シルクロード日誌

日本シルクロード文化センターのブログページです。シルクロードに関する情報、コメント、旅日記などを綴ります。
あ〜〜あ!

ホテル前の道路では、朝早くから道路の清掃。右後方のトラックは「清潔路面」とある。

道路を清潔にするという意味。

この仕事も清掃会社がやっている。

 

天水の街で宿泊した翌日は伏義廟観光。

ここ伏義廟、私は観光を希望していなかったのですが、今日はこのあと午後の高速鉄道で西寧へ行く予定。時間が余ったのでしょう、のこちゃんはここを指定していた。

 

私はまったく関心がないので、廟の前の広場で“広場ダンス”を楽しんでいる女性たちをウォッチング、ようするに広場で休憩。

伏義廟の手前にある門

正門近くの広場は、各種の「広場ダンス」が花盛り

ダンス風の踊りから太極拳風までよりどりみどり

ちびっ子の拳法グループも

 

 

中国のインターネットでは次のように書かれている。

明の弘治三年(西暦1490年)に建設、嘉靖三年(西暦1524年)に修復。伝説では伏羲や神農の部落が、渭水の流域、天水にあったとされ、伏羲の故郷として祀られる。
伏羲は中国伝説の三皇五帝の第一皇である。早くから古書で聖人とされている伏羲は半人半神で、丸い目、濃い眉と鬚、体にまとった緑葉が特徴で、古代の原始人の雰囲気が漂っている。また神話では、伏羲の上半身は人間、下半身は蛇だったとされる。

女媧(じょか)

この写真以外は、すべて私の撮影である。

 

あるいはウイキペディアでは・・・

女媧(じょか)は、古代中国神話に登場する人類を創造したとされる女神。 三皇の一人に挙げる説がある。姓は風、伏義とは兄妹または夫婦とされている。

 

同行の兵庫県の都倉女史の言うことには、伏義は明の時代の人で、「陰陽の根本の八卦、六十四卦の根本をなす人」だという。しかし、わたしにはなんのことだかわからない。

 

彼女とはもう15年くらいの旅の友。朝、起きてこない、集合時間を守らない、自分勝手で自分本位の彼女に長い間、一緒の旅に出るたびに怒りに近いものを覚えていたが、モダンバレエやモダンダンスを教えているという彼女を=要するに芸術家だと言いたいのですが・・・・少しずつ理解できるようになっていた。

今年3月に大学を退職して、何をやるのか模索中。バスの中で1時間ほどじっくり話した。そして私は言った。「日本シルクロード文化センターの関西支部をつくろうよ」と。「今までは大学の研究費で外国へ旅行をして、帰ってきたら学生たちに後始末をやらせてきたんだろうけれど、これからはそうはいかない。自分の力で今までのシルクロードの歴史遺産を関西で広げていけばいいんじゃない?」皮肉とともに激励を・・・・・・

次第に彼女の顔色が真剣なものに変わっていった。

この話はここまで。

同行の旅仲間たち。右端が都倉女史。

私のこの種の写真はほとんど撮らないので、探すのに苦労した。

 

 

先日、蘭州から天水へ高速鉄道で向かう途中に西寧を通過したが、きょうは天水から再び蘭州方面へ向って途中の天水で降りる。どうも、地理と方向がよく理解できていないので、そこがよく理解できなかった。私の希望をコーディネーターの西寧の「のこちゃんは」うまいことセレクトして合理的なコースをつくってくれるんだろうとばかり思っていたが、あちらは「野口先生の言われたとおりにコースを設定しなければならない」と使命感に燃えて設定したという後日談がある。さらに後日談。きのう25日のメールで彼女はこういった。「この日程は普通の日程なのですが、皆さんが高齢なので・・・・」ということ。人のせいにしないで、わが身の高齢を振り返らなければならなかったのだ。

むかし恋人同士で和光大学に留学。アルバイトは居酒屋とソバ屋だったという

 

 

