シルクロード日誌

日本シルクロード文化センターのブログページです。シルクロードに関する情報、コメント、旅日記などを綴ります。
息子の子どものこと

きょう、夜中の2時ころから目が覚めて寝られない。いつもそうなのだが・・・・

3時ころ、机に向かってPCを開いた。というのは、息子が「今週、息子に会いに九州へ行く」と言っていたからだ。ついに息子が自分の子どもと23年ぶりに会える。福岡空港へ向かうというF.B.を目にした。

 

詳しい経緯は控えるが、23歳で4歳年上の大学院生と結婚した息子は、やがて男児を得た。しかしその子が3歳のとき、息子が死に瀕しているという電話を、彼の妻になった女性から受けた。「死ぬ勇気もない癖に、今日も自殺を図ったのよ。バカみたい」と言い捨てた彼女に抗議をしてから、翌朝、私は羽田で一番早い便で福岡空港へ向かった。もう20年も前のことか。

 

極度のうつ状態の彼と会ってから保育園へ3歳の孫を迎えに行った。彼から話を聞こうとしてもロクな言葉が返ってこない。しゃべれないのだ。夕刻、息子の車に少しの荷物をまとめて1200劼鯀って狛江の我が家へたどり着いた。それ以来、彼は強度のうつ病で我が家にひっそりと居ついていた。

 

その孫息子が23歳になったという。10日ほど前に、「お母さんのお誕生日祝い」ということで、娘と孫、そして息子夫婦が我が家に集まった。“仲良し家族”が全員集まったのだ。その席で今のお嫁ちゃんからこの話が切り出された(彼女は、あと数年で50歳だが、可愛いのでわたしは「お嫁ちゃん」といっている)。

息子の母親(私の妻ですが)は、「今日の私のお誕生プレゼントで最もうれしいプレゼントよ」と言って涙ぐんでいた。あのかわいい赤ちゃんだった孫息子が、二度と会えないと思っていたお父さんに会えるのだ。

大好きなおじちゃんとおばちゃんと、おばあちゃんのお誕生会での寧音ちゃん

 

 

なんで互いの存在を知りえたかというと、お互いに「何かのアカウントを調べていて知った」という。ここでは、文明の発展がそのような結果を生んだのだろうと思う。

今日は2人で北九州のどこかへドライブをするという。水害が起こっているので・・・と心配している。

 

お互いにどういう顔をするのだろうか、どんな会話をするのだろうか?心配しても仕方がないが、23年ぶりの息子に会える喜びをかみしめながら、うろたえるであろう息子を思うと心が張り裂けそうにもなる。

 

きれいなお嫁ちゃんには、2人の超イケメンの大学生が2人いる。

私たち夫婦は一挙に3人もの男の子が増えたのである。

昨年1月、日比谷のレストランでの結婚を祝う会で。母と2人の息子

私たち夫婦も彼らと会うのが楽しみでした

2人

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「白人優性思考」と「欧米崇拝志向」

 

4月末に退院してからすでに2か月以上が過ぎました。「これから静養と体力回復の時期になるだろうし、コロナの自粛の期間なので古くなったテレビを10万円くらいで買い替えよう」とワイフに提案しました。彼女は出費に対して渋い顔をしていましたが、それでも「それぞれ5万円ずつ出し合って」というのは、当のあちらさんの言い分です。

この孫娘も、おばあちゃんを指導するユーチューバーのようです。おじいちゃんには教えてもくれません。

この写真は、今年の正月のものです。

 

息子に選んでもらおうということになりました。すぐに息子から「お母さん」あてにメールが来ました。

2日後に息子が嫁さんと2人でやって来ました。

 

そして40インチの、大きな大きなテレビを2台買ってきました。10万円以上はプレゼントだそうです。コロナ自粛で従業員に2人辞めてもらったというので経営を心配していたのですが、テレビの仕事が多いので半年遅れの収入があったのだそうです。息子の初めての親孝行だと思います。

