シルクロード日誌

日本シルクロード文化センターのブログページです。シルクロードに関する情報、コメント、旅日記などを綴ります。
ウイグル人の生活習慣及び風俗・伝統あれこれ ―15

ウイグル人の祭り


たしか、今日か明日あたりから「ノウルーズ祭り」なのではないだろうか。その辺は詳しくないのだが、ムスリムの友人たちのフエースブックによくノウルーズがあるのでそう思っている。

ウイグルのノウルーズ

※今日の写真は、すべてインターネットから拝借した。

ノールーズを祝う中国のサラール族

 

ノウルーズ祭り

ノウルーズで祝われるハフト・スィーン(Haft Sīn、هفت سین) の品々(テヘラン)

 

 

ノウルーズ祭りはウイグル、カザフ、クルグズ、ウズベク、タタール、タジクなど中央アジアにおけるチュルク系民族に共通の伝統的な祭りの一つである。

トルコ(間違えていたらごめんなさい)

 

 

「ノウルーズ」はペルシア語であるが、ウイグル語では「新しい日、元日」という意味である。現在では旧暦の新年、元旦にあたる。冬が終わって春分の日(3月21日)に行う祭りである。

トルクメニスタンのノウルーズ

 

 

ノウルーズ祭りの日には7つまたは9つの材料(小麦、大麦、米、アワ、肉、ミルク、水などで、肉がなければ羊の頭、足や内臓を)入れるが、地方によって多少の違いがある。トルファンでは7つの穀物−大麦、小麦、米、大豆、アワ、高粱、プンドゥ(リュクズ)などで「ノウルーズ料理」(玉米粥)を作って食べる。

この日は、男も女も皆が綺麗に着飾って景色のいい場所に集まる。そこで、みんなでノウルーズのための催しを行う。農業の収穫がたくさんあるようにと祈って新年を迎える。

カザフスタンのノウルーズ


 ノウルーズ祭りがいつから始まったのかについて、明確な記録はない。しかし、いままで伝えられてきた伝説や神話によると、ウイグル人がイスラーム化する前、原始宗教を起源とする大自然を信仰した時代から祭られてきたと考えられている。

 

 

ノウルーズペルシア語: نوروزnowrūz)は、イラン暦元日。地域によってはナウルーズ、ナイルーズ、ネヴルーズなどとも言う。ペルシア語で、ノウ(nowنو)は「新しい」、ルーズ(rūzروز)は「日」を意味する。太陽春分点を通過する春分の日に当たり、農事暦上重要であることから、イランを中心に、中央アジアからアフリカまでに及ぶ広い地域で祝われる祭日である。国際連合総会は、2010年2月23日にこの日を「ノウルーズ国際デー」として正式に承認した(ウィキペディア)。

 

アゼルバイジャンのノウルーズ

 

クルバン祭り

 

クルバン祭りはイスラームを信仰している人たちの祭りの一つである。「クルバン」というのは「犠牲」という意味である。

 

紀元前12世紀ごろ、預言者イブラーヒムが自分の忠誠心を神に表すために、息子イスマーイールをミナ山で神に捧げようとしたという故事から生まれたものである。今度は『旧約聖書』の世界である。

 

クルバン祭りの日の朝6時ごろ、7歳の男の子までは大きなモスクやお墓へ行って、クルバンナマズ(礼拝)をする。それが終わってから、神に対しての忠誠を示すために、羊(山羊か牛でもよい)を一頭屠殺する。肉を先ず貧しい人たちに少しずつ分け与える。農村では、まずモスクに礼拝しにきた一群の人びとに食べさせ、残った分を家族で食べる。クルバン祭りのために屠殺した動物の肉を、3日間で食べてもらうのがイスラーム式のやり方である。

 

ローザ祭り

 

ローザ祭りは、「ラマダン祭り」ともいう。イスラーム教の人たちは毎年1ヶ月断食をして心身を清める。30日間断食をして、3日間休むのが断食明けの「ローザ祭り」である。断食はイスラーム教の5行(信仰告白、礼拝、断食、喜捨、巡礼)の一つであり、イスラーム暦の9月に行われる。断食の間、イスラーム教の人が経営しているレストランや食堂はほとんど閉められる。