高速鉄道は「和諧○○号」という鉄道。日本の新幹線とほぼ同じつくりのようだ。

 

面白いことを思い出した。

通常、中国の鉄道には必ず湯沸かし器に熱湯があり(煮沸したお湯を「開水」という)、乗客はその開水を頻繁に利用する。即席ラーメンに入れたり、お湯をそのまま飲んだりお茶にしたり。だがこの鉄道にはそれがない。聞くところによると、高速鉄道は普通の鉄道より運賃が高く、したがって“庶民の食べるラーメンなんか食べないワ”という人が多いようなのである。おまけに、ここで売られる弁当が、ことのほかマズイので誰も食べないとのこと。しかも、乗車時間は長くて5〜6時間。私たちも天水から西寧までは1時間少々。スマホを見ていればついてしまう距離だから、という。それは面白い。

 

そういえば、先日の車のマナーの件。

結論的に言うと、長い間、貧しかった中国では、車を持つ、あるいは車に乗るということは狃醋院ι亘蛙佑茲蝓⊆屬望茲辰討い襯レは偉いんだゾ“という感覚になるのだと思う。エリート意識である。だから爐修海里吋愁灰離”の運転になるのだろう。

 

西寧の駅で、のこちゃんと数年ぶりの邂逅・ハグ。相変わらず元気。車にスーツケースを積むときには、グイとばかりに2つを持ち挙げたときには驚いた。私より力持ちである。この日からは彼女の夫も「アルバイトで運転手です」と言っていた。彼は西寧の西北民族大学の日本語の先生。両腕におどろおどろしい刺青があったが、よく見るとそれはシャツのデザインだった。

| シルクロードの光と影 | 10:56 | comments(0) | - |
交通マナーはあるのか!そして麦積山石窟へ

中国の地における交通マナーは、いまさら言うこともないほど世界的に「有名」である。

今回特に指摘したいことは、わき道からメインの道路に出てくる車が「徐行」もしないで、飛び出してくる。そのあと左から車がくればスピードを緩めるか、逆にスピードを上げる。飛び出された方の車は、怒ることもせず、道を譲る。

私の被写体に、きょうのテーマのようなものはないので、それにふさわしい写真はありません。

サービスエリアでは、珍しくマイクロバスを洗う光景を目にしました。珍しいことでした。

 

 

ユーラシア大陸は基本的に左ハンドルで右側通行なのである。

 

以前、わが家のすぐ近くでワイフの友人が家に帰るとき、左右をよく見渡せる信号のない小さな十字路で、徐行して進もうとすると、物陰に隠れていた警官が「ストップ」をかけて罰金。抗議すると、そこは「徐行」ではなく「一旦停止」だという。“一旦停止ということはタイヤが正確に止まった状態のことだ”と言ったという。

 

コソ泥のように物陰に隠れている警官が最近は多い。

 

以前、私も家の近くの信号のある交差点に自転車で入っていくときに黄色になった状態で通過した。家までは50メートル位だったが、後ろから2人の警官が自転車に乗ってものすごい勢いで追いかけてきた。わが家の庭に自転車を置いた私に「信号無視です」という。私はこの2人の警官に怒鳴りつけた。「お前たちは泥棒のようにコソコソ隠れて何をしているんだ!交通事故を無くすことがお前たちの仕事だろう。恥ずかしくないのか!!!」と。腹が立って逆上して、彼らの人格を傷つけるようなもっとすごいことを言ったらしい(カミさんが聞いていた)。私にさんざんののしられて、彼らはスゴスゴと引き下がっていった。

もう一つ中国のこと。「割り込み」である。

休憩中のワゴン車の後ろを写しました。家族分の食糧や水、お菓子などが満載。

 

車が前の車と少しでも間隔があくと、必ずスッと右から左から割り込む車がいる。それはそれは巧みに入り込んでくる。割り込まれた車のドライバーは、怒りもせずに割り込まれるままにさせる。

ガイドに「これでは事故が多いんじゃないの?」と聞くと、「多いですよ」との答え。

 

