シルクロード日誌

日本シルクロード文化センターのブログページです。シルクロードに関する情報、コメント、旅日記などを綴ります。
ファインダーから覗いた妻“舞姫”の踊り 四国遍路を踊り巡った“舞姫”

 9月11日にフエリ―で徳島へ向かい、12日は所用で友人と待ち合わせてある人と面談。話し合いは成功裏に終えました。

 きのう9月23日に、86番札所からスタートして88番ですべての舞踊遍路が終わりました。実質所要日数は11日間でした。

 

 舞踊家・野口祥子の舞踊遍路は9月13日からスタートしました。

 彼女の長年の夢、いや、よく聞いてみると昨年、徳島県のある老人と会った際、「踊りでお遍路を全部まわってみたらどうですか?」と言われてインスピレーションが湧きあがったようです。

 

 彼女が何をもくろんでいるのか知らないままにいた私に、彼女は言いました。「運転やスピーカーのセットなどで同行してほしい」と。私が“忙しいからダメだ・・・”と断れば彼女の夢は潰えます。一人で自分の軽自動車で運転していく自信はないようです。毎日が忙しい私にとっては難題だったのですが、長距離を車で運転できるということが魅力でした。

 私はその企画を全然知らなかったのですが、同行を依頼され75歳の誕生日を期して新車を購入しました。「後期高齢者」に反感を持っていた私は「好機到来者」であるとして心機一転したのです。

 

 彼女・野口祥子は別に敬虔な仏教徒でもないのですが、作法は知っています。彼女は神社へ行ってもどこへいっても、宗教学を学んだからか、道理と礼儀を踏まえています。こちらは無宗教。「無神論者」だというほどえらくはありません。「無神経論者」だろうと自分に言い聞かせています。いままで、どこのお寺へ行っても合掌してのお祈りはしたことがありません。頭を下げることもしませんでした。しようという気が全く起きないのです。それが失礼だとかも全く思いません。

 

 “唯物論と唯心論とのせめぎあい”だなどというほどのこともありません。夫婦であっても違うところは違うのです。私が彼女の舞踊遍路について行ったとしても、私はあくまでもドライバー兼サポーターなのであり、お遍路や弘法大師や仏教とは無関係です。もっと正直に言うと、長距離のドライブ、ヘアピンカーブがたくさんある曲がりくねった山道を、右に左にハンドルをきって上り下りする運転ができることを楽しみにして参加したのです。

 

 ただ思うことがあります。歩き遍路の皆さん、こんなに苦労して歩いても、車に乗ってお遍路して回っても、それはそれで立派なことだと思うのですが、その心と目的は「世の中の平和と安全と安寧」であろうと思います。ですが、ただ祈ればよいのでしょうか。たぶん、祈ることで心の問題は解決し、それでよいのでしょう。私は祈ることだけでなく、実践で世界と日本の人びとの平和と安全のために働いてきました。私は人生のほとんどの時間を費やして、60年近くもそれを実現しようと思って実践してきました。ですから山門をくぐってお寺の境内に入っても、なんの遠慮もしません。堂々と入っていきます。弘法大師よ、君と俺とは結局は共通の理想に燃えているのではないか、と。

 

 ただ、仏教の教えの問題は、「国家の安寧」あるいは「国家安泰」を唱えたことによって、時の権力に最大限利用されたことであろうと思います。それを最初に利用したのは聖徳太子でしょう。でも、仏教について私はなにも学んだことはありません。犬の遠吠えでしょうね、これは。

 

 閑話休題

 面白い話がありました。

 高知県のお遍路さんたちをお世話しているHさんという有名な人がいます。彼の好意でお宅に泊めていただきました。私は個人のお宅に泊まることは絶対に嫌なのですが、“お世話になっているので断るのは失礼だから・・・”といわれるままに泊めていただきました。

 

 朝になるとうちの奥さんがいるのに、狭い部屋の中をパンツ一つで歩きまわり、朝食を食べている私の目の前に泥だらけの靴下をポンと投げるなど傍若無人でした。それくらいのことは許せますが、飲みながらいろいろ話していると、「おれは昔、山口組の若頭の山健組のヤクザだった。親分の女に手を出して指を詰められた」といいます。

 

 彼と昔(戦前)のヤクザの世界のことや、人類の誕生のことなどを話しましたが議論になりません。“誰も見たことがないのだからわからんのじゃ”というので、議論にならないのです。“そんな言い方でよく今まで世間を歩いてこられたナ”と毒づきました。

 

 きのう23日は、遍路旅が終わってからワイフの長兄の家へ行きました。広島県の宮島の近くです。まず、お風呂に飛び込んでサッパリしてから、待ちかねていたようにビールで乾杯。夕飯は刺身だけを口にして7時には寝てしまいました。

 あ〜〜あ、終わった!!!

