シルクロード日誌

日本シルクロード文化センターのブログページです。シルクロードに関する情報、コメント、旅日記などを綴ります。
ウイグル人の生活習慣及び風俗・伝統あれこれ ―14−割礼

 割礼(かつれい)のお祝い

 

 「割礼のお祝い」(sunnat toy=スンナットイ)は、男の子が5〜7歳になったとき、多くは冬と春に実施する。ペニスの先端を「割く」儀式のことである。

この日の花形はたくさんいたが、この女性も花形の1人であった。

 

 この割礼のお祝いは、ある地方では「khatna toy=カトナットイ」ともいう。「sunnat」は預言者ムハンマドによって行うよう命じられた行ないのうちの一つであり、ムスリムとしての指標となっている。したがって、この習慣はイスラームを信仰するすべての人びとに共通のものである。


 この祝い事には、親戚、近所の人たち、友人たちが招待されて客となる。

 まず、割礼(sunnat)を施される子どものために新しい布団が準備される。子どもには真新しい衣服を着せ、赤い繻子で作られた帯で結ばれるかあるいは胸に花をつける。客人へのもてなしの最後に割礼が始まる。ある地方ではまず割礼を行い、お祝いの宴はその後に催される。あるいは祝い事を催したのち、適当な時期に割礼が行われるなど、地方によって異なる場合が多い。割礼の前、子どもには沐浴をさせる「大津(漢語でダーシン)」、「小津(シャオシン)」をさせる。割礼執行人(sunnatchi=スンナッチ)と子どものおじたちは、子どもの心を落ち着かせるために何かを話す。割礼のとき、おじかあるいはその子どもの近親者が子どもを抱える。

果たしてこの子が割礼を受ける子なのか、最後まで分からなかった。


 割礼が行われた後に切られた部分から血が出ないように、火を通した綿布で切った所を押さえておく。子どもがひどく泣いて血が出ないようにと、子どもの口に卵を詰めておく。その場にいる人びとは、子どもを祝福し、子どもにお金を握らせる。割礼執行人の手さばきが軽やかな場合、子どもは1週間で立ち上がる。

劇団の大先輩のOGのうた

 

 ある男の子は、生まれたときにはもうすでに割礼を施したような形状で生まれてくる。このような子どもには割礼は行わない。別のあるムスリムの国々においては、現在も男の子が生まれたとき、へその緒を切るときに割礼を終えてしまうことがある。大きくなるのを待ってはいない。このようにウイグル人社会では、「結婚のお祝い」、「ゆりかごのお祝い」、「割礼のお祝い」あるいは「chach qoshaq toy=結婚を誓う言葉」というような意味のものまで含めた祝いの式がある。これらの祝賀の式にはさまざまな様式やしきたりがある。これらには、ウイグル人たちが自ら信仰してきた種々の宗教教義がとりいれられている。

| シルクロードの光と影 | 08:53 | comments(0) | - |
ウイグル人の生活習慣及び風俗・伝統あれこれ ―13

 割礼の宴

 

友人に、カシュガル歌舞劇団の団員ヌル・メメット君がいる。世にメメット君はたくさん存在している。「メメット」とは「ムハンマド」のこと。これを漢語では「買買提」と書く。発音は「マイマイティ」。彼と同じ団員の息子の割礼の宴に出席した。「割礼」とは、おチンチンの先をかみそりなどで切って大人の仲間入りしたという意味である。

 12時開会予定と聞いていたが、実際には2時半すぎに開会。いや、とうとう本当の開会時間は最後まで分からなかったが、開会時間を気にする者は日本人の私くらいだったろう。

13年前(2004年)の私である。今とだいぶ違います。左がドライバー兼通訳のオスマン。

右側がメメット君。

メメット君は弦楽器の名手。その右は彼の師匠。

 

