シルクロード日誌

日本シルクロード文化センターのブログページです。シルクロードに関する情報、コメント、旅日記などを綴ります。
ウイグル人の生活習慣及び風俗・伝統あれこれ ―58 売春

 中国政府は麻薬撲滅の努力をしている。麻薬犯罪対策に取り組む中国公安省禁毒局の楊鳳瑞局長は04年7月14日、北京の外国記者プレスセンターで記者会見し、中国の麻薬問題の現状と対策について語った。
 「中国の麻薬問題はいぜん重大な状況にある」と切り出した楊局長は、1998年から03年までの6年間に54万件の麻薬犯罪を摘発し、逮捕者25万人、押収した麻薬はヘロインだけで約50トンにのぼることを明らかにしている。

きょうはテーマに沿った写真でなく、一般的な写真です。

 

 トルファンで散歩に出てホテルへの帰り道に迷ったので、街角で友だちとバイクの横で談笑していた青年にホテルへの道を尋ねると、「後ろに乗りなさい」といって、サッとわたしをホテルの玄関まで乗せて行ってくれたのである。わたしは心からの感謝の気持ちをこめた握手でお礼を言った。東京でこのような若者が果たして何人いるか。必ずいるだろうが、少なくなってきているのも事実であろう。しかし、新疆ではまだ健在だった。

 

 退廃に浸かって「青春を謳歌」しているシティボーイの姿とウイグルのよき風習を守ろうとする各種の青年とが同時進行形で存在しているという姿が、新疆のウイグル人社会の「カオス=混沌」を表わしているとも思われる。

 

 さらに同じトルファンでわたしの定宿のホテルでのことである。ホテルのレストランでおそい夕食を終えて部屋に戻ろうとすると、さきほどからフロントや廊下をウロウロ歩いていたウイグル人の若い女性が話しかけてきた。「先生、按摩はいかがですか?わたしは若いきれいなウイグル娘です」と中国語でいう。「わたしも若いから按摩はいらないよ」というが、「わたしは按摩以上の特別なサービスもしますよ」といって、露骨に売春を誘ってきた。彼女はわたしの部屋までついて来て、断るわたしに「部屋の中で話しましょう」と強引に入り込もうとする。力では負けないわたしは彼女を力ずくでドアの外に押し戻した。

カシュガル付近のタクラマカン沙漠で拾われた狼の仔。初め私は仔犬かと思って手を出したら、強烈な力で咬まれて驚きました。

 

 翌日、車で迎えに来たオスマンジャンにそのことを話すと、彼は同じウイグル人の女性のことなので顔をしかめながら言った。「彼女は野口先生をつかまえることに失敗してから、そのあとホテルから出てきて、また外出から帰ってきた出張で仕事できている技術者の日本人に話しかけていました。2人はエレベーターで上に上がっていきましたよ」という。前日の朝、それまで見かけなかった日本人技術者2人とホテルのレストランで行きあったが、そのうちの1人は売春婦の餌食になってしまったのだ。だらしのない男である。当然だろうが、彼女たちには通常の性病のほかにエイズという業病がついてまわるのである。

 

 彼女たち売春婦は、はじめは恥ずかしいのでオズオズと仕事を始めるのだが、今では非合法とはいえ、「こんなに儲かる商売を何でもっと早くやらなかったのか」と堂々と商売にいそしんでいるのである。これは日本で不動産業を営んで成功している北京出身の女性と、成田への帰りの飛行機の中で隣り合わせた際、聞いた話である。

 

 1949年の新中国建国後、中国政府はそれまでの国民党政権下にいた数百万人に及ぶ売春婦をすべて摘発して、性病を根治させる医療活動を展開し、それぞれ故郷に帰したり、新しい仕事を紹介したという。

 売春は人類の仕事で最も古い仕事だといわれているので、1978年の改革開放以降4半世紀をすぎて、西域・シルクロードの地にも存在することは、却って当然なのかもしれない。