中国では右折優先なので、車が赤信号でも右折車は右折して進むことができる。これが交通事故の大きな原因になっている。とにかく人が青信号で歩いているところへ、車が突進してくるからである。文字通り「突進」である

 

いつも思う。もし私が中国政府の交通大臣になったら、交通事故はたちどころに解消するのに・・・と。

写真の左側が車道で右側が歩道なのですが、この歩道も車が走ります。

駐車場にもなっていて店の前では料金を徴収する人がいます。

 

この原稿を書いているいる今、テレビが中国の交通マナーというテーマで放映していた。まるで私の原稿を見ていたように・・・

 

まず初めは最近テレビで放映する「横断歩道でおじぎをするおじいさん」。これが中国では交通マナーという点で評価されているという。しかし、横断歩道で立ち止まったら逆に危険です。それが分からないで評価するんですね。

こんなノンビリした光景がいいですね。

 

そして、横断歩道を渡らない人に対して「横断ゲート」をつくったという。今、駅で電車に乗り降りする際のあの「ゲート」である。横断歩道を渡らない人が多いのに「横断ゲート」をつくってどうするのかと言いたいが、効果はあるのだろうか。

 

わたしは中国の交通マナーの悪口ばかり言っているわけではない。

 

最近ではドライバーの“歩行者優先”の意識が強まって来たようだ。

原因は、歩行者優先をしないと、免許停止や罰金がかなりの高額だから。

罰金を取らなくても自発的・自主的に歩行者優先が貫かれるようになることを期待しています。百年でも千年でも待っています。

 

きょうは麦積山石窟まで進めませんでした。渋滞で!!?

| シルクロードの光と影 | 10:27 | comments(0) | - |
“大きいことはいいこと”か−5

いま、このブログを書いている最中に残念な連絡が入りました。

11月5日から予定していた「楼蘭」への旅が突然、中止になりました。

私の生涯、最初で最後の大きな旅になると思っていたのですが・・・

理由は、中国の党大会が開かれるためで、中国の全国・全域が厳戒態勢に入るからだということです。

タクラマカン沙漠には影響がないのにと思うのですが、あの国の党のこと、如何ともなしがたいことです。

残念〜〜〜!!!

 

 

きのうは高速鉄道で蘭州駅へ到着。だだっぴろい蘭州駅だった。必要以上に。

総じて中国の駅や空港は、とにかく大きい。なんでそんなに大きくしなければならないのかと、いつも思う。答えは簡単である。各地を訪れる外国人に、あるいは国民に“政府は国民のためにこんなに大きく立派な駅をつくっているんだゾ”というアピールなのである。

 

わが国でもかつてあったCMで“大きいことはいいことだ〜〜”があるが、はたして、大きいことはいいことなのだろうか。といつも思う。そして大胆な意見だが“文明は発展すればいいことなのかどうか”ということも問うてみたい。

 

建物は大きい。だが、地震でたやすく建物が崩壊する。鉄道は速い、だが、脱線転覆すると、原因を明らかにする前に穴をあけて埋められてしまう、ということでは、いくら速くても文明の発展とは言えないのではないだろうか。文明は、ある時には立ち止まってもいいのではないだろうかとも思うが、いかがでしょうか。

 

車窓から見えた建築中のビルの柱はどれもこれもとても細い。中国の女性の脚も細く格好良くなっているが、建物の柱は太くないといけない。賄賂で削られてしまうのだろうが、人命を削ってでも賄賂を出し、それを受け取るという感覚は、ここでは当たり前なのかもしれない。柱が細くなる大きな原因の一つが「贈収賄」にあるといわれているが、はてさて。

この写真は、天水市へ向かう有料道路の休憩所のこと。ほかのバスから降りてきた女性が、

これみよがしに体をほぐしていました。それだけの写真ですが・・・

 

昨年、1カ月ほど旅をしたインドシナ半島各地のビルも、どこも柱が細い。“なぜ、こんなに細くつくるの?”と聞くと、誰もが“ここは地震が起きないから大丈夫”という。そんなことあるわけないのにと思ったが・・・・

カンボジアのプノンペン近くの高床式の家を撮影したのですが、柱が細いでしょう???

