シルクロード日誌

日本シルクロード文化センターのブログページです。シルクロードに関する情報、コメント、旅日記などを綴ります。
「無罪宣告」

1月下旬からだったか2月頃からだったか、新型コロナ禍が世界を覆い、政治活動・経済活動を含めて人びとの日常生活が一変しました。ある意味、逼塞状態が続いています。まさに人類史に記録される出来事が毎日続いています。

 

私は若いころから「自律神経失調症」だとか「うつ症状」が続いていたころがありましたので、3月5日からスタートした入院・治療生活という私の「自粛」はある意味では“快適”でした。

それが4月下旬まで続き、胆嚢炎から「下血」による大腸ポリープの削除、そしてその結果としての“大腸がんの懼れ”を医師から指摘されるという、わが人生最大の危機に直面することになろうとは思いもしませんでした。

 

しかし、私は過去、1960年代に北京に留学していたころ、内外の留学生の紅衛兵による攻撃で何度も死に直面し、死を覚悟したことが再三ありました。北京飯店の8階から手足を持たれて突き落とされようとしたのですから。天安門広場で4人の仲間で「たとえ彼らに殺されても、日本人の魂を失うことなく立派に死んでいこう」と決意までしたのですから。

 

 

それは、私や私たち少数の留学生が日本人であることを知りながら、その日本人としてのアイデンティティを根底から否定して“毛沢東思想で指導された日本革命をせよ” などという荒唐無稽な暴論を吐いての攻撃が半年間ほど連続したことがあったからです。その攻撃たるや、空手五段や柔道三段の、“きのうまでの同級生”が目を血走らせて攻撃してくるのです。私は暴力の恐怖の前に、“なぜ、きのうまでの友情がかくももろく崩れ去ってかつての仲間を襲うのか”という驚きと悲しみの感情のほうが先でした。

 

帰国後もさまざまな組織活動をリードする立場に就きましたが、そこでも無理解と誤解と悪意にもとづく誹謗や攻撃にも会いました。ですから、今回くらいのことではひるみもしませんでした。と言いたいところですが、「ガン」という業病によって死に直面するかもしれないという精神的な負担はかなりのものがありました。

4月24日に3度目の退院をしてからの毎日は、一見、何でもないようにふるまいながらも、実はそのプレッシャーに毎日さいなまれていたのです。

実際、いつも会議などで会っていた数十年来の親しい仲間の夫が、胃がんで余命三か月の診断がくだったというメールを見たのも今朝のことでした。

 

そしてきのうの11日は、ある覚悟を持って2人で病院へ行って大腸ポリープのガン化についての検査結果を聞きに行きました。まるで死刑判決か無罪放免を聞きに行くかのように感じていました。

結果は「根治しています」でした。

「しばらくはここに来なくても良いですよ。半年後の10月に念のための検査をして、そのあとは1年に1回の検査になります」ということで、無罪放免でした。

 

医師のその言葉を聞きながら、私は隣にいたワイフに抱きつきたくなる衝動を抑えていました。とんでもない大声で「よかった〜〜〜!!」と叫びたい気持ちにもなっていました。多くの友人や息子・娘、そして4年生になったわが孫娘たちに早くこの喜びを伝えたいと思いました。孫はきっと「わ〜い!おじいちゃんよかったね〜、バンザーイ」というだろうなと一人ニコニコ想像していました。

 

この日の診療費は70円。昼に近かったのですが、ワイフが「きょうのランチはとなりのイトーヨーカ堂でおいしいものを買ってお祝いしようよ」と言いました。反対のはずがありません。でも、レジが終わると「今日はあなたのお祝いだから5637円はあなたが出すのよ」と言われました。

ま、ともかく病院の帰りはきのうの天気のように晴れやかな気分になっていました。

 

ブログをお読みの皆様。個人的なことを書いて恐縮なのですが、ご了承のほどをお願いします。

休講が続いている「シルクロード講座」についても、再開の時期を見計らっています。

9月予定のウズベキスタンの旅も終息状況を図りつつ頭に描いています。

 

5月12日 野口信彦

| お知らせ | 10:51 | comments(0) | - |
“親孝行、したいときには親はなし!”