 

 ワイフは久しぶりのお兄ちゃんとの再会で楽しそうです。

 義姉も楽しそうに世話を焼いてくれます。

 その奥さんは長兄よりもはやくワイフと友達だったので、これもまた楽しそうでした。

 私は酒を飲んで、PCに向かって、ときたま話に加わるだけです。

 

※写真はたくさん撮影したのですが、どういうことか掲載できません。

 わかったら追加して掲載します。

| 旅日記 | 10:43 | comments(0) | - |
また、しばらく留守にします

 台風21号の被害のあとに北海道を襲った地震は深刻な事態となっています。

改めて、心からのお見舞いと一日も早い復旧・復興を祈っています。

 私が担当しているスポーツの分野でも災害支援募金を訴えています。

復旧・復興作業が急ピッチです

北海道電力の社員が節電を訴えているところです

 

 

 そして次には嬉しいニュースです。

 大坂なおみ選手の快挙です。グランドスラムでの日本人の優勝は大快挙です。

 しかし、スポーツの世界でも国際的な“人種差別”がはっきりした大会でもありました。錦織選手などは、“白人選手に負けるために、存在意義がある”という認識が定着しているとのニュースは深刻です。

大坂なおみ選手

 

本題に入ります。

 

 今度の旅は外国ではありません。

 四国八十八寺のお遍路コースを車でまわります。

 この忙しいときに、私の趣味と趣旨で行くお遍路めぐりなのではありません。

 うちの奥さんはプロの舞踊家なのですが、どういうことか、四国八十八寺のお遍路コースで舞踊を奉納する旅を計画していました。

 その巡業のような旅にドライバー兼裏方さんとして働くことになりました。

 

 この旅で、例えば照明や音響などを伴っての“イベント”となると数千万円の経費が掛かります。

 それを、私をこき使うことによって経費の大削減をはかることになりました。

 ワイフは、この計画を去年あたりから考えていたようですが、わたしには一言も話しませんでした。いつもですが・・・

 

 今年の5月か6月頃になって初めて聞いたのです。

わたしは“四国をゆっくりドライブできる”と思って賛成したのですが、やはり2週間以上も自宅を留守にするということは、スケジュールのやりくりや、計画されたことを欠席することになりますので、今頃になって尻込みしています。しかし、きのうミーティングをして、もう私が断れないような状況が完成しました。

 

 しかたがない!明日から行きます。有明からフェリーで徳島へ。

私が高齢になってきたので、無理をしないということのようです。ドライブをしたかったのに!

 一日で10ものお寺に行くこともあります。行くたびに、マイクのセットやCDをセットするとか、撮影し、充電するなど、あれこれ立ち働かなければなりません。ダイエットにはちょうどいいでしょう。

 行きがけの駄賃で、徳島や広島での別件でのスポーツ関係者との会議もセットしました。

2人の旅ですから、どんなたびになるやら

今まではこのような姿が多かったようですが、今は下の写真のような人たちが増えています

なかには、タクシーでまわる人も増えているとのこと

 

きわめて個人的なことで恐縮ですが・・・・

 

きのう、2人で夕食中にワイフが突然叫びました。「あっ!克也だ!」。わたしもテレビを見ると映っていました、息子が。

 

 テレビ東京の新しい番組のようですが、「村から村人発見! パシれ!秘境ヘリコプター〜」という番組が始まったようです。番組の意図と社会性は全くないのですが、とにかく面白いを追求しているようです。

 

 以前から、いま、彼が一人で空から撮影している「空から日本を見てみよう」という番組が終わるということを聞いていました。「それじゃあ、お前の会社の社員は食っていけないだろう」といったのですが、返事はありませんでした。おそらくこの番組があるから、食っていけるということだったようです。綱渡りですね、会社の経営というのは。

 

 この撮影は7月頃のようですが、かれはいま、気象庁の船で西ノ島のドローン撮影に行っています。あの、火山が爆発して新しく島ができて、それがどんどん拡大して日本の領域が広がると官房長官がほくそ笑んでいるという島です。

