シルクロード日誌

日本シルクロード文化センターのブログページです。シルクロードに関する情報、コメント、旅日記などを綴ります。
シルクロードの断捨離をしました

 

 一連のシルクロード講演会が一段落しました。

 

部屋の中は見るも無残、目も当てられない惨状です。

私の机の上は、もう表現できないほどです。

おとといの夜、ワイフから「講演が一段落したら、私が手伝うからあなたの部屋の整理をしよう」と提案されました。

今はやりの「断捨離」です。

 

いつもベッドに入ると部屋の反対側にある本棚を見て、「あそこの本をあっちに移して・・・」などと妄想を飛ばします。妄想というのは、そのようなことは自分では絶対にできないと確信しているからです。

 

きのうの5日、朝食後、ワイフが雑巾をもって私の部屋に入ってきました。

「あれをこちらに移して・・・」と言いながら、オタオタしている私をしり目にさっさと片づけはじめます。「山の神」ではなく「部屋の神!」です。

 

朝9時からはじめて、夜の7時でやっとメドがつきました。

ほとんどすべての書類関係を移動しました。

古新聞を入れるビニールの袋が4つになりました。

部屋の中をシルクロード関連の書籍とA×4の紙が飛び交いました。

 

ここで考えました。“こんなに紙に書いたものが多いということは、自分はまだコンピューターではなく、紙でものを考えて、紙で処理しているのだな”と自己分析ができてきました。

ですからきょうも紙の処分をすすめていますが、そうかといってパソコンで何もかも操作できるほどの技量は持ち合わせていません。

スマホでも使えるのは電話の受け答え、メールとフエースブックを見る、返事は書かない、ネットでニュースを見る程度です。

多くの時間は自宅にいるのですからスマホを手放そうかなとも思いますが、電話は手放せないので、困ったことです。

 

でもまぁ〜、部屋の中と机のまわりが整理されたのですから、これからは「大航海時代」と「一帯一路」の研究に進もうかなという思いもあります。

そうそう、整理をしていたら探していた台湾のある重要なテーマを書いた資料が出てきました。

高度計やらなにやら機能がたくさんついている時計を一昨年に買ったのですが、それも同様にトリセツがなくなっていたのですが、それも出てきました。

渤海関係の資料もあれもこれも出てきました。

これからが楽しみです。

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モンゴル行きに備えてポケトークを買いました

 「ポケトーク」という名称は紛らわしいものです。

 私は初め“ポケッとした者がトークをする”意味かと思っていました。

 しかし、ネットでの宣伝やテレビでもCMが流れ出して意味がわかりました。

1ケ月ほど前、夜中に起きてなんとなくテレビを見ていると、ポケトークのCMがありました。私は意を決して受話器を取りました。ポケトークです。

 36,500円です。ハクビシンの工事代金と合わせると約20万円の出費。

 痛いですが、このポケトークは7月末からのモンゴル行きには欠かせないと思ったからです。

 

 自分が話した言葉がモンゴル語になって相手に伝わり、相手のモンゴル語が日本語に翻訳されてこちらに伝わってくるからです。

 しかし、いくらトリセツ(最近はこんな言葉もわかるようになりました)を見てもわかりません。わかろうとする意欲もおきないのです。

 

 しばらく放っておきました。しかし代金を払わなければなりません。

 近くの「パソコンデポ」で使い方を教わりました。すると大変なことがわかりました。

 

 ポケトークは世界74ケ国の言語を翻訳できますが、モンゴル語はダメだということが分かったのです。

 それはないですよね。年金生活者が大枚36,500円も出して買ったのですから、使えないなんて・・・トホホです。

 

 返品を考えたのですが、トリセツにはこうも書いてありました。

「開梱してからは返品できません」と。開梱しなければ使えないなんてわからないのに、どうしてそうなるんだろうと思いました。

「開梱前の返品はご相談できますが、開梱してからの電話問い合わせはできません」とも書いてありました。なんとひどいことだろうと思いましたが、仕方なく払いました。

 

 2日前、スポーツ仲間との勉強会がありました。

 ちょうどフランスからスキー関係の代表団が来るので、通訳を探すのに苦労したということを聞きました。

 私はポケトークの顛末を話しました。みんな大笑いしていましたが、フランス語の会話に使えるということで、私が一度も使わないうちに、無料で長期貸し出しということになりました。

 メデタシ、メデタシ!