 歌舞団のパーティだけあって、男優・女優たちが次々と登場して、舞台の練習のような感じで歌い、踊る。歌舞団のOBやOGたちもかつての現役時代に競った自慢ののどや踊りを披露する。同席していた鼻の高いウズベク族の男性俳優が舞台に上がって歌の合間に漢語で私を紹介する。「この楽しい席にはるばる日本から友人が出席してくださっています。野口先生の出席は私たちの喜びであり、誇りです」と。私はテーブルから立ち上がって参列者に挨拶をした。しかしほとんどの参会者は、私など目もくれずに、おしゃべりに興じ、酒を飲み、あるいは料理に箸を動かすことに一生懸命なのである。

中国では少数民族としてのウズベク族の男優。

後姿の女優さんは踊りがうまかったが、絶世の美女でもあった。

真ん中の少女はまだ若い踊り手。その隣は彼女の母親。

ドライバーのオスマンジャン(オスマン君という意味)は、彼女にさかんに

アプローチをしていたが、母親のガードは固かった。

 

 私と同じテーブルの男たちは、先ほどまで口角泡を飛ばして語っていた「酒もタバコもやらないイスラームの伝統と習慣」などなんのその、煙もうもう、50度の「老酒」を次々とあける。昨日私に厳粛な面持ちでカシュガルの歴史を語ってくれたU君も強い酒を飲んで、もう足腰が立たなくなって、へたり込んでいる。そんな人たちをあちこちに見かける。私は以前、強い酒を飲んで“困ったこと”があったので、用心してビールとワインだけを飲むことにする。

着飾ったOBたち

舞台で精いっぱいのおしゃれをして歌っている。

右から2人目の女性は、みんなから「日本人のよう」といわれているようで、

翌日、私が劇団を訪問した時は、フルートで「浜辺の歌」を演奏してくれた。

瞬間的なホームシックにかかった。

 

 この宴席ではただ1人の外国人として座っている私のテーブルには、ものめずらしさも加わって数十人が入れ替わり立ち替わりやってきては、私との乾杯を促しては座る。正直に乾杯をしていたら、こちらの身がもたないので、ただにこやかにグラスを上げる。それもすべて男性である。ムスリムの国では、男性のいるテーブルに女性が来て気軽に話していくというようなことはない。私も話しかけてくる人たちを無視して、遠慮なく舞台で歌うプロの人たちの踊りや歌をカメラに収める。女優さんたちも美しく、かつての女優さんたちもそれなりに人生経験と貫禄が出ていて、美しい。

歌手たちですね。

 

 レストランのテーブルの数は約50。経費は1テーブルでおよそ200元くらいだという。合計で約1万元。無論、親の負担だが、祝宴の最中に司会者が各テーブルをまわって「○○さんから幾ら〜〜」と声高にお祝いの額や品物をアナウンスする。結婚の宴でも同じシーンを見たことがある。私は何も持たずに、手ぶらで出席してしまったが黙っていることにした。ここに来るまでは、ここに来ることを誰も言ってくれなかったのだから、私のせいではない。

 

 私も含めて日本人はスケジュールをきっかり立てないとなかなか動けないものだが、ここの人たちは、そういうものにとらわれない。いきなり人の家を訪ねることも普通である。そうそう、今日の主人公の7歳の男の子はどこにいたんだろう。気がつかなかった。「割礼の宴」といっても、しょせんは大人の楽しみなのだろうから、子どもに気がつかないのも当然といえば当然なのだ。

踊りも巧み。うしろには子どもたちがきちんと座っておとなしくしています。

みんな彼女の踊りに見惚れています。

 

 ところで、このような割礼式や結婚式、赤ちゃんが生まれた時の「ゆりかごの祝い」などは、昔は自宅で行なわれたものだが、都会ではだんだんレストランでやるようになってきているという。そうそう時期的に今頃から「ノウルーズまつり」である。ムスリムの友人たちからたくさんのお祝いのメッセージが来ている。

 

 経済的な豊かさに恵まれた都会人の中では、互いに見栄を張り、自分を裕福に見せるために、無理して接待を行なう傾向があるのだ(と、私はそう思っている)。しかし、それでも、10年ぐらい前と比較すると、だんだん無駄な浪費は抑えられる傾向にあるという。ここ新疆でも、人びとの意識は変わりつつあるようだ。

| シルクロードの光と影 | 05:30 | comments(0) | - |
ウイグル人の生活習慣及び風俗・伝統あれこれ ―12

ウイグル医学

 