この上下2葉の写真は、きのうのテレビの録画画面を撮影したものです。

 

 いつものことで、旅の支度は出発の日でないとやらないので、きょうも相撲三昧です。

| コメント | 10:38 | comments(0) | - |
第96回シルクロード講座を開きましたが・・・

 きのうは96回目の「シルクロード講座」でした。

思えば「シルクロード幻想 絹の道の光と影」と題して第1回講座を開いたのが、11年前の2007年1月15日でした。

 

 テーマは「シルクロードのいま昔」。しかもそれまでは3年間ほどですが、2004年頃からは毎月2回、隔週月曜日の午後に「シルクロード講座とサロン」を開催していました。

 前半は、いまは外国で2人の息子と生活しているウイグル人の友人がウイグル語と中国語の講師を、わたしがシルクロード講座を担当していました。

 

 とにかく2週間に一度の講座ですから、こちらが猛勉強をしなければ間に合いません。とにかく猛烈に勉強をしました。勉強をしなければ人前でお話などできなかったからです。

 受講生は、ウイグル人女性からずっとウイグル語を学んでおられた高齢の女性がいました。遠い埼玉県の桶川市からの参加でした。3年ほど前に亡くなられましたが、彼女はご自分の死期を知っておられたのか、直観されておられたのか、所蔵されているシルクロード関係の書籍やあれこれを私に贈ってくださいました。クラブにかなりの寄付もいただきました。私たちが主催するあれこれの講座やイベントなどにはかならず出席されていました。いまはもう亡き、素敵な方でした。

 

 もうひとりは少女漫画志望の方がいました。

わたしが「読売新聞・日本テレビ」の文化講座の講師をつとめたときに受講生として参加していました。どのような少女漫画なのか聞いた時に、何枚かのマンガを見せていただきました。“いまの少女たちはこんなエロティックな漫画を見ているのか”と心配になったほどもモノでした。

 

 彼女の“夢”は、クチャに家を買って住むことでした。

外国人は不動産を買えないんだよ、などと無粋なことはいわずに、じっと黙っていました。

彼女が狛江まで通ってこられるようになってからしばらくして「野口先生、私の漫画が、(ある一流漫画)雑誌に連載されることになりました!」と喜色満面で話して、私たちの前から姿を消しました。漫画の世界のことは疎いので、その後のことは知りません。NHKの連続テレビ小説「半分、青い」を地で行くような出来事でした。

 

 そのほかの仲間は、日本シルクロード文化センター創設期に、クラブの財政など事務局を担当してくださった狛江市内在住の主婦の方がたや、シルクロードに限らず、いつも私を側面から応援してくださっている数十年来の友人たちでした。

 

 まだ、10年かそこいらの年数ですからたいしたことはないのですが、それはそれで、この10年はかなり、激動の、そしてドラマティックな10年でした。

 来年2月には100回記念になります。何か記念になるイベントをしようと、いま企画を検討中です。

 

 で、きのうの第96回講座ですが、テーマは「古代日本へのシルクロード文明の流入と沖ノ島・宗像神社の果たした役割」でした。

 近年、このテーマほど苦労したことはありませんでした。1週間以上は家から一歩も出ないでパワーポイントづくりに集中しました。

 

 出来具合は?と言われるとあまりうまくいきませんでした。一つは、間口を広げすぎた、ということと、テーマが大きすぎて焦点を絞り切れなかったということがありました。もうひとつは、「出展」や「論拠」を明示できないところがあったということでした。

 

 まっ、自分の都合の悪いことは、あまり大きく言わないで、ほかのことでごまかそうと思います。

 講座は午後1時からですが、午前は役員会を開きました。11月10日土曜日に、恒例の、年1回開く「シルクロードの集い」の打ち合わせです。今年は、「ちゃるぱあさ」というデュオによるアフガニスタンの歌と演奏、慶九さんという女性とイランからの男性留学生との歌と演奏、そしてモンゴル舞踊研究会の女性たちの踊りです。

 

 その前には、ちゃるぱあさの佐藤さんから、アフガニスタンの歴史などについてお話ししていただきます。

 ソ連の侵略、米軍の爆撃と攻撃、タリバンやISとの内戦などは知られていますが、それ以前の“シルクロードのアフガニスタン”のことについて知る方は少ないと思います。

 それらの、ためになるお話しと美しい踊りを楽しめます。ご期待ください。

| シルクロード講座の報告 | 02:52 | comments(0) | - |
シルクロードの旅 余談

 