プノンペンのバスセンター近くの光景です。どこの建物の柱も細いでしょう?

 

敦煌からのガイドが言う。「四川大地震の時、政府は、犠牲者は7万人と言いましたが、何十万人も死んだのに、なんであんなうそをつくんでしょう」と珍しく私たちの目の前で言った。旅の途中でたまたま起きた九寨溝付近の地震で死者が24人と報道されていたが、これにも大きな疑問を呈していた。「あんな大きな地震で死者が24人のワケがないのに」と。

四川大地震の惨状。記録では死者・69,197人、負傷者・374,176人、行方不明18,222人となっています。

 

ここでは、ものごとを大きく見せることと同時に、小さく見せることも日常の政府の流儀のようです。

きのうの高速鉄道。途中で息苦しくなったのは3日後に行く西寧の駅経由だったから。標高は3200メートル。また、客室乗務員が美しかったのはウイグル人の女性たちだったからだと、今日聞いた。それであれば、ウイグル語であいさつしたかったのに。

 

ガイドの話だが、日本への「爆買いツアー」が名をはせたが、先ごろのツアーでは、日本人客が少なくなった敦煌のガイドが、この日本へのツアーのガイドとして日本で買い物をした品物をネット販売しているとのこと。うまいこと考えるものである。

| シルクロードの光と影 | 10:17 | comments(0) | - |
馬蹄寺と裕固族あれこれ−4

8月7日  嘉峪関の長城

 

前日の嘉峪関の長城を観光。しかし、関所の城壁内を見ただけで、それ以外に見たものは漢人の大波小波。若い人はスマホで自撮りをしているだけのよう。家族連れは、誰が何を見て居ようと“我が家族の記念写真のためには、世界の何者をも恐れん”とばかりに壁を占領しています。これを、「辟易」といいます。

嘉峪関の「長城賓館」宿泊は、珍しく会議室などのある二部屋。聞いてみると旅行社が予約を忘れて、ここへ特別料金を払ったところ、こんな豪華な部屋があてがわれたとのこと。

 

そして翌日の8日。この日は馬蹄寺石窟寺院。

4年前には、このような門はありませんでした。撮影している場所には数多くの店があります。

 

旅行社には「裕固族にも会いたい」と言っていたのですが「ご希望には添えませんでした」との返事。しかし、私は知っていました。馬蹄寺に行けば、ガイドは裕固族の若い女性たちがいるということを。

馬蹄寺に関してはすでに記述していますので、省略。

このそれぞれの寺院の中をトンネル状に穿った通路が通っています。

85歳の加藤さんは、ここでは登りませんでした。

手前の赤い鳥居のようなものもありませんでした。これは発展なのでしょうか、

それとも、・・・なんでしょうか?

大仏のある窟のなかを・・・

前回の4年前の訪問は、馬蹄寺に来たのですが、わたしは受付に居合わせた裕固族の男性の取材。同行の友人たちは石窟寺院に入っていきましたが、彼の同僚のチベット人もいたので一石二鳥。

 

今回は馬蹄寺の手前の受付から裕固族の若く美し女性のガイドさんがついてくれた車で一緒に馬蹄寺まで。

モンゴル風の衣装と帽子のこの裕固族の女性も現代娘です。スマホを片時も放しません。

この2人には「森永ミルクキャラメル」をプレゼントしちゃいました。

チベットの民族衣装を着た女性ですが、彼女はレンタルの衣装を着た漢人の女性

 

 

そして、4年前にはなかった土産物の売店、食べ物屋などがひしめいています。

ところがここで、異変。

 