現在では、ウイグル人の中では断食するものが少なくなってきて、レストランや食堂の経営者は閉店しないのが現状である。

| シルクロードの光と影 | 06:34 | comments(0) | - |
ウイグル人の生活習慣及び風俗・伝統あれこれ ―14−割礼

 割礼(かつれい)のお祝い

 

 「割礼のお祝い」(sunnat toy=スンナットイ)は、男の子が5〜7歳になったとき、多くは冬と春に実施する。ペニスの先端を「割く」儀式のことである。

この日の花形はたくさんいたが、この女性も花形の1人であった。

 

 この割礼のお祝いは、ある地方では「khatna toy=カトナットイ」ともいう。「sunnat」は預言者ムハンマドによって行うよう命じられた行ないのうちの一つであり、ムスリムとしての指標となっている。したがって、この習慣はイスラームを信仰するすべての人びとに共通のものである。


 この祝い事には、親戚、近所の人たち、友人たちが招待されて客となる。

 まず、割礼(sunnat)を施される子どものために新しい布団が準備される。子どもには真新しい衣服を着せ、赤い繻子で作られた帯で結ばれるかあるいは胸に花をつける。客人へのもてなしの最後に割礼が始まる。ある地方ではまず割礼を行い、お祝いの宴はその後に催される。あるいは祝い事を催したのち、適当な時期に割礼が行われるなど、地方によって異なる場合が多い。割礼の前、子どもには沐浴をさせる「大津(漢語でダーシン)」、「小津(シャオシン)」をさせる。割礼執行人(sunnatchi=スンナッチ)と子どものおじたちは、子どもの心を落ち着かせるために何かを話す。割礼のとき、おじかあるいはその子どもの近親者が子どもを抱える。

果たしてこの子が割礼を受ける子なのか、最後まで分からなかった。


 割礼が行われた後に切られた部分から血が出ないように、火を通した綿布で切った所を押さえておく。子どもがひどく泣いて血が出ないようにと、子どもの口に卵を詰めておく。その場にいる人びとは、子どもを祝福し、子どもにお金を握らせる。割礼執行人の手さばきが軽やかな場合、子どもは1週間で立ち上がる。

劇団の大先輩のOGのうた

 

 ある男の子は、生まれたときにはもうすでに割礼を施したような形状で生まれてくる。このような子どもには割礼は行わない。別のあるムスリムの国々においては、現在も男の子が生まれたとき、へその緒を切るときに割礼を終えてしまうことがある。大きくなるのを待ってはいない。このようにウイグル人社会では、「結婚のお祝い」、「ゆりかごのお祝い」、「割礼のお祝い」あるいは「chach qoshaq toy=結婚を誓う言葉」というような意味のものまで含めた祝いの式がある。これらの祝賀の式にはさまざまな様式やしきたりがある。これらには、ウイグル人たちが自ら信仰してきた種々の宗教教義がとりいれられている。

| シルクロードの光と影 | 08:53 | comments(0) | - |
ウイグル人の生活習慣及び風俗・伝統あれこれ ―13

 割礼の宴

 

友人に、カシュガル歌舞劇団の団員ヌル・メメット君がいる。世にメメット君はたくさん存在している。「メメット」とは「ムハンマド」のこと。これを漢語では「買買提」と書く。発音は「マイマイティ」。彼と同じ団員の息子の割礼の宴に出席した。「割礼」とは、おチンチンの先をかみそりなどで切って大人の仲間入りしたという意味である。

 12時開会予定と聞いていたが、実際には2時半すぎに開会。いや、とうとう本当の開会時間は最後まで分からなかったが、開会時間を気にする者は日本人の私くらいだったろう。

13年前(2004年)の私である。今とだいぶ違います。左がドライバー兼通訳のオスマン。

右側がメメット君。

メメット君は弦楽器の名手。その右は彼の師匠。

 