前置きはそれくらいにします。私はそれ以来、テレビっ子になりました。

息子夫婦です。お嫁ちゃんは、フエルト作家で日本のみならず上海・ドイツ

パリなどでも講習会や展示を開くなどしている、当代一流の羊毛作家だそうです。

ようするにスイーツなどを羊の革などで造りあげるあれです。

 

 

まず、驚いたのは「NET FLIX」というものがありました。

内外、東西を問わず好きな映画やドラマが好きなだけ見られるのです。

私はこの頃、“古代朝鮮へシルクロードの西から伝わった文明にどのようなものがあったのか”を調べている最中でした。ですから、以前、ちょっとだけ見たことのある「朱蒙」を改めて全編を見ました。面白かったです。もちろん「愛の不時着」も「師仁堂」も見ましたよ。

今回のブログのテーマからすると、これでは話が進みません。

 

最近、NHKのBSプレミアムは、昔の名画を放映しています。ヒチコックの「ハリーの災難」やチャーリー・チャップリンの輝くばかりの名作の数々です。その中を挟んで、往年の西部劇も再放映されています。

ジョン・ウエインや往年のスターたちが、アパッチに襲撃されている幌馬車隊を助けるという類(たぐい)の西部劇です。めいさく「捜索者」も見ました。胸がキュンとなりました。

ジョン・ウエイン主演の映画「捜索者」のポスター

雪が降る中をひたすらコマンチ族を追うイーサンとマーティン

(ジェフリー・ハンター)(左)

 

私も中学生のころ、近くの映画館で三本立て15円の映画館にいきました。蒲田や川崎まで足を延ばしたこともあります。時々お金がなくて入り口でストップということもありました。でも考えてみれば、先住民たちが幸福な生活を営んでいるところへ、大西洋を越えて「開拓移民」がやってきて「俺たちの土地だ」と言って、先住民を殺しながら土地を拡大して行ったのですね、理不尽です、あれは。

 

初期ヨーロッパ植民地主義のスペインやポルトガルなどは、マゼラン、バスコ・ダ・ガマや航海王子などがアジアや南北アメリカを発見し、開拓して行きました。

 

生誕地シーネスにあるヴァスコ・ダ・ガマ像

頭部がとられた米マサチューセッツ州ボストンのコロンブス像

 

私もペルーを訪ねてから多少調べたのですが、ペルーでは1千万人の人口があったインカ帝国がスペインのわずか10数人の兵力で滅亡させられ、捕まえた国王に命令させてわずかな期間に16トンの金を集めたといいます。

 

そのインカの人口はおよそ1千万人いたと言います。その人口がわずかの間に96%が殺され、亡くなったといいます。余談ですがインカは、太平洋沿岸に「インカ道」を1万kmにわたって作り上げています。これも「人類文明のネットワーク=シルクロード」だといえます。

モンゴルが統治していたヨーロッパ部との命令伝達や報告を求めるために造った「駅伝」がありますが、同じようなものがあったのです。「インカ道」です。

ペルー・インカ道の案内図

「インカの道」を3泊4日で全踏破を目指すトレッキングのスタート地点

ワイナピチュから見るマチュピチュ遺跡

 

原因は、虐殺・奴隷・梅毒を中心とした性病・自国から持ち込んだ各種の伝染病、その逆もあります。外国への奴隷・・・これがヨーロッパ世界の、冒険や開拓や侵略の実態だったのです。

ですから、今さらコロンブスの像を引き倒したからといって、その程度で人類的な犯罪行為を許すわけにはいかないでしょう。

 

白人世界が有色人種を虐殺し差別する理由は何もないのです。たまたま太陽光線あたり方の違いで色の区別がついたのではないでしょうか?