カラホトの仏舎利塔

 

 

衣・粧・出

 

 中国の女性がとてもきれいになりました。

 何がキレイになったかって、わたしは服飾関係は全くダメなのでよくわからないのですが、とにかくきれいになりました。

先日もご紹介した村祭りでシャーマン役を演じるというチベット人女性です

 

 それはチベット人女性のことです。何が変わったのかな〜〜って思ったのですが、化粧法でしょうか。でも、それだけではないはずです。“少数民族”としていわれのない抑圧の下で、それにくじけず、雄々しく戦っていることから来る内面の美しさだと思いました。

 これだけですと科学的な根拠がないのですが、それ以上のことはわかりません。

この上下2葉の写真は、村の祭りで出会った学生たちです。

お化粧っけのない顔ですが、健康美に輝いていました。

 

 そして漢人の女性についても触れないと不公平ですね。

 特に日本と変わらない、今はやりの服装です。なんというのか知らないのですが、シースルーのようなスカートを巧みに着こなしています。

 特に女性を狙っての私の写真は少ないのですが、あればご紹介します。

 そしておしなべてお化粧がきれいでしたね。

 肌がきれいになったのか、化粧法が良くなったのか、良い化粧品が出てきたのか知りませんが・・・

 強調したいことがあります。きれいになった女性の多くは子持ちの人か中年の女性が多いということです。

これはあまりというか、全く根拠のない話になりました。

 撮影というものは、対象を絞って写さないといいものは撮れないということがわかりました。

 

 そして「出」です。

 

 それはトイレのことです。

 中国の、というより外国人観光客が行くようなところのトイレは、「革命的」にきれいになりました。原因は北京オリンピックが画期でした。

 その当時、北京の都心以外でははあまり革命的な変化はなかったのですが、その後、全国的に次第に変化が見え始めました。

 

 昔、私が1965年当時、北京に留学した際はそれはそれは悲惨でした。

 北京の中心街の王府井(ワンフジン)の公衆トイレに入ったときでした。真っ暗な中にうごめく黒い頭。丸い穴に座っている男たちでした。座りながら、友達なのでしょうか世間話をしながら話しています。

 私たちの留学生宿舎でも、日本以外のアジア、アフリカなどからの留学生たちは,大きいほうでも扉を閉めません。もちろん、女性もだそうです。こればかりは慣れることがありませんでした。

 

 中国でというと、1949年の解放以前には、都市部以外にトイレはなかったようです。

 日本でも、私が子供のころの農村地帯では「大小便は家に帰ってからにしろ」と言われていたようです。

 貴重な肥料だ他からですね。

 以前のブログで、中国のこの種の惨状をお伝えしたことがあるのですが、これは不評でした。「隠し事はあまり表面に出さないで」と。ですから今回も撮影はしていません。

 

 コトのついでに事のことも書きましょう。

これはチベット人の家庭料理ですが、ラクダの肉です。おいしかったですよ 

これもラクダの肉です

 

“インスタ映え”とかなんとかで、よく料理をスマホ(写メというのかな?)で映す人がいますが、私はそういう撮影という行為と内容にあまり価値を見出さないので、しません。でも、思わず撮影したものをご紹介してみます。

 わたしもダイエットのために、最近は少食につとめているのですが、こちらではあまりのおいしさに、ついついたくさん食べてしまいました。

川魚はちょっと・・・

 

 

 帰国後、おそるおそる体重を図ってみると、驚くことに体重は減っていました。何か秘密があるのでしょうね。

 そうそう、雲南省の中国茶の国立研究所で専門家に聞いた話ですが、「ウーロン茶などは痩せるといわれていますが、そのようなことは全く根拠がありません」といわれました。あちらの専門家が言うのですから、間違いはないでしょう。

 

 でも中国のホテルでは、出される料理はおいしいのですが、厨房は驚くほど、汚くて、不衛生だということは覚えておいてください。

 ホテルの高い階の部屋から裏庭を見ると、泥だらけの中を長靴を履いて泥を蹴散らしながら高級料理を作っているのが普通ですから。

 

| シルクロード | 09:40 | comments(0) | - |
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