 

ずいぶんとご無沙汰しました。

 

この間の経過を申しますと、3月5日に朝からの腹痛に耐えられず近所の大学病院(慈恵医科大第三病院)に急患で行きました。

そこで「胆嚢炎」という診断でそのまま入院。

 

翌日、胆のう除去の内視鏡手術をしたのですが、心の準備がなかったことと激痛とで悲鳴を上げました。

胆のうに内視鏡で管を通して「嚢」を体外に排出することになったのです。

担当した医師に「お前がへたくそだからこんなに痛いんだろう!ヤブ医者め!」と怒鳴りながら。これまでの人生で経験したことのない激痛でした。

 

1週間後の13日、夜中にトイレに行った時に出た大きなくしゃみをした際に、(翌日に判明したのですが)管が外れてしまいました。昔から私のくしゃみの音は飛び切り大きかったのです。息子が中学生の時、二階のトイレで大きなくしゃみをしたのです。

二軒となりに息子の同級生がいたのですが、翌日「お前の父ちゃん、スッゲー大きなくしゃみするなア〜」と驚かれたとのことでした。

 

その後、下血で退院取消となり、下血も収まった25日にやっと退院。3週間の入院生活でした。大腸の中にある「憩室(けいしつ)」というところから出血をしているとのことで、出血している憩室を探し出すために、二度ほど下剤を1・5リットル、水を1リットルほど飲んで、大腸の壁にバリウムを吹き付けて出血個所を探し出す検査でした。二度の検査で発見したのですが、科学の発達はずいぶんのものだと思いました。私の父は1953年(昭和28年)に同じ胆嚢炎で死にました。

 

その後、4月1日に再入院して翌日の2日に内視鏡による大腸ポリープの除去手術。

そして5日に退院。

3月25日に退院した日、ワイフの車で狛江の有名な根川通りの満開の桜を見て家に帰りました。

 

さらに、4月20日には3回目の入院で翌日にやっと大腸ポリープの除去手術。

大きな5つのポリープがあったとの話。

これは22日に退院できたのですが、前日の21日には主治医に呼ばれて、思いもしなかったことを言われました。「取り除いた五つの大腸ポリープのうち2つの根が深いので、がんの疑いがある」との宣告。

「あったとしても早期がんなので心配はいらない」とはいわれたのですが、5月11日に「死刑判決」か「無罪放免」かの結果が出るということになりました。

慈恵第3病院の一番上、9階の左から2つ目が私のいた病室でした。

 

兄と私は“一卵性兄弟”と思えるほど仲がいいのですが、2歳上の兄も私と同様の病気を患い、10年以上をかけて手術などをして克服したとのこと。

私はそれを、2カ月で経験し、さらに兄は患っていなかった「大腸がん」に5月中下旬から挑むことになりそうです。

体調の弱まって抵抗力のない現在は、新型コロナにかからないように自宅に引きこもっています。94kgあった体重も今は84圈なかなか戻りません。

 

そんな25日の土曜日、息子夫婦がやって来ました(前日にリビングのテレビを買い替えるから付き合ってくれと言っておいたからですが・・・)。

息子夫婦とうちの奥さんが近くの世田谷通りにある山田電器までテレビを買いに行きました。

 

帰ってきた息子は、なんと49インチの15万円の大型テレビを2台買ってきました。

一つはもともと私たちが10万円程度で買うことにしていたリビングのテレビ。

もう一台は私の部屋にあった小さめのテレビを、49インチのテレビに買い替えるために、息子の奴が、私になんの承諾も得ないで、自分のおごりで勝手に買い替えたとのことです。

 

写真専門学校時代、遊び惚(ほう)けてバイクで交通事故を起こすなどの親不孝ばかりしていた息子を、50万円だけ渡してソ連や東欧諸国のヨーロッパへ写真の勉強のために「追放」したことがありました。ソ連崩壊の直前でした。

もうかなり以前のことですが、離婚の際には息子の元妻のおかげで自殺未遂まではかったのですが、翌日、朝いちばんの飛行機で福岡まで出かけて救出してきました。その後、息子をネパールの観覧飛行の会社の社長をしている友人に預けてきましたが、半年後に帰国後、空の世界に入って行ったのです。