 新疆には近代(西洋)医学とは別に、伝統的な「ウイグル医学」が存在し、現在でも多くのウイグル人から信頼を得ている。以下は、2005年3〜4月、東京の世田谷区と「日本シルクロード倶楽部」の共催で開かれた「シルクロード・フェスタin世田谷」での、ホータン・ウイグル医学専科学校助教授ジュリエットさんの「ウイグル族の医学」と題する講演のレジュメから一部をご紹介したい。

 

 「中国の法律で承認されている伝統的な医学には、漢方医学・モンゴル医学・チベット医学・壮(チワン)医学とウイグル医学などがある。     

 

 ウイグル医学、古代ウイグル人の労働と生活経験の蓄積と知恵の結晶であり、豊富な実践経験に即した理論である。また2500年近い歴史を持っており、中国の多くの伝統的な医学の中でも、その特徴的な理論と治療方法により、重要な位置を占めている」とある。

 

 さすが中央ユーラシアを横断するシルクロードの地の伝統医学だと感心したのは、ウイグル医学の理論的な基礎が、“宇宙は土・水・火・風の4元素から成り立っている”というギリシアのアリストテレス哲学だということであった。アリストテレスの哲学がシルクロードを通してウイグルの地に輸入され、咀嚼され、ウイグル医学の基礎となる哲学理論として確立していったのである。

 

 さらに以下の記述は、「日中友好新聞」第2073号(2006年9月5日付)に掲載された「春夏秋冬の中医学 自然界に感謝を込めて」第10回(最終回)における中医学講師・路京華氏の文章を引用させていただいたものである。

 近代医学とウイグル医学や中医学(中国医学いわゆる漢方のこと)あるいは蔵医(チベット医学)など民族医学との決定的な違いは、医学とともに哲学を包摂することであろう。そのために抽象的な思惟、手法をとることが多く、科学的ではないという誤解を受けやすい。

 

 しかし民族伝統医学は、四診によって集めた情報からニセモノを取り除き、正しいものを残して情報を分析し、理論的な弁証によって処分を下す、というようにあくまでも科学的なプロセスを経るものである。ただし、この過程は2人の医師が行なうため、その医師のレベルや資質によって、同じ患者を診ても処方が異なることになる。その分、医師はより深く研鑽し続ける義務を負う。

当時の写真は、すでに無くなっています。

きょうは、あまり関係のない写真で我慢を!

 

 似たような症状であっても患者Aと患者Bでは生活習慣も性格も異なる。それを踏まえて診断できなければならない。その上で、数多ある処方の中から最も適切なものを選び、一味ひとあじの生薬を慎重に吟味して巧みに配合し、微妙な用量をも加減しなければならないのである。

 

 ここまで到達するには、まさに医学の範疇を超えて、自然哲学をも理解しなければならない。民族医学では、ただ学ぶのではなく、悟ることが肝要とされる所以である。

 北京の故宮には太和殿、中和殿、保和殿と「和」を、外には天安門、長安街などの「安」を強調している。これは、「内和外安」、和すれば国家は安定する、という意味を持つ。「和」とはバランスと言い換えてもいい。バランスを重んじる。医学に通じる点である。

 

 民族医学の考える「病」とは、体がバランスを失っている状態を指す。足りないものを補い、余分なものを取り除き、熱には清を、寒には温をもって、その人本来のバランスを取り戻すことを治療の最終目的とする。これぞ「内和外安」である。

 

  実際にウイグル医学がどの程度の実績を持っているのか、現代の疾病にどの程度効果があるのかは、よくわからない。知り合いのウイグル人が白血病でウイグル医学の先生に診てもらったが、ウイグル医学では手も足も出ないといわれたということもあるが・・・・この“知り合い”は、その後、私の旅の跡をずっとついてきて、「日本で白血病を直してほしい」と依頼し続けていた。だが、私にはどうすることもできない。お詫びして引き取っていただいた。その患者は、その後、どうしただろう。

| シルクロードの光と影 | 09:21 | comments(0) | - |
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