 

 今(2004年頃のことです)、アジアでは820万人のエイズ患者がいる。そのうち最多の国はインドで500万人、わが日本は先進国中異例の12000人いるという。中国に関しては、05年7月の政府当局の発表では、エイズ患者は80万人としている。中国の官側に近いメディアでさえも「実際の数字よりはるかに少ない衛生省の発表・・・」といっているが、はてさて・・・・

 

| シルクロードの光と影 | 08:13 | comments(0) | - |
 ー57   ウイグル人の子どもたちの状況と体力・学力は

 トルファンの長老・エミット・ニヤズさん(70歳)から話を伺った。

 この長老は2001年8月に開催された「国際トルファン学学会シンポジウム」に出席した際に、紹介されて挨拶したことがあり、05年8月の同じ国際シンポジウムでも元気な姿を見せていた。

 

 「以前、不登校はなかったが、今は多少ある。高校を卒業しても仕事がみつかるあてがないことや、学費が高いため中学をおわってから高校に行かない子どもが多くなっている。一番問題なのは卒業してから、それぞれの子どもたちにふさわしい仕事がみつからないことである。だから親は子どもを学校にやらないで親の仕事を手伝わせるのだ。

 

 健康の面では、前よりは少しレベルが下がってきている。大きな理由の一つは、インスタント食品を食べるようになったことと十分な運動をしていないからである。家庭のことや畑の作業を手伝うものもいるが、自立心が強くなってきているため自分のことしか考えない子どもたちが増えてきたのだ」。

どこの世界でも同じである。

 「トルファン人は昔からイスラームの教えを大切にしている。家族の幸せのために子は結婚する。家でも街でもウイグルの習慣は大切にしなければならない。

2004年11月 ハミ(クムル)を訪れた際、ハミの十二ムカームを維持・保存させようと努力している方とお会いした。

 

 1978年の改革開放政策以降、ヨーロッパや日本の習慣が入ってきた。いいものも入ってきたが、悪いことも知って、若いものも間違いを犯すようになって来た。親に対する礼儀や挨拶や仕事を手伝うことなども少なくなってきた。マリファナやヘロインなども入ってきて、それに犯されるものも増えている。エイズも入ってきている。

 ウイグル人は昔から男と女の関係を大事にしてきたが、今はすぐに性交渉を持ってしまう。性病にかかる高校生も多い。これは私たちウイグル人にとっては、とてもよくないことである」。まるで現代日本の若者世代の病理現象を鋭く衝いているような言葉であるが、これがイスラームの規律を尊重し、ウイグルの伝統を堅く守っていたとされる現代ウイグル人の状況を端的に語った言葉なのである。

ハミへの旅はサラマットの夫の友人たちを訪ねる旅行だった。彼の友人たちが歓迎してくれた。

 

 すでに、アルズグリ先生はトルファンの長老・エミット・ニヤズさんとも親交があり、エミット・ニヤズさんからも「あなたはトルファンの誇りだから、日本でも一生懸命勉強するように」と励まされている間柄でもある。先に引用したアルズグリさんの論文は彼女が新疆で生活していた留学前のころのものである。現在ではだいぶ様変わりしているというわたしの報告にアルズグリさん自身は、「この言葉は保守的なお年寄りが、若い人の断片的な言動を述べているもので、多くの若者はそんなことありません」と必ずしも賛成していない。

ダッブを持った人が教え子。右端は私の運転手兼通訳のオスマンジャン。

 

 しかし、断言できることであるが、欧米近代合理主義の「負の遺産」は、一家団欒、親や年長者には礼節を尽くすウイグル人青少年の中にも確実に入り込んできている。それは、日本という国ではもうすでに立証されていることなのである。このエミット・ニヤズさんのような情緒的な分析が許される時点はもうとっくに過ぎているのである。

| シルクロードの光と影 | 09:39 | comments(0) | - |
56−−ウイグル人の義務教育上の学費

トルファンのある中学の体育教師と話しあった。

 

