シルクロード日誌

日本シルクロード文化センターのブログページです。シルクロードに関する情報、コメント、旅日記などを綴ります。
ハクビシンとの戦い

安住・安眠であるはずの我が家で、またもやハクビシンの襲撃に遭っています。

私と奥さんとのそれぞれの部屋で、夜中に屋根がゴトン・ゴトンとうるさいくらいです。いつかの夜は真夜中にあまりにもうるさくて寝られなく、鉄の棒で下から突いて脅かしていました。

 

あるとき彼はビックリして足を踏み外したのかひっくり返っていたようです。たたかいの毎日なのか、共存の毎日なのか楽しんでいました。しかし、天井裏で糞をしてオシッコを出されると天井裏の木の部分が腐ってきます。それで、先日、市役所に相談して業者を紹介してもらいました。

 

我が家のある狛江市や多摩川の向こう側の稲城市などでもハクビシンの被害は大きいようで、稲城市特産のブドウは15%ほどが食われてしまったそうです。ナシも被害甚大とか。

電線の上でも、もちろん樹の上でもスルスルと歩けます

 

 

ハクビシンは各所で目撃情報が相次いでいますが、かつて「SARS」(重症急性呼吸器症候群)の感染源として疑われたこともあるということで、捨てられたり、野生化したケースもあるようです。ものすごい甘党だということで中国では「菓子狸」と言うそうです。ジャコウネズミ科ですね。こんな知識が増えても仕方がありませんが・・・

 

いま必要なことは、 ̄舵佞韻呂靴覆ぁ↓家に住みつかれないように侵入する可能性のある穴はふさぐ、ことが大切だといっています。

ハクビシンの分布図です

 

 

それが拙宅では、18日に業者さんがわたしの部屋の天井をぶち抜いて天井裏に上がってみたところ、ちょうど私の机の真上の天井裏に5キロほどの糞がたまっていたそうです。大漁です。“ご主人の人のいいところに付け込んで”4〜5年も住みついていたようです。我が家の家風は“先客万来”ですから仕方のないことかもしれないと思っていました。

真ん中が私の机の上部分です。その天井に穴がつくられました。

業者が天井裏に入り込んで「発掘」したハクビシンの糞です。

なんともかわいい顔をしていますね

 

ハクビシンの特徴は、拙宅のような住み心地のいいねぐらを3〜4ケ所持っていて2〜3週間ごとに移動するようです。この4〜5日はお留守のようです。まるで遊牧民ですね。

 

でも費用は16万円!

| コメント | 03:12 | comments(0) | - |
きのう武蔵野市で「シルクロード」をお話ししました

 2〜3年前に旅行会社主催の新羅と百済の研究ツアーに行ったことがあります。

ソウルからはバスであちこち行きましたが、そのときご一緒したご夫婦が今、武蔵野市の「老壮シニア連合会」という市教育委員会と共催する市民講座の会長をしています。

武蔵野市ではかなりの数の講座を展開しており、日本でも有数の市民講座のようです。

その彼から2年前にシルクロードの講演をしてほしいといわれてお話したことがあります。

昨年末、彼から2度目のお誘いがありました。中央線武蔵境駅前のスイングホールという定員180名のホールです。

その会場は定員180名ですが、資料は190枚準備したそうです。

その資料が全部なくなったといっていました。

 

 

その講演会が昨日ありました。テーマは「遊牧騎馬民が世界の歴史を変えた」。今までお話してきたテーマですので楽観していました。スキタイ、匈奴とモンゴルを中心にしての内容です。

これはスキタイの写真ですね

 

昨年末から準備を始めたのですが、パワーポイントがどうもしっくりきません。13日の3〜4日前になってハッと思いつきました。手慣れた内容だということで安心していて、初めからパワーポイントの作成に入ったことが問題だということがわかりました。考えてみれば当たり前のことです。

それからレジュメづくりです。幸い、7〜8年前に執筆していた文書があったので、それをもとにしました。

 