 歌舞団のパーティだけあって、男優・女優たちが次々と登場して、舞台の練習のような感じで歌い、踊る。歌舞団のOBやOGたちもかつての現役時代に競った自慢ののどや踊りを披露する。同席していた鼻の高いウズベク族の男性俳優が舞台に上がって歌の合間に漢語で私を紹介する。「この楽しい席にはるばる日本から友人が出席してくださっています。野口先生の出席は私たちの喜びであり、誇りです」と。私はテーブルから立ち上がって参列者に挨拶をした。しかしほとんどの参会者は、私など目もくれずに、おしゃべりに興じ、酒を飲み、あるいは料理に箸を動かすことに一生懸命なのである。

中国では少数民族としてのウズベク族の男優。

後姿の女優さんは踊りがうまかったが、絶世の美女でもあった。

真ん中の少女はまだ若い踊り手。その隣は彼女の母親。

ドライバーのオスマンジャン(オスマン君という意味)は、彼女にさかんに

アプローチをしていたが、母親のガードは固かった。

 

 私と同じテーブルの男たちは、先ほどまで口角泡を飛ばして語っていた「酒もタバコもやらないイスラームの伝統と習慣」などなんのその、煙もうもう、50度の「老酒」を次々とあける。昨日私に厳粛な面持ちでカシュガルの歴史を語ってくれたU君も強い酒を飲んで、もう足腰が立たなくなって、へたり込んでいる。そんな人たちをあちこちに見かける。私は以前、強い酒を飲んで“困ったこと”があったので、用心してビールとワインだけを飲むことにする。

着飾ったOBたち

舞台で精いっぱいのおしゃれをして歌っている。

右から2人目の女性は、みんなから「日本人のよう」といわれているようで、

翌日、私が劇団を訪問した時は、フルートで「浜辺の歌」を演奏してくれた。

瞬間的なホームシックにかかった。

 

 この宴席ではただ1人の外国人として座っている私のテーブルには、ものめずらしさも加わって数十人が入れ替わり立ち替わりやってきては、私との乾杯を促しては座る。正直に乾杯をしていたら、こちらの身がもたないので、ただにこやかにグラスを上げる。それもすべて男性である。ムスリムの国では、男性のいるテーブルに女性が来て気軽に話していくというようなことはない。私も話しかけてくる人たちを無視して、遠慮なく舞台で歌うプロの人たちの踊りや歌をカメラに収める。女優さんたちも美しく、かつての女優さんたちもそれなりに人生経験と貫禄が出ていて、美しい。

歌手たちですね。

 

 レストランのテーブルの数は約50。経費は1テーブルでおよそ200元くらいだという。合計で約1万元。無論、親の負担だが、祝宴の最中に司会者が各テーブルをまわって「○○さんから幾ら〜〜」と声高にお祝いの額や品物をアナウンスする。結婚の宴でも同じシーンを見たことがある。私は何も持たずに、手ぶらで出席してしまったが黙っていることにした。ここに来るまでは、ここに来ることを誰も言ってくれなかったのだから、私のせいではない。

 

 私も含めて日本人はスケジュールをきっかり立てないとなかなか動けないものだが、ここの人たちは、そういうものにとらわれない。いきなり人の家を訪ねることも普通である。そうそう、今日の主人公の7歳の男の子はどこにいたんだろう。気がつかなかった。「割礼の宴」といっても、しょせんは大人の楽しみなのだろうから、子どもに気がつかないのも当然といえば当然なのだ。

踊りも巧み。うしろには子どもたちがきちんと座っておとなしくしています。

みんな彼女の踊りに見惚れています。

 

 ところで、このような割礼式や結婚式、赤ちゃんが生まれた時の「ゆりかごの祝い」などは、昔は自宅で行なわれたものだが、都会ではだんだんレストランでやるようになってきているという。そうそう時期的に今頃から「ノウルーズまつり」である。ムスリムの友人たちからたくさんのお祝いのメッセージが来ている。

 

