シルクロード日誌

日本シルクロード文化センターのブログページです。シルクロードに関する情報、コメント、旅日記などを綴ります。
“大きいことはいいこと”か−5

いま、このブログを書いている最中に残念な連絡が入りました。

11月5日から予定していた「楼蘭」への旅が突然、中止になりました。

私の生涯、最初で最後の大きな旅になると思っていたのですが・・・

理由は、中国の党大会が開かれるためで、中国の全国・全域が厳戒態勢に入るからだということです。

タクラマカン沙漠には影響がないのにと思うのですが、あの国の党のこと、如何ともなしがたいことです。

残念〜〜〜!!!

 

 

きのうは高速鉄道で蘭州駅へ到着。だだっぴろい蘭州駅だった。必要以上に。

総じて中国の駅や空港は、とにかく大きい。なんでそんなに大きくしなければならないのかと、いつも思う。答えは簡単である。各地を訪れる外国人に、あるいは国民に“政府は国民のためにこんなに大きく立派な駅をつくっているんだゾ”というアピールなのである。

 

わが国でもかつてあったCMで“大きいことはいいことだ〜〜”があるが、はたして、大きいことはいいことなのだろうか。といつも思う。そして大胆な意見だが“文明は発展すればいいことなのかどうか”ということも問うてみたい。

 

建物は大きい。だが、地震でたやすく建物が崩壊する。鉄道は速い、だが、脱線転覆すると、原因を明らかにする前に穴をあけて埋められてしまう、ということでは、いくら速くても文明の発展とは言えないのではないだろうか。文明は、ある時には立ち止まってもいいのではないだろうかとも思うが、いかがでしょうか。

 

車窓から見えた建築中のビルの柱はどれもこれもとても細い。中国の女性の脚も細く格好良くなっているが、建物の柱は太くないといけない。賄賂で削られてしまうのだろうが、人命を削ってでも賄賂を出し、それを受け取るという感覚は、ここでは当たり前なのかもしれない。柱が細くなる大きな原因の一つが「贈収賄」にあるといわれているが、はてさて。

この写真は、天水市へ向かう有料道路の休憩所のこと。ほかのバスから降りてきた女性が、

これみよがしに体をほぐしていました。それだけの写真ですが・・・

 

昨年、1カ月ほど旅をしたインドシナ半島各地のビルも、どこも柱が細い。“なぜ、こんなに細くつくるの?”と聞くと、誰もが“ここは地震が起きないから大丈夫”という。そんなことあるわけないのにと思ったが・・・・

カンボジアのプノンペン近くの高床式の家を撮影したのですが、柱が細いでしょう???

プノンペンのバスセンター近くの光景です。どこの建物の柱も細いでしょう?

 

敦煌からのガイドが言う。「四川大地震の時、政府は、犠牲者は7万人と言いましたが、何十万人も死んだのに、なんであんなうそをつくんでしょう」と珍しく私たちの目の前で言った。旅の途中でたまたま起きた九寨溝付近の地震で死者が24人と報道されていたが、これにも大きな疑問を呈していた。「あんな大きな地震で死者が24人のワケがないのに」と。

四川大地震の惨状。記録では死者・69,197人、負傷者・374,176人、行方不明18,222人となっています。

 

ここでは、ものごとを大きく見せることと同時に、小さく見せることも日常の政府の流儀のようです。

きのうの高速鉄道。途中で息苦しくなったのは3日後に行く西寧の駅経由だったから。標高は3200メートル。また、客室乗務員が美しかったのはウイグル人の女性たちだったからだと、今日聞いた。それであれば、ウイグル語であいさつしたかったのに。

 

ガイドの話だが、日本への「爆買いツアー」が名をはせたが、先ごろのツアーでは、日本人客が少なくなった敦煌のガイドが、この日本へのツアーのガイドとして日本で買い物をした品物をネット販売しているとのこと。うまいこと考えるものである。

| シルクロードの光と影 | 10:17 | comments(0) | - |
馬蹄寺と裕固族あれこれ−4

8月7日  嘉峪関の長城

 

前日の嘉峪関の長城を観光。しかし、関所の城壁内を見ただけで、それ以外に見たものは漢人の大波小波。若い人はスマホで自撮りをしているだけのよう。家族連れは、誰が何を見て居ようと“我が家族の記念写真のためには、世界の何者をも恐れん”とばかりに壁を占領しています。これを、「辟易」といいます。