しかし、すでにある写真を入れ替えて作成し直すのは至難の業。レジュメの簡易版をつくりなおして備えましたが・・・

 

当日はうちの奥さんにも来てもらいました。年を取ってきたので(私が、ですよ)、とっさの言葉が出ない場合があります。土地や人の名前が出ない場合があります。皆さんもそうでしょう?そのときは最前列に座っている彼女が言ってくれるのです。で、助かりますが、幸いなことに今回はそのような場面はありませんでした。

開会前にうち奥さんと・・・

 

終わってみれば、何のことはない講演でしたが、準備は万全にしなければなりません。先日も書いたように、受講者が3人でも千人でも準備と手間は同じことです。

次の講演は3月4日に日比谷のある大手旅行会社でシルクロードツアーを大々的にやるので、お話しをということでした。その会社の担当者に「なぜ、私のことが分かったの?」と聞くと「ホームページからです」と言いました。

ネットの活用は大事です。

| 遊牧騎馬民族 | 12:23 | comments(0) | - |
ウイグル問題で、今日の朝日新聞の記事をコピーして掲載します

 最近、新疆ウイグルのことを書いたり、話しするたびに思います。「私の知り合いや友人たちが、みんないなくなってしまった」と。

 みんな心の底から信頼しあい、楽しく笑いあい、素敵な仲間たちでした。

 その人たちが、みんないなくなってしまいました。

 彼らは、彼女たちは、今も、暖房もない極寒の、狭い部屋に、ぎゅうぎゅう詰めにされた部屋で、悪臭の立ち込める独房や集団房に拘束されたまま、いつ戻れるかの希望も見いだせないままに拘束されています。

 こんな理不尽なことはありません。

 そこで、今日の朝日新聞に掲載された、ウイグル問題「トルコ『中国の同化政策は人類の恥』」(関連記事を含む)をコピーして掲載します。

 

中国でイスラム教徒が多いトルコ系少数民族ウイグル族に対し、強引な同化政策など大規模な人権侵害が懸念されている問題について、トルコ外務省は9日、「中国当局によるウイグル族への組織的な同化政策は、人類にとって大きな恥だ」と中国側を非難する声明を出した。

日本外国特派員協会で20日、

会見する世界ウイグル会議のドルクン・エイサ総裁

 

 トルコは中国と経済関係を深める一方で、ウイグル問題をめぐっては民族的、宗教的つながりを重視して中国批判を続けている。ただ、今回は厳しい表現で中国側を非難しているため、中国側が反発すれば、両国の関係悪化は必至だ。

 

「反抗すれば24時間立ち続け」ウイグル収容施設の実態

 中国新疆ウイグル自治区で少数民族の住民らが「再教育施設」に収容されているとされる問題で、施設で拘束されていたというカザフスタン国籍の男性が11月23日、東京都内で講演し、「地獄のような弾圧を受けた」と経験を語った。

 男性は、同自治区出身でウイグル人とカザフ人の両親を持つオムル・ベカリさん(42)。2006年にカザフ国籍を取得し、カザフ国内で旅行会社に勤めていたオムルさんは実家に立ち寄った昨年3月、突然拘束されたという。施設に連行され、国家分裂罪など三つの罪を認めるように迫られた。カザフ国民であることを伝え、大使館や弁護士と連絡をとるよう訴えたが、拒否されたと訴えた。

 

 オムルさんによると、施設では小さな窓しかない部屋に数十人が押し込まれ、睡眠や食事のほか、排泄(はいせつ)もこの部屋でするよう命じられた。

 

 午前4時前に起床し、党の政策を学んだり、党をたたえる歌を歌ったりした。食事の時間などをはさみ、学習は日付が変わるまで続いたという。習近平(シーチンピン)国家主席共産党への感謝を述べるよう強いられ、イスラム教を否定するような発言やイスラム教が禁じている豚肉を食べるよう命じられることもあったという。

中国新疆ウイグル自治区の「再教育施設」に収容された経験を語る

オムル・ベカリさん=東京都千代田区の明治大学

 

 