 

その息子もテレビ東京の「空から日本を見てみよう」の単独航空撮影を担当するとか各種の航空写真、ドローンでの小笠原諸島・西島の航空撮影などで、多少、その世界では知られるようになったのですが、思いもかけない親孝行に私たち夫婦は大喜びでした。

 

この数十年、息子に「ありがとう」と言えるようなことをされたことがないのですが、今回は「思いもしなかったテレビをありがとう」と言うことができました。

翌日は、今まであった大きな楕円形のテーブルを思い切って捨てて、小さめの夫婦2人で食事ができる程度の新しいテーブルを持ってきてくれました。

でも、子どもというものは存在しているだけでも親孝行なんですね。

 

すっかり模様替えをしたリビングで、いまこの原稿を書いています。

年のいった父親の闘病生活を身近に見て“おやじが生きているうちに親孝行をしよう”とでも思ったのでしょう。

| コメント | 17:53 | comments(0) | - |
5、6月の「シルクロード講座」を中止します

日本シルクロード文化センター会員の皆様
シルクロード講座等行事に参加されたみなさま


新型コロナウイルスの感染拡大予防のために5月のシルクロード講座(5/11)は、中止といたします。
また6月のシルクロード講座は予定した講師の都合により中止といたします。
7月以降は改めてご案内差し上げます。

コロナウイルスにうつらない・うつさないを基本に、みなさま体調にお気をつけてお過ごしください。

 

日本シルクロード文化センター
  Tel & Fax: 03-3480-4478(野口)
        080-5483-6740
    E-mail : silkroad-j@ef.lomo.jp
 ホームページ http://silkroad-j.lomo.jp/ 

| シルクロード講座のお知らせ | 11:36 | comments(0) | - |
きのう一時退院しました。

みなさま

きのう25日、一時退院しました。3月5日からちょうど3週間、21日になりました。

退院と言っても「一時退院」です。

これは胆のうで緊急入院して、その治療のさなかに発見された大腸ポリープでもなく、大腸から出血(全身の血液の半分が出血したらしいです)して、それを差し止める治療が、一応終わったということです。輸血したことが心配ですが・・・・

いわば、今回は3つの病気が発見されたということです。

 

再度、4月1日に入院して、2日には胆嚢炎除去の手術です。

これはうまくいけば、5〜6日で退院できますが、胆のうが癒着していると切腹しての手術になるのでもっとかかります。

 

それからしばらくしたら、今度は大腸ポリープ除去手術です。これも5〜6日で退院です。

 

今朝病院でうちの奥さんと退院から次の手術までの栄養指導を受けました。

結論は、いままで77年間に好きなものを食って、好きなだけ飲んできた結果が、アフリカ旅行でのアクシデントを契機に、この3月に表面に現れたということでしょう。

「油濃いものはダメ、酒はダメ、肉・刺身はダメ!野菜と油抜きの鳥のささ身くらいだ」といわれました。

「それだったら、死んだほうがいい!」とは言いませんでしたが・・・

前日からやっと出された病院食は、文字通りそのような内容でしたが、何日も食事を食べていない私にとっては「ごちそう」でした。味付けもそれなりに工夫しているんでしょうね。

 

こうなったら真夜中でもベッドから私をニコニコしてトイレに連れて行ってくれて、下血したものを子細に見て、分析して医師に報告してくれる、あるいは真夜中でも点滴を入れ替え、血圧を測り、体温を測ってくれる多くの若い看護師さんたちの労苦に報いなければならないと思っています。

3連休を返上して診察してくれた医師たちのご苦労にも感謝しなければなりません。

 

あと2回の手術を成功させて、ゆっくりでも早くでも現役復帰して、以前のように頑張りたいと思っています。

面会時間は午後2時なのですが、毎朝9時には病院に来てくれて励ましてくれたうちの奥さんにも感謝しなければなりません。

 

みなさん!飲みたいだけ飲んで、油濃いものを食べただけ食べる食生活は今すぐやめたほうがいいですよ、と言おうと思ったのですが、そんな生活をしていたのは私だけだったようです。

 

自戒!自戒!です。

| コメント | 10:02 | comments(0) | - |
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