嘉峪関の「長城賓館」宿泊は、珍しく会議室などのある二部屋。聞いてみると旅行社が予約を忘れて、ここへ特別料金を払ったところ、こんな豪華な部屋があてがわれたとのこと。

 

そして翌日の8日。この日は馬蹄寺石窟寺院。

4年前には、このような門はありませんでした。撮影している場所には数多くの店があります。

 

旅行社には「裕固族にも会いたい」と言っていたのですが「ご希望には添えませんでした」との返事。しかし、私は知っていました。馬蹄寺に行けば、ガイドは裕固族の若い女性たちがいるということを。

馬蹄寺に関してはすでに記述していますので、省略。

このそれぞれの寺院の中をトンネル状に穿った通路が通っています。

85歳の加藤さんは、ここでは登りませんでした。

手前の赤い鳥居のようなものもありませんでした。これは発展なのでしょうか、

それとも、・・・なんでしょうか?

大仏のある窟のなかを・・・

前回の4年前の訪問は、馬蹄寺に来たのですが、わたしは受付に居合わせた裕固族の男性の取材。同行の友人たちは石窟寺院に入っていきましたが、彼の同僚のチベット人もいたので一石二鳥。

 

今回は馬蹄寺の手前の受付から裕固族の若く美し女性のガイドさんがついてくれた車で一緒に馬蹄寺まで。

モンゴル風の衣装と帽子のこの裕固族の女性も現代娘です。スマホを片時も放しません。

この2人には「森永ミルクキャラメル」をプレゼントしちゃいました。

チベットの民族衣装を着た女性ですが、彼女はレンタルの衣装を着た漢人の女性

 

 

そして、4年前にはなかった土産物の売店、食べ物屋などがひしめいています。

ところがここで、異変。

 

一転にわかにかき曇り、と大時代的な言い方ですが、その通り。雹(ひょう)か霰(あられ)か知りませんが、パタパタと雪のような白い球が落ちてきました。空は真っ黒。

おととい19日の東京もそうでした。同じような天候でした。二子玉川の河川敷も大変な騒ぎでしたね。あのような不順な天候が、中国の各地で起きています。

ひょうかあられか、この時はまだ天候異変の初期の時。

寺院の上の方から写した山々

 

それが、ときにはこのような晴れ渡った景色にもなります。

 

 

なかなかスイッチのつけ方の分からない、またチャンネルの切り替えが分からないテレビでも、たまに映っていました。

 

今回は裕固族の取材はしませんでした。前回、取材・調査していますから。

馬蹄寺には初めてのぼりました。崖に面した通路や、崖の内側をくりぬいたトンネル状の通路を、腰をかがめて通ります。注目するような仏像や壁画はありません。

 

それよりも、遥かな天空まで見渡せる空の模様を眺めることに興味が湧いていました。時折激しく降る豪雨。さーっとやんでポツポツと降る雨。そこを、途方もなく大勢の観光客が歩きまわっています。

いったい、わたしのシルクロードはどこへ行ったのでしょうか。

 

観光が終わって、張掖西駅からガイドが言う「新幹線」、こちらの高速鉄道で蘭州へ。2時間くらいの鉄道旅。

張掖西駅の掲示板。蘭州西駅へ行くと書いてあります。

鉄道はなかなか快適な旅でした。ただし、脱線したらどうなるかわかりません。

 

蘭州の街もタイヘン!黄河の流れに沿った街はどこもかしこもイルミネーションで一杯。夜にもかかわらず、人・人・人であふれかえっています。

蘭州の黄河にかかる橋のイルミネーション。そして手前には(見えませんが)ものすごい数の人・人・人・

 

4年前、私が苦しめられた、公害によるせき・くしゃみ・鼻水はとうとう最後まで出ませんでした。どういうことでしょう?公害対策が進んだという話は聞いていません。これは察するに、私の体がもはや公害にも反応しなくなったのかもしれません・・・・

| シルクロードの光と影 | 11:22 | comments(0) | - |
ガックリ陽関―3

実は榆林窟へ行く前日、要するに旅の初日の16日、莫高窟へ行ってからは、陽関、月牙泉、鳴沙山とかなりの強行軍でした。

出発の日も羽田から上海、そして国内線の虹橋空港へ移動してから西安へ、そこからさらに敦煌空港へと飛行機を3回乗り換えての移動で、ホテルに入ったのは午後11時近く。朝は3時に起きて4時半に家を出て車で空港でしたから、さすがの私もつかれました。