 経済的な豊かさに恵まれた都会人の中では、互いに見栄を張り、自分を裕福に見せるために、無理して接待を行なう傾向があるのだ(と、私はそう思っている)。しかし、それでも、10年ぐらい前と比較すると、だんだん無駄な浪費は抑えられる傾向にあるという。ここ新疆でも、人びとの意識は変わりつつあるようだ。

| シルクロードの光と影 | 05:30 | comments(0) | - |
ウイグル人の生活習慣及び風俗・伝統あれこれ ―12

ウイグル医学

 

 新疆には近代(西洋)医学とは別に、伝統的な「ウイグル医学」が存在し、現在でも多くのウイグル人から信頼を得ている。以下は、2005年3〜4月、東京の世田谷区と「日本シルクロード倶楽部」の共催で開かれた「シルクロード・フェスタin世田谷」での、ホータン・ウイグル医学専科学校助教授ジュリエットさんの「ウイグル族の医学」と題する講演のレジュメから一部をご紹介したい。

 

 「中国の法律で承認されている伝統的な医学には、漢方医学・モンゴル医学・チベット医学・壮(チワン)医学とウイグル医学などがある。     

 

 ウイグル医学、古代ウイグル人の労働と生活経験の蓄積と知恵の結晶であり、豊富な実践経験に即した理論である。また2500年近い歴史を持っており、中国の多くの伝統的な医学の中でも、その特徴的な理論と治療方法により、重要な位置を占めている」とある。

 

 さすが中央ユーラシアを横断するシルクロードの地の伝統医学だと感心したのは、ウイグル医学の理論的な基礎が、“宇宙は土・水・火・風の4元素から成り立っている”というギリシアのアリストテレス哲学だということであった。アリストテレスの哲学がシルクロードを通してウイグルの地に輸入され、咀嚼され、ウイグル医学の基礎となる哲学理論として確立していったのである。

 

 さらに以下の記述は、「日中友好新聞」第2073号(2006年9月5日付)に掲載された「春夏秋冬の中医学 自然界に感謝を込めて」第10回(最終回)における中医学講師・路京華氏の文章を引用させていただいたものである。

 近代医学とウイグル医学や中医学(中国医学いわゆる漢方のこと)あるいは蔵医(チベット医学)など民族医学との決定的な違いは、医学とともに哲学を包摂することであろう。そのために抽象的な思惟、手法をとることが多く、科学的ではないという誤解を受けやすい。

 

 しかし民族伝統医学は、四診によって集めた情報からニセモノを取り除き、正しいものを残して情報を分析し、理論的な弁証によって処分を下す、というようにあくまでも科学的なプロセスを経るものである。ただし、この過程は2人の医師が行なうため、その医師のレベルや資質によって、同じ患者を診ても処方が異なることになる。その分、医師はより深く研鑽し続ける義務を負う。

当時の写真は、すでに無くなっています。

きょうは、あまり関係のない写真で我慢を!

 

 似たような症状であっても患者Aと患者Bでは生活習慣も性格も異なる。それを踏まえて診断できなければならない。その上で、数多ある処方の中から最も適切なものを選び、一味ひとあじの生薬を慎重に吟味して巧みに配合し、微妙な用量をも加減しなければならないのである。

 

 ここまで到達するには、まさに医学の範疇を超えて、自然哲学をも理解しなければならない。民族医学では、ただ学ぶのではなく、悟ることが肝要とされる所以である。

 北京の故宮には太和殿、中和殿、保和殿と「和」を、外には天安門、長安街などの「安」を強調している。これは、「内和外安」、和すれば国家は安定する、という意味を持つ。「和」とはバランスと言い換えてもいい。バランスを重んじる。医学に通じる点である。

 

 民族医学の考える「病」とは、体がバランスを失っている状態を指す。足りないものを補い、余分なものを取り除き、熱には清を、寒には温をもって、その人本来のバランスを取り戻すことを治療の最終目的とする。これぞ「内和外安」である。

 