ウイグル拘束、国連で懸念 釈放・調査要求、相次ぐ

 ジュネーブの国連人権理事会でこのほど、中国の人権状況に関する審査が行われた。各国から少数民族の人権状況に対する懸念の声が相次ぎ、特にウイグル族の大規模拘束問題をめぐり厳しい意見が相次いだ。

 6日に行われた審査で、各国の代表がウイグル族の拘束問題に言及。「不当に拘束されたウイグル族や他のイスラム教

 

 オムルさんは「反抗的な態度をとると、鎖で手足を縛られたまま壁の前で24時間立ち続けるなどの罰があった。収容者の中には衰弱して死亡する人もいた」などと語った。

 オムルさんはカザフ大使館の働きかけで8カ月後に解放されたが、多くの親族が拘束されたままで、父親は今年9月、施設内で死亡したという。

 「中国政府が主張するような教育の場所ではなく、民族浄化のための施設だ」と時折、涙を流しながら訴えた。

| シルクロードの光と影 | 09:44 | comments(0) | - |
きのうは100回目のシルクロード講座でした

数日前からの大雪の予報。せっかくの100回記念なのに・・・と思いながら、当日はP・C・やプロジェクターなどを会場に運ぶので車で行かなければと思いながらも、帰りは雪道だと車が走れないから、どうしょうかなどとあれこれ思いながらカミさんと2人で車で行きました。

 

前日から、常連の仲間たち2〜3人から「風邪をひいてしまったので・・・」という電話。そして朝。テレビでは「大雪、大雪・・・」と叫んでいます。

これでは“狛江まで行きたくても帰りの電車が止まるかもしれないから”と外出を控えるのは当然です。

 

100回もお世話になった「みんなの広場」は、会場中央に少し大きめの四角いテーブルが4つあるのですが、いつもはそれを引き離して20人近くが座れるようにしているのです。しかしこの日はそのまま10人くらいが座れる状態しておきました。

 

結果は私を含めて7人の参加でした。そして雪はほとんど降りませんでした。

翌日の今日も、かなりの上天気です。

シルクロード講座は結果的には私以外6人の参加でした。

6人であろうと1000人であろうと準備する手間は同じです。

 

年末から、この100回記念の講座と13日にある武蔵野市教育委員会&「老壮シニア連合会」共催の講演会に呼ばれています。

レジュメ作成やパワーポイントの作成は、2つの講演を同時進行で準備しなくてはなりませんでした。昨年末からです。落ち着かない年越しでした。

 

100回といっても毎年8月と11月はシルクロード講座がありませんでした。

毎年10回ですからちょうど10年です。

たった10年といっても、もうだいぶ忘れているところがあります。

私が準備してプリントした第1回シルクロード講座は、2007年1月15日ですから、創立前のモノでした。

創立後の第1回シルクロード講座は、間違いなく2009年4月11日が第1回シルクロード講座でした。

なぜならその記録を用意してくれたのは周東事務局長だからです。間違いありません。

 

創立前に私と盟友グリさんとでスタートさせた「シルクロード講座」は、約2年続きました。毎月隔週2回ですから43回続きました。

2007年1月から09年3月まででした。

この時は私の生涯で、死ぬほど勉強しました。

そして同年4月11日の第1回シルクロード講座からきのうの100回まで続いたのです。

 

ずっと会場を提供してくださってきた「みんなの広場」のオーナーが、しみじみとした顔で言いました。「よく続いたね〜〜、すごいことですね〜〜」。

これが私にとっての最大の賛辞でした。

出席した6人の仲間の背後には、もっと多くのシルクロード愛好者・研究者がいると思います。そしてその方々も同じ考えだと思っています。

 

創立前から一貫して一緒に動いてくれている人がもう一人います。「これまでの出来事ばかりでなく、これからの展望とか、明るい未来のことも話す必要があるね」と言ってくれたカミさんにも感謝です。

ありがとうございました、みなさん。

| 日本シルクロード文化センターの活動 | 10:34 | comments(0) | - |
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