 

莫高窟が終わってからいったん市内へ戻って昼食。そこでみなさんに相談しました。これから陽関の観光が終わってから月牙泉、鳴沙山へ行きたい人と、陽関が終わってからは休息にする人とを分けようと。結局、9人のうち5人が休息することにしました。

 

その陽関ですが、写真を無くしたのでご紹介できないのが残念なのですが、入り口から終点まで、新しい建物がたくさんつくられ、けばけばしい色彩の飾りが、これでもかこれでもかと飾り立てられています。

私は、心の中で“これではシルクロードが壊されるままになってしまう”と危機感を覚えました。古代からの歴史遺産を保存することよりも、いま、集客して金を集めることが最優先で、古代とか保存などは頭の中にない、というやり方に鳴ています。

 

陽関そのものは変わってはいないのですが、これではいずれ、陽関に「万国旗」がはためくかもしれません。満艦飾になるかもしれません。

シルクロードよ、何処へ〜〜〜〜〜〜〜???

 

※きょうは写真はありません。私の撮影の考えは、今日のような内容の”ケバケバしい”ものは撮影しないので、ないのです。私はそれを誇りに思っています。

でも1枚だけ、気にいった写真を。

 

歩くことが困難になった高齢者用にはいいですね。

 

| シルクロードの光と影 | 12:30 | comments(0) | - |
システム化された敦煌

河西回廊とチベット地域の旅から帰ってきました。

私が企画した歴史遺産の観光計画を、チベットの担当者は、それを取捨選択するのではなく、すべて取り入れて行程に組んでいたのです。結果的にかなりの強行軍になり疲れました。

今回の旅に関しては、すでに本欄のブログで詳しく書いていますので、今回は、これまでと違ったところを主に書かせていただきます。

 

 

非効率!しかし大画面

驚きました!

いま、敦煌の莫高窟の観光は大変、面倒になっている、というか、システム化されています。

まず、朝一番で市内から莫高窟まで行って「映画センター」のチケットを買わなければなりません。

次は、再び市内へ戻って映画センターで敦煌の啓発映画を鑑賞します。ひとつは「千年莫高窟」もうひとつは同じ建物内の会場を移して「夢の仏宮」

ここが数十億円をかけて造られた「映画センター」

 

 

啓発映画と一言でいっても、これはかなり迫力のある360度の大画面でした。「何とか大画面」というのでしょうが、何もわかりません。紹介のパンフがあればよく分かるのですが、何もありません。

40〜50分の映画鑑賞のあとは、再び莫高窟へ向かいます。

であれば、はじめから市内でチケットを買って市内の映画館で映画を見せればいいものを、わざわざ全員を莫高窟まで行かせてチケットを買わせる意味が理解できません。ずいぶんと非効率ですが、ここは中国、これくらいでは驚きません。

私の友人の季萍さんは、敦煌研究院の副院長にはなっていなくて、この映画センターの所長さんでした。

 

長蛇の列

 

莫高窟へ入るための長蛇の列

 

莫高窟も変わっていました。

以前は受付でカメラやバッグすべてを預けなければなりませんでしたが、今は、持ち込みOKです。

その代わり莫高窟の内部を撮影することは厳禁。でも中国人たちはスマホで平気で写しています。

私は初めて、莫高窟に入城しての撮影をしました。

 

大混雑

さらに驚いたことがあります

中国政府は今、「内部拡大」で国民の国内旅行を奨励しています。

どこもかしこも大混雑、チケットを買う行列が長〜〜く伸びています。

いま、敦煌では壁画や仏像などの維持保存のために、入場者数を1日6千人に規制していますが、7〜8月は3万人まで規制を緩和しているとのこと。

むこうから大軍が押し寄せてきます。

第17窟も大混雑です。

 

莫大な経費をかけた映画センターなどの建築費を賄わなければならないからでしょうか。なんのための1日6千人の規制なのか意味がなくなります。

夏は3万人の入場がOKということは、実質的には「入場者数は無制限」ということでしょう。

敦煌よどこへ行く、ですね。

| シルクロードの光と影 | 10:39 | comments(0) | - |
我々はなぜ、シルクロードの旅行を中止したのかー1

下記は、シルクロード・ツアー参加希望者へ送った手紙です。諸般の事情から一部内容を変更しています。

 