一転にわかにかき曇り、と大時代的な言い方ですが、その通り。雹(ひょう)か霰(あられ)か知りませんが、パタパタと雪のような白い球が落ちてきました。空は真っ黒。

おととい19日の東京もそうでした。同じような天候でした。二子玉川の河川敷も大変な騒ぎでしたね。あのような不順な天候が、中国の各地で起きています。

ひょうかあられか、この時はまだ天候異変の初期の時。

寺院の上の方から写した山々

 

それが、ときにはこのような晴れ渡った景色にもなります。

 

 

なかなかスイッチのつけ方の分からない、またチャンネルの切り替えが分からないテレビでも、たまに映っていました。

 

今回は裕固族の取材はしませんでした。前回、取材・調査していますから。

馬蹄寺には初めてのぼりました。崖に面した通路や、崖の内側をくりぬいたトンネル状の通路を、腰をかがめて通ります。注目するような仏像や壁画はありません。

 

それよりも、遥かな天空まで見渡せる空の模様を眺めることに興味が湧いていました。時折激しく降る豪雨。さーっとやんでポツポツと降る雨。そこを、途方もなく大勢の観光客が歩きまわっています。

いったい、わたしのシルクロードはどこへ行ったのでしょうか。

 

観光が終わって、張掖西駅からガイドが言う「新幹線」、こちらの高速鉄道で蘭州へ。2時間くらいの鉄道旅。

張掖西駅の掲示板。蘭州西駅へ行くと書いてあります。

鉄道はなかなか快適な旅でした。ただし、脱線したらどうなるかわかりません。

 

蘭州の街もタイヘン!黄河の流れに沿った街はどこもかしこもイルミネーションで一杯。夜にもかかわらず、人・人・人であふれかえっています。

蘭州の黄河にかかる橋のイルミネーション。そして手前には(見えませんが)ものすごい数の人・人・人・

 

4年前、私が苦しめられた、公害によるせき・くしゃみ・鼻水はとうとう最後まで出ませんでした。どういうことでしょう?公害対策が進んだという話は聞いていません。これは察するに、私の体がもはや公害にも反応しなくなったのかもしれません・・・・

| シルクロードの光と影 | 11:22 | comments(0) | - |
ガックリ陽関―3

実は榆林窟へ行く前日、要するに旅の初日の16日、莫高窟へ行ってからは、陽関、月牙泉、鳴沙山とかなりの強行軍でした。

出発の日も羽田から上海、そして国内線の虹橋空港へ移動してから西安へ、そこからさらに敦煌空港へと飛行機を3回乗り換えての移動で、ホテルに入ったのは午後11時近く。朝は3時に起きて4時半に家を出て車で空港でしたから、さすがの私もつかれました。

 

莫高窟が終わってからいったん市内へ戻って昼食。そこでみなさんに相談しました。これから陽関の観光が終わってから月牙泉、鳴沙山へ行きたい人と、陽関が終わってからは休息にする人とを分けようと。結局、9人のうち5人が休息することにしました。

 

その陽関ですが、写真を無くしたのでご紹介できないのが残念なのですが、入り口から終点まで、新しい建物がたくさんつくられ、けばけばしい色彩の飾りが、これでもかこれでもかと飾り立てられています。

私は、心の中で“これではシルクロードが壊されるままになってしまう”と危機感を覚えました。古代からの歴史遺産を保存することよりも、いま、集客して金を集めることが最優先で、古代とか保存などは頭の中にない、というやり方に鳴ています。

 

陽関そのものは変わってはいないのですが、これではいずれ、陽関に「万国旗」がはためくかもしれません。満艦飾になるかもしれません。

シルクロードよ、何処へ〜〜〜〜〜〜〜???

 

※きょうは写真はありません。私の撮影の考えは、今日のような内容の”ケバケバしい”ものは撮影しないので、ないのです。私はそれを誇りに思っています。

でも1枚だけ、気にいった写真を。

 

歩くことが困難になった高齢者用にはいいですね。

 

| シルクロードの光と影 | 12:30 | comments(0) | - |
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