「この中学の生徒たちの70%は農民の子どもたちで、不登校は1%か0.1%くらいでしょう。暴力は聞いたことがありませんが、いじめは多少あります。急用や病気で休むことはありますが、普通、遅刻・早退は少ないです。

狛江市と群馬県沼田市の教員グループと一緒だったが、訪問した中学校(日本の高校)は、グリさんの妹が教員をしているトルファン郊外のルクチュンだった。2005年のことだった。

 

 

 学費は小学生が半年で30元(1元を日本円で15円と換算すると450円)、小学生の上級生が50元、教科書代は60〜70元ぐらいです。初級中学の学費は200元くらい、教科書代は別で、昼食は家に帰って食べます」という。

 

 仮に中学生と小学生上級生の子どもが2人いると仮定して、年間の額を計算すると、学費は120元、教科書代は240元、合計で740元になる。レストランのウエイトレスの月給が大体300〜400元ほどである。その2か月分近い額になり、南部の農村地域では農民の年収が500元のところが存在している。その金額は、泣く泣く中途退学しなければならないほどの高額なのである。

この学校はルクチュンではなく、トルファンだったと思う。

 

 

 彼らウイグル人の党員教師たちは就学率の高さを強調するが、中途退学者の存在の多さを決して言わない。

 ※但し、この義務教育の話は南新疆のカシュガル近郊の農村の実例である。トルファンは比較的裕福な農村地帯なので、実状は少し異なる。

ルクチュンでは、奨学金をプレゼントした覚えがある。私はこの当時、新疆に日本人の日本語教師を派遣して日本の文化を広めようと奔走していた。北新疆のイリで実現寸前まで行ったが、当局からの「あの男(野口)は危ない人間だ」のひとことで、それまでの努力がご破算になった。

 

 この学校には05年8月の女性教師たち数人とともに教師や生徒たちとの交流を目的に再訪した。学校ではわたしたちの到着時間を見計らって中央アジア特有のアトラス模様のワンピースを着たチアガールの少女たちと、ブラスバンドでの出迎えに度肝を抜かれたものであった。

ルクチュンの中学に到着した時の写真

 

 

 しかし、表面では見ることができない有償の義務教育の現実の姿は、1回きりしか訪れることのない観光客には決して理解することができない。

その後の旅は北新疆へ向かい、カザフ族などと交流した

 

| シルクロードの光と影 | 05:31 | comments(0) | - |
―55  共働きの実態と家計

 以前、日本に留学していたあるウイグル人留学生の例である。

 

 彼女は大学を卒業してすぐに研究所で働き始めた。彼女は結婚相手と結婚前に2〜3回しか会っていなかったが、親の決めた夫と結婚した。やがてウイグル人社会の当然のこととして、彼女は独身時代と違って自由に使っていた800元の給料をそっくり夫に差し出さなければならなくなったのである。そのうち1ヶ月25元(375円)だけを夫から「お小遣い」として与えられるようになって、彼女自身の経済状況が激変したのである。

 

 彼女が、そのわずかなお小遣いの中から本やブラウスや靴を買うのも夫の許可が必要だった。少し高いものを買うと夫からひどく怒られた。しかし、当時の彼女はそのことを当然のこととして何の違和感も感じないでいたのである。夫はといえば、妻には何の相談もせずに、妻の側でなく、自分の親兄弟への仕送りなどにつかっていたとのことである。

今日は掲載の内容に沿った写真がありません。

 

 

 しかしその後、仕事の関係で北京や上海などの沿海部や日本などの海外に研修や留学に行って、中国や日本など各国の女性の権利の存在や生活を知るようになった。そこで知ったさまざまな女性が自由な雰囲気で生活し、あるいは男性と対等に仕事をするような事実から、知識層でありながら新疆における男尊女卑のもとにいるわが姿の実際にやっと気がついたとのことであった。彼女はその後、夫と離婚した。