  実際にウイグル医学がどの程度の実績を持っているのか、現代の疾病にどの程度効果があるのかは、よくわからない。知り合いのウイグル人が白血病でウイグル医学の先生に診てもらったが、ウイグル医学では手も足も出ないといわれたということもあるが・・・・この“知り合い”は、その後、私の旅の跡をずっとついてきて、「日本で白血病を直してほしい」と依頼し続けていた。だが、私にはどうすることもできない。お詫びして引き取っていただいた。その患者は、その後、どうしただろう。

| シルクロードの光と影 | 09:21 | comments(0) | - |
ウイグル人の生活習慣及び風俗・伝統あれこれ ―11

障がい者対策

 

 以前、トルファンの長老との話の中で「障がい児は学校には行かせない。トルファンには障がい児の学校はない。学校では障がい児をいじめることが多少ある」ということが気になっていた。要するに、障がい者・児の存在は恥ずかしいことなので、「世間から隠す」ということだということが分かった。それを思い出して、「障がい者対策はどうなっていますか」と聞いてみた。

これは昨日掲載した写真です。

障がい者を正面から撮影する勇気は私にはありませんでした。

したがって、今日は写真はナシです。

 

 副院長は「隣のカシュガル市に専門の病院があります」とちょっと自慢げに言った。「障がい者・児を差別したり、いじめるようなことはありませんか?」と聞くと、「イスラームには弱い人を助けるという教えがあるので、そういうことはまったくありません」とピシャリと言われた。医療と宗教が一致した姿だと、救われたような気持ちになった。

 

 しかし、だとするとトルファンの長老の話とはあまりにも違うではないか。この医師は、イスラームの教えを文字通り教条として言っているだけなのだろう。考えてみるとこれまでの経験では、中国でも新疆でも、建前と実際が常にかけ離れているのだから・・・・

 

 確かに、観光地で観光シーズンには障がいのある人はあまり見かけない。それは、家の中に隠しているからである。だが観光シーズンから外れた時期や農村地域あるいは貧困層の集落などに入っていくと、障がい者・児がとても多いことに驚く。日本では、心身・精神面での障がいを持っている人やハンセン氏病などに対する偏見の克服が、まだ不十分とはいえ、世論の力も働いてある程度進んできている。しかし中国ではまだ、障がい者・児などがいることが恥かしいことなので、人前に出せない、家の中に隠しておくという偏見や無理解が多くを占めているのである。


 数年前、アルズグリ先生が自分の息子たちを3ヵ月間だけ日本に呼び寄せたことがあった。私と同じ東京都狛江市に住む教員の友人が、自分の勤務している小学校へ案内したら、彼らは新疆の学校とは比較にならない日本の小学校のバリアフリーの建物や設備にも驚いていたが、「最も感動したのは、クラスに障がい児がいて、そのための施設が整備されていて、何の差別もなくみんなと仲良く勉強し、遊んでいたことです」と語っていた。

 

 ここの医師の話では,南疆は白内障が多いという。強烈な紫外線に当たる時間が多いからであろう。農民に多いという。さらに産婦人科関係の病気も多く、都市住民では胃腸関係とガンや腎臓結石などが多いということであった。そうであれば、病気のオンパレードではないか。

 

 乳幼児の死亡率を聞いたが、「それはほとんど問題ない」という返事。あまり統計に表れないからだろうか、問題ないということは。成人になってからの心臓病や糖尿病、血圧関係による死亡が多いという。いやしかし、乳児・幼児の死亡率が高いことは公表されているではないか。衛生状態や食料事情が原因だということも発表しているのに・・・・

 

 健康保険に該当するものとしては、本人が年間で15元、政府が15元支払って、入院の場合は40%の負担になるという制度がある。また、給料から保険料が2%控除され、病気になったり、入院すると25%の負担だという制度もあるという。それは高いや。日本では病人や高齢者などに負担のかかる医療・福祉の国民負担が進んでいるが、社会主義を標榜する中国がこの高率とは、と意外な気がした。しかし、他の民間保険に入っていれば、あとから還付されるし、職がない人は10%程度の負担でいいという。そこは日本と違う。

 

| シルクロードの光と影 | 05:55 | comments(0) | - |
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