 

シルクロード・ツアーに参加を申込まれたみなさまへ

7月5日から実施予定の「シルクロードの真髄を極める旅」を中止いたします。

2017年5月21日  

日本シルクロード文化センター代表・野口信彦

 

大変残念ですが、シルクロードツアーの中止をお伝えしなければなりません。

 5月10日のツアー申し込み締め切り日を前後して、飛行機の予約確定や新疆各地のホテル予約など様ざまな手続きのために、正式の申込書やパスポートのコピーをお送りしていただくなど、あわただしい日々がありました。

 そんな5月16日、こんどの旅のお世話をして下さっているウルムチのNさん(私の30年来の友人です)から切迫した電話がかかってきました。

 「野口さん、今度のツアーをキャンセルしてください。私の職場に安全局がいつ来るか分からない状態です。」と言うのです。私は始め何のことかわかりませんでした。

きょうの写真はすべて、イメージ写真です。これはベゼクリク千仏洞

 

 

 中国新疆ではいま、中国政府によるウイグル人への激しく厳しい弾圧があります。これはチベットでも同様です。ですから、普段からウイグルとチベットへ行くにはかなり厳しい「審査」があって実現しています。そのNさんに危害が及ぶ状況になっているとのことなのです。

 

 勿論、電話もメールもすべて盗聴・盗視されている状況下ですので、私と彼との電話の会話でも率直な会話はできません。内容の真の意味は分かりかねたのですが、どうやらNさんが当局(国家安全局。戦前の特高警察以上の弾圧組織)の「審査の対象」になっていて、きょう明日にも職場へ乗り込んできて連行される状況だということが、ようやく理解できました。通常、新疆では“安全局に連れていかれれば、ほとんどの人は生きて帰ってこられない”といわれています。彼は「毎日、ドキドキしながら出勤しています」とだけ言っていました。

 電話を聞いて、私は初めてのことなので呆然としました。そして30年来の親友の命が危険にさらされていることにショックを受け、暗澹たる気持ちになりました。

 彼に問い合わせることもできません。

トルファンの女の子

 

 そして、まず今回の参加希望者のみなさんのためにも、せっかく休暇を確保するとかご家族のご理解を得たなどのさまざまな努力の結果ですので、今回のツアーと同日程・同料金以下で新疆とチベット以外のところへ行く方法を考えました。

 

 候補地の一つは、内モンゴルと寧夏回族自治区方面のカラホト(黒水城)を中心とした西夏の各地と敦煌を含めた河西回廊方面です。

 もう一つは、青海省各地のチベット文化の観光地と西沙ウイグル(西暦840年にモンゴル高原の覇者であったウイグルの先祖が、キルギスに滅亡させられた際、キルギスに追われて、新疆ではなく河西回廊方面へも落ち延びたウイグル族の末裔)のいる地域や、蘭州付近の炳霊寺石窟など古代仏教遺跡のある地域でした。

 そして16日以降、必死になって候補地を探しましたが、日程が近づいていることと、Nさんは通常の旅行会社では実現できないような安い単価で見積もっているので、すべてが今回の参加費を越えてしまうことも判明しました。

 

 結論として、日本シルクロード文化センター企画の今年度のシルクロード・ツアーは中止せざるを得ないと役員会でも判断いたしました。無論、このようなリスクを負ったツアーを企画した私の責任は大きいのですが、彼の地の巨大な政治的な圧力のもとでは、如何ともしがたい状況であったことをご理解いただきたいと思います。

ウルムチのモスク

                  記

  • ツアーは中止しますが、今度は野口の個人的なシルクロードの旅を企画してお知らせします。上記2か所を対象として、決まり次第、改めてご意思のある方はどうぞ一緒の旅を楽しみましょう。候補地は前述の地域を考えております。時期は8月頃になると思います。
| シルクロードの光と影 | 09:06 | comments(0) | - |
CALENDAR
S M T W T F S
1234567
891011121314
15161718192021
22232425262728
293031    
<< October 2017 >>
LINKS
SELECTED ENTRIES
CATEGORIES
ARCHIVES
RECENT COMMENT
モバイル
qrcode
PROFILE