 

 ウイグル人女性にとって「離婚」という作業もかなりの難事業である。第一、離婚した娘がいると、周りから猜貎討量爾紡个垢襪靴弔韻悪い“といわれるので、理由のいかんを問わずに母親が反対するのである。さらに新疆の離婚法では、離婚を言い出したほうが、離婚後の取得分が少なくなるとのことで、離婚までには相当の苦労が必要だという。そういう新疆の地でも離婚率が急速に高まっていることは、さらに驚異である。

 

 ウイグル人女性知識層の最前線にいる彼女が、私たちから見れば、その程度の認識で離婚に踏み切れないでいるように、都市生活を営む他の一般女性やまして貧困層や農村地帯の女性たちが、わずかの希望も見出せずに、どれほど虐げられた状況のもとで生活しているかということは容易に想像がつく。21世紀に立ち至った現在でも、そのような姿が数多く、というより、ほとんどそれが当然のこととして、ここ新疆シルクロードの地、いやほとんどの発展途上国や地域に存在しているのである。

 

 しかし、この男尊女卑問題については、日本も含めて世界のどこにでも存在する普遍的な問題になっていることも、わたしは理解しているつもりである。

| シルクロードの光と影 | 06:08 | comments(0) | - |
―55  女性の労働と家事分担

 ※引き続いてのグリさんの小論文です。 

 

 多くの国では、女性のほうが男性よりたくさん働いている。毎日の生活に必要な炊事、洗濯などの家事に加えて、子育てや介護、ボランティアなどの労働はほとんど女性が担っている。お金をもらえない労働時間は、ほとんどの国で女性のほうが長くなっており、ウイグル女性の全労働時間に占める家事労働の割合は約70%になる。

オスマンジャンのおばさんを引き合いに出すことははばかられますが、ほかに写真がないもので・・・・

 

 買い物や料理を作ること、食事や部屋のあと片付け、来客の接待、両方の母親の面倒を見ることまでも含まれている。

ウイグル社会では、都会と農村地域の格差がきわめて大きい。都会の女性より農村地域の女性の家事労働時間は多く、夫や子どもたちの世話をするとともに、義理の母親の世話をすることも女性の仕事となっている。さらにウイグル人としての伝統的な習慣や生活スタイルを守るために、仕事や家庭のこと以外の民族的なあるいは集落における宗教的な習慣・行事やまつりごともかなり多い。

 

 さらに当局が資料を発表しないため、統計上の数字を知ることはできなかったが、妊産婦の死亡率の高さと政府の奨励する「計画出産」に失敗しての人工中絶及びそれに伴う死亡も含む失敗の後遺症などもかなりの数にのぼるとみられている。

トルファン賓館内にある保育園の中の子どもですが、とにかく室内の証明が暗い。

とも働きの両親のもとで育てられている。

 

 出産についても、3人目が女の子だと4人目はほかの土地で生み、男の子であれば連れて帰り、女の子であれば里子や養子に出してしまう、あるいはひそかにヤミから闇へと葬ることさえあったという実態もあるという。

同じ共働きでも、下の写真の2人は幸せな方だろう。

6日に我が家に「お泊り」に来た孫と我が娘。娘はきのうの毎日新聞20面で、

「性的少数者の悩み相談」の多摩支部の弁護士として写真入りで大きく出ていましたよ。

孫娘はピッカピカの一年生。私が何か話すと「たしかに」などと

相槌を打ってくれます。そしていつも家にいる私たちを見ると、彼女はこういいます。

「おじいちゃんとおばあちゃんはヒマなの?」と。

 

※先進国でも途上国でも同じようなことが繰り返されていますが、最後の2行は驚きですね

| シルクロードの光と影 | 09:16 | comments(0) | - |
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