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ハクビシンとの戦い

安住・安眠であるはずの我が家で、またもやハクビシンの襲撃に遭っています。

私と奥さんとのそれぞれの部屋で、夜中に屋根がゴトン・ゴトンとうるさいくらいです。いつかの夜は真夜中にあまりにもうるさくて寝られなく、鉄の棒で下から突いて脅かしていました。

 

あるとき彼はビックリして足を踏み外したのかひっくり返っていたようです。たたかいの毎日なのか、共存の毎日なのか楽しんでいました。しかし、天井裏で糞をしてオシッコを出されると天井裏の木の部分が腐ってきます。それで、先日、市役所に相談して業者を紹介してもらいました。

 

我が家のある狛江市や多摩川の向こう側の稲城市などでもハクビシンの被害は大きいようで、稲城市特産のブドウは15%ほどが食われてしまったそうです。ナシも被害甚大とか。

電線の上でも、もちろん樹の上でもスルスルと歩けます

 

 

ハクビシンは各所で目撃情報が相次いでいますが、かつて「SARS」(重症急性呼吸器症候群)の感染源として疑われたこともあるということで、捨てられたり、野生化したケースもあるようです。ものすごい甘党だということで中国では「菓子狸」と言うそうです。ジャコウネズミ科ですね。こんな知識が増えても仕方がありませんが・・・

 

いま必要なことは、 ̄舵佞韻呂靴覆ぁ↓家に住みつかれないように侵入する可能性のある穴はふさぐ、ことが大切だといっています。

ハクビシンの分布図です

 

 

それが拙宅では、18日に業者さんがわたしの部屋の天井をぶち抜いて天井裏に上がってみたところ、ちょうど私の机の真上の天井裏に5キロほどの糞がたまっていたそうです。大漁です。“ご主人の人のいいところに付け込んで”4〜5年も住みついていたようです。我が家の家風は“先客万来”ですから仕方のないことかもしれないと思っていました。

真ん中が私の机の上部分です。その天井に穴がつくられました。

業者が天井裏に入り込んで「発掘」したハクビシンの糞です。

なんともかわいい顔をしていますね

 

ハクビシンの特徴は、拙宅のような住み心地のいいねぐらを3〜4ケ所持っていて2〜3週間ごとに移動するようです。この4〜5日はお留守のようです。まるで遊牧民ですね。

 

でも費用は16万円!

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長かった初場所

ニコニコ顔が好きだった。

金星を挙げてインタビューを受けているときの特大のニコニコ顔が好きだった。

いつも関脇までは行くが、だいたい負け越して平幕に落ちたり、小結くらいでウロウロしていた。玉鷲の相撲はいつもこのようにハラハラさせられていた。

遠藤を破って優勝を決めた玉鷲。

 

私は隠れた玉鷲ファンだった。それを言うと必ず“玉鷲が優勝したからそういうのだろう”と言われると思うから言えなかった。

でも、あのニコニコ顔がすべてを物語っていた。

34歳でやっと花開いた。そして奇しくもこの日次男も生まれたという。

長男はなぜか泣きわめいているけれど、優勝は両親と家族への最大の贈り物だった

 

それにしては今場所は長かった。

この欄にも書いたが、初日の場所を一番後ろの二階席で見ていて、グループの若い男女に中入りの時に話した。“今日の稀勢の里は負けるよ。最も悪い予想は、今場所は3連敗して引退、良くても一ケタの勝ち星だ”と。

そして、その通りになってしまった。

 

玉鷲が優勝して世間はその話題で持ち切りになっているだろうが、そのようなときに思うのは“あ〜、そういえば稀勢の里が引退したなァ〜”である。

“日本出身の横綱が欲しい〜”というのは、メディアがつくりだしたイメージづくりだと思っていた。

 

4日目の引退表明は遅かった。横綱在位12場所で皆勤は2場所のみ。

36勝36敗97休はダメだ。「史上最弱の横綱」といわても文句は言えない。

散り際がみっともなかった。

 

私は稀勢の里が横綱になることに反対だった。“弱すぎる”と。

それが、いつまでも横綱の地位にしがみつくようにしていたのは醜態としか言えない。さア〜、これくらい悪口をいえば大きなバッシングが来るだろう。

 