ヨーロッパが“自らを最も優れた人種である”と自認していることがそもそもの誤りであり、始まりなのです。

 

G7という国際会議があると、カナダとオーストラリアの首相は必ず、先住民の子どもへの「同化教育」を反省します。先住民の子どもを親から無理やり引き離してイギリスへ連れて行き、キリスト教教育を強制したことを、です。そんなことでは許されません。

問題はそこだけではないのです

“白人は優れているから有色人種に対して何をしてもいのだ”という「白人優性思考」そのものを反省・根絶しなければ、真の謝罪にはならないのです。

 

今回の黒人射殺事件は、これまでの各種の事件の典型となる事件ではあったのですが、差別行為をしたかつての英雄の像を引き倒しただけではすまないということなのです。もっと根源的なところまで反省・謝罪しなければならないのだと思います。

日本でのその典型は、「沖縄」でしょう。

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▲茵璽蹈奪冓弧世糧達は、侵略と植民地化をもたらした

私は、文明が発達することに異論はないのですが、と、このブログを書き始めようと思ったのですが、別の私の「心」が表題のような“ささやき”をはじめました。

 

アフリカ東部に起こった人類は、生きるために、食べるものを求めるために「出アフリカ」を繰り返しました。

現生人類(ホモ・サピエンス)は何度かの挑戦のあと、アフリカを出てアラビア半島などから世界各地に散らばりました。いわゆる、グレートジャーニーですね。

わたしは、グレートジャーニーこそ、シルクロードを学ぶ者の原点だと思っています。

 

見知らぬ世界や土地・自然などを訪ねて旅をする、ここにシルクロードの本性があると思っています。

現生人類は他の人類と違って種族保存の本能や能力に優れていたのでしょう、他の人類は滅亡していく中でも生き残り、現在に至っています。

そういう意味では、20〜30万年前に出現した現生人類こそ、真の冒険者と言えるでしょう。

 

しかしその後、稲作を発見し、鉄を手にして武器をつくり、それらを発達させていきました。最近に至って文明を手にするに至った人類は、ヨーロッパの狭い土地から広い土地を望むようになりました。

ヨーロッパ世界が他の大陸を発見し、世界の形を変えたのはコロンブスだといわれています。

 

その前にひと言。私たちは教科書などで、世界で初めてアメリカ大陸を発見したのはコロンブスで、初めて世界を一周したのはマゼランだとも教わりました。

ここは注意してお読みいただきたいのです。

アメリカ大陸を世界で初めて発見したのは「コロンブス」で、世界で初めて地球を一周したのが「マゼラン」だという「説」「考え方」「思考」のことです。

ここでいう「世界」とはヨーロッパのことを言うのです。我々のいるアジアやヨーロッパ以外の人たちは、この「世界」に加わっていないのです。

ですから、世界で初めてという言葉は、「ヨーロッパ世界では初めて」というように読むほうが正しいのだと思います。

 

その後、発見されたアメリカ大陸にヨーロッパ各地から「白人」が、新天地を求めて大挙して渡り、アメリカ合衆国という白人主体の国をつくってからは、欧米志向という考え方が形成されてきました。労働力が足りないのでアフリカから黒人を奴隷として強制連行してきたのです。

産業革命を通じて、この欧米が文化的にも軍事的にも人類の最先端を行くようになりました。

 

先進文明を学ぶことは当然のことなのですが、それがあまりにも行き過ぎると、何でも欧米が一番で、それ以外のアジアやアフリカなどは遅れているという考えになっていきます。

 

20年ほど昔のことです。私の職場にいた女性がオーストラリア人と再婚するという話がありました。彼女は私のいた団体の「女性委員会」のメンバーでした。そこへ同じ委員会の女性が事務所へきて、別の女性からその話を聞きました。「うわ〜、素敵ねえ〜、素晴らしいわ〜〜」といいました。じゃあ、再婚相手がアジアのほかの有色人種であったなら、アフリカ系の黒人であったなら、彼女はそのような言い方はしなかったといいます。私は本人に確認しました。すると彼女は「クロンボはイヤよ」です。驚きました。

 

数年前、パリでテロが起こって10数人が殺害された事件がありました。同じ日、シリアで数百人が内戦で殺されました。新聞やテレビはパリの報道でもちきりでした。

これっておかしくないですか?同じ人命なのに・・・・・

 

 

※体力復活のため、毎日、午前と午後にウオーキングやジムへ通っていて、あまり時間が取れません。

 毎日ブログを書くことは難しいのです。ご了承ください。

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黒人男性殺害に反対する世界各地の運動について、その遠因を探る

