえます。

 

チベット自治区にはさまざまな自然と人文景観があります。首都ラサ市はチベット自治区の政治、経済、文化、交通やチベット仏教の中心ともなっており、ラサ市にはジョカン寺、ラモチェ寺、ポタラ宮、八角街、ダライラマの冬の宮殿でもあったノルブリンカとチベットの3大寺(ガンデン寺、レプン寺、セラ寺)などがあります。

ポタラ宮 ※ココから下の3枚の写真は私の撮影です

ダライラマの冬の宮殿ノルブリンカ宮の応接室

 

 

07年 河口慧海が学んだといわれるセラ寺

河口慧海

多田等観

 

また、ロカ地区はチベット文化の発祥地であり、チベット最初のポラカン、チベット主墓、サムイェ寺などもあります。

 

シガツエ(日則)地区の名所旧跡としては、主にヤンゾユム湖、黄金の色に輝くタシルンポ寺、バンコル・チョエテン寺などがあります。チベット民族にはこのほかにも数限りない無数の文化・自然の遺産があります。

チベット暦をもとにした各種の祝祭日、チベット文字をもとにしたチベット文学があり、チベット族の民間伝承文学・芸術、チベット考古学や各種書籍の出版、蔵医といわれるチベット医学と薬学など、汲めども尽きぬ学問領域の世界が展開されているのです。 

 

チベット人にとってのチベットは神々のものでしかないし、世界の人々の心から仏教の聖地というイメージが消えることもないでしょう。

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