白鵬、日馬富士、鶴竜の3人の横綱がモンゴル出身で、そう思うのは理解できるが、それが逆にモンゴル・バッシングになっていった。

中国の漢民族がモンゴルを「蒙古」と書くのは、「無知蒙昧」の意味があるということを知っている人はどれくらいいるだろうか。同じ遊牧騎馬民で「匈奴」と名づけたのは“凶悪な奴隷”という意味であり、すべてにおいて蔑視があり、差別があったことを知っている人はどれくらいいるだろうか。

それを、日清戦争と日露戦争を経験した日本は「小中華思想」に染まって、大戦争と2千万人を殺戮した侵略戦争に突き進んでいった。

その“考え方”が、またもや持ち上がってきたのだと思うと、空恐ろしい。

 

すべてにおいてアマノジャクの私だから、玉鷲の優勝でなんか言おうかと思ったが、今度だけは玉鷲の悪口をいう理由は何もない。逆に稀勢の里を悪く書いてしまった。しかし、事実である。

それにしては白鵬はあと2日間、土俵を務めてほしかった。

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正月ももう終わりにしましょう

七草までは正月と言うようですが、私は三ケ日が過ぎれば正月は終わりだと思うようにしています。

 

おせち料理は我が家では大みそかの夕食から始まります。元日から2〜3日くらいまでは、それ以外食べられません。

うちの奥さんは、大学を出てすぐに教員となり、普通の娘のような料理学校で勉強する機会がなかったのですが、姑(私の母)から色々な料理を教わって身につけたようです。

かなりバラエティに富んだものをつくります。娘がそれをどこまで受け継いでいるのか心配なのですが・・・

 

毎年2日には去年7月に再婚した息子夫婦と娘の一家が来ます。孫へのお年玉を私たちは3000円にしています。今年3年生になるからです。来年は4000円です。

孫むすめの”コレ”がうれしいですね

息子と新しい娘・りおさん

 

息子たちが来たので、「お年玉を張りきって出してやれよ」と言ったのが効いたのか、1万円も出していました。出しすぎです。孫はソファの裏側に“身を潜めて”中身を見にいったのですが、やがて、「ウヒャー」というような驚きの声が聞こえてきました。想像もできなかった金額だったからでしょう。リビングの一番端から、もう片側の端っこに座っている「おじちゃん、おばちゃん」に正座をして最敬礼を繰り返していました。

大枚のお年玉で、正座でお礼

 

3日の朝食はうちの奥さんにお願いして、白いごはんにシラスをかけて、卵かけごはんにしました。これが絶品でした。4日の朝食も当然のように同じものでした。今日も。

飽きっぽいのかもしれませんが、おせち料理だけで生活はできません。

我が家の正月も、どこにでもある普通の正月です。

”おじちゃん”に、たまごっちを教えてあげています

 

3日には日本シルクロード文化センターの役員のメンバーを中心とした新年会があります。ここでの唯一のお願いは、“おせち料理を一つ残らず征伐してほしい”ということです。大きなテーブル一杯に料理がたくさん出て、大方のおせちは「征伐」できました。日本酒も焼酎もワインもずいぶんと減りました。無料ご招待だと手土産が必要になるので、この新年会は1,000円会費です。提案者が会費受取人になってくれていました。

 

今日からは様変わりです。8日に開催する小規模ながら全国規模の会議があり、すでにきのうからは、それに向けて報告レジュメの準備に取り掛かっています。

毎年、近くの業者さんからいただくコマの大きなカレンダーにそれぞれの予定を書き入れるのですが、もうすでに真っ黒です。私は黒、ワイフは赤でそれぞれ書き入れるのでカレンダーは大賑わいです。

 

そして今日は息子たちの、(再婚ですが)結婚披露パーティです。17〜8年前、4歳上の嫁のイビリでうつ病になり、死の淵を歩いていた息子を博多まで飛んで救出に行ってから再起まで、彼は苦難の連続でした。いまは「ドローン」の会社を経営しています。

 

お相手は「羊毛フェルト」作品を多数生み出している、その世界の第一人者です。パリや香港、上海などにも定期的な教室を持つ人ですが、私とは住む世界が違います。

私は今年夏にモンゴルへ行くのですが、そこは羊毛の世界。「一緒に行こう」と冗談を言っています。彼女は大学生と高校生の息子2人がいるお母さん。良き知り合い、娘ができたと喜んでいます。

 

今朝の新聞で知り合いの女性の投書が掲載されていました。水野はるみさん(62歳)、彼女のご主人は33年前に冬の穂高で雪崩で死にました。投書を見て「もう33年もたったのか〜〜」と感慨深いものを感じました。

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