かつて、ヨーロッパによる世界各地への探検は、押しなべて領土拡大を目的とした侵略活動が目的であり、植民地化や奴隷売買が目的になっていました。

 

6月2日のブログで私が書きたかったことは、わたしがなぜシルクロードを勉強することになったかについて言いたかったのです。それが尻切れトンボになっていました。

これは少し書き続けたいと思います。

 

私の体験です。

明治・大正と昭和を生きた私の母は関東大震災を深川で経験していました。

1923年(大正12年)9月1日の駿河湾沖で起こった巨大地震は次第に北上して10分間以上も揺れ続けました。母のいうことには「道の両側の大きな木が揺れて刷毛(ハケ)で道を掃くように揺れ続けていた」といいます。死者は10万人以上。

震災直後、地元の消防団や自警団などが警察や軍人に指導されて”朝鮮人が井戸に毒をまいたゾ〜〜“と言いながら朝鮮人を見かけ次第、竹やり、日本刀や金づちなどで殺しまわっていたといいます。

 

そこへ18歳くらいの兄と16歳くらいの妹が、両親が殺されたあと、自分たちも殺される危険を感じて、我が家に飛び込んできて助けを求めたと言います。

父母や我が家で働いていた者たちは、彼らが家から出ないように気を配り、自警団などが来ても我が家を探させないようにしていたといいます。しかし、兄妹はあまりの恐怖のために、3〜4日後になって、とうとう我が家から飛び出してしまったそうです。

 

2人は100メートルも行かないいちに捕まってしまい、その場で斬り殺されてしまったと言います。いつも母は、この話になると涙を流しながら話します。「お兄ちゃんも妹もお人形さんのようにかわいい顔をしていた」と言っては泣いていました。私が小学生のころから、戦争の話とともに、その話は数えきれないほど聞かされました。母は幼い兄と私に「人間は肌の色が黒くても赤くても、どこの国で生まれても、みんな同じ人間なんだから、決して差別していけないよ」と繰り返し言い聞かせていました。もう一つ言い聞かせられたことは「決して人様のものに手を出してはいけないよ」ということでした。父が入退院を繰り返して不在だったので、このしつけには人一倍気を使っていたようです。

 

私と妻が今年2月にアフリカ南部の旅に出たのは、“まだ行ったことのない国アフリカへ行ってみたい”という理由とともに“アフリカから奴隷として捕まってアメリカや世界各地へ連れていかれた、そのアフリカへいってみたい”という気持ちもあったのです。

 

アメリカでアフリカ系の男性が警官に殺されて事件は次第に大きな輪になってアメリカ全土からヨーロッパ各地、世界各地での抗議行動に広がりつつあります。米軍の正規軍を出動させて弾圧しようとしたトランプ大統領も、選挙戦の見通しはだいぶ暗くなりつつあるようです。

「息ができない」「私たちを殺すのをやめろ」とホワイトハウスの前で

繰り返す人たち(29日、ワシントン)

ジョージ・フロイドさんの追悼場所でひざをつき、こぶしを掲げる男性。このポーズは人種差別への抗議を意味するものとして、長年使われてきた

抗議する人びと

 

この事件に関連して、この数日の新聞・テレビでは、歴史的に著名な探検家や奴隷商人あるいは大会社の経営者あるいはベルギーの元国王まで批判され銅像などが引き倒されている模様が報じられています。

「海のシルクロード」関連では、なんといってもバスコ・ダ・ガマが筆頭にあげられ、コロンブスもあげられるでしょう。

 

アフリカ関連では、海路はバスコ・ダ・ガマと航海王子、陸ではリビングストンがあげられるでしょう。彼らの冒険行や陸路の探検活動から奴隷商人や一獲千金を夢見て大会社を経営し、奴隷をこき使う資本家が生まれて行ったのですから。

考えなければならないのは、これまで日本ではこれらのことが、単なる探検に成功した“偉人の物語”として学校でも教えられてきたことです。

| 歴史 | 16:17 | comments(0) | - |
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